第十話 手術
立花さん達との会食で一気にカレンのビジネスが動き出した。
お陰で、カレンは大学に行って勉強、相談会、俺の家で立花さんの家庭教師、迎えに来た修造さんと俺を交えて打ち合わせと多忙な日々を過ごしていた。
そうして六月の中頃になり、手術の日の近くになってきた。
以前、俺がカレンがガレージで泣いているのを見て以来、時たまカレンの話を聞くためにガレージでビールを深夜に飲みかわすようになっていた。
最近はガレージにカレンチョイスのアメリカンな瓶ビール用の冷蔵庫を買ったので、里奈経由でアメリカの瓶ビールを入れている。
俺はカレンがそこから取ってくて王冠を取ってくれたビールをオープンセダンの運転席で飲みながら話を聞くのが最近の日課だった。
今日はカレンは珍しく助手席に座って飲んでいる。
「アメリカだと適度な飲酒運転を許容してくれるところもあるでしょ?
だから、ホントは何にもない田舎道を飛ばしてもらいながら飲んでいたいわ。」
「飲酒運転は許可されたからってやめておいた方がいいぞ?何かあってからでは遅いからな。」
「ええ、わかっているわ。今はそんな気分ってだけ。」
「やっぱり、怖いか?」
「それはもう。今まで痛みながらも動いてくれていたけど、手術した後はどうなるかわからないからね。
不安になるわ。」
「そうだよな。取らぬ皮のっていうしな。」
「ええ、期待しすぎてもいけないけど、最悪の事態も想定しておかないと。」
そう言ってカレンはビールを飲み干す。今日は最近熱くなってきたからか黒のタンクトップにショートパンツといったラフな格好だ。
ほんのりと赤く染まった瑞々しい肌が艶めかしい。
「でも、私は受けるわ。辛くて厳しいリハビリがあっても私は私を表現できるようになりたい。今まで以上に!」
「覚悟が決まっているんなら、大丈夫さ信じる者は救われる。」
「あら、あなたキリスト教徒だったけ?私は一応だけど。
てっきり常雲さんのとこの信者だと思っていたわ。」
「いや、一応檀家だけど、いろいろあって神様仏様は信じていないぞ? 俺は。
・・・最期に残るのは恥も外聞もない裸の自分だよ。」
「ごめんなさい。野暮なことを聞いたわ。」
少しの沈黙が訪れる・・・。
カレンがぽつりぽつりと口を開く。
「おじいちゃんとおばあちゃんが島根から出て来て入院中は病院の宿泊施設に泊りながら世話してくれるって言うけど、やっぱり不安なのよ。不安な顔を二人に見せて心配させたくないの。
折角、これから日本にいる間はおじいちゃんおばあちゃん孝行が出来ると思っているのに・・・。」
「いいじゃないか。血の繋がった家族なんだ。遠慮なく不安をぶちまけて頼ればいいさ。
おじいちゃんおばあちゃんだって、不安や心配もあるだろうけどカレンが有るがままに甘えてくれた方がうれしいさ。」
「そういうもの?」
「ああ、そんなもんだと思うよ。」
「なら、そうしてみるわ。」
そう言ってカレンはギア越しに俺の手を握ってくる。
「だから、今だけ・・・。この時だけは、弱気でいさせて・・・。おじいちゃんおばあちゃんに、みんなにこんな顔見せたくないから・・・。」
そう言って顔を俯けてすすり泣くカレン。
俺はただ手を握り返すしかできなかった・・・。
そして入院当日を迎えた。
皆と立花さん一家に見送られ、屋根を出したセダンでカレンのおじいちゃんおばあちゃんを迎えにカレンと共に空港に向かう。
高速を軽快に走っているとカレンが口を開く。
「ごめんなさいね。わざわざこんなことまでさせて。」
「気にするな。まあ、今のうちに泣くだけ泣いて、メイクを治しておじいちゃんおばあちゃんに笑顔で出会えるようにしておいたらいいよ。」
「・・・。バカ。」
「?」
「バカ、鈍感、女たらし・・・。もう、最低。」
「いや、俺何か悪いことした?」
「した。亜咲さんが大切なのはわかってるけど・・・。茉莉たちや私の気持ちを考えてよ・・・。」
そういって弱気モードのカレンは不安に耐えていた。
俺には何のことか理解できないが何か悪い手があったようだ。
とにかく気分を上げなおさねば。
もうすぐ空港に着くので、泣きはらした顔をしたカレンをおじいちゃんおばあちゃんに合わせるわけにはいかない。
「何か悪いことをしたなら謝る。できれば教えてくれ。」
「それは言えないわ。茉莉も楓もいのりも・・・、これは絶対に言えないの・・・。言ってはいけないことだから。
だから、誰がこの立場になっても同じよ。バカ・・・。」
「すまん・・・。」
最近は弱気のカレンにバカと言われることが多くなってきた気がする。
「いいの。私たちが勝手に期待しているだけだから・・・。でも、もしかしたらって思うのよ、みんな。」
「?」
「いい。忘れて。」
「でも、不安に耐えているカレンを放っておくことなんてできない。」
「・・・なら、カレン、大丈夫だ。必ず元に戻るよってくらいは言ってよ・・・。」
「お安い御用さ。
カレン、絶対に君は乗り越えられる。そして、今まで以上に輝けるよ。そして俺を。俺たちを魅入るポールダンスを魅せてくれ!俺はそれが早く見たいんだ!!」
「・・・バカ。ホント言ってくれるわ。
そんな安い言葉で舞い上がっちゃう自分が嫌になるわ。」
そう言って顔を上げたカレンはメイクを治して、空港に着くころにはいつものカレンに戻っていた。
そうして俺たちはカレンの祖父母と合流し、欧女の附属病院へと向かった。
カレンは俺のことをビジネスパートナーで下宿先のオーナーだと紹介していた。
まあ、俺がひとつ同じ屋根の下、うら若い乙女たちと暮らしていますなんて口が裂けてもいえないよね。
その気がなくても、そう思われることは勘弁願いたい。
妻帯者としては。
カレンは久しぶりに会うおじいちゃんおばあちゃんにたくさん話をしていた。
アメリカのこと、ケガのこと、これから俺達と行うビジネスのこと。
俺は運転手に徹して病院に送り届けた。
「じゃあ、俺は行くね。また何かあったら連絡してくれ。」
「そうさせてもらうわ。和樹。
手術して、入院している間はいっぱいおじいちゃんおばあちゃんに甘えているわ。」
「ああ、いっぱい甘えてくれ。立花さんの好意で入院明けに湯治も兼ねた温泉宿が予約してあるんだ。楽しんできてくれ。」
「ええ、そのつもり。じゃあ、私は行くわ。」
「次に会うのは旅館に迎えに来てもらう時ね。」
「だな。頑張って。不安かもしれないが、俺たちがついている。何も心配するな。」
「・・・。70点。赤点ではないけど惜しい返事をありがとう。
その言葉でも、頑張れる気がするわ。
行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
そうしておじいちゃんおばあちゃんに付き添われ、病院の中にカレンは消えていった。
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