第28話 ダンスと二人と生徒会
社交会に参加する卒業生は約半数ほど。それぞれが煌びやかな服飾を身にまとい、立食を楽しんでいた。
その間、俺は控え室で準備をしている。寝ぐせさえ直していれば特に気にならないのだが、流石にそれはダメだろうと言われてしまい、スタイリスト辰巳のもとで髪を弄られていた。普段とは違い、やけに視界が広い。
今度は小さなポーチからなにやら化粧道具を取り出し、目元にスポンジのような丸いもので軽く叩かれる。鏡を見ると隈が綺麗に消えていた。顔にも、薄く光を乗せるように馴染ませていく。最後に眉を整えて、パチンとコンシーラーの蓋を閉める。
「うん、かっこいいね」
正装を身に纏い、こちらを真っ直ぐに見つめる鏡の中の男。一瞬、自分ではない誰かに見えた。整えた程度でここまで変わるものなのかと、感心してしまうほどに。
「俺じゃないみたいだな」
「素材がいいからね。僕が女の子だったらアタックしてるかも」
口先を尖らせながら冗談交じりに言い、ドンっと体重を掛けらられて後ろから抱き着かれる。というか、彼は受付の仕事をしていたはずなのに何故一緒にここにいるのだろうか。
「そんなことより、お前仕事はいいのかよ」
「入場は済んだからね。あとは自由なんだって。特別に会場見て回っていいって言われたし」
ホールへ二人で移動すると、大きく中央が広く開けられている。壁沿いに料理が並んでおり、既に辰巳の姿は隣になく、プレートを持って物色していた。
用意された生徒会専用のテーブル席へ移動する。ウェルカムドリンクとしてウェイターから林檎のシャンパンを受け取る。勿論、ノンアルコールである。席には誰もおらず、一人でグラスを揺らしながら緊張を誤魔化す。
「おや、もういたのか」
「えっ…と?」
透き通った肌の色。目立ち過ぎない発色のいい口紅、くっきりとした瞳。そして、濃紺のシアードレスにポイント刺繍が入ったレースボレロを羽織っている。彼女の美しさが、それ以上の輝きを放っていた。
周りの視線が鷹原に向いているのがわかる。とても高校生とは見えないその凛とした立ち姿に、ふわっと柔らかい色香が混ざり、本当の意味で目が奪われた。
「見惚れてしまったかい?」
「…はい。綺麗です」
引っ込めていた言葉が自然と漏れる。気付いた時にはもう遅かったが、言い返されると思っていなかったのだろう。照れくさそうに頬を掻いている。それを誤魔化すように、こちらへ手を伸ばしてきた。
「というか、君も見違えたな。よく似合っている」
彼女の白く細い指先が、かき上げた前髪を崩さぬようにやさしく触れる。そのまま、顔に触れて満足そうに笑みを浮かべていた。心臓が破裂しそうな勢いで、全身に血が巡る。席には二人。今、この時間だけは止まっているかのように感じる。
「皆様、楽しんでいただけてますでしょうか」
会場が暗転した瞬間、スポットライトが壇上へと向けられる。
「本日は皆様が橙山高校から巣立っていき、それぞれの未来へ歩むことと存じます。これまで培われた経験や、親睦を深めたご友人。とても大切な思い出達です。本日はそんな卒業生へ、我々からこのような場をご用意させて頂きました。是非、最後までお楽しみください」
二人の奏者が弓を引き、鍵盤を叩く。ゆったりとしたテンポ、聞き馴染みのある円舞曲がホール全体を包む。
「さあ、出よう――」
「鷹原会長。俺と、踊っていただけませんか」
背を伸ばし、右手を差し出す。少し驚いたような顔をする彼女。全く、慣れないことをするものではないな。少しくらいは、このお嬢様を困らせてみたくなったという理由だけ。この特殊な空間に、浮かされていることは否めない。
「喜んで」
手を取り、中央までエスコートする。練習通りにやればいい。腰に手をまわし、なるべく身体を近づける。握った手が、震えていた。ただ、この震えは俺ではなく鷹原から伝わってきた。
「流石に、人に見られていると緊張するな」
少しだけ、意地悪を継続してみよう。
「会長、俺を見てください。今日は、二人で楽しみましょう」
熱が滞留していることを言い訳とさせて貰おう。頬が赤くなっている彼女の顔は、俺しか見ることのできない特権だ。誰も気にせず、二人だけの特別な舞踏会を楽しもう。
視線を揺らすことなく、お互いに笑みを浮かべて体の向かう方向へ素直に足を動かしていく。周囲の人が見えなくなるくらいに。演奏が、聞こえなくなるほどに。
その流れで一組、また一組と踊り始めてきた頃。タイミングを見て二人で抜ける。火照りが抜けない身体に、シャンパンを流す。清流のように澄み渡り、溢れた熱を落ち着かせる。
「君、今度は私と踊ってよ」
話しかけてきたのは卒業生の一人。ボブショートで、鷹原と対照的な淡いリーフグリーンのワンピース。髪色は明るく、こちらも別角度で大人びた印象を受ける。
その後ろから、数人の女子生徒からも迫られた。初めて、モテ男の気持ちがわかった気がする。助け舟を出してもらおうと思ったが、どうやら向こうも複数の男子から踊りを申し込まれていた。
「すみません。俺たちはあくまでエキストラなので。では、失礼します」
鷹原の手を引き、会場の外へ向かう。
「今日の君は少し、キザが過ぎると思うのだが」
「今日くらいは、許してください」
何か羽織らないと少し肌寒いと感じる気温だが、心地いい。先程までの喧騒が嘘のように、静寂を保っている。隣で小さく頬を膨らませていた彼女も、今は夜風を気持ちよさそうに受ける。
周りが山に囲まれているおかげか、街灯が少なく、星の光が良く映える。言葉を交わすことなく、二人で星海を眺めていた。
「無茶を言って、怒らせてしまったのかと思ったよ」
見上げながら、そう言われた。
「もう慣れました」
「そうか」
また、会話が途切れる。それでも、気まずくなることはない。互いに思っていることが、今では言葉以上に伝わるような気がするから。
これまで一年間、本当に色々あった。そこにはいつも辰巳と里奈、そして生徒会のメンツがいた。新しい友達も出来た。常に新しいことに、巻き込まれていたことは否めないけど、そのおかげで自分に自信がついた。なんて、思っている。
「神田」
名前を呼ばれ、目を合せる。真っ直ぐ、彼女を見る。
「これからも、よろしく頼む」
月光が差した柔らかい笑顔に、誠実に。
「はい。こちらこそ」




