第26話 セレモニーにダンスは必須なんて聞いてない(前編)
桜の蕾が膨らみ始めた春寒の候。いつものように、生徒会は慌ただしく、忙しない。3月中旬には卒業式を迎える。その準備に、生徒会と公務員は駆り出されていた。
「幸ちゃん、それこっち」
「おー」
先週から体育館の使用が制限されており、俺と辰巳は力仕事に励んでいる。鷹原の方も式典の進行役や出席する役員、関係者とのやり取りで顔を合わせることも少なくなった。
その日の会場準備が終われば、次に襲い掛かるは大量の雑務。体の次は頭を使うこの拷問は、自身の体力をゴリゴリと減らす。生徒会の業務優先権による授業の欠席が認められていなければ、既に息絶えていたに違いない。
「久々に被るな」
なんとなくスマホの共有カレンダーを開く。土曜日のシフトが、彼女と重なっていた。
「せっかくだし、絆を深めてきなよ」
辰巳にはそんなことを言われたが、その日はお客さんの出入りが多く、あまり会話する暇もなかった。うちはテイクアウトもやっているのだが、小窓からの注文がひっきりなしに飛び交っている。
三人は無心で珈琲、紅茶を作るマシーンと化している。この前の小学校とのイベントで、家族連れのマダムたちが良く来店するようになったことも一つの要因だろう。外は学生や通行人、中はマダムや常連で手を休める暇などない。
「いつもありがとうございます」
よく話をする老夫婦。「様になってきたね」と言われるくらいには、喫茶店の店員として板についてきた。会計を済ませた後、テーブルの片付けをしているとすぐ後ろを通った鷹原が少しばかりふらついた様で歩いていた。
様子が気になり視界の端で追っていると、ガタっと大きく揺れた影。その一瞬、彼女のそばに駆け寄りドリンクとケーキの乗ったトレンチを手に取って、身体を支える。
「っぶな!…大丈夫ですか?」
こちらに振り返った顔。ここ最近の抱えきれない過業務、やはり無理をしていたのだろう。驚く顔には薄く隈が浮き、普段よりも顔色が優れない。よくもまあ、こんな状態で働いているものだ。
「すまないな、助かったよ」
支えた体にはあまり力が入っていないように感じる。咄嗟に肩を持った時、ズッと体重が掌に吸い込まれるように倒れこんだ。
客足も少なくなったが、自然と彼女に視線を移している。閉店時間が近づくと、笹嶺は俺たちに閉め作業を任せて品薄となった珈琲豆の仕入れに向かう。今の時間なら、少しは会話が出来そうだ。
「本当に大丈夫ですか?休んでいた方がいいですよ」
「…そうだな。その言葉に甘えるとするよ」
四人掛けのソファ席に腰を掛ける。紅茶を淹れて鷹原に持っていくと、机に書類を取り出しては作業をしている。とにかく体を休めることを優先してくれと説得したら、頭は冴えているとトンチを飛ばしてきた。
「会場準備は昨日である程度終わってます。来週手伝いますから、今はちゃんと休んでください。」
あまり納得していなさそうだが、今ここで倒れでもしたら式典の準備にも影響がでてしまう。目の前に紅く揺らめくベリーティーを差し出す。
本来、分担する作業を一人で行うためそれなりに時間がかかる。掃除や在庫管理、力仕事から様々だ。最後に店の施錠をすれば、本日の労働はこれで完了。彼女の座る反対側のソファに身体を預けると、情けない声が自然と出る。
「紅茶、ありがとう」
張っていた気が緩んだのか、身体を休めて落ち着いてきたのか、顔色がほんのちょっとだけ明るくなった。いつもの凛然とした印象とは違い、筋が和らいだように穏やかな雰囲気がある。
「そういえば、先ほど手伝ってくれると言ってくれたね」
「まあ、俺にできることなら」
こちら見て、たくらんだ含み笑いを向ける。
「では、ちょっとばかり手助けしてもらおう」
立ち上がり、隣に座る。そのまま倒れこむようにして、俺の膝に頭を預け始めた。現状をよく理解できず、困惑と恥ずかしさで頭の中がいっぱいになる。本人は、なにやら満足そうに眼を閉じる。
「仮眠をとるにも枕は必要だろう」
暖色のレザー生地では、横になるには固く、首を痛めてしまう可能性があると鷹原は顔をにんまりとさせて言った。だからって、人の膝を枕代わりにするのはいかがなものか。
さして経験のない神田幸太郎は、今どんな顔をしているのだろう。自分でも変だなと思うような、人様に向けることが出来ない顔をしているに違いない。慣れない、というか初めて女性を膝枕したことに慌てふためいている。
度々こちらを見ては、満足そうな顔をする。そのしてやったみたいな笑顔向けるの、止めてもらえませんか。
「あの…流石にちょっと恥ずか――あれ、寝てる」
気付けば、いつの間にか寝息を立てていた。これ以上揶揄われることはないと安心する。と、同時にやはり無茶をしていたんだなとも思った。
軽薄に「手伝う」などと言葉にしたせいで、人生でもそうないハプニングに見舞われたが、これで元気になってくれるのなら安いものだ。多少、いやかなり恥ずかしいのは変わらないが、起こさないように地蔵を決め込む。
「おやおや、仲がよろしいね」
タイミングが良いのか悪いのか。
「…。いつからいたんですか」
「さっきだよ。これ、掛けてあげて」
丁度、買い出しから帰ってきたところで今の状況を目撃したそうだ。気にしないように意識をそらしていたせいで、帰ってきたことに気付かなかったとは。
冷やかしの言葉と一緒にブランケットを渡される。笹嶺も、どうやらここ最近の鷹原には目を掛けていたようだった。あまり顔に出さないこともあり、彼女の負担になっていないか心配していたと言う。
「でも、安心したよ。神田君、これからも彼女の助けになってあげてね」
「まあ、出来る範囲内なら」
笹嶺には「それは出来る範囲なんだ」と再度揶揄われてしまったが、出来ればもうこんな思いはしたくない。同時に、少し役得ではあるのかもとも考える。
鷹原は容姿もスタイルも言うことはない。そんな彼女を自身の膝に乗せるという体験をする機会も金輪際ないと考えると、数少ない希少な思い出になるのだろうか。どちらにしても、恥ずかしいのに変わりはない。
結局、外が暗くなるまで起きる様子はなく、2時間ほど頭を乗せていたせいで殆ど感覚がなくなってしまった。体を起こした後、軽く背を伸ばして満足そうな顔をする。
よく眠れてなにより。
「またお願いするかもしれないな」
いじめっ子のように話す彼女は、少しだけ嬉しそうな気がした。
「勘弁してください」




