31:ニセ
すると、瀬古はためらう事なく眉間に皺を寄せた。
「関係あるよ。霧里さんをもしおまえが悪い目に遭わそうとしてるなら……見逃すわけにはいかないじゃんか」
はやい風がさぁっと、林枯の前髪をよこに流した。
「……」
随分。
林枯は気づくより先に口を開いていた。
「随分、ヒーロー面するんですね。前から」
林枯は忘れていなかった。
この間、瀬古にはたかれた事を。
その事を瀬古も思い出したのか、一瞬だけきゅっと瞳孔が開く。
(……なるほど。ロジックがないから、手を出すんだな。こっちの意見も聞かず"こうしないと分からない"って言う人間は)
正義感と感情まみれの社会に混じらない異端物____その自覚があるから、尚更。
林枯はそういう類の人間が嫌いだった。
「まぁ、安心してください。霧里さんの手柄まで奪う気はありませんから」
「……どうかな。そもそもおまえはそうやって……アドロンクの仮面を追ってどうするんだよ」
瀬古は視線を上げた。
凛と引かれたアイラインが、林枯を睨み上げる。
「まさか、ただ手柄を手に入れたいとか、それだけのしょうもない理由で____」
瀬古が更に吐き捨てる口調でそう言いかける。
その途端、林枯は壁に向けていた視線を瀬古の目に合わせた。幽霊が如く、ゆらりとした仕草だった。
「……警察は」仄暗い声色で続ける。「警察は……平和で、暇な、市民を守るのが仕事。その動機が何であれ、何でボクが、やっかみなんか受けなきゃならない」
蛇が蛙を睨むような、直線的な眼光を飛ばして林枯は言った。
瀬古はそれを見て、更に眉間の皺を深くする。
隠しも臆しもしない重い睨み合いが、しばらく続いた。
次に口を開いたのは、林枯だった。
「……それを知ったところで、どうするんです。あなたと火流さんは」
「何?」
瀬古は驚きつつ、姿勢は崩さない。
「だって、そうでしょう。何?あなたと火流さんは同僚Aと同僚Bで……。それが、何でここまででしゃばってきて、ボクの邪魔をする」
遠くで霧里が、一人の女に"忙しい"とふいと手を振られた。
瀬古は一瞬呆気に取られて、でもすぐに更に皺を深くして「この……」と言いかける。
火山が噴火の予兆を鳴らしているようにも見えた。
しかし。
「林枯さーん、瀬古さーん」
霧里が、手を振りながら戻ってくると、瀬古は口を噤み、ぎりと奥歯を噛んだ。
「うぅ。収穫ありませんでした」
霧里はそう落ち込む。
「いえ。霧里さんは頑張ってましたよ」
爽やかな声で林枯は笑った。
「ん?でもあれは……」
「え?何ですか?」
「会話がほんの少しだけ聞こえて。えっと。春谷さんがこう言ってたらしいんです、多分事情聴取で。"籠島は白蛇に殺された"って」
____急に出てきた言葉に、誰も笑わなかった。
「はぁ?はくじゃ?」
瀬古は目を丸くした。
林枯は額に人差し指を当て、規則的に動かす。
(白蛇……)
『ほんとに見たんだってばぁっ!』
切羽詰まった、火流の声が頭の中で響く。
冗談で片付けられることば。
なのに何故か、忘れるのは躊躇われることばだった。




