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029●創作は心の捜索

教員を定年退職をして2年目。彼の妻の症状は固定した。

現状を維持すること、それが精一杯である、と医師から告げられた。

「努力」「継続」「協力」の尊さを説いてきた彼の信念は、

妻の病の前で崩れ去り、自身の無力さを痛感した。


だが、生きていかねばならない。

区役所の教育相談窓口に再雇用された彼のもとに、

しばしば深刻な相談が寄せられる。

貧困、いじめ、虐待・・・社会の矛盾の最前線をあらためて見せつけられる。

自分は何をしているのだろう?社会は、世界はなぜ良くならない?

毎日を生きることが精一杯でありながら、

歯を食いしばり、葛藤が続く。自分を責める。


仕事を優先し、妻に全てを任せきりだった日々。

あの時、もっと向き合っていれば。そう考えずにはいられなかった。

これは、自分への罰なのだ。後悔と反省が、彼の心を毎日蝕んでいった。


ある昼休み、同僚と話をしている彼が、ふと想像の世界について口にした。

その話を聞いた元教員の彼女は「おもしろい!文字にしてみたら!読みたい!」と言った。

外交辞令である。

彼は一時のお喋りを、直ぐに気にも留めなくなった。


しかし・・・政治も経済も、

何よりも自分の生活で心が不安定な彼は、ある時、彼女の言葉を思い出す。

自分の中の世界。

ある時は海に、ある時は侍の時代に、

また、ある時は宇宙に飛び出す、想像の世界。

これは、鬱屈した気持ちの捌け口になるかもしれない。


二度目の定年を控えたある夜、彼は自宅のノートパソコンに向かった。

吐き出そう。それで心が静まればいい。

その思いが彼を創作に導いた。


誰かは分からない。

しかし、彼にはその囁きがはっきりと、鮮明に聞こえた。

「世界線をこえよう」と。

彼の内なる、そして静かなる冒険が始まる。


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