29:オーナー殺し
ホールの片隅に、上から見て丸い頭が三つ。
ひっつめの霧里と、瀬古と林枯だった。
火流は「俺が一人でやります」と申し出て、だからいない。
ごほんと咳払いをし、霧里は革の手帳を取り出すと、慣れた手つきでページをめくった。
その瞳は、待ってましたと言わんばかりに高揚している。
「容疑者の田野宮里志さんは、現在警視庁で取り調べを受けています。そうなったいきさつは……被害者の遺体と凶器のハンマーが彼の部屋の前から並んで発見されたからです。しかし彼の主張は一貫して変わらず……昨夜はただずっと部屋で眠っていた、とのことです」
霧里は整然とした口調で言い切り、手帳から顔を上げた。
「かっこいい!まさに刑事って感じです!」
林枯が場違いなほど、明るい声で言った。
横で瀬古がやれやれとため息をついたが、林枯はふんともう無視する事にした。
「あ、ありがとうございます。あとはアリバイですね。田野宮さんともう一人の客人……春谷勝さんの証言によると、籠島さんを含めた三人は、十八時からペンションの庭でバーベキューをしています」
「ほう」瀬古がぶっきらぼうに相槌を打つ。
「二十時に解散した後、春谷さんは自分の第一客室に戻り、その後田野宮さんも第二客室に引っ込みました。籠島さんはひとりで後片付けなどを行ったということです。……しかし」
「しかし?」
急に霧里が眉を歪め、林枯が訊く。
「田野宮さんも春谷さんも、昨夜はアルコールが入っていたせいで、"確定しきれない部分もある"と事情聴取では不安そうだったそうなんです」
「なるほど……。……でももしかして、春谷さんの後に田野宮さんが部屋に戻ったことは、二人の証言で共通しているんじゃないですか?霧里さんの言い方からして」
「えっ?あっ、あ、そうですね、はい」
林枯が問うと、霧里は動揺しながら答える。
「であれば、やはりアリバイからしても田野宮さんは疑わしいってことですね」
「そ、そうです!私の言いたかったことは……!あ、それでは、これを見てください」
霧里は、ファイルから一枚の資料を取り出した。
そこには二枚の証明写真が載っている。
そしてまず、日焼けした吊り目の男を指差した。
「彼が容疑者です。田野宮さんはバイカーです。長期旅行が好きで、今回は東北の方へ行くつもりだったと」
林枯はふむと頷き、それから尋ねる。
霧里の性格はかなり掴めてきた。
「どうして田野宮さんはこのペンションに宿泊しようと決めたんでしょう?」
一瞬、霧里は虚を突かれて驚いた。
しかしすぐ、優しく答えようと微笑む。
「えっと、これは予想ですけどね、お金の節約のためだと思いますよ。このペンションは"疲れた人が気楽に休める"って方針で、宿泊料が格安ですから」
「旅行するひとがお金の節約を考えるでしょうか?」
「え、えぇと、それは……あぁ。田野宮さんが長期旅行をする予定だったからじゃないですか?長期旅行はどうしても結構お金がかかるでしょうから、分からなくもないですよ、私も」
同調してうんうんと頷く霧里に、林枯は「へぇ……」と少し上の空に返した。
旅行したことなどないので、節約どうたらも考えたことがなかった。
次に、霧里はフレームが太いメガネの、ポロシャツの男の写真を見せる。
下に、春谷勝と書かれていた。
「それで、春谷さんは登山家。日本百名山をコンプリートとか……昨日は、ここから近い山に登ったそうです」
「なるほど、すごいですね。体育会系というか、体力がないと難しいでしょう」
「あ、そうだ。改めて」
さらにページをめくる。
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「素人が写したものですが」
林枯と瀬古は図面を覗き込む。
しばらくそれに見入っていると、突然、こめかみの奥あたりでぴりっとほんの小さい電流が走った。
(……なんだ?)
自分でもその理由が掴めないまま、林枯はとりあえず図面を記憶して顔を上げた。
たったその数秒、目を細めた大人びた顔つきから、年相応の幼い顔に戻ってみせながら。
「えっと、春谷さんが第一客室、田野宮さんが第二客室に泊まってたってことですか。この、白黒の四角形がドアですね」
「そうです。それが黒いと鍵が開いています。あっ、それが問題なんです。田野宮さんの第二客室のドアがありますよね。その鍵穴が、木の枝を入れられて故意的に壊れされていたんです。時刻は特定できませんが、昨日の事であったのは確実です」
「鍵穴が……?」「鍵穴……スか」
林枯と瀬古の不意を突かれた声が、同時に被った。




