002●本当はないほうがいい仕事
「また、麻薬かあ?」
「また、なんて言わないの、アキラ。前のとは違って、アメリカでは既に広がって、大きな問題になっているんだから。」
エイミーにたしなめられる。
「いわゆる、ゾンビ麻薬ですね。接種すると上半身を曲げて、そのままずっと立っている症状からの通称ですね。ココア、データを端末に出してくれないか?」
「はい、ジンさん!」
フェンタルン。
それはモルヒネの50〜100倍の効果を持つ。
がん患者や手術患者の激しい痛みに対して、モルヒネなどの既存の薬では効果が不十分なケースがある。
だが、この薬剤は少量で強力な効果を発揮する。
集中治療や麻酔補助にも、理想的なものをと開発された。
特に、手術中の麻酔補助薬としては短時間で作用し、
術後の回復を早める利点がある。
心臓手術や重症患者の管理において、呼吸抑制のリスクを管理しながら使用されるようになった。
しかし、これらの光の部分があれば、陰の部分も存在する。
医療用鎮痛薬として開発されたものが、
強力な効果と安価な製造コストから違法薬物として流通したのだ。
処方薬依存からの移行、密輸組織の拡大、他薬物への混入により、健康な人々にも広がった。
社会的孤立や経済不安も蔓延を後押しした。
「患者に対する効果的な薬なのですが、医療目的以外で使用するとなると危険です。」
ココアの説明は、わかりやすい。
「で、なんで警察や公安じゃなくて、うちが動くんだ?」
俺は端末のデータを見ながら、眉をひそめた。ココアが静かに答える。
「それには、いくつか理由があるようですね。まず、フェンタルンの流通経路が、通常の麻薬密売とは異なるようです。表向きは医療用として合法的に輸入されていて、そこから非合法ルートに流れている。つまり、合法と非合法の境界が曖昧なんです。」
「それって、つまり・・・」エイミーが呟く。ジンが言葉を繋ぐ。
「そう。警察や公安が動くには、今のところ証拠が足りない。しかも、関係しているのが、複数の国際企業と医療機関。下手に動けば、外交問題になる可能性もあります。」
エイミーが腕を組んだ。
「だから、私たちってわけね。国家安全保障局は、国際的な調整や非公開の捜査が一括してできる。しかも、私たちは日米の‘特別チーム’だからね。通常の捜査では対応できない事案に当たるのが仕事ってことよね。」
「なるほどな。表に出せないけど、放っておけないってやつか。」
これは、国家の安全保障だけじゃない。
医療技術の信頼を守るための捜査でもあるということだな。
「まずは情報収集ですね。ココア、医療機関と物流会社のデータベースにアクセスして、監視カメラの映像解析を。アキラさんとわたしは、その結果をもとに怪しいところにコンタクトしましょう。」
「おう、任せとけ。そういう現場仕事は俺向きだ。」
「わたしは、アメリカ側の情報機関と連絡を取るね。」エイミー、張り切ってるな。
ココアが端末を起動しながら、真剣な声で言った。
「なんだか、久しぶりに’らしい’仕事になってしまいますね・・・。」
そうだな。あんまり俺たちが出なきゃならない仕事って、本当はないほうがいいんだけどな。
・・・それでも、誰かがやらなきゃならない。
それが、俺たちの役目だ。




