第9話 準備は大切だって話(後編)
「で、これは一体…」
開口一番は辰巳だった。なぜか今、三宅を含め辰巳、里奈、俺の四人で優雅にお茶を楽しんでいる。学校から帰る道とは反対のほうに歩くとレトロ調な赤煉瓦の喫茶店があるのだが、そこへ三宅に案内された。
というか、そこに鷹原の姿があった。デニムレギンスに白い長袖のリブニット、その上から藍鼠色のエプロンを着てカウンターで珈琲を入れている。なるほど、生徒会室でも紅茶をいれる所作が綺麗だと思ったが、ここでアルバイトをしているのか。道理で馴染むはずだ。
「こちら、サービスになります」
机の上には焼き菓子のバラエティプレートが置かれる。そのまま隣に腰を下ろす鷹原、どうやら登場人物は揃ったようだ。いや、なんだこの集まりは。
「さて、もったいぶってしまって申し訳ない。提案の内容についてはまだだったな」
「おや?てっきり話をして来たのだと思ったけれど」
鷹原が突っつくように話す。なるほど、この感じだと三宅がというよりも彼女が話を持ち出したのか。彼の性格上、自分だけで話をしたときに語弊がないようにとか、間違った伝わり方がしないように鷹原のいる状態で話をしたかったのだろう。発案者が別なら尚更だ。
「まあ引き延ばす話でもないんだけどな。学校よりもこういうところのほうが話しやすいだろう。というか鷹原、お前から伝えればいいだろうに」
「そうだな。でも、君も後輩を指導する立場なんだからこういうことには慣れておかないといけない。そうだろう?」
小さく息を吐く。ため息というほどではなく、いつものことかと言わんばかりだった。なるほど、どうやら鷹原が原因で巻き込まれているのは俺だけではないようだ。その気持ち、とても良く分かる。
三宅は鞄から一つのクリアファイルを取り出す。その中には生徒会役員部外秘資料と書かれたものだった。承認印には教頭と校長の印が押されている。
「中を見てもらって構わないよ」
「あの、私は公務でも生徒会でもないんですけど…」
「問題ない、鷹原から許可は得ている。」
恐る恐るページを開くとその内容は今回の考査の試験範囲と指定分野が事細かく書かれているものだった。問の構成、選択と記述の割合、配点等、それが教科ごとに記載されている。
「流石にテスト問題は公開できるものではないが、これである程度は山は張れるだろう」
「学生自治が主だとしても、教師と学生の権限分離は必要なものだからな。特にうちの高校は自由を律するために非常に細かい規則が定められている。まあ逆に言えばこういった限定開示ができる権限は生徒会に依存しているわけだがな」
確かに、これなら限られた期間でも何とかなるかもしれない。ただ、ここ最近は授業に出ない日もあるため、正直なところ自学レベルでどこまで対応出来るだろうか。辰巳や里奈に教わればいけそうな気がする。
「お兄最近授業出てないからこれだけ渡されてもきついんじゃないの?」
まさに今、懸念していたことを何の気なく突き刺してくる。里奈はよく言葉を包まずに直球で物を言うことがある。これは家族だからというわけではなく、どんな人に対しても対等だ。俺に対しては割増していそうな気もする。
「そこで、君にもこの情報を開示したのだよ。神田妹とは剣道部で共に励んでいるが、真っ直ぐで芯の強い君なら信用できると踏んでいる」
鷹原は続いて、授業に出られていない俺のサポートにも期待していると里奈に言う。頼られることが嬉しかったのだろう、里奈は「任せてください!」と元気よく返事をした。
「それでなんだが、放課後生徒会室を自習室として開放しようと思っている。神田達も自由に使ってくれ」
本来、生徒会室は特定の用事がない場合は必ず施錠されている。だが、考査の時期になると時間帯無制限で自習室として開放しているそうだ。そう、無制限ということは夜間も休日も利用できるということ。これが許されているのは、ひとえに学校の方針があるからだろうな。全く、物珍しい高校だ。
生徒会室がある三階には非常階段が設置されており、役員の各個人には非常階段と廊下を隔てるドアの鍵が配布される。何時でも使えるようにということらしい。
「私もこの期間はほぼ毎日いるから、分からないところは聞くといい」
「至れり尽くせりじゃないですか」
「当然だ。慣れないことをさせて負担を負わせたのも事実、寧ろこれくらいはさせてくれ。だよな、鷹原」
隣でコクコクと鷹原は頷く。とはいえ、結局自分で何とかしないことには変わりない。目の前の冷めた珈琲を飲み干して、一息。プレートに目をやると、甘味のほとんどは里奈が食べてしまっていた。
「なによ」
「いや、別になんでもない」
自分たちが思っていたより、長く話し込んでいたらしい。ボサノバの流れる店内は時間の波を緩やかに感じさせる。資料については人数分印刷してくれていたので、各自に配布された。
翌日からは、勉強漬けの日々が始まった。授業に出ていない分に関しては里奈から教えてもらっている。正直、英語や数学は頭が熱暴走を起こしそうな勢いで詰め込まれたが、その甲斐もあってある程度試験範囲は網羅できそうだ。
怒涛の激詰めは日夜行われ、休日も学校に来ては数式だの文法だのと見つめ合っていた。どうせ家にいても手につかない。ならばいっそと思い立ったらすでに玄関に辰巳の姿があったので、どっちみち連行されていただろう。
「どう?あと一週間くらいだけど」
「私が教えてるんだから大丈夫だよね、お兄?」
大丈夫ですと言え、と。そんな形相をこちらにゆっくりと向ける。正直もうペンは握りたくないのだが、鷹原や三宅にも協力してもらっている以上情けない結果は出したくない。これは俺の意地でもある。
昔なら平均点さえ取れれば勉強なんてしなくてもいいんじゃないか、と思っていたし今もその考えは変わっていない。でも、たまには頑張ってみてもいいんじゃないかと最近はほんの少し思う。
「大丈夫です。多分」
「信用ならない」
「おい」
辰巳が里奈を挟んでケラケラと笑っていた。妹に詰められている兄という構図ははたから見たら面白いのだろうが、俺自身はまったく面白くない。なんなら自分から詰められに行こうとしているのだ。
定期考査まで死にそうになるような思いをしつつ、いつものように机に向かう。梅雨の時期に限ってなぜ今日が晴天なのだろうか。お天道様からも監視されているのだろうか。雲一つない蒼から陽の光が照る。
さて、死ぬ気で頑張った定期考査の結果だが、そこはご想像にお任せしよう。




