第16話 文化祭と男子と女子(初日編)
今日から三日間の眠らぬ宴が始まりを迎える。開会の合図、号砲がポンっと打ち上げられた瞬間に一般のお客さんも滝のように流れ込んできた。グラウンドにはズラリと露店や展示品が並んでおり、外部参加型のバザーも一日目から絶賛開催中。二棟ある体育館では、ステージイベントを行っており、朝から盛り上がりを見せていた。
橙山高校文化祭、「錦秋祭」は地元でも有名な秋季に開催される大きいお祭りで、後夜祭の外部参加も認められている。来場者数は例年、三万人を超えてくるので受付は朝から大忙しだ。そう、今の俺のように。
「神田、バザー出店者のリストでまだ来場していない人はいるか?」
「いえ、全員揃っています」
初日の受付担当は三宅と辰巳と同じ公務委員の藍川青蘭。藍川は同じ一年だが女子のわりに身長が高く、つやのある黒髪ボブが特徴的だ。受付に来た人に対しては柔らかい表情で対応しているが、こちらが話しかけると無愛想に返されることが多い。はて、嫌われるようなことはしていないはずだが。
「幸ちゃん、午前中はお疲れ様。お茶と珈琲どっちがいい?」
後ろから体重を掛けられ、目の前に二本のペットボトル飲料が置かれる。珈琲を手に取って振り返ると、ひらひらエプロンを身にまとっていた。そういえば調理場は来客から見えないのをいいことに、女子がふざけて「男子はふりふりな格好で!」とか言っていたな。
文化祭の間は私服での出入りが許可されているため、合唱部やバンドのように衣装を揃える必要のない生徒は皆々が自分の一張羅で身なりを着飾っている。特に目を引いたのは和装をした女子生徒がいたことだろうか。
「無駄に似合ってるな」
「それでいうと幸ちゃんは普段通りだね」
服にこだわりはない。一日を通して肌寒さが続くとのことだったので、気候に適した服装を選んだだけ。無地の白いパーカーに黒のズボンという驚きのシンプルさ。可もなく不可もなく、これが一番落ち着くのだ。
「…かわいい」
ぼそっと聞こえた声を目でたどると、藍川だった。辰巳の姿に視線を奪われている最中のようで、本人は口から言葉が漏れていることに気付いていない様子。彼の可愛らしい容姿と好奇心旺盛な少年的性格は男女隔てなく人気があり、学年のマスコット的存在として地位を確立しつつある。だが、本人は全く分かっていないようだ。
そういえば里奈にも男子のファンがいると風の噂で聞いたことがある。あのつんけんとした性格や言葉がいいと、マゾヒスト界隈で人気を博している。そうじゃなくても中学から彼女は男子にモテていた。悉く告白を一刀両断してきた実績がある。
「じゃあ僕戻るから。あ、藍川さんも頑張ってね!」
「う、うん!」
藍川と俺に手を振ると、そのまま教室へと戻っていった。人たらしにも程があるだろう加苅少年よ、今ので藍川が見たことのない笑顔をしている。だがそれも一瞬のことで、俺と目が合うとすんといつもの顔に戻ってしまった。先程よりも少し目つきが鋭いような気もしたが、ここは自分の業務に大人しく戻るとしよう。
午後になっても流れは止まず、一般の来客が絶えない。出ていく以上に入ってくる数が多いのか、校内はどこもかしこも人で溢れている。一か所だけでは回らなくなることを想定して、受付を午前中に増設しておいてよかった。今では倍の六人体制で何とか捌いている状況が続いている。
「きりがないな…。神田、お前一旦休憩に入れ」
助かった。これ以上表情筋を使っていたら、そろそろ作り笑顔が引き攣りそうになっていてもおかしくない。お言葉に甘えて、一度生徒会室に戻ることにする。何気なくスマホを手に取ると、辰巳から「放課後、忘れないように」との連絡が入っていた。そういえば明日は朝霧と葛西が文化祭デートを決行する日だったな。
最終準備として、初日終了後に例のファミレスで作戦を詰めるとかなんとか。こちらとしては上手くいってほしいが、個人的にはそうも言っていられない状況があるのも確かである。
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「今君は朝霧さんから相談を受けている。そしてそれは僕に告白するというもの、違うかい?」
二人掛けのテーブルで向かい合い、葛西と初めて言葉を交わす。彼に連れてこられたところはダークブラウンを基調としたノスタルジックなカフェ。全ての席が半個室となっており、照明は暖色の電球がひとつ。
「確かに相談は受けてる」
雰囲気も相まって、尋問を受けている気分になる。本来なら嘘をついたり誤魔化すところなのだろうが、普段とは異なる彼の鬼気迫る口調に隠し事をする気にはならなかった。アイスティーを一口、ゆっくりと飲み込む。
「これ以上、彼女を囃し立てるようなことは止めてほしい。そして、彼女の告白を阻止してほしいんだ」
そう発した声は震えている気がした。好意を寄せられることがそんなにも迷惑なのだろうか。少なくとも俺には分からない。最初は暗くて分からなかったが、目が慣れてくると葛西の顔がよく見える。
「顔色が悪いのは何か理由があるのか?」
とっさに平然を装う。今思えば、話すときに自分の顔を見られたくなかったのだと感じた。この薄暗さは、自分の表情を悟られないようにするためのもの。また、アイスティーを一口。からからの口を潤す。
「それは、言いたくない」
きゅっと口を閉じる。誰にでも聞かれたくないことはあるだろう。ただ、理由もなく朝霧の相談をなかったことにしたくはない。彼女も、自分が前に進むために、想い人に気持ちを伝えられるように、恥を忍んででも心の内を話したのだ。
「なら、その願いは聞き入れられない。朝霧さんも本気だから」
ごくりと珈琲を飲み干す。彼になぜ、ここまで必死さを感じるのか。彼女と同様に理由を聞かないわけにはいかない。彼が恋愛という、大半の学生が憧れる事象に極度な拒否反応を示している理由が。
「……」
「……」
暫くの沈黙が、時間をゆっくりと進ませる。時計の針が何倍も遅く動いている。互いに言葉を脳裏でかき分けながら、話すタイミングを見計らう。固く結んだ口にストローを差し込んでアイスティーを飲み干すと、ゆっくりと話し出した。
「実は…」
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人の声や楽器の音が雑踏のように頭の中を鳴らす。生徒会室に近づくにつれて喧騒は薄れていき、自分の足音だけが廊下を反響させている。無人の室内で冷たくなったパイプ椅子に腰を掛けると、もう一度スマホを手に取った。
また通知が来ていたようだ。それは、もう一人の相談主からのメッセージ。どうにかして阻止したい、とある男子の切な願い。辰巳との連絡と見比べてため息を漏らす。明日と明後日、朝霧薫と葛西然、二人の思いに板挟みになる。今日もまた、夜遅くまで作戦会議だ。
「はあ、面倒くさい」
とにかく今は、空いた時間で文化祭を謳歌しよう。あと二日、あるのだから。




