第1話
まともに死を悼むことができない。
それどころか、人々のあらゆる不幸が、オレの笑いを誘う。
オレは最低だ、クズだ。
そして自分が最低だとは、つい今しがたまで、全く自覚していなかった。
自分が心底、最低だと思えたからこそ、今こうして、ここにいる。
自分勝手だ。
今更になって、ようやく自分のしたことの責任を感じ、穴埋めをしようとしている。
オレが大笑いした相手は、すでにいない。
だから相手がオレを赦すことはできない。
オレの想いだけなのだ。
もはや聞く耳を持たない相手に、謝罪を述べても届かぬことだし、謝罪の言葉は、オレ一人が聞き取って、反芻し、勝手に赦されたと思い込むのだろう。
この先、人の不幸を、決して笑わないと誓っても、果たして笑わずにいられるものか?
自信は全くない。
ただ、自分が最低なヤツであることに、耐えかねているのだ。
オレの笑いのために、命を絶った人、そしてその援助者である彼女は二度と、オレのもとへ戻ることはないだろう。
生まれて初めて、本気で自己嫌悪に陥り、苦しんでいる。
けれども世の中では、人の不幸を笑う声が、そこかしこで響き渡っている。
罪人はオレ一人だけじゃない。
不幸を笑う者、一人一人が皆、罪人なのだ。
オレを軽蔑する者たちも、不幸を笑わないと断ぜられるのか?
オレには、そうは思えない。
場が許せば、オレ同様、不幸を笑う姿が目に見える。
墓の前で、形式的に手を合わせ、目を瞑った。
—◇—◇—◇—◇—◇—◇—◇—
若手の芸人に、熱して溶かしたロウを、頭上からぶちまける。
熱さに悶絶する若手、大笑いする先輩芸人たち。
モニター越しに、自分も大笑いしていた。
笑いが止まらなくて、腹筋がけいれんしている時に、ふと、隣にいる彼女の体温が冷めているのに気付いた。
ちっとも笑っていない。
体育座りをしながら、ため息をついて、顔を下に向けて、うずめてしまった。
彼女のために、場がしらけ、オレの笑いも、ぴったりと止んだ。
芸人たちの笑い声だけが、いまだに聞こえる。
「これはヒドいよ。」
顔をうずめたまま彼女は小声で言った。
「もう少し軽めのヤツだったら大丈夫?」
「わかんない。私、こういうの怖くなっちゃった。」
「ゴメン、チャンネル変えるよ。楽な気持ちで見られるのにしよう。」
「そうじゃなくて、人のこと笑っている人たちが怖い。」
「自分だって、さっきまで笑ってたじゃん。」
「そうだけど、でも怖くなったの。」
チャンネルを変えて、アフリカ象を飼育する動画にした。
「これなら、いい? 笑いはないから。」
「私ね、ああいうの見て笑ってる先輩も怖い。」
「あれはネタでマジではないからさ。」
「でも、きっと、すごい熱いだろうし、絶対ヤケドしてるよ、ヒドいよ。」
その晩、彼女は泊まらずに、日付が改まる少し前に、オレのマンションを出て行った。
気分が良くない。
晒し系のショート動画を探して、笑い、しらけた空気を変えたい。
アキラからメッセージが届いた。
“今度は、コイツを晒した。たかだか初恋の失敗だけで、引き籠って、親のスネかじってるのが気に入らねえから”
リンクを開くと、ソイツの顔写真と、『All You Heartful』の会員情報が表示され、この間の集いの時の告白を録画した動画が、“油デブ、初恋に粉砕”のテロップと共にアップされていた。
“今から北口公園で一緒に見ようぜ”
オレはアキラの誘いに乗って、北口公園で落ち合った。
レッドブル・テキーラを呷りながら、2人で晒した動画を見て、大笑いした。
さっきアップしたばかりなのに、レスポンスは、みるみる肥大化してゆく。
世の中には、オレたちの同調者が、あまたいて、世の大半は、オレたちの仲間ではないかという自信につながっていた。
日常を真剣に受け止めるのは重すぎて、オレには、とてもできない。
だって、重苦しいし、息苦しいだろ?
目に入るヤツらが、全て、おかしく、楽しくあって欲しい。
そうして、日常を軽く、乗り越えていきたいんだ。
だから全て笑えればいいんだ。
世界が全て冗談であってくれれば、オレはくだらぬ悩みなどなく、楽しげに生きていける。




