第9話 男の会話
「やけに若いね。年齢は?」
ジェシカが、腕を組んだまま尋ねた。
「……19歳です」
ブリーフィングルームに、微妙な沈黙が落ちた。
「19?」
ソフィアが聞き返した。
「はい。見えないとよく言われますが、19です」
クリスは、胸の前で小さく手を握りしめた。薄く青みがかった長い髪を、後ろで1本の三つ編みにまとめている。それが、肩越しにちょこんと揺れた。
19歳。
ラノベなら、ロリババアの年齢だな。
どうでもいいことを考えてから、ひとつ気づいた。ゲームに、こんなキャラはいなかった。データ支援の声は、オルセンの無線だけだった。
「じゃあ、質問タイムね。どうしてメビウスに?」
「あの、工科大学に在学中に、スカウトを受けました。軍の通信技術の研究に参加していたところ、声をかけていただいて」
「大学生なのね。専攻は?」
「情報工学です。衛星通信の解析と、データの統合処理を、主にやっていました」
「戦闘経験は?」
ソフィアの問いは、ストレートだった。クリスは、びくりと肩を揺らした。
「射撃訓練は、規定の課程を修了しました。ですが、実戦は……ありません。戦闘は、正直に言って、不向きだと思います」
「正直でいいわ。後方支援が本分なんでしょう?」
「はい。後方でのデータ支援を、全力で務めます。それと、狙撃での援護もします。訓練では、悪くない数字でした」
「狙撃?」
マイクが、身を乗り出した。
「狙撃ってことは、俺とペアか?」
「はい。オルセン司令官から、そのように聞いています」
「おお!」
マイクが、ぱあっと顔を輝かせた。ずっと1人で動いてきた男の顔だった。
「よろしくな、ちっこいの!」
「ちっこいのじゃありません、クリスです」
即答だった。丁寧な言葉のまま、きっぱりと。
「悪い悪い。じゃあ、お子様」
「お子様でもありません。クリスです」
マイクは、なぜか満足そうだった。
オルセンが咳払いをして、ホワイトボードに向かった。
「改めて、隊内のバディを確認しておく。アルファ、ラウルとソフィア。ベータ、マイクとクリス。デルタ、ニックとジェシカ。以後、任務の基本単位はこの3組だ」
クリスは、一生懸命にメモを取っていた。ペンを握る手が、小さい。
◇
その夜、俺とマイクは、宿舎の男性用休憩室にいた。
風呂の順番待ちだった。ソファに沈み込んだマイクが、天井を見たまま言った。
「なあ、ラウル」
「何だ?」
「ウチの基地、顔面偏差値が高すぎないか?」
「まあ、否定はしない」
ここからは、男2人の、ゲスな雑談の時間だ。
「ソフィアは、顔だけなら最高だな。あの目つきさえなければ」
「目つきは、確かに怖い。睨まれたら、心臓が止まる」
「しかも、あのスタイルだぞ。出るところは出て、引っ込むところは引っ込んで。神様は、あの人に全部盛りしたな」
「性格に全部盛りしなかったのが、せめてもの慈悲だ」
「分かる」
マイクが、深くうなずいた。
「あいつ、押しが強いだろ。こっちが何か言う前に、全部決めて、全部引っ張っていく」
「訓練のときなんて、拒否権がなかった」
「あれはあれで、需要があるんだろうけどな」
「俺は、後ろ姿が一番いいと思う」
「後ろ姿?」
「去っていくときが、一番絵になる」
マイクが、じっと俺を見た。
「お前、それ、重症じゃないか?」
「うるさい」
話題が、ふと途切れた。
「医療班も、美人が多いよな」
「リナは、まあ、別として」
「ああ、リナさんは言うまでもない。でも、他のスタッフもだぞ。あの背の高い人も、髪の長い人も」
「お前、いつの間にチェックしたんだ」
「仕事だ」
「何の仕事だ」
マイクが、真顔で続ける。
「ドローン班のジェーンも、いい。クールで理知的で」
「それも分かる。眼鏡が似合いそうだ」
「眼鏡は、かけてないぞ」
「だから、似合いそうなんだ」
何を言っているのか、自分でも分からなくなってきた。
こういう会話は、実に楽しい。
女の前では一切口にできないが、今の俺は、物凄く楽しい。記憶が全部あったとしても、きっとこの時間を楽しんでいるだろう。
「ところで」
マイクが、声を落とした。
「ちっこいのは、どう思う?」
ちっこいの。クリスのことか。
マイクにはクリスが子どもに見えるらしく、どうも下に見ている。呼び方も、お子様だの、ちっこいのだの、定まらないのだ。まあ、気持ちは分かるが。
「妹みたいなもんだ。放っておくと、あのバックパックに潰されそうだろう」
「確かに。あれは、背負うというより、背負われてるな」
「保護者の気分になる」
「お前、父親か」
笑い合って、話題が元に戻った。
「で、結局、誰が一番なんだ?」
「俺は、決められない」
「俺はな、ジェシカだ」
マイクが、即答した。
「ジェシカ?」
「いい女だと思わないか?」
「……思う」
認めざるを得なかった。
「あの人、あれだけ強いのに、全然偉ぶらないだろ。それに、年上だ」
「ああ。俺たちより、確実に上だな」
「この前の戦闘でも、俺がミニガンの射線で焦ってたら、何も言わずに、さっと位置を変えて弾を引き受けてくれた。文句ひとつなしだ。礼を言ったら、『仕事だから』の一言で終わりだぞ」
「俺も、似たようなことがある。弾切れを察して、黙って合図をくれた。こっちが気づいたときには、もう動いてた」
「それだ。さりげないんだよ。恩着せがましさが、ゼロなんだ」
マイクが、ソファの上で身を起こした。
「ソフィアは、引っ張っていくタイプだろ。ジェシカは、横で支えるタイプだ。気づいたら助けてもらってて、気づいたらいなくなってる。こっちが背筋を伸ばしたくなる」
「クールで、落ち着いてて、でも冷たいわけじゃない」
「そう。余計なことは言わないのに、必要なことは、ちゃんと言う」
「引き締まった体つきも、いい」
「分かるか? あのしなやかさ。鍛えてるのに、色気がある」
「ああ。強さの中に、女らしさがある」
「それに、何より――」
マイクが、拳を握りしめた。
「あの褐色だ」
「褐色」
「褐色で、微乳。最高だろう」
「……最高だな」
「いやあ、分かってるじゃないか、ラウル!」
「正義だ。褐色の美人で微乳は、正義だ」
「正義だ!」
2人の手が、がっちりと握り合わされた。
その瞬間、扉が開いた。
「風呂の時間だ。20時から、男性が使える」
ニックだった。
いつもの無表情で、タオルを肩にかけている。いつからそこにいたのかは、分からない。マイクは、ソファの上で石像になっていた。
「あ、ああ。ありがとう、ニック」
「すぐ行く」
ニックは頷いて、踵を返した。
扉の前で、足を止めた。振り返らないまま、静かに言った。
「ジェシカに手を出したら、暗闇に気をつけろ」
ニックの冷たい一言に、俺達2人の背筋が凍りついた。




