第8話 例の男
「ニック! 久しぶりだな!」
戦闘の後始末が始まったばかりの東門の前で、ジェイコブが両手を広げた。
ニックは、その手を見て、ほんの一瞬だけ固まった。それから、静かに口を開いた。
「ジェイコブ。生きていたのか」
「しぶといのが取り柄でね。お前こそ、メビウスなんて物騒な部隊に入りやがって。正規軍の頃は、まだ可愛げがあったのにな」
「半年一緒にいただけだ。可愛げを見せた覚えはない」
「そうだったか? 俺の記憶では、泣きながら地図を逆さに持っていたぞ」
「嘘をつくな」
ニックの声は低く平坦で、表情は変わらない。隣のジェシカが、小さく肩をすくめた。
「紹介しておく。俺のいるチームの小隊長、ラウルだ」
「おお、君が噂の小隊長か!」
ジェイコブが、くるりと俺に向き直った。さっき握手したばかりなのに、また両手で俺の右手を掴んでぶんぶん振る。
「さっきは自己紹介が足りなかったな。ジェイコブだ。いやあ、いい指揮だったぞ。あの突撃、後ろから見ていて、心臓が止まるかと思った。若いってのはいいなあ、無茶ができて」
「……いや、助かったのはこっちだ」
「謙遜するな、謙遜を。おっさんは素直な若者が大好きなんだ」
肩をばんばん叩かれた。傷に響く。
◇
戦闘では、間違いなく猛者だった。
装甲車の後輪を2つ同時に潰し、運転手と機関銃手を、ほぼ同時に仕留めた。あの射撃の正確さと、部隊を動かす呼吸は、素人の俺にも本物だと分かった。
だが、戦闘が終わった今のこの男は、気さくを通り越して、馴れ馴れしい。いや、はっきり言ってしまおう。
ウザいくらい、フレンドリーだ。
初対面の人間の肩を叩き、背中を叩き、名前を連呼し、聞いてもいない昔話を始める。岩のような寡黙な戦士を勝手に想像していた俺の期待は、5分で粉々になった。
ニックが「半年一緒にいただけだ」と言っていた意味が、少し分かった気がした。
◇
基地は、大忙しだった。
東門は半壊し、医療棟の一部には穴が開いている。瓦礫を運ぶ市民兵と、担架を抱えて走る衛生班の声が、一日中途切れなかった。
その夜、司令室に集まったのは、オルセン、ジェイコブ、俺、ソフィア、ニック、ジェシカ、マイクの7人だった。
「ライトウォッチの拠点は、ここから南へ70キロの場所にある」
ジェイコブが、机上のディスプレイに地図を呼び出した。さっきまでの軽さは、声から消えていた。
「元は郊外の警察署だ。周囲の集落を襲って物資を奪い、人を集めて、勢力を広げてきた。名乗りは立派だが、やっていることは略奪だ」
「君の部隊が、各個撃破してきたのか?」
オルセンが尋ねる。
「ああ。小さな拠点を潰しながら北上していたら、連中の残りが、この本部に向かっているのを見つけてな。追いかけてきたら、ちょうどあの騒ぎだったわけだ」
「助かった。礼を言う」
「礼は酒でいい」
ジェイコブは、いつもの軽い調子に戻った。
「それと、俺は元々、別の市街地の支部にいた。そっちは、もう安定させてある。補給と状況報告を兼ねて、本部に顔を出しに来たところだったんだ」
「相変わらず、仕事が早いな」
「お前が遅いんだよ、オルセン。司令室に座ってばかりいるから、腕が鈍る」
「おや。君こそ、前線に出てばかりで、脳みそが鈍ったんじゃないか? 久しぶりに会って、第一声が『元気か?』ではなく『太ったか?』だぞ」
「事実だろ」
「事実だとしても、礼儀というものがある」
「礼儀? 俺とお前の間にか? はっはっは!」
2人は、同時に笑い出した。
何が面白いのか、全く分からない。
『メビウス』の中のオルセンは、無線の向こうで淡々と指示を出すだけの男だった。こんなふうに、肩を揺らして笑う姿は、ゲームでは見たことがない。
「……あれ、アメリカンジョークなの?」
隣のソフィアに、小声で聞いた。
「たぶん。私にも分からないけど」
ソフィアも小声で答えた。マイクは、黙って、遠くを見ていた。
◇
話が一段落したところで、オルセンが言った。
「ジェイコブ。君の部隊には、本部の一角を休憩用に使ってもらいたい。北棟の空き部屋が、ちょうど片付いている」
「ありがたい。うちの連中は、そろそろ限界だろうからな」
ジェイコブは立ち上がり、扉の前で振り返った。
「ラウル小隊長、またな。今度、ゆっくり飲もう。おっさんの昔話は、長いぞ」
手を振って、部屋を出ていく。扉の外で、部下たちの「隊長、話長いっす」という声が聞こえた。
静かになった司令室で、ニックが、ぽつりとつぶやいた。
「変わっていないな、あの男は」
「ニック、嬉しそうね」
ジェシカが言った。
「……そう見えるか?」
ニックは、否定しなかった。
◇
2日後。
基地の修復は、ようやく目処が立ちはじめていた。壊れた東門の代わりに、仮設の鉄板が立てられ、医療棟の穴も塞がれている。
ブリーフィングルームへ向かう廊下で、俺は足を止めた。
ジェイコブの報告を、思い返していた。ライトウォッチの先行部隊は、あの日の襲撃部隊以外、すでに殲滅されている。主力の南の拠点は、ワイルドファイアに襲撃されて、壊滅状態らしい。
ワイルドファイア……あいつらか。
壊滅したというなら、脅威は去ったはずだ。それでも、この目で確かめたい気持ちが、まだ胸の奥でくすぶっていた。
そもそも、新加入なんて受け入れている状況なのか?
オルセンは、見張りを別の部隊に交代させている。だが、襲撃されたばかりの基地だ。俺も、他の隊員も、まだ神経が張り詰めたままだった。夜中に物音がするたび、反射的に銃へ手が伸びる。
そこへ、補充要員の到着だ。
「ラウル。補充要員が、先ほど到着した」
扉の前で、オルセンが待っていた。
「補充? 今度は誰だ」
「会えば分かる。入ってくれ」
扉を開けると、部屋の中央に、小さな人影が立っていた。
ちっさ。
最初に思ったのは、それだった。
ソフィアの肩にも届かない背丈に、少しだけ大きすぎるメビウスの制服。袖は、手首のところで折り返してある。足元には、背丈に合わない大きなバックパックが置かれていた。薄く青みがかった長い髪を、後ろで1本の三つ編みにまとめている。体つきも、14歳くらいにしか見えなかった。
その人影は、俺を見るなり、ぴしっと背筋を伸ばし、踵を揃えた。
「はじめまして。本日付で、メビウス第三支援班に配属されました、クリス=クロフォードです。後方でのデータ支援と、必要に応じて狙撃での援護を担当します。ご迷惑をおかけしないよう、尽力します。よろしくお願いします」
きちんとした、丁寧な敬語だった。
声は、高く澄んでいる。大きな瞳が、緊張でまっすぐ俺を見上げている。
ちっさ。
やけに中学生みたいなのがきたな。




