第27話 セレモニーにダンスは必須なんて聞いてない(後編)
「なんか、元気になってる?」
晴れやかで清々しい表情。鷹原に活力が戻った。いや、活力が漲っていると言うべきか。先週までの疲れが嘘のように、行動に迷いがない。辰巳でさえも、その様変わりした彼女の機敏さに気付く。
彼女と目が合う。「また頼むよ」と訴えるように、口角を少しだけあげた。俺の羞恥という犠牲を持って完全復活を果たした彼女に、もはや弱点はない。心臓は早鐘を打ち続けており、悟られまいと無表情を貫く。
否、貫かなければ。
「はあ…逆に顔を合せにくくなったじゃねえか」
「?」
流石に膝枕をしたという事実までは悟られていないものの、俺の親友は心を読んでくるから出来れば隠し通したい。今日までどれだけ悶々としていたか、男子の心をもてあそぶ悪女め。
「そういえば、卒業生の参加する社交会って要はダンスパーティなんだよね?」
「ああ。ホール会場を貸し切ってやるって話だな」
稲穂駅から徒歩三十秒。学校からは少し歩く場所にある。多目的ホールを貸し出しており、当日はビュッフェ形式で軽食も出るとのこと。当日は、生徒会のみが係員として会場の出入りを許可されている。公務委員は入場管理だけを担当するため、辰巳は残念そうにしていた。
「僕のビュッフェが…」
そんなに出たいなら変わってくれればいいのに。そうすれば、俺は早く家に帰り自堕落を堪能できるのだから。そんな呑気なことにふけっていると、鷹原から話しかけられる。
「加苅君、すまないが彼を借りてもいいかな?」
答えを待たずして、腕を引っ張られる。辰巳と互いにぽかんとした顔を向けながら、次第に距離が離れていく。そのまま生徒会室まで引き摺られて来た。どうやら、社交会の具体的なスケジュール調整と各々の役割を決めるらしい。
「あとはリードダンサーだけか。とはいっても配置は全て割り振っている。鷹原、どうする?」
社交会のダンスを一番最初に踊る役。ピアノとヴァイオリンが協奏を始めたら、皆々が好きなように踊る。その先行をする、所謂サクラを毎年用意しているのだ。
基本的にはダンス部の卒業生からメンバを選出するのだが、今年の三年生にはダンス部に所属していた人がいない。ならば、自由に出入りできる生徒会から候補者を出そうということになってしまった。
絶対にやりたくない――
「私と神田君で出ようじゃないか」
瞬間、頭の中が銀河系に支配された。何を口走ってやがるのですか。ちょっと待ってください。本当に目立つことだけは勘弁してください。そんなことをしては、僕のライフが持ちません。
「まあ、丁度いいだろうな。俺たちは基本的に裏方での作業になるだろうから」
三宅への神頼みが出来ない。太い太い手綱が目の前から姿を消してしまった。まさかとは思うけど、土曜日のお手伝い発言が尾を引いているのかもしれない。いや、そうに違いない。
身体を動かすことは嫌いじゃないが、ダンスなんてやったこともなければ人前に立つのだって慣れちゃいないというのに。
「案ずるな。私がきちんと教えてやろう。あと一週間もないからな」
そうしてまた引き摺られていった先は、ダンス部が使用する多目的ルーム。扱いが徐々に雑になってきている。打ち解けられていると解釈すれば悪くないか。
俺は抵抗することも虚しく、一対一でみっちりと指導を受けた。昼休みと放課後に呼び出され、基本的なステップと身体の動かし方を学ぶ。縺れそうになる足を何とか引っ張り上げながら、鷹原と歩幅を合わせる。
「…っ!すみません」
「問題ない。型は綺麗だからあとは慣れだよ。さあ、もう一度だ」
ボックスを描くように動き回るため、彼女の足を踏んでしまうこともあった。ぎこちない動きで、不格好ながら何度も何度も同じ動きを繰り返す。
なんとか身体は追い付くようになったものの、バランスは崩すし転びそうになるのは相変わらずだ。少し休憩を挟みながら、録画していた動きを見返す。視点や体の位置がうまく固定できておらずに、ブレてしまっている。
「足を後ろに引いたときに、身体の向きと重心が合っていないように見える。移動する方向を意識しすぎだな」
鷹原が綺麗にターンをするのに対し、俺のはただ身体を捻っているだけ。彼女の視線や体の軸はほとんど動いておらず、洗練された迷いのない動作。一方、くねくねしていて不安定、今にも躓きそうな覚束ない足取り。
本番まであと二日しかない。録画を見るほど、その雲泥の差に焦りが出る。休憩を終え、もう一度二人で姿勢を構える。すると、鷹原がこちらへすっと手を伸ばして顎を軽く持ち上げる。
「二人の身体が離れすぎる。手を奥まで回せ。視線は、私を見るんだ」
「これだと、何も…」
ゆっくりと首を横に振り、微笑む。
「私を、見て」
スマホから流れる音楽が聞こえなくなるくらいに、鼓動の音が高く響く。
だが、自然と身体が流れるように動き出した。今までにないくらい、滑らかに。自分でも信じられないほどだった。視線を固定したことで表情が良く見える。次にどうすればいいか、手や体の熱から感じ取れる。
そこからは上達が早かった。最初ほど緊張はしなくなったが、それでも未だ距離感には慣れそうにない。
「うむ。十分な出来だろう」
「ありがとう…ございます」
たった一週間。それでもなんとか形にはなった。卒業式は明日。既にダンス用の衣装も用意されているらしく、それは当日のお楽しみだそう。これだけ頑張ったのだから、本番でも上手くいってほしいものだ。




