第24話 酸いも甘いも今日次第(後編)
「それにしても、無事に使用許可が得られてよかったね」
「そうだな」
里奈の機嫌も戻り、朝霧と楽しそうにチョコ作りに励んでいる。五十嵐による贔屓の格差がなくなったのをきっかけに、誰しもが公平に使用できるようになった。
片一方で、彼を頼りにしていた者たちは「約束が違う!ふざけるな!」と怒号の嵐を巻き起こしていたらしい。そもそも、規律を違反するようなことを生徒と教師の間で認識した上で取引を行っていたのだから、お門違いというもの。
三宅がその旨を伝えると、先ほどまでギャーギャーと騒いでいた女生徒たちはぐっと不満そうに押し黙った。ただ、そんなことで彼女たちの勢いが止まることはなく、矛先は別のターゲットに向けられているようだが。
「マジであいつないわ。ちょっと顔がいいからって調子乗りすぎ」
女子からの信用と人気を無くした五十嵐は、教頭や校長にこってり絞られたこともあり、既に虫の息。誰も彼を可哀そうだと思わないのは、ごく自然のことだろう。それだけ身勝手をしたということだ。
「本当なら、あそこの卓うちらが予約してたはずだったのに」
未だに現状を飲み込みたくない無神経なギャル先輩は、こちらを見ながら嫌味を垂れる。全く、呑気なものだ。
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「ビンゴだ、神田」
昨年行われたデイキャンプ。危険行為をした男子二名に対して、二人分の食料無しという制裁。その実態は発注ミスの隠ぺい目的だったことが発覚した。俺は未だにその納品書を大切に大切に保管している。
三宅に決算データを確認してもらうと、注文書の内容と納品書の内容が一致した。さらに調べてみると、デイキャンプ以外にも予算をネコババしてる可能性が示唆されるような報告書がいくつも見つかったのだ。
今回の件とは直接関係はないものの、一つの材料にはなるだろう。まあ、申請日時順に使用許可を通していない時点で黒ではあるのだが、脅しの材料はいくらあっても損はしない。これについては鷹原や三宅も同意見だった。
「意図的なのかどうかは、この際どうでもいい。こればっかりは本人に確認する必要があるだろうな」
顧問の白崎雄太が眉間を寄せる。生徒間の問題ならまだしも、教師が絡んでいるとなれば話は別。こちらもそれ相応の対策を取る必要があると判断したため、生徒会顧問を召喚することにした。
「…なんだ、また来たのか。自分たちの我儘を通したいなんて図々しい。白崎先生も生徒の言うことを真に受けすぎですよ」
本人の言い分はこうだ。
2年の選択科目で家庭科を選んだ生徒の中には、実習の単位が足りずに補講を受ける生徒がいる。どの授業でも補講対象の生徒には優先的な実施を求められるため、使用できる時間を埋めていったら偶々その時期に集中してしまった、ということだった。
「もし、それが本当だとして。全体の半数以上が補講対象ということになりますが、五十嵐先生はそうなる原因を無視してきたということですか?なぜ、そうなる前に手を打たなかったのでしょうか?」
「この時期は欠席者も多いですから。インフルエンザも流行していましたし、なくはない話でしょう」
歯切れの悪い回答と小さい舌打ちに、より一層疑惑の念が強くなる。確かに各学年ごとにはやり病が蔓延していたが、学級閉鎖になるほどではない。そもそも半数もの補講者が出ているのなら、授業の時間や日時の調整も前もって出来たはずだ。
「それとも何ですか?もしかして、そこの生徒たちよりも俺を疑うんですか?それこそあり得ない話ですよ」
彼の舌は回り続ける。
「大体、明確な証拠もないのに憶測だけで責め立てるのは止めてほしいんですよ。神田里奈、といったか。申請が通らないからって、文句を言うのは止めてほしいな。そういう奴を他責思考っていうんだよ。よく覚えとけ――」
「これをみても、同じことが言えますか?」
用意した資料を五十嵐のデスクに並べる。最初は不機嫌そうに目を通していたが、次第に顔が青ざめていく。目の前の資料を荒々しく扱い、目が血走っていく。バレないと高を括っていたのが良く分かる。
「これは…!なんでこんなものを生徒会が持ってるんだ!」
里奈は、嫌味は言うし口は悪いが、友達想いの優しい妹だ。曲がったことは嫌いだし嘘だってつかない。自分自身を省みることのできる出来た妹だ。それが五十嵐に他責思考だと言われた瞬間、俺は頭に血が上った。
声には、自分でも信じられないほどのどす黒い怒りが孕んでいた。
「里奈に謝れよ。お前のその傲慢さが、人を傷つけたことを自覚しろ!」
「ひっ…!」
思いもよらぬ声量で、場が鎮まる。その後、止まらなくなりそうな俺を三宅が制止したおかげで、暴走せずに済んだ。気付けば指先が震えている。空になったファイルは無意識に握りしめており、しわくちゃになっていた。
「五十嵐先生。あなたは昨年赴任してきたばかりですから知らないでしょうが、基本的に申請書類や予算の計上などは生徒会で行っているんですよ。勿論、そのデータや関連する書類については3年間保管することが義務付けられています」
口をパクパクさせる彼に、淡々と三宅が弁を立てる。
「まあ、知っていればこんなことをするはずもないでしょう。自身の承認欲求のためだけに、規則を見誤ったあなた自身の罪です」
その場で呆然と立ち尽くす五十嵐に、白崎が近寄って肩に手を置いた。
「発注の件については、また追って連絡します。五十嵐先生、覚悟しておいてくださいね。あなたは大人ですから、責任の取り方も良く分かっているはずです」
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あのときの白崎の笑顔は、鬼よりも怖かったと後に彼は語った。生徒側にも問題があったと判断されたこともあり、謹慎処分までは至らなかった。だが、今は厳しい監視の下で大人の在り方について矯正を受けているようだ。
「にしても意外だったな」
「何が?」
辰巳は相変わらず、俺を揶揄っては満足そうに笑っている。
「幸ちゃんも声を荒げるんだね。なんにも気にしないマンだと思ってたからちょっと面白…びっくりしちゃった」
本音が漏れてますよ、お兄さん。正直、自分でも思ったことではあるから強くは否定できないのも事実。ただ、そのおかげで里奈が楽しそうにしているのなら、結果的にはよかったのだろう。
あの日、帰宅後に布団の中で悶えていたのは誰にも言えない。人前で感情的になったあの時を、今でも少し後悔している。というか、恥ずかしい。里奈からは「ありがとう」と一言真っ直ぐに言われたが、俺が素直に受け取れるはずもなく、今も顔をあまり合わせないようにしている。
「それよりも、今は朝霧さんのことだろ」
「うん、そうだね」
そっぽを向いて、話題をそらす。
彼女も一生懸命に、愛しの彼を思って愛情を注いでいる最中だ。辰巳や里奈は不安そうにしている。然の深々とした傷が、なにかを皮切りにスイッチを押してしまう羽目になってしまうのではと。だが、どんな結果であれ、今度こそ三人でしっかり見守っていきたい。
「然なら大丈夫さ、あいつならきっと」




