30:薄情者
それに気づくと、お互い呆れかえるような視線を隠しもせず向け合った。
「えっと、それでですね。被害者は二十二時ごろまでホールでひとり、鍵穴を直そうとしていたそうなんです」
「あっ、あれですね」と霧里がホールの中央にある、大机に目線を向ける。
よく見ると、机の上には古いアンティーク調のオイルランプがひとつあって、その周りに金属製の鍵たち、ドライバーなどの工具が無造作にちらばっていた。
あれが、被害者の籠島が鍵穴をどうにかしようとあくせくした痕跡。
「へぇ。まだ夜の寒さは引いていない時期だっていうのに遅い時間まで残って……なんつーか、真面目な人だったんですね」
瀬古がそう言ったその時。
「はいっ。それ、それですよ。つまり、鍵穴を壊したのは犯人なんです」
急にぐいっと距離を詰める霧里に、瀬古は「うおっ」と背中を反らした。
「私の推理では、犯人は被害者が一人でいる隙を狙うために鍵を壊したんです。そして田野宮さんは、鍵を開けなくていいから、ホールへ出る時も隠密に被害者に近寄れた!」
霧里の話にはかなり熱が入っていて、霧里は鼻息をふんと鳴らした。
しかし。
「あなたは田野宮が犯人だって断定していますが。逮捕されてないじゃないですか」
と瀬古が直球に言うと、「えっ。う、うーん……」と、目線を手帳に落とし、ぺらぺらとページをめくった。「きょ、凶器と遺体は、田野宮さんの部屋の前から……」
林枯はふむと目を細め思考に入る。
(……犯人が鍵を壊したというのは一理ある。けど田野宮さんが逮捕されてないのは、血液が衣服から検出されなかった、又は凶器から指紋が見つかっていないとか、決定的な証拠がないからだろう)
続いて林枯が尋ねた。
「あのー、春谷さんは今どこにいるんでしょう?」
いくら面倒だからと取り繕っても、決定的な情報がほとんどないのなら、春谷が犯人である可能性も捨てきれない。
「春谷さんは、管轄の警察署にいます。でも随分経ってるので、事情聴取はもう終わっているかも」
林枯は刑事がせわしく行き交いするホールを遠目に眺めた。
三人でここの捜査一課や鑑識を出し抜くには……無理だろうなと察する。
このペンション内は人が多い割に、狭すぎる。
「霧里さんは、捜査一課に仲良い人は一人もいないんですか?」
その発言に、そばにいる瀬古がぎょっとしながら振り返った。
「おまえ……」
「あぁ。いません、ね。世代が上の方ばかりで」
霧里はばつが悪そうに苦笑いしながら答えた。
「その人達に、一度捜査状況を聞いてみるとかどうでしょう?するべき事がわかるかも。あくまで提案の一つですけど……」
「えっと。なるほど。やってみる価値はあるかもですね!」
霧里は少し動揺しながらも、捜査一課が集まっている机に混ざっていった。
しかし。
刑事たちの輪の外で、入っていい場所がわからずうろちょろする。
「あの、あの」と口の形を動かすが、誰も振り向きもしない。
林枯は薄く細めた目でその光景を見つめていた。
ちょうど、霧里がとある歳上の女に話しかけたタイミング。
「林枯」
突然、瀬古が話しかけてきた。
「おまえ、捜査を手伝うっていう建前で、あの人の手柄まで取る気だろ?」
訝しむ気配を隠そうともしない、霧里の前でより強い語気。
しかし、林枯がゆらぐことはない。
少し間があってから、ふっと貼り付けた微笑みをした。
「あなたに関係があるのでしょうか」




