第10話「考察祭り」
午前2時。人類の大半が眠る時間帯に、インターネットだけが起きている。眠らない者たちの燃料は、いまやひとつの謎に統一されていた。
匿名掲示板・ダンジョン板。本日もっとも回転の速いスレッドの名は――
【速報】謎の単独攻略者考察スレ ★47
347:名無しの探索者
だから国家の秘密部隊だって。単独完全攻略なんて個人には無理
348:名無しの探索者
>>347
それなら記録ごと消すだろ。協会にわざわざ検知させる工作員がどこにいる
349:名無しの探索者
AI兵器説を推す。戦闘痕ゼロ=物理で殴ってない=魔素分解型の無人機だよ
350:名無しの探索者
おまえら現実見ろ。異世界帰りの勇者だ。向こうで魔王倒して力が余ってんの
351:名無しの探索者
>>350
それはおまえがいま読んでる小説
352:名無しの探索者
現場の素材、『資源ごみ』の札付きで分別されてたってマジ?
353:名無しの探索者
>>352
マジらしい。律儀すぎて草。ゴミの日かよ
354:名無しの探索者
もう業者だろ。清掃業者が掃除のついでに攻略してんだよw
355:名無しの探索者
>>354
つまらん。ロマンがない。却下
356:名無しの探索者
協会が箝口令敷いてる時点で答えは身内だろ
357:名無しの探索者
>>356
協会にそんな有能がいたら誰も苦労してない
358:名無しの探索者
で、次はどこが綺麗になるんだ。層の予想を当てたやつが優勝な
359:名無しの探索者
>>358
賭けるならゴミの日の前日だろ。あの人、ちゃんと分別するタイプだし
スレは1時間で埋まり、★48が立った。国家説にも兵器説にも勇者説にも、真実は等しく遠い。満点の回答は354で出ていたが、採点する者はどこにもいなかった。
SNSのトレンド1位は、3日続けて#ファントム。
目撃談が湧く。第七ダンジョン前で白い影を見た。いや黒だった。身長2メートルの大男だった。いや少年だった。翼が生えていた。証言が増えるほど、人物像は人間から遠ざかっていく。
海外もお祭りである。あだ名の本命は《Ghost of Tokyo》。対抗は《見えない軍隊》。冗談枠が《Phantom Janitor――幻の清掃員》。真実に最短距離で触れるのは、いつだって冗談枠だ。
便乗も早かった。通販サイトにはファントムTシャツが並び、どこかの洗剤メーカーは新商品『幻の汚れ落とし』の予約受付を始めた。ワイドショーは朝から特集を組み、コメンテーターが真顔で「新時代の抑止力」と論じた。顔も名前も出していない誰かさんが、もう経済を回し始めている。
そして祭りの中心に、ひときわ高い火柱が立った。
「はいはーい、緊急生配信はっじめるわよー。考察系配信者、ノロイちゃんでーす」
呪術師風の衣装でデータを語る、属性過多の配信者だ。例の赤いサムネイル――『ファントムは個人ではない』を最初に打ち上げた張本人である。動画は3日で再生1,000万回。今夜の生配信は、開始10分で同時接続が6桁に乗った。
「結論から言うわ。ファントムは複数人。単独であれだけの浄化は、物理的に不可能なの」
「いい? 第47層の総面積は東京ドームまるごとひとつぶん。残留魔素の完全除去には、S級術師100人がかりで72時間かかる計算よ。それを6時間で? ひとりで? 寝言は寝てから言いなさい」
「よって正体は、訓練された浄化のプロフェッショナル集団。名付けて――《幻影清掃部隊》説!」
「異論は認めるわ。ただし、データを持ってきてからにしなさい」
コメント欄が滝になった。天才。それだ。いや無理あるだろ。国はいくら払った。賞賛とツッコミがおよそ半々。どちらも数字の上では、同じ養分である。スーパーチャットの雨が画面を金色に染め、切り抜き動画は朝までに100本生まれる勢いだった。
配信が終わる頃、チャンネル登録者は8万から23万に跳ねていた。
断言は、半分だけ当たっていた。浄化のプロ、というところだけ。
部隊ではなく、たったひとりだけれど。
――同じ夜。午前3時。
第七ダンジョン・第39層の通路に、モップの水音と鼻歌が響いていた。
「ふんふん、ふーん……」
CMで覚えた洗剤の歌だ。歌詞はサビしか知らない。灰崎湊、23歳。世界でいちばん探されている男は、世界でいちばん静かな夜勤の最中だった。
今夜の39層も、なかなか散らかっていた。通路一面に魔素の染み。隅に大きな骨が数本。天井の角には呪詛が3件。どれもモップと時給の範囲内だ。骨は資源ごみに出す。呪詛は……拭けば消えるから、ゴミにもならないか。
骨を台車に積むと、車輪が低く軋んだ。S級素材の相場を知っていれば卒倒する光景だが、台車の上ではただの資源ごみである。
ひと区画を磨き終えて、壁にもたれて休憩に入る。麦茶は所長の差し入れだ。スマホを開くと、ニュースの通知が溜まっていた。
『ファントム関連銘柄が急騰』『考察動画、再生1,000万回を突破』
「ファントム……」
湊は画面を眺めて、3秒だけ考えた。
「……新しい洗剤の名前かな。うちも仕入れないかな、それ」
ま、いっか。世界の謎より、目の前の床だ。帰りにプリンを買っていこう。特売なら2個いける。面会は夕方だから、それまで冷蔵庫で冷やしておけばいい。
湊は麦茶を飲み干して、立ち上がった。時給1,250円ぶんの床が、まだ残っている。
「今日も平和だなあ」
磨き上げた床に、魔素灯の白がまっすぐ映る。この階層の記録が明日の朝も協会をひっくり返すことを、世界でただひとり、当の本人だけが知らずにいた。
――夜勤明けの事務所。
熊谷所長が、指示書を1枚差し出した。
「灰崎。次の現場だがな、ちっとばかし厄介だ」
「厄介、ですか」
「第七の旧区画に『魔素だまり』ができてる。放っときゃ地上に溢れて、街ごと呑みかねん類のやつだ」
「……要するに、でかい水たまりの掃除ですよね」
「まあ、そういうことになるかな。……無理はするな。やばいと思ったら、引き返せ」
「はあ。なら大丈夫です。まあ、掃除しときますね」
湊は指示書を折りたたんで、作業着の胸ポケットに仕舞った。
その紙の隅に『災害指定審査中・取扱注意』と小さく刷られていたことに、気づいた者はこの朝、どこにもいなかった。




