第4話 セカンドミッション
二日もすると、体力はすっかり戻った。
その間、ソフィアはずっと付き添って看病してくれた。きつい物言いをする女だが、根は優しいのだ。もっとも、俺もただ甘えて寝ていたわけじゃない。
ベッドの上で、頭の中を整理した。
ここは、俺が「記憶のない元の世界」でプレイしていた『メビウス』によく似た世界だ。
ときおり頭の奥で響く、金属を擦り合わせるような耳鳴り。あれは、「本来の記憶」に関わる何かが入り込んでくるきっかけらしい。元の世界のことを深く思い出そうとすると、視界が白く弾けて、意識がこの世界での役割のほうへ引き戻される。ミッション中は、任務を遂行することだけに頭が向く。生存率を上げるうえでは、悪くない仕組みだ。
分析用のプロヴィデンスシステム、通称PVS。レベルやドロップの表示は、俺にだけ見える。ゲームでいうメニュー画面みたいなものだろう。
主な仲間は、司令官のオルセン。任務を共にすることが多いのは、相棒のソフィアと、マイク、ニック、ジェシカの四人。
【思い出した「本当の自分」のこと】
・中年(中年太り気味?)
・ゲーム好き。アニメや漫画も好き。オタクっぽい。
・DT
・ムッツリスケベ
こんなところか。
念のための検査と射撃訓練、格闘訓練をひととおり終えた。この身体は、調子がいいと本当によく動く。ソフィアはオルセンとリナに釘を刺されたらしく、訓練のときは以前より手加減してくれた。
朝の三時。ブリーフィングルームの扉を開けると、全員がすでに揃っていた。
「おかえり、ラウル。身体はもう大丈夫なのか?」
オルセンが、穏やかな声で気遣ってくれる。いい人ではある。ただ、人手不足なら司令官のお前も戦えよ、というゲーム時代の印象は、今も変わらない。
「ああ。心配をかけてすまなかった」
「いや、謝るのはこちらのほうだ。なにせ、今からジャッカルの本拠地、科学技術センターを襲撃してもらうんだからな」
オルセンが端末に触れると、机上のディスプレイに、本拠地までのルートと施設内の図面が浮かび上がった。
「他の四人には、もう説明してある」
ニックが、静かに口を開いた。
「ジェーンのおかげで、情報はかなり集まった。移動ルートは、他の隊員数名と市民兵が確保する。問題は、科学技術センターそのものだ」
画面が切り替わり、建物の入口を捉えた監視映像が映し出される。オルセンが説明を引き継いだ。
「小型の監視ドローンで、最大望遠で撮った映像だ。まず、裏口は閉鎖されている。この施設は危険物対策で造りが頑丈な上に、見張りも多い。前回のように爆薬で壁を抜いて入るのは不可能だ。それに、これだ」
また画面が切り替わった。入口へ続く広い階段、その最上段に、据え付けのミニガンが映っている。
据え付けのミニガンか。いかにもゲームらしい配置だ。
「正面突破しかない。だが、まず入口の制圧からだ。見ての通り、ミニガンが睨みを利かせている」
「そこで、このスナイパー・マイク様の出番ってわけだ」
マイクが、親指で自分の胸を指して、得意げに胸を張った。
「狙撃地点は、もう確保してある。本当にギリギリの場所だが、それだけ連中が警戒してるってことさ」
「ジャッカルは、散らばっていた仲間をこの建物に集めて、周囲を巡回させている」
ジェシカが、淡々と続ける。作戦の全体像を、すでに頭に入れている口ぶりだった。
「気づかれずに入るのは無理ね。撃ち合いながら進むしかない」
さすがは、元コンビの二人だ。言葉の継ぎ目に、ためらいがない。
「じゃあ、俺とソフィアが前衛で陽動を仕掛けて――」
「待て、ラウル」
ニックが、低い声で遮った。
「この三チームの中で、一番速く動けるのは、招集前からコンビを組んでいる俺たちだ。前回は出遅れた。今回は、俺たちの得意分野になる」
「ええ。久しぶりに、まともな仕事ができそうね」
ジェシカが、口の端だけで笑う。
二人とも、背筋が伸びていて、目に無駄な力がない。ドラマの中の、修羅場を何度もくぐってきた特殊部隊員みたいな顔だった。妙に頼りがいがある。
「そういうこと。私たちは周辺の敵を迎撃しつつ陽動して、マイクの狙撃を援護する。やれる?」
ソフィアがそう問いかける横で、マイクは「ソフィア、“スナイパー・マイク”って呼んでくれ」などとぼやいている。聞き流そう。
「やれるかどうかじゃないだろう、ソフィア。やるしかないから、オルセンは俺たちをここに集めたんだ」
俺の言葉に、オルセンが、ふうっと息を吐いた。
「すまない。合流するはずの隊員たちの到着が遅れていてな。だが、攻めるなら今日しかない。他の組織が息を潜めている上に、連中は我々を待ち構えている」
「……そうか」
ゲームなら、ソロでも攻略できた。撃たれても、回復キットを使えば立て直せる。だが、ここにはそんな都合のいいものはない。
支援してくれる仲間は少ない。広大なマップの中で、争いは同時にいくつも起きている。限られた戦力で戦うしかないのだ。
「中に入れば、敵が待ち構えている。数は不明だ。ただ、最近の遭遇戦で、分かったことがある」
ニックはそこまで言って、言葉を切った。説明しにくいものを、どう伝えるか測っているような間だった。
「監視ドローンが捉えていた。見てくれ」
ジェーンが、ディスプレイに映像を呼び出す。市民兵とジャッカルが遭遇した場面だった。市民兵が撃たれ、倒れたところへ、ハンドガンでとどめまで刺されている。
「この映像、おかしくないか?」
「でしょう? 私も、驚いたわ」
いつも強気なソフィアが、言葉を詰まらせる。
「ああ。こいつら、アーマーを削られて、生身に弾を食らっているのに、動きが止まらないんだ」
さすがのマイクも、この話には声を落とした。
「場所が科学技術センターだ。薬物で、痛覚を麻痺させている可能性がある」
オルセンが、重い声で言う。
「ジェーンは、市民を殺したジャッカルを、その後も追跡した。そいつは出血が止まらないまま倒れ込み、動かなくなって、死んだ」
オルセンの言いたいことは、だいたい分かった。ジャッカルの幹部クラスは、手段を選ばず、敵と見なした人間を殺しに来る。薬物で痛覚を殺しているなら、身を隠すことも、急所を狙う駆け引きも、関係なく突っ込んでくる。痛みを感じない兵士。そう考えたほうがいい。
ゲームには、なかった設定だ。頭を撃ち抜けばいいのだろうが、そう上手くはいかない。ゲームじゃない。相手は人間なのだ。
「さっきも言ったが、俺の狙撃ポイントは射程ギリギリだ。制圧には、時間がかかる」
「その上、中に入れば、撃っても止まらない連中の巣窟だ」
ニックが、マイクの言葉を受けて続けた。
「楽な任務じゃない」
二人の説明を聞き終えて、俺は口を開いた。
「なら、マイクはミニガンを制圧したあと、早めに合流してくれ。ニックとジェシカは、こういう任務に慣れていると言ったな。突っ込んでくる無痛覚の敵が出たら、アーマーを削る役と、急所を重点的に狙う役を決めておいてほしい」
「了解した。心配するな、ラウル。こういう任務には慣れている」
ニックは、すぐにソフィアと打ち合わせを始めた。短い言葉だけで、役割がまとまっていく。頼りになるし、格好いい。
「ソフィアは、敵のアーマーを削ってくれ。俺は、ライフルで可能な限り急所を狙う。これが、今回の基本的な戦い方になる。マイクは、合流したあとも後方からの狙撃で援護を頼む」
ニック兄さんにジェシカ姐さん。この二人の呼吸は、やはり別格だ。
「では、三十分後に出発する」
オルセンが、全員の顔を順番に見渡した。
「ここに集めたメンバーは、俺が見た限り、この基地にいる精鋭だ。作戦中は、PVSと無線で常に状況を把握する。……若い兵士に頼むのは忍びないが、幸運を祈る」
気がつくと、その場にいる全員が、背筋を伸ばして敬礼していた。オルセンにも、カリスマ性というものがあるらしい。まあ、俺は、ヒーローなんてガラじゃないけどな。
それにしても、ソフィアの視線が気にかかる。戦闘中や、昨夜とは、また違う目だ。俺を見る眼差しに、諦めのような、疑いのような色が混じっている気がする。
いや、気のせいか。
集中しろ、ラウル。これから戦闘だ。女のことにかまけて、自分のことばかり考えて、自分どころか仲間まで失うわけにはいかない。
今回も、生き残らなければならない。生き残らなければ、元の世界の記憶も、何も取り戻せないのだから。
生き残るんだ。




