第2話
オレが務める会社は、人事・総務・労務のアウトソーシングを生業にして、他社の業務を担っている。
その中で、社員の素行調査を担当する部署において、オレは、当該社員らのSNSを監視している。
公表している事業案内において、SNSの調査は公開されているアカウント、つまりは表の顔だけの調査に限ると唱っているが、依頼してくる企業は、そんな上っ面など、どうでもよくて、社員の真の顔を突き止めたいのだ。
そのために、決して口外せぬことを前提として、オレたちは裏のアカウントを、暴き出して、その調査結果を、随一、報告していた。
オレは、そうした技術に特化していたので、たいがいの依頼には応じられた。
「華やかな経歴の社員」・「道徳観が高い役員」・「社会奉仕を唱う起業家」
表の顔には、そうして美談ばかりの文句が並ぶが、裏の顔、つまりは真の姿は、どいつもこいつも、クズばっかりだ。
雇っている社員への誹謗中傷など可愛い部類で、気に入らない社員の殺害計画を募るヤツらや、会社の経費で豪遊する画像を上げて自慢するヤツらや、若い女を仲間内で蹂躙する動画を上げている連中もいる。
オレはデスクトップを分割して、表の顔と裏の顔を、両方表示させて、そのギャップに、腹をかかえて笑っていた。
———クズばかりだ、本当に世の中クズばかりだ
一日、仕事で笑いまくっても、仕事が終われば、暴露系の動画を、ずっと見続けて笑っている。
その日も、いつもと同じく、ショート動画で腹をかかえて笑っていたところに、甥からメッセージが届いた。
「学校のこと」・「友人のこと」・「家族のこと」
甥は、そうした事での悩み相談の相手に、オレを選んだ。
オレは甥のメッセージを、そのままAIに丸投げして、出て来た回答を、甥へ返信していた。
AIは、すこぶる優秀で、甥の悩みは、瞬く間に解決されてゆく。
オレの甥に対する株は高まるばかりだった。
“オジさん、SNSデビューについて、会って相談したいんだけど”
AIに頼らず、対面で質疑に当たることに、多少、困惑したが、オレは甥の求めを受け入れて、相談に乗ることにした。
—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—
今、オレはどちらかと言えば、幸せ者の部類に入る。
それは半年前になる。
同業他社で、データ解析に当たる、一人の女子に、オレは告白された。
「以前から想ってました」
けれども、一体、オレの何を知って、想いを募らし、好意を持ったかについては、教えてくれなかった。
2人の性格は根底からズレていて、清廉な彼女とオレは、たびたび衝突をした。
でもオレは折角のタナボタを、簡単にフイにはできなかった。
だから、いつだって最後は彼女に従った。
『All You Heartful』
ネーミングもバカげているが、そこに所属するヤツらも、集まってくるヤツらも、バカばっかだ。
でも、彼女との付き合いを維持する条件として、そこでボランティアをすることを強要された。
その団体の名目は、「心に傷を負った若者の避難所」だったが、オレの目には、この連中は、人から同調され、承認されるために、大したこともない不幸を、大げさに晒してるとしか写らなかった。
要は、ここでは主に傷の舐め合いをしているだけだ。
都内某所の商店通り、1Fにラーメン店が入るテナントビルの2Fを、オーナーの厚意で、『All You Heartful』は使わせてもらっていた。
代表者は『シロ』って野郎で、彼女の元カレだ。
それだけでも気にくわないのに、『シロ』は、いつも余裕ある心の持ち主を演出していて、悩んでるヤツらから、絶大な支持を得ている。
ますます気にくわない。
毎週、開催される集いでは、部屋の明かりを落として、アロマキャンドルを灯し、それを相談者へ手渡し、キャンドルを持った者が、自分の悩みを告白する。
告白が終わると、『シロ』のヤツが優しくなだめる。
オレは笑いをこらえるのが辛かった。
不幸な話の一つ一つが、全てツボにはまった。
そこでは、オレに同調者がいた、アキラだ。
アキラも、コイツらの不幸に笑いを禁じ得なかった。
オレたちは、咳払いで、何とか湧き出る笑いを誤魔化していた。
アキラもオレも、超小型カメラを忍ばせて、コイツらの姿をおさめては、たびたび、動画を上げていた。
「信じていたんです。
友人以上のことはしないって。
でも、彼は常に女として私を見ていて、事件が起こるのは、今思えば、時間の問題だったんです。」
———どこの誰だよ、こんな女に欲情するヤツは?
オレとアキラは目配せした。
アキラも同意見らしい。
集いは『シロ』の総括で締めくくられると、総出で1Fのラーメン店でラーメンを食べる。
メンバーの中に『大うすどん』って、ガタイのでかいヤツがいて、このラーメン店の雇われ店長をしている。
最後に最寄り駅まで、相談者を見送ったら、集いは終わりだ。
オレと彼女は、スタバに入って、共にキャラメル・マキアートを手に、ソファに腰かけた。
彼女は、どっしりと座り込んだ黒い瞳で、オレを見つめている。
機嫌が悪い時は、いつもこうだ。
「ねえ、仕事の相談乗ってくれるのは嬉しいんだけど、でも……」
「でも?」
「メッセージでも返信内容と、こうして実際会う先輩の印象が違いすぎる。」
オレはゴクゴクとマキアートを飲んだ。
そして他の話題を切り出そうとしたが、彼女に阻まれた。
「あれ、全部AIじゃない?」
こういう局面こそ、AIに助けてもらいたいものだ。
「私はかけがえのない命に愛されたいの。
何も感じることのないAIに慰められても、愛にまで高まらない。
私は先輩の存在が、かけがえないと感じているから、隣にいるの。
だから、これ以上、自分を粗末にしないで。
先輩が荒んでいくたびに、かけがえない命の光もしぼんでしまう。
それでは、私を愛せない。」
オレは務めて笑顔を作って、口を開いた。
「何だか、お花畑の、左寄り臭い主張だな。」
「そうやって、『右か?』・『左か?』って迫って来て、年寄りの負の遺産を、強引に相続されるなんて、まっぴら御免!」
「でもさあ……」
「右にしたって、左にしたって、どっちも、それだけじゃ十全じゃないから、ツッコミ所があって、いつまでも争うだけ。
だから私は、どちらかには偏らない。」
「生きていくうえで、主題を絞っていかなきゃ、何にも決められないじゃん。」
「先輩の人生は、全てを単純にして、一本調子で生きのびること。
より正確に言えば、一本調子で逃げのびること。
でも私は社会の多様さから逃亡しないって決めたの。」
日に日に、オレの水位から高く離れ、尊厳が増してゆく彼女との距離は広がってゆくばかりだ。
オレは、誰であれ、自分より大きい尊厳を恐れていた。
—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—
数日後、会社で仕事をしていると、上司に会議室へ呼び出された。
「いいな、わが社は何も関与していない。
それが公式見解だ。
お前も、何も見てないし、何も知らない、分かるな?」
ある起業家の裏アカ情報が漏れ、スキャンダルになっているとのことだった。
内容は、新卒従業員への暴行だった。
その情報は、オレが入手し、依頼主へ渡っていた。
その起業家は家族を連れて、半ば逃亡生活を送っているらしい。
———オレのせいか?
オレだって、真剣に悩むこともあれば、考え込むこともある。
でも、すぐに馬鹿々々しく思えてしまう。
———こんなヤツらに情をかけて、何になる?
悩むのも、考えるのも、無駄な労力なんだ。
悩み、委縮している自分に喝を入れたくなる。
———笑えよ! そして全部吹き飛ばしてやれ!
オレは普段通りに、尊厳で着飾ったヤツらの本性を暴き立てては、大笑いした。
笑いは心の湿りを吹き飛ばす。
湿りが乾いた分だけ、心は爽快とする。
———いい気味だ




