第7話 ライトウォッチ
最初の一発は、東門の見張り塔を吹き飛ばした。
爆風が、中庭の砂を巻き上げる。鼓膜が一拍遅れて悲鳴を上げ、世界から音が抜けた。
「ラウ!」
ソフィアに襟首を掴まれ、コンテナの陰へ引きずり込まれる。直後、さっきまで俺が立っていた場所を、二発目の榴弾が抉っていった。
「ありがとう。……助かった」
「礼はあと。頭を上げないで」
音が戻ってくる。銃声、怒号、砕けるコンクリートの音。サイレンは、とうに爆発音に呑まれていた。
遮蔽物の隙間から、東門の外を覗く。
廃車や瓦礫の陰に、人影が散らばっていた。装備はバラバラだが、共通点がある。くたびれた防弾ベストの胸に、手描きの白い紋章。灯台を模した、拙い光の絵だ。
PVSが、表示を吐いた。
“敵勢力照合:該当なし”
該当なし。
ゲームに出てこない連中だ。ジャッカルとも、ワイルドファイアとも違う。
『東門、聞こえるか』
オルセンの声だ。
『敵は、自らを「ライトウォッチ」と名乗っている。元警察官を中心とした武装集団だ。拡声器で、声明を流している』
外から、割れた声が響いてきた。
『我々は光だ! 腐敗した政府に見捨てられ、それでも街を守り続けてきた! 光である我々が、闇に堕ちたメビウスを裁く!』
何いってんだこいつら。
何が光だ。
何が、裁く、だ。
俺は、また口の中で言葉を探した。本当に正義を掲げるなら――
その先が、やはり出てこなかった。頭の奥で、金属を擦り合わせるような音がかすかに鳴って、すぐに消える。
「ラウ。聞いてる?」
「……ああ。聞いてる」
今は、そんな場合じゃない。
◇
状況は、悪かった。
弾薬の備蓄だけなら、こちらが上だ。基地の武器庫は満杯で、市民兵に配った分を引いても、余裕がある。だが、撃ち合いは弾の数では決まらない。
向こうは、勢いがある。ロケットランチャーを惜しげもなく撃ち込み、こちらが顔を出せば、機関銃が頭を押さえつける。奇襲を受けた側は、まず足並みを揃えるだけで手一杯だ。
「ニック、ジェシカ。左の壁際はどうだ」
『出られない』
ニックの声は、いつも通り低く、落ち着いていた。
『出れば撃たれる。俺たちの得意は、至近距離での制圧だ。この間合いでは、並の射手と変わらない』
『距離が遠い』
ジェシカが、短く続けた。
『門の外の連中に近づく手段がない。今の私たちは、壁の裏で弾を数えているだけよ』
あの二人でさえ、手が出せない。
「マイク、狙撃で流れは変えられるか」
『やってる。ロケット持ちを三人落とした』
マイクの声には、焦りが滲んでいた。
『だが、すぐ別の奴が拾って撃ってくる。一人ずつじゃ、追いつかない。俺の弾は、一発で一人しか止められないんだ』
遠くで、また爆発音が響いた。基地の端、医療棟のほうだ。
視線をやると、担架を抱えて走るリナの姿が、廊下の向こうに見えた。白衣の裾に、血の染みが散っている。他の医療スタッフと声を掛け合いながら、運び込まれる負傷者を次々とさばいていた。
その瞳は、見慣れた茶色だった。
ほっとして、すぐに、胃のあたりが冷えた。
もうすぐ、面白いことが起きるよ。
これが、そうなのか。
「ラウ、何を見てるの」
「いや、何でもない」
ソフィアが、眉をひそめる。それから、拳を握りしめた。
「このままじゃ、押し切られるわ。防衛線が、一枚ずつ剥がされてる」
「分かってる」
分かっている。だから、考えていた。
ゲームなら、拠点防衛ミッションは、動かずに耐えるのが定石だ。時間が経てば増援が来て、イベントが進行する。だが、ここは現実で、増援の合流は遅れている。待っていても、誰も来ない。
耐えるだけなら、削られる一方だ。
なら、あの手しかない。
「みんな、聞いてくれ」
通信を、全員に繋ぐ。
「正面から出る」
少しの間、誰も何も言わなかった。
『理由を聞こう』
ニックが、先に口を開いた。
「向こうは、門の外に陣取って、ロケットを撃ち込んでいる。守りに入れば、撃たれ続ける。懐に飛び込めば、ロケットは使えなくなる」
『近づけば、あの二人の間合いだな』
マイクが、鼻で笑った。
「そうだ。ニックとジェシカが、本領を発揮できる距離まで詰める。そのために、俺とソフィアで穴を開ける」
『スモークと、シールドが要るわね』
ジェシカが、淡々と言った。
「ソフィア、頼めるか」
「……やるわ。あなたが前に出るなら、私が背中を守る」
迷いのない声だった。
「マイクは、ロケット持ちを最優先で止めてくれ。門が開いたら、そこが一番の的になる」
『了解。任せろ』
『了解した』
『了解』
オルセンの声が、通信に割り込んだ。
『ラウル。無茶はするな』
「無茶はしない。ただ、やるしかない」
◇
東門は、電源が落ちて、手動でしか開かない。
ハンドルは、錆びついて重かった。腕に力を込めるたび、右の太腿の包帯の下が、じくじくと疼く。
「痛む?」
「少しな。気にするな」
「嘘ばかり」
ソフィアが、隣に並んで、同じハンドルを握った。二人分の力で、鉄の門が、ゆっくりと外へ押し開かれていく。
「スモーク、投げるわ」
白い煙が、門の外へ転がっていった。視界が、乳白色に染まる。
「行くぞ」
煙の中へ、飛び込んだ。
目の前に、先頭の敵が浮かび上がる。くたびれた防弾ベストに、白い灯台の紋章。まだ、俺たちの姿に気づいていない。
引き金を絞った。
敵がのけぞって、煙の向こうに倒れていく。その隣の男が、振り向きざまに銃口を上げた。ソフィアのSMGが、その腕を撃ち抜く。
「右、二人」
「ああ」
ソフィアが、俺の視界の端で、すっと身を沈めた。金髪を束ねた背中が、煙の中を滑るように進んでいく。あの背中を追っていれば、迷わない。
四人目を倒した、そのときだった。
“敵反応:ロケットランチャー 照準:接近中”
「伏せ――」
言い終える前に、視界が、白く弾け飛んだ。
◇
熱い風が、全身を殴りつけた。
身体が宙に浮く。地面が遠のき、また一気に近づく。背中から叩きつけられて、肺の空気が全部抜けた。
耳鳴りの向こうで、誰かが叫んでいる。
「ラウ! ラウ!」
視界が、揺れていた。砂煙の中で、PVSの赤い表示が点滅している。
“アーマー損傷率:45% 負傷:軽度(裂傷・打撲)”
軽度。生きている。
「……ああ。生きてる」
身体を起こすと、頬に血が伝っていた。額を切ったらしい。右腕のアーマーには、破片が突き刺さっている。
「ソフィア、怪我は」
「平気。擦っただけ。……あなたのほうが、よっぽどひどい顔よ」
ソフィアの髪が、砂で白く汚れていた。それでも、目は、しっかりと開いている。
「全員、状況を報告しろ」
『ニック、無事だ』
『ジェシカ、無事』
『マイクだ。ケツが痛いが、生きてる』
全員、無事。
それだけで、肩の力が、少し抜けた。
そのとき、地面が、低く震えた。
エンジンの唸りだった。
煙の向こう、基地の外の道路から、巨大な影が、こちらへ向かってくる。ヘッドライトが、白い霧を二つの光の柱に変えた。
装甲車だ。
車体の前面には、鉄板が溶接されている。屋根には重機関銃。ロケットを撃ち尽くした連中の、切り札だ。
そして、その進路の先には、俺が自分で開けた門があった。
「まずい……」
あの門から、中に入られる。基地の中庭には、負傷者を運ぶ担架も、医療棟もある。リナがいる。
「ラウ、どうするの!」
「止める。何としてもだ」
ARを構えた。弾が、装甲に弾かれる。当然だ。車体の正面に、小口径の弾が通るはずがない。
間に合わない。
装甲車が、速度を上げた。重機関銃の銃口が、こちらを向く。
「くそ……!」
その瞬間だった。
車体の後方で、乾いた破裂音が連続して響いた。
装甲車が、がくんと傾いた。後輪が、二つとも潰れている。ハンドルを取られた車体が、横滑りして、門の手前で停止した。
続けて、運転席の窓が砕けた。運転手が崩れ落ちる。屋根の機関銃手が、何かを叫ぶ間もなく、身体を折って転がった。
「……誰だ?」
銃声は、俺たちの背後――つまり、敵の背後から、降り注いでいた。
灯台の紋章をつけた連中が、慌てて振り返る。だが、遅かった。前には、俺たちがいる。後ろからは、正体不明の銃撃が飛んでくる。
「撃て!」
ニックとジェシカが、壁の陰から飛び出した。二人の動きは、これまでの鬱憤をまとめて返すような、的確で冷たいものだった。
挟まれた敵が、一人、また一人と崩れていく。
数分後には、立っている敵は、一人もいなくなっていた。
◇
静かになった。
煙が薄れ、焦げた匂いだけが、風に乗って漂っている。
敵の背後に回っていた部隊が、姿を現した。
十人ほどだ。装備は、統一感がない。だが、どの動きにも、無駄がなかった。互いの射線を邪魔せず、死角を埋め合い、一言も発さずに散開していく。
そして、その先頭に立つ男が、ヘルメットを脱いだ。
四十歳くらいに見えた。薄く無精髭を生やし、目元には、深い皺が刻まれている。少し男前ではあるが、俺がイメージしていたような、岩のような屈強な戦士ではなかった。
その男が、俺たちの顔を順番に見渡して、ふっと息を吐いた。
「いやあ、間に合ってよかった」
肩を回しながら、苦笑する。
「うちの連中、足が遅くてさ。途中で何度もへばってな。おかげで、危うく遅刻するところだったよ」
背後で、部下らしい男たちが、小さく笑った。戦場の直後とは思えない、緩んだ空気が流れる。
男は、俺のほうへ歩いてきた。血で汚れた頬を見て、眉を下げる。
「あー、大丈夫か? 派手にやられたな。おっさんの目には、結構ひどく見えるぞ、それ」
「……ああ。軽傷だ」
「そうか。ならいい」
男は、右手を差し出した。
「ジェイコブだ。見ての通り、しがない、ただのおっさんさ」
手を握った。ごつごつして、硬く、温かい手だった。
ジェイコブ。
ニックが話していた、例の男との初めての邂逅だった。




