第14話 恋する乙女と相談と(前編)
木々は新緑から紅葉へと移ろい、コンクリートが色鮮やかに染まった季節。成熟した稲穂にはアキアカネが止まり、銀杏の匂いが鼻腔を強く刺す。和らいだ陽気はニート気取りな俺でさえ散歩に出かけたくなるほど。ほんのりと感じる肌寒ささえ、心地よい。
「もうちょい右側よせてー」
「資材もう残ってないんだけど」
気候とは裏腹に、学校中には熱気がうねるように広がっていた。廊下からは活気ある生徒たちの声が飛び交い、教室の窓から外に視線をやると、校門に錦秋祭と書かれたアーチがこれ見よがしに建てられている。
橙山高校文化祭は開催日の一か月前から準備を始める。その期間は授業もなくなるため、学校全体がお祭り騒ぎになるのだ。なんなら教材の準備をしなくて済むと、教師のほうが楽しんでいる。俺のクラスもつい先日出し物が決まったところで、女子たちは裁縫道具を持ち寄り、採寸している。
「かんだー、うちの予算ってどのくらいなん?」
「ああ、基本的に準備にかかる費用なら金額関係なく負担できる。衣装に使う布地があまりにも高いと申請を通すのは厳しいかな」
派手目な女子に話しかけられ、挙動不審な反応をする。そんな神田幸太郎はもういない。人見知りであるのには変わりないし、初めて話しかけられたときは上手く話せなかったが、案外いい奴だということが分かった。
生徒会という立場である以上、大体の疑問はこちらに投げやってくるので、自然と会話する機会が増えたことも一つの要因だろう。今では予算確保や各種申請手続きなど、教室と生徒会室を行き来する日が続いている。
「あの…食品関係で相談があるんだけど…」
小声で話しかけてきたのは朝霧薫、通称かおるん。純朴で大人しく、女子らしい女子でクラスメイトに親しまれている。あまり人前に立つようなタイプではなく、実行委員も友人からの押せ押せどんどんで任命されてしまった。苦手ながらにも一生懸命に頑張っている姿は、周りにも伝播している。
「ええと…調理方法の制限についてなんだけどね、このメニューで行こうと思っているんだけど大丈夫かな?」
手渡されたのはうちの出し物で提供するメニュー表。基本的には既製品を使用した簡単な調理で出来る物ばかりだが、ひとつ気になるものがあった。
「オムライスは難しいかもね」
文化祭で食品を販売する場合、保健所への届け出をする必要がある。制限がいくつかあり、生モノの取り扱いは原則禁止とされている。そのため、卵と鶏肉が使えない。さらには調理工程も複雑で、このまま提出しても許可は下りないだろう。それよりも個人的には記載されているメニューの名前が気になって仕方がない。
「てかネーミングすげぇな。”キラキラ王子の星空オムライス”って…」
うちの出し物は女子がノリと勢いでひねり出した「王子様カフェ」、つまりは男装カフェだ。お客さんをお姫様と見立てて、ご奉仕するというコンセプトらしい。百均のジョークグッズであるティアラを付けて貰わないと入店できないという徹底ぶり。メニューもそれに伴って名付けたとのことで、全てにキラキラと書かれている。
「どうしてもだめかな?みっちゃんが頑張って考えてくれたから、出来れば通してあげたいの…」
方法はある。卵については業務用の薄焼き卵を使用することで、調理工程も包むという簡易的なものになる。鶏肉は加工肉を代替すれば問題ないし、当日の朝に使用する分だけの米を炊けば、長期間保存もせずに済む。だからと言って確実に許可が下りるとも思えない。
可能性を高めるために、思いつく限りの代案をメモに書き記して朝霧に渡す。その内容を熟読すると、彼女の顔色がぱっと明るくなった。勢い良く立ち上がると、みっちゃんなる人物のほうへ嬉しそうに駆けていく。途中、こちらに振り返って気付いたように頭を下げた。
「無事に通るといいな」
「幸ちゃんさ、最近明るくなったよね」
ひょんなことを言い出す。自分が明るく振舞っているという自覚はまるでないが、辰巳からはそう見えるのだろうか。確かに頼られることは多くなったが、それはあくまで生徒会という責務を全うするためであり、大した理由はない。
「夏休みに喫茶店で働いた癖が残っているのかもしれない」
「プッ、それはあるかもね」
噴き出して笑うことでもないだろうに。そもそもこんな大変な時期に、愛想を振りまく余裕なんかない。授業がないということは部活動や委員会も緩和されているので、夜遅くまで残る生徒もいる。そうなると公務や生徒会は最後の戸締りを行う都合上、最後まで学校に残らなければならない。
「神田、ちょっといいか」
廊下から松井が顔を出す。BBQの件で話すようになったせいか、遠慮がない。彼のところは縁日をやるらしく、グラウンドの場所取りについてやたらと質問攻めされた辛い記憶が新しい。今度はそのグラウンドの場所が3年に占領されているとのこと。
互いに利用申請は受理されているの一点張りで、話が進まないらしい。相手がかなり喧嘩腰なのもあり、過激になる前にどうにかしてほしいと懇願された。俺が間に割って入っても、解決できるかどうかわからない。
「ちょっと行ってくる…」
「僕のほうでも確認してみるよ」
松井の後をついていくと、既に別の生徒が仲裁に入っている。幸いにも殴り合いのような問題に発展することなく、その場は沈静化したようだった。
結論から言うと、一年坊主をビビらせれば場所を奪えるだろうという魂胆が事の発端だった。何も珍しいことではないらしく、例年いざこざが起きては誰かが仲裁に入るというくだりを幾度となく繰り返しているそう。
報告のために生徒会室へ向かうと、初めて見る鷹原がいた。覇気はなく、机に頬をベタ付けしてぐったりしている。彼女に限った話ではない。全員の顔が曇り、三宅に関しては普段の精悍さが失われていた。
「おーい、差し入れ持ってきたぞー…ってお前ら大丈夫か」
様子を見に来た教師も、屍になった生徒会の面々を前に少し引き気味になる。差し入れと引き換えにいくつかの書類を持って、颯爽と去っていった。
気付けば外が暗くなっている。この時間から生徒が残っていないか見回りを行い、施錠する。準備期間とはいえ錦秋祭当日まで余裕があるからか、7時を過ぎて残る生徒はほとんどいない。辰巳も里奈も先に帰り、一人で回っていると自分の教室の明かりだけがついている。
そこには朝霧の姿があった。俺の顔を見るなり、すぐそばに駆け寄ってくる。何か言いたげな様子だが、本人が口を開くまで待つことにした。お互い言葉を交わさない時間が続く。我慢ができなくなり口を開こうとした時、彼女が一瞬早く話し出した。
「あの…神田君に話したいことがあるの…!」
今の季節は、春かもしれない。




