24:アミダ、襲来
あれは、一昨日。
ぎぃっとぎこちない音を立て、"捜専"のオフィスの扉が開かれた。
「どなた……。ひィ!!」
火流が息を呑んで、持っていたほうきを放しかけた。
「久しぶりだな。まァ、今日は別件だけど」
センター分けにトレンチコート。
がっしりとしたスタイルのいい体躯の女は、部屋の奥のデスクにいる林枯を捉えると、何の躊躇いもなく林枯へ近づき、そして、重々しい瞳で見下ろした。
「この間は世話になったな。林枯歩」
そう、口角を上げながら、初対面でやけに親しげに言う。
林枯は一瞬、女の言うことを脳内で噛み砕いては思考回路を回し思い返そうとした。
____それと同時に、その女の正体には心当たりがあった。
「あなたは、網多灯管理官でいらっしゃいますか」
すると、網多は表情を変えず整然としたまま答えた。
「あぁ、知ってるの。なら話は早いかな……。____あーあ、捜専の面倒見るの、最近やっと楽になってきてたんだけどなァ……」
と後ろでくくった自身の長髪の先をいじりながら。
「遅くなって恐縮なんだけどさァ……どういうつもり?この間の心中事件は」
縁の見えない鋭すぎる眼光が、林枯の両目を射抜いた。
「……。……ボクはボクのやり方で、事件を解決しただけです」
そう、重い口調で言う。
全身に、気怠さともいえる微妙な緊張感が張り詰めている。
「はははははは、ボクのやり方で誰かさんは尻拭いさせられてるらしいけど?」
ぐいっと、網多はポッケに両手を突っ込んだまま、つかつかと歩み寄っては距離を詰めてきた。
視線を受け止めた瞬間、背中に冷たい汗が滲む。
思わず、喉を鳴らした。
逃げたらここで終わる。
誰にも、見られないまま。
林枯は拳を握りしめる。
網多はそれに気付くと、「お?」と楽しそうにニヤついた。
「……。まさか、殴ったりなんかしませんよ」
「あ、そ。つまらんな」と網多は落胆の色を見せる。
その途端、林枯は目を光らせた。
「ボクがいないまま、あの事件は解決できたんでしょうか。いや、実際解決しましたね。揉み消された、"誰かさん"のおかげで」
一瞬、その場の空気が凍りついた。
数秒ほどには思えない永い永い静寂の末。
「はは」
と網多は片方の口角を上げ笑った。
そしてふと、さも自然につかつかと林枯へと歩み寄る。
網多はその耳元へ、弓なりに曲がった口を寄せた。
「オマエ、時代に感謝しなきゃ」
「……」
少し掠れた、重い声色。
「火流、瀬古」と網多が名前を呼ぶ。
すると林枯を見捨て棚の後ろに隠れていた二人は、おずおずと前へ出てきた。
「私からのお願いは二つ。調子に乗るな、調子に乗らせるな。できるか?」
瀬古は顔を強張らせ「はい」と、火流は血の気の引いた顔で「はっ、はい」と答える。
すると、網多は途端に威圧的な雰囲気を消し、さっきの沈着な態度に戻った。
そして「んじゃ、よろしく」とだけ言い残し、振り返ることなく部屋を出ていった。
扉が閉まっても、誰も息を吸う事ができなかった。
瀬古と火流はしばらく扉を見つめ、それからゆっくり林枯を見た。
沈黙を振り払うように、瀬古が口を開く。
「……林枯」
犬が飼い主に呼ばれるような言い方に、林枯は無意識に眉間に皺を寄せていた。




