結末
放課後の自販機前。
俺は構内の自販機からコーヒー牛乳を買う。
「よ! 裕貴!」
その声がして、俺の背中を叩いたのは笑みを浮かべている春樹だった。
「見てたぜ、お前モテモテだな」
「モテモテ、て……いや傍から見ればそう見えるのか?」
「お前その発言、色々と敵作るからやめといたほうがいいぜ。それより、今日久しぶりに筋トレしねぇか? 色々と話したいことあるし」
「分かった、俺も相談したいことあるし」
俺が春樹にグータッチをしようとした時、
「ふふーん、先輩達やっぱり仲良いですねぇ」
そう言って不敵な笑みを浮かべたまま俺たちの間に立っていたのは、五十嵐さんだった。
「うげっ、五十嵐」
「五十嵐さん!?」
五十嵐さんは春樹には目もくれず俺を見てニヤける。
「裕貴せんぱーい? 私以外の人と放課後デートするのは許しませんよ?」
五十嵐さんが腕を組みながら、余裕たっぷりに俺を見上げてくる。その笑顔は、無邪気なようでいて、どこか狡猾さも感じさせた。
「デ、デートじゃないってば……!」
俺は慌てて両手を振ったが、春樹は俺の困惑を見てニヤニヤしている。
「へえー、五十嵐ちゃんは裕貴の彼女だったのか。知らなかったぜ?」
「彼女じゃない!」
俺が即座に否定すると、五十嵐さんは頬を膨らませ、わざとらしく拗ねた表情を作った。
「ひどいなあ、先輩。この間、あんなに情熱的にお弁当を食べてくれたじゃないですか。あれはもう夫婦同然ですよね?」
「おまっ……そ、それは誤解を生むからやめてくれ!」
俺が慌てふためいていると、隣で春樹が腹を抱えて爆笑し始めた。
「ははっ、マジかよ裕貴! お前やっぱモテモテじゃん!」
「お前な……笑ってないで助けてくれよ!」
しかし、春樹は笑いを堪えながらも肩をポンと叩いて言った。
「悪いけど、ここはお邪魔虫になりたくないからなぁ。五十嵐ちゃん、裕貴のこと頼むぜ!」
「任されましたー!」
「ちょ、ちょっと待て、春樹!」
春樹は手をひらひら振りながら、さっさと逃げ出してしまった。
……あいつ、ぜったい楽しんでる。
取り残された俺は、五十嵐さんとふたりきりになってしまった。
「さ、先輩! 二人きりになれましたね?」
「う、うん……」
「今日はまだ一緒に帰る人とか決まってないですよね? じゃあ、私が先輩を独占しちゃいますよ?」
彼女の大胆すぎる発言に、俺は再び動揺する。
「で、でも俺、今日は春樹と筋トレに……」
「あ、筋トレなら私も付き合いますよ!」
「えっ、五十嵐さんが?」
「意外そうな顔しますね? 私こう見えて、けっこう運動得意なんですよ? なんなら私の体、確認します?」
そう言って、彼女は制服の袖をまくり上げ、白く細い腕を得意げに突き出してきた。
「いや、そういう意味じゃなくて……!」
「先輩がどうしてもって言うなら、腕以外も見せちゃいますけど?」
「だ、だからそういうことを言ってるんじゃない!」
俺はますます顔が熱くなるのを感じた。
そんなとき――
「裕貴くん? さっきからなんか楽しそうだけど……私も混ぜてくれる?」
背後からふと聞きなれた声がした。
振り向くと、そこには腕を組んで静かな笑みを浮かべた佐々木さんが立っていた。
「さ、佐々木さん!」
「わぁ、先輩ったら、やっぱり浮気現場ですね!」
五十嵐さんは嬉々としてそう言ったが、佐々木さんの瞳は穏やかな表情とは裏腹に、どこか冷たい光を帯びている気がした。
「ふふっ、浮気、ね。裕貴くん、私とは昨日の約束、もう忘れちゃった?」
「え、いや、その……」
佐々木さんは俺のすぐそばまで歩み寄って、小声で囁いた。
「――手、繋いだよね?」
「っ!?」
その囁きに、俺の心臓は思わず跳ね上がった。
俺の動揺を鋭く察知したのか、五十嵐さんが慌てたように口を開いた。
「ええーっ!? そんな約束してたんですか!?」
「うん、してたよ。ねえ、裕貴くん?」
「あ、いや、その、たしかに、した……けど……」
「むむぅ……! やっぱり佐々木さん、手ごわいなぁ……」
五十嵐さんは唇を尖らせて、俺と佐々木さんを交互に睨んでいる。
そんな修羅場じみた状況の中で、俺は小さくため息をついた。
(俺、明日から学校で無事に過ごせるのかな……)
すると――
「なに? また三角関係?」
その場に現れたのは、腕を組み、面白そうに笑う神木さんだった。
「神木さんまで!?」
「ふふっ、なんか面白そうなことになってるじゃん。私も混ざろうかな?」
そう言って、神木さんも俺のそばへと近寄ってくる。
結局、俺は四方を完全に女子に包囲され、逃げ場を失ってしまった。
――放課後の校舎裏は、いつの間にかとんでもない修羅場へと発展してしまっていたのだった。
※
やっとその修羅場が落ち着き、家に帰る頃には外はすっかり暗くなっていた。
「……はぁ、疲れた」
夜道をひとり歩きながら、思わずため息をつく。
でも、不思議なことに心はそこまで嫌な気持ちではなかった。むしろ、どこか充実しているような感覚もある。
(これが青春ってやつなのか……?)
そんなことを思っていると、スマホがポケットの中で震えた。
画面には『佐々木悠里』の文字が表示されている。
『裕貴くん、今日はごめんね。でも、明日はちゃんと二人だけで過ごしたいな』
その一文に、思わず頬が緩んでしまった。
(……俺の青春、やっぱり簡単には終わりそうにないな)
そのメッセージに返信を打ちながら、俺は夜の街を家に向かって歩いていった。
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