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第3話 インターバル



 ラウル達がジャッカル討伐戦の任務を無事に完了し、サイバーテック社から帰還した。

 ソフィアはラウルを不気味に感じていた。

 任務に向こう時も、今も、ラウルは無言で歩いている。

 略奪している無法者を見つけても、無言で討伐し、淡々と歩いている。

 そして、到着すると何もなかったかのように、独り言をブツブツ何か呟いている。


 更にハッとしたように、「到着か~」と言って、ソフィアの方を見てホッとしているのだ。

 ニック達は、疲れていたのだろうし、緊張もしていたのだろうと言っていたが、昔の彼を知っている彼女からすれば、まるで別人のように感じてしまっていた。




―翌日

 

俺は起きて早々に、時計とPVSの記録を何度も確認して、ファストトラベルの時に何か起こっていたのかをチェックしていた。


「ふぅ」


ゲーム『メビウス』の時は移動中にも野良の敵に遭遇する。

装備や経験値が手に入るなら、今後はファストトラベルは使わない方がいいだろう。


医務室のベッドに横たわりながら知らない天井を見て考え込む。


「ラウルくん、調子はどうですか?」


医療スタッフのリナが話しかける。


リナ、ゲームでは登場しないがはっきり言って好きなタイプだ。

黒髪のボブカットに巨乳。

そして接し方がとても丁寧だ。


「ああ、リナ…痛みはかなり引いたよ」

「よかったぁ…なにか食べ物を持ってくるわね」


その“よかったぁ”ってなに?

俺を口説いてどうする気?と、ドキドキしながらPVS画面を確認する。

ジェイド戦の後、応急処置や事後処理で忘れていたドロップ品の確認だ。


◆Lv.7→Lv.12にUP

  ・フィジカルステータス 向上

  ・オーキスシリーズ装備取得

  ・SAR (セミオート)“ゲイズ・ヘル” をドロップ 

  ・フィジカルスキル:“フライングショット”を習得”―


ネームドの防具と武器…

このライフル、俺がゲームでよく使っていたものに似ている。

特別優秀ってわけじゃないが、発砲音が他の武器より好きだったっけ。


それにしても…。


周りを見渡すと、基地内が綺麗になっているのがわかる。

確かにストーリーを進めれば、基地の設備も充実していくゲームだったが、

誰も顔色一つ変えずにいる。やっぱりNPCなのだろうか?

せめてリナは本物の人間であってほしい。


「食料が届いていたわ、ここに置いておくわね」


リナが食事という名のレーションを持ってくれたけど、味気ないんだよなあ。


異世界っていえば、料理の味も楽しみの一つではあると思うのだが、

この世界はゲームと同じディストピア。


大した食べ物は出ない。


まあ食えるだけましな世界観でもあるわけだが、

せめて選択肢が出てきて、「あ~んしてほしい」ってできればいいのに。


「何かあったら呼んでね、他の患者さんを診てこないと…」

「うん、そうか」


動揺を隠さないようにリナに返事をする。残念だな、仕方ないよな。


「あ、あのラウル隊員…ありがとう、おかげでたくさんの避難民を受け入れることができたの…感謝してる」


ドキッとした。こんな風に女の子から純粋にお礼を言われたことなんて…

…いつ振りだっけ?


「いや、当然のことさ」


返しはキリッとね…

リアルじゃこんな風に言葉を返しても通用しなかったはずだ。

そういうどうでもいい人間の反応なんかの記憶はある。

俺自身の元の世界のプロフィールに関することや、どんな生活をしていたか、はスッポリ記憶から抜け落ちている状況だ。


「アナタ、ああいう娘がタイプだったの?」


声の方を見ると、隣のベッドでソフィアが身体を起こしていた。


「ソソソソフィアさんも負傷したんですか?」

「あのグレネードで吹っ飛んだ時に頭を打っただけなんだけど、オルセンもリナも大袈裟なのよ…」


パッと見た感じ、頭に包帯は巻いているものの、ソフィアはどこも異常はなさそうだ。

昨日目覚めた時に比べてソフィアの俺に対する当たりが強い気がする。


「軽傷ならお互いよかった。でも、休めるときに休んでおいた方がいいよ」


PVSのライフゲージが、俺もソフィアも20%ほど削られていて、ゆっくりと回復しているのがわかる。

ゲームならセーフエリアに戻った時点で全快するが、このあたりはリアルだ。


「お、二人とも平気そうだな」


一緒にミッションをこなしたメンバーがやってくる。

狙撃手のマイク、今回は戦闘で出番はなかったが、退路を確保していたニックとジェシカだ。


「俺とジェシカは敵との遭遇はなかったからな、増援に向かえればよかったのだが」


ニックは肩までかかるロングの金髪、目鼻立ちもはっきりしているイケメンだ。

これでサイボーグで日本刀でも振り回していたら、昔の戦闘機の名前をコードネームにしようって、オルセンに直訴したいところだ。


「ニック、あたし達だって出入り口に敵が現れた場合に備えてたのよ。

結果的に現れなかっただけで、銃を撃ったかどうかは関係ないじゃない」


と、なだめるジェシカは褐色の肌にブルネットのセミロング。

マイクとはミッション開始前に話したが、ニック、ジェシカとはあまり面識はない。

 

彼等の大まかな経歴はミッション前に確認した。PVSで閲覧することができるのだ。

とはいっても、作戦上かかわりのある人物のものしか見ることはできないらしい。


オルセンによれば、メビウスが全部で何人いるかなども、安全管理の上で誰にも知らされていないらしい。


「ラウル、ソフィア、お前達は今日のところは休めってさ。俺たちはこれから

サイバーテック社の後始末だ」

「ええ、ここに避難してきている市民が住めるように、死体の処理と物資運搬と護衛ね」


 ニックとジェシカは息の合う口調で説明してくる。さすがコンビだ。


一方でマイクは、

「俺だって活躍したのに」

だの、

「スナイパーマイクと呼んでくれ」

と、口数が減らないお調子者だ。


「ラウル、ソフィア、昨日も二人の活躍でこの基地を取り戻せたんだ。

今日のところは俺たちに任せてゆっくりしてくれ」


ニックはイケメンの上に性格もいい、と誰かPVSに追記しておいてくれ。

3人が去ったあと、ソフィアがこちらを睨んでいるのがわかる。


「ソ、ソフィア…なにか?」

「屋上での最後の突撃のことよ。アレは何なの?」

「最後の攻撃のことか?」

「弾もあったし、増援のマイクもいた。持久戦を続けていればその足を負傷することも

なかったし―」


途中からソフィアの小言は耳に入っていなかった。

自分でもよくわからないのだ、何故強硬突撃を仕掛けたのか。


 おさらい、ゲームと共通のスキル

 ・障害物を駆け上がりながら銃撃する“スラッシャー”

 ・横回転で被弾率を避けながら銃撃する“ローリングショット”


これらは『メビウス(ゲーム)』のスキルにもあったが、一直線に突撃するスキルはない。

PVSの表示された“フライングショット”があの突撃後の銃撃だったんだろう。

 

ミッション開始後は、この世界のことや自分が本当は誰だったのかなどの疑問は薄れ、頭の中はミッション達成のことに集中するようだ。

 

ゲームとの違い・安全マージンのこと・何が有効か、とそれに気を取られていた。

死ぬ可能性があるのだから、それはそれで間違いではないのだが…。

最終的にボスに突っ込んでいっては本末転倒だ。現にこうして足を負傷してベッドの上にいるのだから。


「すまなかったソフィア、冷静でいられなくなった…自分でもよく覚えていないんだ」

「そう、ごめんなさい、私も少し言い過ぎたわ」


 視線を斜め下に落とすソフィアに愁いを感じた。愁いと共に…。


 ―“トクン”―


美しい…と思った。

朝目覚めてから、今に至るまでソフィア、ジェシカ、リナ…は別格として…。

とにかく、会う女性は美人系、かわいい系なのにドキッともしなかった。


それどころか、一度は囮役のNPCという扱いまでしていたのに、今ではソフィアがなぜ俺を説教しているのか、その優しさを感じることができる。


「それとあの突撃の時の…あなたの眼…PVSがね…」

「え?」


 彼女の外見に気を取られて話に追い付いていなかった。ご褒美…じゃなくて、怒られてたんだよな?


金色になっていた(・・・・・・・・)の…このことはオルセンにも報告していない。」

「金色…?」


PVSを装着し、PVSの戦闘稼働中、メビウス隊員は全員、黒めに青白くVのラインが浮かぶ。

俺の知っているそれ《ゲームの場合》は仕様であって、ビジュアルマーケティング以外の目的しか知らない。


大ボス前のムービーでも青白い眼が出るものだから、設定したアバターの眼の色の意味が無いじゃねーかって思いながらプレイしていたのも覚えている。


「ここに運ばれてきたときにリナがチェックしていたけど何も異常はなかったみたい。

でも、聞いたことないわ、PVSの色が変わるなんて」

「…そうか」

「でも、あの状況じゃ私の見間違えかもね。その前にグレネードを喰らって頭を打っていたし…」


PVSは万能じゃない。

あくまで主人公であるプレイヤーの優位性を根拠づけるための設定だった。

別に怒りや憎しみで能力が向上したり、敵の動きが事前にわかったり、ググーっと見つめることで黒い炎が出たりするわけでもない。


「もう日も暮れてるし、私はこのまま寝るわ、レールカーテンを閉めるから変なことは考えないでね。入ってきたら、リナにもあることないこと言うわよ」

「い、いやそれだけは!!」

「フフ…冗談よ…――」


なにか言ったか?

ま、いいか。


「おやすみ」


・・・とは言ったものの、寝付けない。

振り返ってカーテンを開ければ、そこにはスタイル抜群の金髪お姉さん。

是非初体験を卒業させていただきたいです、って今なら思えるソフィアがいて、

ここは『メビウス』(ゲーム)によく似た世界…。

 

金切り音、ゲームのストーリーを思い出そうとすると起こるフラッシュ。

記憶が呼び起らないから、バックのないただのフラッシュだ。

ミッションが始まると意識が敵を倒すことに集中するスイッチ。

そして金色の眼…か。


あ、自然と考えて本当の自分の一部がわかった。


俺は・・・童貞なのか・・・。



 ラウルは本来の記憶と呼んでいるモノを少し思い出し、そのまま眠りについた。

 いくら訓練をしてきた記憶と肉体を持っていても、実戦の緊張感の残ったままでは疲労は

 回復しづらい。

 少しは親しくなれたソフィアの言葉で、力が抜けていったようだ。


 ソフィアは、窓から遠くを見つめていた。


「もう、私の知っている彼ではないのね……」





―翌日・セントラル基地


体力を回復してからラウル達は、敵がうろついているスポットを掃討したり、ジャッカルの連中から奴隷にようにこき使われている市民を助けたり…。

それでもレベルやドロップは大した成果はなかった。

レベル共有は共に行動している仲間のみに表示されていることはわかった。


 でも―


「メビウス隊員、ありがとう」

「あなた達、他には何人いるの?みんな感謝してるわ」


 避難している市民達から礼を言われるようになった。

 嬉しいことではあるが、ラウルにとってはゲームでも同じで、拠点奪還ミッションでクリアをすれば、NPCが感謝の言葉を言ってくれるものだった。


 「慣れているんだよな、その言葉は」とでも言いたげな表情になりかけたが、ぐっと堪えて笑みを浮かべてみていた。


「サイバーテック社は無事、市民の居住区になったみたいね」

 

 ソフィアが市民に手を振りながら話しかけてくる。


「ああ、屋上で菜園までつくるそうだ。この基地から近いから俺達も護衛できるけど、敵はまたあそこを奪いに来るんじゃないか?」


 ゲームでもよくそういうサイドミッションあったし。


「聞いてないの?あの戦闘の後で、避難民の中から元警官や退役軍人が名乗り出て、市民兵を設立するって話」

「知って…聞いたよ、でもろくな装備もないだろう?」


 ゲーム(『メビウス』)じゃこの市民兵、普通にTシャツにスラックスでハンドガンを撃つだけだった。防具を装着してマシンガン持った無法者に何度も撃ち殺されてたが…。


「私達が倒した敵の防具や武器を提供するみたいよ。弾薬ならここでつくれるし、少しずつ防衛力を高めてセーフエリアにしていくみたい」


なるほど、どうりでドロップした装備を再確認しようとした時に、アイテムが0表示だったわけだ。

治療を受けた後、地下の武器庫を確かめると、見覚えのある銃器に防具が補充されていた。

俺がいらないと選択した防具や武器は、自動的に保管庫に移動するということか。


「そろそろ上に行くわよ、オルセンからブリーフィングがあるの。聞いてるでしょ?」

「ああ、次のミッションでもあるのか?」

「さあね、でもこのところイーストサイドばかり見回っていたから、何かあればわかるわよね」


最初のミッションではファストトラベルが使えたが、どうもこの世界はゲームと若干違うらしい。

地形や建物、地図の表記が違うし、自分でも巡回しているときに直に確認していた。


ブリーフィングルームに入ると、マイク、ニック、ジェシカの他に複数人の隊員がいた。

中央の机上大型ディスプレイを睨みながらオルセンが待っていた。


正直、オルセンというキャラは好きじゃない。

ゲームでは無線で指示を飛ばしてくるだけで戦闘には一切参加しない指揮官だ。


話し方は温和だが、もし戦闘になった時は絶対に役に立たないと思いながらプレイしていた。

それよりも、俺はなぜかこの場にいる愛しのリナをチラ見していた。


「集まったな、先日はご苦労だった。我々も少しずつだが体制が整いつつある。

ここにいない隊員も、通信でこの話を聞いている」


イヤホンにもオルセンの声が入ってくる。

目の前にいるのに、おっさんの声が二か所から聞こえるのは、なんだか嫌なので無線を切っておこう。


「まずはこの司令部だ。皆に紹介しておく、各セクションのチーフだ。

 偵察ドローン操作班のジェーン、装備配給班のハリー、メディック班のリナだ」


リナの名前が出ると、彼女はこっちに向かって小さく手を振る。

トゥンクだ、またトゥンクがきた。


「サイバーテック社のあるイーストサイド、この辺りは先の基地奪還後に伝えた通り、ジャッカルという組織が支配している。まずはここを攻撃する」

「連中を残らず殲滅するってことか?」


いつも落ち着きのないマイクが尋ねる。


「ああ、この基地を起点にして少しずつ街を避難民が安全に暮らせるエリアを拡大していく」

「だが、そう簡単にいくのか?ジャッカルだけじゃない、“ワイルドファイア”という組織の存在。その上この基地だって、四方からいつ攻撃を仕掛けられてもおかしくない」


真面目なイケメンニックも口を開く。


メビウス(ゲーム)』と相違点はあるものの、大まかな流れは知ってる俺はジーっとリナを見ていたいところだが、ソフィアの視線も感じるので、スキンヘッドのおっさんの顔を見ていることにしよう。


「幸い、本土決戦後に散らばっていたメビウスの隊員もこちらへ合流しつつある。

とりあえず、この基地の防衛については問題ない。ワイルドファイアについてはまだ拠点が

はっきりしていないが、君達が持ち帰ってくれた情報に、ジャッカルの幹部の情報があった」


『ピッ』


 机上ディスプレイに数人の顔写真が映される。


「奴等の幹部は不名誉除隊になった元軍人や特殊部隊にいた者達だ」

「そいつらに下っ端の連中は銃器の使い方を教わっていたのね」


 生真面目コンビのもう一人、ジェシカが納得したように言う。


「ああ、とにかく現状では今ある情報をもとに動くしかない。ジャッカルは小規模で荒くれ者の集団だが、だからこそ何をしでかすかわからない」

「オルセン、ここまで詳細に話すってことは、ジャッカルの本拠地はわかったのか?」

「イーストサイド…北東にある科学技術センターだ。ジェーンがこれから偵察ドローンで情報を集める。準備ができ次第、潜入、殲滅を目的とした作戦を開始する。備えておいてくれ」


科学技術センター・・・。

PVSで確認はできるが、俺の知らない場所だ。名前からして嫌な予感がする。


「それから、ハリー達装備補給班から、物資の調達をしてもらった。装備のカスタマイズが

増えたから、各々自分に合った装備を準備してくれ」


武器MODのことか、それは楽しみだ。ブリーフィングを終えると、早速ハリーに支給された

パーツを確認する。

相変わらず、俺の場合はPVSに選択項目とMOD変更による数値の変化が表示された。


アイテムボックスの前で、セミオートライフル(SAR)“ゲイズ・ヘル”に合ったMODを選択するとスコープとバレル、拡張マガジンが追加されたことがわかる。


 ―“拡張マガジンの入手により保有弾数上限がUPしました”―


またか…“俺にしか見えない”表示は、作戦後のPVS記録を他のデバイスで再生しても表れなかった。この表示はPVSによるものではなく、他の何かなのだろうか。


「そのライフル、使うのか?」


イケメンのニックが声をかけてくる。マイクもニックも話しているといい奴だ。

例えば、ゲームにはないプライベートな時間。トイレやシャワーの場所がわからずにオロオロしている俺を見かけると、「一緒に行こうぜ」と案内してくれる。


ニックは地下の射撃場で訓練をしようと誘ってくる。

設定上新兵ということだが、聞けばニックは正規軍に配属されていた経験もあり、何度も敵の奇襲に遭ったことから、準備は入念に行う癖がついているようだ。


「ああ、なんだか手に馴染むんだよ。」

「PVSの記録を見たが、ラウルのクイックショットは圧巻だったな、どこで覚えた?」


ニックが聞いてきたのは、戦闘中に俺が銃の選択をすることで変化させていることか。どうやら、他の皆には持ち替えているように見えていたのだろう。


「あ、あれか…なりふり構わず銃を持ち換えてたつもりだったんだけど、

上手く見えたならよかった」


辻褄を合わせておこう。

銃が変化した――なんて言ったら、頭がおかしくなったと思われて医療室行き。

そこでリナに変な奴だなんて思われたら、この先どうやって生きていけばいいんだ。


「あんなに敵の武器を奪っても、体の動きは重くならないのか?」

「敵の数が多かったからな、念には念を入れた。でも、今後はどうかな…結構反省してるよ」


ニックに話し返しながら頭の中で振りかえってみると、戦闘中ドロップした後のダッシュは遅くなっていたし、身体の動きは重くなっていた。


ドロップした武器に変化させられるといっても、背中にマウントできるメインウェポンを変更できるだけで、なんでも全て回収してしまえば重さで動けなくなってしまう。


あくまでも最初のミッションは、

 “敵がどこにいて”

 “増援が来て”

 “こんな反応をしてくる”

ということばかりに頭がいって、考えが及ばなかった。

実戦が始まってから、レベル表示や仕様の違いに気づいたのはリスクでもあったわけだ。


「なあラウル、メビウスに配属されたのはソフィアやマイクと一緒だったよな。結成時の顔合わせも一緒だったって?」

「そうだけど?」


そう言われると、また都合よく結成時の記憶が入り込んでくる。

これは偽物だ、俺の記憶じゃない。

それだけはわかっているが、こういう会話の時は都合がいい。


「そうか、どうやらメビウスっていうのはそれぞれ別の時期、別の場所でかき集められたようだな。俺の知ってる隊員はジェシカ以外ここにはいない」


ジェシカさんとは旧知の仲ってわけね。

イケメンと美女、連携もどのバディよりバッチリ合ってるもんなぁ。


「そうなのか?」


キャラの経歴設定もゲームと同じか、部隊メビウスの候補生は、国の危機に際して対応する為に、各地で軍人・一般人に関係なく素質のある者をスカウトされて訓練を重ねてきた。

 

定期的な訓練をこなしながら、普段は一般人として生活をする。

スパイのように見えるかもしれないが、正規でありながら非正規の部隊だから仕方ない。

国家の危機が起こらない限り、部隊メビウスという存在は世界には存在しないのだ。


確か、そんな設定だった。

文章の内容は合ってなくても、ニュアンスはそんな感じだっただろう。


「ああ、実際に俺と顔を合わせたのはこの基地奪還戦の時にそれぞれ集まった時だっただろう」

「そうだった。でも、なんでそんな話を?」


まさか、性格や話し方が違う、お前は誰だとか言われるのだろうか?

そんなことになったところで、俺自身何も知らないのだけど。


「実は俺は正規軍に半年ほど所属していた。その中で一人、雰囲気が違う奴がいたんだ。戦場を知っているような顔つきだった。でも、話すとおどけているというか、よく理解しているかはっきりしない感じで…今思うとラウル、お前によく似ていたよ」

「え?」


 少し笑みを浮かべて、ニックは懐かしそうに話を続けた。


「彼は戦場も経験しているようだった。俺よりも腕は確実に上だっていうのはわかる。ただ、動きが…俺の動きを事前に知っているようなあの動き…間違えなく経験値が違う」


ニックが話していることは俺にとって重要なことだ。

もし、その人物が俺のように『メビウス』に似た世界に迷い込んだプレイヤーだったとしたら?

いや、理論とか科学的とかわからんけど、もはやこの状態がSFじゃん?

『メビウス』(ゲーム)にはそんな入隊時のエピソードはなかった。


俺とは違う異世界の日本から来たプレイヤーかもしれない。

そんなアニメは俺も見たことがある。


「その人の名前は?」

「たしかコードネームはジェイコブ…。腕が上なのは当然かもな、明らかに俺より年上って顔だったし」

「え、そういえばニックの歳って…?」

「記録にあるだろ?28だ」

「そ、そうか…」


なんて若々しく美形の28歳だろう。

ニックパイセンと心の中で呼ばせてもらおう。

彼は自分の作業を終えると、巡回のシフト交代へ向かった。


武器のカスタマイズは面白い。

組み合わせで変わるステータス、敵との相性や優位性を想像するとワクワクする。


「でも―」


俺、人を撃ち殺したんだよな…。

死体は消えなかったし、任意で始められたミッションのリプレイはできない。

ここはリアル(現実)で、やり直しがきかないということだ。


「人を撃つ権利のある奴は、撃たれる覚悟の―か…」


いつだったか、どこでだったかも思い出せないが、何かのアニメで聞いた言葉を思い出す。

アニヲタだったのかな、俺って。


「ねえ、ちょっといい?」


ソフィアがちょっとトイレに来いよって目つきで話しかけてくる。

彼女は美人でスタイルもいい。

一般人なら俺がトゥンクしてるリナよりも多くの人が彼女を選ぶくらい、文句なしの女性だ。

少なくとも外見は…。


俺から見ても美人には間違いないが、彼女にはよく睨まれる上に、その目つきが恐ろしく怖い。かといって、手下に「顔はやめてボディにしな」、なんて言うタイプではないだろう。


体育館裏に呼び出して自らボディブローを仕掛けてくるタイプだと思う。

そして、絶対にそのボディブローは痛いだろう。

特に中年の俺―



また…金切り音がキンキンと頭に鳴り響く。

とっさに頭を押さえる。


痛みはないが、この音はうざったい。


「ちょっと、どうしたの?まだ何もしてないのに!?」


え、“まだ”って言いました?姐さん…。


「カスタマイズにすっかり夢中になっちゃったよ、ごめん。で…何の話?」

「こっちに来て」


ああ、やっぱトイレじゃなくて体育館裏の方か…何の呼び出しだろう。


 

―10分後


「ハァ、ハァ…ソフィア…激しすぎるよ」

「ハァ、ハァ…まだよ…もっと!もっと強く!」

「ハァ…すごいよソフィア、まだ続けられるなんて…」

「何言ってるの…これから…でしょ!」


 ―バシィィィン!!―


手に持ったミットにソフィアのハイキックが響き渡る。

体育館裏で手下にやっちまいなと言われるわけでも、

飛んで小銭をせびられるわけでも、

ましてやベッドで二人、ムフフなことをするでもなく・・・


近接格闘戦の為のトレーニングに狩りだされたのだ。


「さあ、次はあなたの番、左右のジャブから」


 両手にミットを装着して構えるソフィア。


「い、いいの?」

「生ぬるいパンチなんか打ったら、容赦なくカウンターを叩き込むわよ」


 正直、気は進まないが…。ええい、ままよ!


 ―パン!バン!―


 お、強いパンチが打て―


『バシィ!』


「たぁー!!」


左足にソフィアのローキックが入ったぁー!

思わず変な声出しちまった。怪我をしてる相手の脚にクリーンヒット!


「言ったでしょ?容赦ないって」


メビウス(ゲーム)では銃撃がメインで近接攻撃は2パターン、持ってる武器で殴るか、ボタン一つで決められたラッシュをすることしかできない。

確かにこのトレーニングは意味がある。

女性隊員のソフィアでもこれだけ強いなんて…。


「ぐぐぐ…」


ソフィアのローキックで左足が痺れている。なんなんだこのキック力は。


「撃たれた場所を蹴ったのはわざとよ。傷口は開いてないでしょうけど」


ソフィア…万能型美人の彼女に俺は恨みでもかったのだろうか。


「私達は銃撃戦を経験した。経験してないのは近接戦闘よ。次は弾薬の数を気にする前に敵に囲まれて―」


 ―ドス!―(ボディ!)

 

 ―ゴッ!―(ジョー(顎))

 

 ―ゴス!―(テンプル!(側頭部))


容赦ないソフィアの追撃に身を悶える。


「捕まって武器を奪われたとき、貴方はどうするの?」

「う…ぐ…」

「近接戦闘…そんなに苦手だった?ナイフを使ってなくてよかったわね」


く、こんな時に金切り音と頭痛かよ、キンキンうっせえな――


「…ソフィア、ツヅケヨウ」


訓練用のナイフをソフィアに渡ス。

何を心配してるンダ?

お前が望んでいたコトダロウ、さっさと攻撃してくればいいモノヲ。


「イイカラ…コイ」

「フッ!」


 ―ヒュン!ヒュン!―


ソフィアのナイフが空を切る。


「フンッ」


ラウルは踏み込んできたソフィアの左斜め前を先に踏み込み、ナイフを持った彼女の右手を左手で掴みながら、右手で彼女の顎を上にあげて押し倒した。


「コレナラ…ドウダ?」

「…上出来、ね」


身体が勝手に動いた。

これは…なんかできる…よくわからないけど。

できるということは確信できる。


「いつまで押し倒してる気?」

「あ、ああ…ごめん」


両手を離し、ソフィアは服装を整えながら話す。


「打撃は苦手なようね。不思議な人…東洋のアイキドーでもやってたの?」

「さあ、でも…こっちの方が俺には合ってるみたいだ」

「続けるわよ」

「え?」

「今わかった通り、あなたは打撃に弱い。だから訓練するんで…しょ!」


『バキィ!』


実際にここまで痛いと、ご褒美じゃなくなるんだなぁ…。


―夜


初日から寝つけずにいる俺は宿舎を抜け出して夜風にあたっていた。ここがハッキリとした異世界といえる場所なら、少しは格好つけていたところだが、目的は…


「うげぇぇぇぇ!!」


食べたものが一気に逆流してくる。

止まらない。

ニックと話した後…ソフィアとのトレーニングで俺は何をした!?


うっ、今度金切り音が響いてきた。

胃が熱い…身体が…おかしい。


「ハァ、ハァ…」

「誰!?」


振り返ると、俺と気づいたのかリナが近づいてきた。

やめてくれ、こんな格好悪いところをよりによってリナに見られたくない。


「ラウル!?ちょっと誰か来て!担架を持ってきて!」


意識がもうろうとしながら自分が運ばれていることがわかる。

うう…人に見られたくない。

でもこの世界に来てから不眠だったし、今日は特に夜になるにつれ気分が悪くなっていた。

食べたものも吐き出した、栄養が欲しい…。


「ハァ、ハァ…」


意識が・・遠のく・・・



――――


「…ん」


目が覚めると、ソフィア、マイク、ニック、ジェシカが俺を見下ろしていた。

…ああ、医療室のベッドに運ばれたのか。


「リナ!ラウルが目を覚ましたわ、来て!」


リナが駆けつけると、一通り俺の身体を触診する。

ご褒美…と言いたいところだが、全身が少し痺れていて感覚があまりない。


くっそ、情けねー。


「疲労がたまっていたのかも…はっきりとはわからないわ。今ここにある機材では精密には検査できないから…。昨日変わったことはあった?」

「あ、あの…それは…」


バツの悪そうな顔をするソフィア。

多分、違うとは思うけど…すまないソフィア。


「き…近接格…ソフィアに蹴られ…」

「ソフィア…」


メディックとしての警告なのか、困ったような顔でリナがソフィアの顔を覗き込む。


「ご、ごめんなさい…加減はしたつもりなのに…」

「気にしないで…大丈夫、少し休めば動け―」

「格好つけんなよ、知ってんだぜ、お前最近たいして寝てないだろ?実戦に訓練、その上有名なソフィアの男殺しの蹴りをくらっちゃ―」


話の途中でマイクの顔が歪む。どうやらジェシカに足を強く踏みけられたらしい。

ソフィアはとても申し訳なさそうにこちらを見ている。


「リナ、君の見解はどうなんだ?」

「さっき話した通り、精密検査ができないの。食あたりの可能性もあるけど、寝不足っていうことだし今日は安静ね。睡眠剤を点滴に入れておくからゆっくり休んで。何かあったら呼んでね」


点滴に液体を注射してリナは去っていった。


「ソフィアも反省してるみたいだし、許してあげてラウル」


ジェシカが俺の顔を覗き込む。

身体が元気ならくんかくんかしておきたいところだ。

もうちょっとしっかり話したいが、まだ声がでない。


「ソフィアの任務は、ラウの付き添い、それでいいでしょ」

「ええ、ラウ…ごめんなさい。必要なものがあったら何でも言ってね」


ん、いまなんでもって…と、おどける元気がほしい。


しかし、ここにきてこの4人、みんな真剣な顔をしている。

普段おちゃらけてるマイクまで。みんなが俺のことを心配してくれているのか…。


「じゃあ、私達は行くわね」


ジェシカの言葉と共に、3人は部屋から出ていく。

ジェシカはソフィアにとってお姉さん役ってところなのか。

ニックパイセンは、ポンポンっと優しく俺の肩を叩くだけだった。

残ったソフィアとの沈黙が気まずい、都合よく効くほど睡眠剤に即効性はない。


「ごめんソフィア…違うんだ」

「え?」

「君に蹴られ…たからじゃない…本当は…」


ゴホゴホっと咳をしながら俺は続けた。


「倒れたのは…君のせいじゃ…ゴホッ…」

「ラウ、わかった…わかったから無理に話さないで…」

「ハァ、ハァ…」

「いいから、眠れなくていいから目を閉じて…。大丈夫、何かあったらリナを呼ぶわ。大丈夫だから…」

「……」


 スッと目を閉じる。


 なんだか安心した。


 ― 大丈夫 ―


 ソフィアの口から出た、ありふれたその言葉が妙に俺の身体を安心させた。






第0章2


雨の中の帰り道、濡れても傘を買う気にはなれなかった。


「そういえば、明日は休みか」


休みの日はあまり好きじゃない。


何をしていても、頭から離れない遠い記憶。

それを深く思い出すたびに、吐き気に襲われる。


普段は平然として、周囲におどけてみせている。


そんな自分が、誰よりも滑稽に思えた。



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