第3話
ある日の集いで、告白相談を始める前に『シロ』が、報告があると言って、立ち上がった。
「非常に残念なことですが、この『All You Heartful』での様子が、盗み撮られ、一部、動画アプリ上で晒されているようです。
現在、調査を進めています。
自分は、そうして人の不幸を笑いものにする人間を許せません。
そうした人間は、自分と異なる生き方や、その可能性を想起し、思い描いて理解することをせず、ただただ異なる様のおかしさに悦に入っているだけで、嘲笑するばかりです。
自分は異なる生き方や、その可能性を理解する際には、自らの思い込みを殺す、慎み深さが必要不可欠だと思っています。
考えるに、嘲笑ばかりの人々は、自らの一定に定まった、浅く単調な人生の様態から、他の可能性へと移行することができないか、単純に怠けてしないだけでしょう。」
メンバーが賛同の拍手を送っている。
白々しく、オレもメンバーにならって、拍手をした。
オレは専門技術を駆使して、何重にも防壁を張り巡らせている。
コイツらが、オレの犯行だと証拠を掴むのは、到底、不可能だろう。
その後、通常の告白相談が始まる。
一つ一つの話が、見事にツボにはまり、大笑いしたくてしょうがない。
5番目の相談者にアロマキャンドルが渡る。
炎に浮かぶ顔は醜く、その容姿だけでも、オレのツボを刺激して、笑いを禁じ得ない。
「私に両親はいません。
過去にそうした人が、いるにはいたようですが、顔も知りません。
ずっと、おばあちゃんと2人で暮らしてきました。
私を愛してくれたのは、おばあちゃん、ただ1人だけでした。
私は他の誰からも大切にされなくても、おばあちゃんがいてくれれば、大丈夫でした。
けれど2年前から、おばあちゃんは体調を崩して、入退院を繰り返しています。
何より困っているのは、お金です。
毎月、毎月、少しずつ貯めていたお金が減っていって、気付けば、残りはわずかになっていました。
専門学校を辞め、私は働きに出ました。
働けるだけ働きました。
それでも、お金は足りませんでした。
日に日に、おばあちゃんは弱っていきます。
必要な治療を、お金が足りないから受けられないんです。
少しでも長く生きていて欲しい。
少しでも長く一緒にいて欲しい。
でも普通の仕事じゃ、お金が足りない……」
そこで言葉が途切れて、沈黙が続いた。
核心の告白には覚悟が必要なのだろう。
皆は、その沈黙を暖かく見守っていたが、オレは、この娘の醜態を早く知りたかった。
「パパ活を始めてみました。
どういうものかは知っていました。
汚らわしい関係を持たなければいけなくても、たくさんのお金が手に入るならば、治療費もまかなえる。
やるしかないと思いました。」
アロマキャンドルの炎が揺らめく、娘の動揺の証しだ。
「私は美しくないし、可愛くもない。
だからプロフの写真を加工しました。
写真とプロフィールと共に公開してから、すぐに何人かの人から連絡がありました。
コワかったです。
それだけで、コワかったです。
まともな人生を自分は外れてしまったんだと思いました。
実際に会う手はずをつけて、待ち合わせ場所で佇んでいる時には、全ての人から軽蔑されていると感じました。
待ち合わせ時刻を5分程すぎて、男の人から声を掛けられました。
目印として伝えていた、水色のワンピを見て、私だと思ったそうです。
男の人は、とても機嫌が悪そうでした。
怖い目で、下から上へ、上から下へ、舐めまわすように私を見ています。
一言、投げかけるように言いました。
『サギじゃん』って。
プロフと全然違うって。
『金貰っても抱かねえよ、イカさま野郎!』
そう言って、私の前から去って、人ゴミに紛れて消えてしまいました。
私は諦めずに、次の人、また次の人と約束をしました。
しかし、誰もが、皆、私を拒みました。
私は……、私という人間には微塵の価値もないのだと思いました。」
娘のまなこから、光る何かがキャンドルへ落ちた。
また、しばらく黙り込んで、告白をためらっている。
オレは、盛んに咳払いをして、笑いを誤魔化した。
「3カ月前に、おばあちゃんが再び入院しました。
検査の結果、手術が必要だと告げられました。
おばあちゃんにも私にも、もう払えるお金はありません。
パパ活では、私を買ってくれる人はいません。
自分は絶対に、そんな世界へ足を踏み入れることはないと信じていましたが、もう迷いはありませんでした。
風俗の面接を受けました。
こんな私でも、肉欲のためだけになら、人は必要としてくれる、そう思っていました。
しかし現実は違っていました。
高級な店はおろか、安くてみすぼらしい場末の店の面接にも全て落ちました。
私は人としての価値がありません。
人は誰も私を愛してくれません。
でも、おばあちゃん1人だけは、私を愛してくれます。
そのおばあちゃんがいなくなれば、私はもう、この世で生きていく価値はないと思っています。
一日でも多く、おばあちゃんと一緒にいたい。
お金が必要なのに、もう、どうして良いか分からないんです。」
アロマキャンドルに落ちる光の正体は、涙だった。
耐え切れずに娘は泣きじゃくった。
その顔の醜さが極みに思えた時、その姿はオレのツボをえぐった。
そして、ついにオレの忍耐は限界を超えた。
「ヒャーハッハッ! ヒャーハッハッ! イヒッ! イヒッ! ハーヒャッヒャッ! イヒッ! イヒッ! ハーヒャッヒャッ!」
娘は信じられないというまなざしでオレを見つめている。
もうオレは自制が効かなくなっていた。
突然『大うすどん』が、オレの胸ぐらを掴んで叫んだ。
「このゲス野郎!」
頬に激痛が走ったかと思うと、次の瞬間、オレは床を転げまわっていた。
殴られたのだ。
人に殴られたのは、生まれて初めてだった。
反応的に怒りがこみ上げるものだと思っていた。
でも現実は、ただただ呆気にとられるだけで、何の挙動も取れなかった。
『大うすどん』は、再びオレの胸ぐらを掴むと、引きずって、入口から下の地上につながる階段へ放り投げた。
所在ないオレは、いつものスタバに行って、彼女にメッセージを送り、一人で彼女を待っていた。
その間、今しがた録画した、あの娘の動画を見て、大笑いしていた。
約1時間半後、彼女は疲れた顔をして、やって来た。
「何で、困難にある人を侮辱なんかするの?」
「本当に、そんな困難かな?
窮地に追い込まれて、打つ手がないって同情を誘ってるけど、本当に手立てをよく調べているかは怪しいよ。
行政に当たれは、何かしらの救援に巡り合えるかもしれないのに、パパ活だの風俗だので傷ついたからって、オレたちの所へ真っ先に来て、勝手に泣きじゃくってる。
そう考えると、何だかウケるんだよ。」
「強く行動に出る前に、優しさで後押しして欲しかったんだと思う。
あの娘には仲間が必要。
私、あの娘のために出来ることはしたいと思う。」
「甘やかしは人を堕落させるだけだ。」
「違う! 支え合い!」
「でも、どうしても物笑いの種にしか見えない。」
「先輩、これはネタではなくて現実なのよ。」
分かっている。
けれども、リアルだからこそ、より一層、興奮するのだ。
「先輩には暖かい心を育んで欲しい。」
「人につけ入るスキを与えるなんて、御免だ。」
「心に生まれて、暖かく育まれるものは大事なものなのよ。」
「でもさ、どうしても、滑稽に見えてしょうがないんだよな。」
「先輩、心に生まれ出るものを、全て笑いものにして冗談にすれば、私たちは立ち帰るべき真理を絶えず、失うことになるのよ。」
彼女の潤んだ瞳から、一筋、涙が滴った。
「あの娘を大事にすると約束して。
もし、この約束が守れないなら、先輩との付き合いは見直す。」
その涙の説得力は絶大で、オレは、ただ頷くことしかできなかった。




