024●文化の継承
彼は10年ぶりに、かつての勤務校に戻ってきた。
何人か、見知った顔もある。
管理職となって職員室の前に席を占めるようになった者もいた。
少しばかり、校舎の様子が変わっている。
耐震化が進み、リフォームもされている。
雨の中、並列する校舎に走っていたのに、今は屋根付きの渡り廊下ができている。
少しづつ変わっていくもんだよな。
彼はそう思う。少し、寂しい気持ちもするが、それも時代の流れだ。
様々な当番を教職員でまわしている。
今日の昼休みのボールの貸出は、彼の役目であった。
なつかしいな、このやり方は変わってないのか。
そういえば、あの時は・・・。
記憶を辿りかけた彼に、女子生徒たちがボールを借りに来る。
外遊びをする、元気のよい生徒たちだ。
「先生、ボール貸して!」
「はい、はい。どのボール?」
「どれにしよっか?」「やっぱり、バレーボールがいいよね!」「そうしよう!」
屈託のない明るい声。ああ、同じだなあ、と彼はホッとする。
「じゃあ、名前を教えて。貸出ノートに書くから。」
「わたしが代表でいいかな?OK!増池です。・・・あの、先生、できたら、増池さんと愉快な仲間たち、ってしてもらえます?」
彼は驚いた。と同時に、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じた。
「いいよ。それって自分たちで考えたの?」
「ううん、ちがうの。先輩から教えてもらったの。その先輩もそのまた先輩から聞いて、おもしろいから真似してたんだって。」
バレーボールを手渡し、彼女たちの楽しそうな姿を見ながら、
彼は泣きそうな気分になる。
そうか。わたしが10年前に冗談でやっていたことが、
ずっと受け継がれてきているのか。
文化って、こうやって続いていくのかな。名もなき誰かによって。
春とはいえ、少し肌寒さが残る校庭だった。
だが、彼の心に寒さも寂しさもない。不思議な幸福感に包まれていた。
しかし、この時は誰も知らないことがあった。
まだまだ、ずっと先ではあるが、彼の妻が発病することを。




