第15話 恋する乙女と相談と(後編)
「取り敢えず皆ドリンクバーでいいよね」
「僕はポテトフライ食べたいなー」
里奈が音頭を取る。いつもの三人に加え、朝霧と夜のファミレスで談笑を交わしていた。各々注文を済ませて、それぞれ飲み物を取りに行く。なんだろう、この肩透かしを食らった感は。
「ごめんね神田君…時間大丈夫?」
ひょこっと顔を覗き込んでくる彼女に対して、どういう表情で言葉を交わせばいいかわからない。今まで女性との接点がない俺にとっては、距離が近いというだけでも心臓に悪いというのに。なるべく、ぶっきら棒にならない様に、平然を装って話す。
「俺も腹減ってたし、むしろありがたいよ」
別に期待していたわけじゃない。ただ、可愛らしい女子が教室で自分のためにと待っている。二人きりで話したいことがあると言われてしまえば、往々にして男子は勘違いをするに決まっているだろう。ハニートラップと恋愛情緒は、常に隣りあわせである。今回については、勘違いの一人歩きが招いた大負けだ。
辰巳たちは先んじて相談を受けていたらしく、それならと俺に白羽の矢を立てたようだ。恋愛なんてこれっぽちも経験のない神田少年にとっては荷が重い話である。にしても、この意味深な誘い方は里奈の入れ知恵だろう。背後で待機していたことを考えると、俺が何の疑いもなく、まんまと引っ掛かることを確信していたに違いない。
「にしても俺じゃ力にはなれないぞ。恋愛なんてしたことないし」
「お兄そもそもモテてなかったじゃん」
まだ状況を飲み込み切れていないというのに、この妹ときたらグリグリと言葉の槍先をねじ込んでくる。たまには敬うことを覚えましょう。じゃないと、いつか泣きますよ。本当に。
「まあまあ。とにかく本題に入ろうよ」
料理もテーブルに並んだところでぽつぽつと朝霧が話し始める。簡潔に言うと、もう一人の実行委員である葛西然に片思いをしており、文化祭を利用して告白したいからその手助けをしてほしいとのことだった。
葛西然という男は、物腰柔らかく男女隔てなく接している印象の強い生徒だ。あまり目立つわけでもないが、常にクラスの中心に身を置いている。彼に惹かれている人も少なくない。
「確かに顔はいいし人当りもいいけど、なんだか読めないっていうかちょっと不気味というか」
「実際に話してみるとそんなことないよ…?口下手な私にも普通に接してくれるの」
人の印象というのは実に曖昧で感覚的なものだ。今のやり取りにもある通り、実際に関わった人と外から眺めている人では見え方が異なる。実行委員という立場上、彼と一緒に行動することも増えた朝霧にとっては「《《私に》》優しい男の子」なのだろう。俺たちが知らない彼の一面を知っていても何らおかしくない話だ。
もしかしたら、普段とは違う葛西然を見て、そのギャップに心を奪われてしまったという可能性だってある。結局、相談される側として的確なアドバイスを出すには俺たちも葛西然という男を知る必要があるのだ。
「一概には言えないけど、関係を深めるうえで僕たちがサポートできることはあるからさ。もし朝霧さんが良ければ協力させてほしいな」
「お役に立てるか微妙だけどな」
「そんなことないよ…!ありがとう!」
彼女は何度も何度も礼を言う。里奈は終始、腑に落ちないような顔をしていたが協力はすると後に言っていた。想い人へのひたむきな感情を無下にするのはよくないと、耳を赤くしている。いつだかと同じように。照れるなら言わなければいいのにと、口に出すのは止めておこう。
言葉は真っ直ぐ、だけど人には手を差し伸べる。このツンデレ女神は人一倍、人思いなのだ。愛想を振りまくことをしないのは期待させたくないからと言う。傍から見たら冷酷だという印象を持たれやすいが、里奈を知っている人は皆口を揃えて温情深い優しい子と言う。
だからこそ、友人も多く周りからも頼られやすいのだろう。入学早々に朝霧とも関係はあったらしく、ちょくちょく会話はしていたようだ。何という人脈ネットワークの広さ。
「どうせなら上手くいってほしいよね」
「そうだな」
かくいう俺は、辰巳以外に親しいと言える人がいない。生徒会という名目で絡まれることはあるが、それ以上に発展したことはないのだ。だから今回の恋愛成就にどれほど力添えできるか正直分からないというのが本音ではある。
葛西とは会話はおろか、目も合わせないような本当の意味でのただのクラスメイト。妹とは真逆で初対面が大の苦手な人見知り。何とか辰巳に間を取り持ってもらいながらやるしかないだろうな。
「幸ちゃんも好きな人出来たら相談してね」
「しねえよ」
俺の人生において、初めて恋をしている人を見た気がする。想い人を語る彼女の瞳はきらきらと輝いて、話を聞けば純朴な好きという気持ちの羅列、こちらまで柔らかく擽られたような気恥ずかしさが伝播する。
まさにその姿は恋愛を司る戦乙女そのもの。己の武器を手に取り、相手の心城を開拓する強き乙女。俺もいつの日か彼女のように、誰かを好きになることはあるのだろうか。
正直、特定の人に対して恋情を抱くというのは生きてきた中で経験したことがない。だから俺には分からないのだ。この相談に対して真摯に向き合おうとしても、相手が何を求めているのかが分からない。
「お兄はさ、頭使い過ぎなの。私だって同じ女子だけど、ちゃんとあの子のためになるようなアドバイスなんか言えないって。これから協力するって約束したことだけにまずは取り組めばいいの。気の利いた一言で片付くなら今頃付き合ってるよ」
「そうだね、里奈ちゃんの言う通りだよ。それに、幸ちゃん一人だけじゃない。僕ら三人で朝霧さんのサポートをするんだ」
二人の話を聞いてはっとする。里奈が分からないなら、尚更俺が悩んでも仕方がないことだ。今出来ることは彼女の恋路を見守り、時には手を貸すこと。まずはそれだけやればいいのだ。
「よろしく頼むよ、二人とも」
翌日の学校では、朝霧の様子を見守ることにした。葛西と接点を作るきっかけは辰巳に任せて、里奈には同じ女子である視点から適宜アドバイスをしている。放課後になると毎日のように相談を受けては、次の日に実践の繰り返し。普段よりも意識しているのか、彼女は想い人へ健気に話しかけている。
「朝霧さん、最近はよく話す姿を見るよ」
「距離が縮まっているようには見えないけど」
まだ葛西のほうに壁があるのか、あまり進展はしていないようだった。一緒にいる時間は増えたものの、話すことが苦手な彼女は自分から話題を振ることも難しく、無言を貫く時間が多々あるという。
そんな時は彼のほうから話しかけてくれるそうだが、一言二言で返してしまって静寂が訪れてしまう。何とか続けたいが、その方法が分からないと朝霧も悩んでいた。このままでは文化祭まで関係値を築くのは中々厳しいだろう。
「僕のほうでも然くんに話しかけているけど、あまり恋愛対象として見ている感じではなさそうだね。クラス内で朝霧さんに皆が感じている印象と変わらないみたい」
奮闘している彼女にあまり言いたくはないが、そろそろ別のアクションを提案するべきなのだろう。ただ、情報もないまま作戦を立ててしまっては失敗に終わることが目に見えている。生徒会室に戻る途中、また思考のサイクルに脳をぐるぐるさせていると誰かが不意に話しかけてきた。
「ちょっといいかな」
振り返ると、そこには葛西然の姿があった。わざわざ追いかけてきたのか、少し息が荒いように感じる。夕闇迫る廊下は、二人の影を伸ばす。この感じ、つい2週間前にもあったな。
「神田君、君に聞きたいことがある」
彼の容姿からは想像もしない低く響くその声に、背中がぞくりと震えた。




