暴れん坊勇者 (前編)
とある高級宿の一室。丸テーブルの上に開いたノートを見つめ、その男は唸っていた。
ノートには記号や曲線がびっしりと書き込まれている。
「だめだ、読めん!」
「ご自分で書かれた文字なのに」
対面に座る少年が呆れたように言う。
「これはただの文字ではない。暗号文字なのだ。だから暗号化キーを忘れてしまった今、解読することが不可能となってしまった」
男が言い訳がましく少年に言う。
「私には崩れた漢字と平仮名の殴り書きにしか見えませんが。それに、なんでもかんでもノートに書きこんで終わり、っていうのもどうかと思います。もう少し頭の中で整理すれば、書かなくても覚えて」
「ええい、うるさい! 横からごちゃごちゃ言われたら暗号が解けないだろが! ちょっと黙ってろ!」
男はついに癇癪を起こした。全身からすさまじい殺気をまき散らし、今にも部屋を破壊しそうな勢いだ。窓ガラスがびりびりと音を立てている。少年が真っ青になって固まっている。それほど二人の上下関係は厳しいのだ。
この男、レイがここまでキレることはめったにない。書いた文字が読めないと言われたとき以外は……
レイが突然顔を上げて虚空に目をやった。そのまま目を閉じて数秒間。
「またぞろどこかのバカが勇者召喚だと? この忙しい時に……いや、待てよ」
「レ、レイ様、どこかの世界で勇者召喚ですか?」
少年の格好をしたイチが、恐る恐るレイに問いかける。レイはあらゆる世界の勇者召喚を、その兆候が表れた段階で検知することができる。今もある世界で誰かが勇者を召喚しようとしているようだ。
「ああ、そのようだ。ということでイチよ、俺はちょっくらそっちへ顔を出しくる。お前はこっちの魔王の戦力分析を急いでくれ」
レイがニカッを笑ってノート(面倒)をイチに押し付けた。
「いやっ、お待ちくださいレイ様。メモをまとめたのはレイ様で、私はノートを見ても……」
イチの話が終わらないうちに、レイの姿が掻き消えてしまった。
レイが現れた場所は、石壁で囲まれた一〇〇平方メートルほどの部屋だった。壁に並んだ燭台でろうそくが燃えているが、天井が高いせいか、部屋全体が薄暗く感じる。
「毎度! 勇者派遣センターのレイと申します。勇者を必要とされているようですが、現在勇者の直接召喚は神界の意向で停止されており、代わりに派遣センターの私がはせ参じた次第です」
レイは笑顔で一気にまくし立てた。
「お主は」
「今申し上げました通り私は勇者本人ではありません。お客様のニーズを調査し、状況に合わせて最適な勇者をご紹介する、いわば代理人でございます。まずは無料のお見積もりから始めてみませんか」
先にこちらの言いたいことを言う。相手が何か言いかけても、被せるようにこちらの主張だけ押し付け、決してしゃべらせてはならない。これぞレイ流押し売り術の極意である。
ひととおりしゃべった後に改めて周囲を確認する。レイは十数人の黒いマントの男たちに取り囲まれていることを知った。
男たちは頭頂部分が尖った黒覆面で顔を隠しており、レイにも全く表情が読めない。
「我が教団へようこそ、勇者様」
正面の男が言った。さっきのレイの口上を全く聞いていなかったようだ。
「いいえ、私は勇者本人ではありません。代理人と言いますか、マネージャーと言いますか」
レイが自分の立場を説明しようとするが、
「肩書などどうでもよろしい。転移術を使えるのだ。十分我々の役に立っていただけると思いますよ」
正面の男が(たぶん)微笑みながら言った。別に勇者でなくてもいいようだ。とはいえ、規定上レイが勇者の代わりを務めることはできない。
「とりあえず話はお伺いしますが、その前に! あなた方が勇者を必要とする理由は?」
これはレイがいつも初めに確認することである。魔王を倒すため以外では、基本的に勇者を派遣することはできない。
「我々の目途は、ズバリこの世界を支配するこ……」
最後まで言わせず部屋を爆破した。そのままさっきの宿屋へ転移する。
「あっ、レイ様、お帰りなさい。どうでした?」
イチはノートに書きこむ手を止め、顔を上げてレイに聞いた。
「国家ではなくカルト教団だった。どこで召喚術を知ったのか気になるが、とりあえず滅してきた」
レイはネクタイを緩めながら椅子に座る。
「悪魔がらみじゃなかったのですか」
「世界を支配するとか言いかけていたな。ありゃもう魔王認定だ。全員爆殺指定だ。まったく、時間の無駄もいいとこだった」
「仕事を放り出して行こうとするからですよ。神様はどこかで見ておられるのです」
「いや、あっちも仕事だし。その神様の仕事だし」
「すねないでください。それより、私がメモを見ながら整理し直しているのですが」
「ああ、こっちの魔王な。ご苦労ご苦労」
「本当にもう。それで、大臣らの話以外に、カラスたちの情報を地図にプロットしていくとですね」
イチはそう言ってノートのページをレイの方に向けて差し出す。
「ん? こことここか。やはり二か所に分散しているわけか?」
「それが、まだここには記していませんが、もう一か所怪しいところがあります」
イチはノートの一か所に丸を描いた。
「他の二か所からけっこう離れているな? 仮にそこにも魔物の集落があるとして、そいつらが他の二つの集団と協力しているかどうかだな」
人間の国同士でも戦争が起きるように、魔族同士の仲がいいとは限らない。
今レイたちがいるのは中央大陸のモレニという国である。この国は隣接するシュルトとガリアで三か国同盟を結び、経済と国防の両面で協力体制を取っていた。
もともとこの大陸には魔物が生息する地域が何か所も存在するが、約十年前、本来なら群れるはずのない種族の違う魔物同士が協力し、人間の村落を襲う事例が発生した。
それ以来、どうやら何者かを中心にして魔物がグループ化し始めたのではないか、という議論が人間の国で始まる。つまり、魔物社会が国家を形成しているらしいというのだ。
勝手に国を造るのならまだいいが、魔物たちは人間を毛嫌いしており、ことあるごとに人間の村々を襲撃している。
そんななか中央大陸の南にあるブレストという国で、一人の攻撃魔法使いが勇者として認定され、討伐隊を組織して魔物退治に出かけることとなった。
最初は善戦していたそうだ。だが突然別の集団に背後を取られ、挟撃されることとなり、結果として勇者は投降、敵の捕虜になってしまった。
その話を聞いたここモレニの国王は、自国に古くから伝わる魔法書を持ち出し、三か国同盟として召喚魔法を行使し、異世界から勇者を召喚することを決意した。それに呼応してレイが登場したというわけだ。
「魔法使いの勇者が向かったのはこっち、背後から襲ってきたのがこっちの国。で、それとは別にもう一つ、ここにも別の国か」
レイはイチがまとめたノートの上を指で差し、独り言のようにつぶやく。頭の中で状況を整理しているのだろう。
「それぞれに魔王がいるとなると、勇者一人だけでは厳しいでしょうね」
イチがレイの思考を乱さないよう、気を使いながらしゃべる。
「魔王だけでなく、周りの魔物連中も気が荒そうだしな。さてどうしたもんか」
レイは空間から別のノートを取り出して開く。そこには派遣センターに登録された勇者が、持っているスキルなどと共に記録されていた。
表紙の裏には大きな五角形が描かれていた。それぞれの頂点に、『パワー』『知性』『魔力』『攻撃力』『防御力』と書かれたレーダーチャートである。
「やはりパワーと攻撃力重視ですか」
「そうだな」
パワーが5、攻撃力が5の部分を指先でタッチしたあと、レイはノートをテーブルに置く。ソート開始である。
少ししてページが勝手に捲れだし、すぐに停止する。
中をを覗き込んだレイが少し顔をしかめる。
「丸山猛……あのクソガキか」
「となりのページの人もパワーと攻撃力がマックスみたいですね。ええっと、吉田宗男……ああ、あのクソガキですね」
二人がクソガキと呼んだ勇者は、丸山が知性1、吉田が知性2であった。
「できたらこいつらは使いたくないな」
「でも二人とも暴れるのが大好きです。彼ら、魔王を倒して平和になって、そろそろ鬱憤が溜まり始めた頃かと」
「あいつら使うと、その世界の魔物が絶滅危惧種にされちまうんだよな」
「危惧というより、『暴れ丸』は本当に絶滅させてしまいました。冒険者が全員失業して大騒ぎになりましたね」
「暴れ丸、無法丸、オマル、いろいろな呼び名があったな。自分ではマールと呼んでほしかったそうだが」
「最後のオマルってなんです?」
「ああ、あいつ、腹が緩いんだわ」
「あ、そうでしたね。空間収納に携帯型のトイレを入れてました」
「とにかくこっちの世界の魔王と魔物をもう少し調べてくれ」
「はい」
そう返事したイチは窓際へ行く。そこへ一羽のカラスが飛んできて窓枠に止まる。
「カラスだったら人間と会話することができるかもな」
そうつぶやいたあと、「いやいや」といって首を振るレイであった。
レイはモレニ王城の会議室にいた。臨席するのはモレニ、シュルト、ガリア各国の大臣と将軍たちだ。国王にも一度会っている。
勇者を欲しがっているのが一国だけの場合、特にそれが独裁国家ならここまで毎日会議は開かない。王か宰相と打ち合わせをすれば済むことである。
しかし今回のような多国籍軍や、共和制国家などの場合は厄介であった。情報の共有を主張し、議論を好む。
今回出された議題は、捕虜となった勇者についてである。
「捕まっている勇者の救出? それは無理だ。盾にされてもその人質ごとぶった切る、そんな気で挑まなければ悪魔は倒せない」
レイにとってこの世界の勇者は管轄外である。しかも無理やり召喚された一般人ではなく、もともと戦うために鍛えた兵士の一人だ。戦場で散る覚悟はできているだろう。
「なんとかブレストに恩を売っておきたいのだ。あの国は希少金属の宝庫でな」
「大臣、レイ殿の言われることはもっともである。人質を気にしながら戦えるほど、魔王の軍勢は弱くはありませんぞ」
将軍の一人が具申するも、
「何とかならぬか、レイ殿」「レイ殿」「レイ殿」
大臣三人で人工エコーをかけながら迫られる。
人質の救出は、パワーと攻撃力で決行できるものではない。知性が1と2の少年二人では、絶対不可能と言えるミッションだ。レイの上司にかけあえばなにかスキルを与えることは可能だろうが、頭がよくなるスキルなど存在しない。
そうすると、使える駒としてはイチしかいない。しかし、イチを投入すると成果ポイントが下がるのである。レイが人間に戻れる日がまた遠くなる。
「とりあえず方法を考えてみます」
今回は魔王が三体いる可能性が高い。その中にもし中位悪魔でもいれば、ポイントは一気に跳ね上がる。イチの分が差し引かれても、まだだいぶん残るだろう。
「お見積もりが、かなりお高くなると思いますよ」
最後にそう言って、レイは席を立った。
宿屋に戻ったレイは、忙しそうに分析を続けるイチの肩をぽんぽんと叩く。
「あ、お帰りなさい、レイ様」
「人質救出オプションが追加になった」
「それは……、あの二人の勇者だけじゃ無理ですね。誰か追加しますか?」
「手の空いてる『隠密系』がいないんだわ。かといって『イノシシ系』を追加しても同じことだし」
「ええ、人質は間違いなく死にますね。……というと、私ですか」
「ああっと、イチは保険な。基本は丸山と吉田に救出させる」
「何か策が?」
「わからん。とりあえず人質に会ってくるか」
「お供します」
レイとイチが転移したのは山の中だった。カラスによる魔物の目撃情報だけでは、魔族の街の位置までは特定できなかったからだ。
枝葉の隙間から陽光が差し込み、とても魔族の国が近いとは思えない落ち着きがある。
「サンドイッチでも持ってくりゃよかったな」
「ピクニックやハイキングではありませんよ。それより、空からこの辺りを偵察してみますか」
「カラスたちは魔族の街や城を見つけていないだろう? 木々にさえぎられて空から見えないか、それとも……」
「地下都市、ですか。――山の中なので、さしずめ洞穴都市と言ったところですかね」
「カラスたちには悪いんだが、もうちょい小型の、森の中を飛び回れる小鳥とかいないか? 本当はコウモリがいいんだろうが」
「この大陸に生息するコウモリは、フルーツバットだけですね」
「カラスより大きいじゃん。もっと小さいの、ほれ、伝言用使い魔のインコとか」
「あの子は一羽しかいません。あとは……というか、鳥や虫たちがいませんね、この森」
「魔王に恐れをなして逃げたか、それともみんな食われたか」
「どちらにしろ私たちで探すしかありませんね」
「いや、魔物の棲み処は魔物に聞けばいい」
「え? しかし魔物が、うわっ」
いきなりレイが正面の木々に衝撃波を放った。
『バキバキ、ズズズン』
と派手な音を立てて数本の木が倒れていく。
「これで誰かが見に来るだろう?」
その言葉通り、左側から下生えの草や落ちた枝などを踏む音が近づいてきた。
「ビッグ・ベアが戻ってきたんでねが?」
「そしたらば今晩は熊鍋だべ」
「バカこくな、オラたち二人でかなうわきゃねえべ」
「やる前がら怖気づいてどうすんべ、オラの剣さばきさ見でがら言え」
近づいてきたのは二体のゴブリンだった。裸に腰布のみで防具はつけていないが、二体とも手には真新しい鉄剣が抜き身で握られている。
『拷問して棲み処を吐かせるか、帰りの後をつけるか。どっちがいい?』
木の上に身を潜めたレイがイチに念話を送る。
『ビッグ・ベアを狩る気でいるようですし、たぶんまっすぐ帰らないと思います。ここは捕まえて無理やり吐かせた方が』
『賛成だ』
二人はゴブリンたちの前に転移した。
「ひゃあ!」「出たぁ!」
びっくりしながらも両手で剣を構えた。腰は引けて膝は笑っているが。
レイは黙って人差し指を立てた。拳や手刀だと間違いなくゴブリンは即死する。弱い魔物と戦う時、レイはいつも剣の代わりに指を使っていた。
「「参りましたぁ!」」
まだ何もしていないのに、ゴブリンが剣を置いて土下座をした。
「お前ら見張りじゃないのか! ちゃんと仕事しないと魔王に食われちまうぞ」
「お赦しください、お赦し下さい」
ひたすら謝り続ける二体のゴブリンだが、レイはそのうち一体に近づき、頭の前にしゃがみこんだ。
「聞きたいことがあ」
土下座していたゴブリンが素早い身のこなしで剣を拾い、しゃがんでいるレイの横っ腹に突き入れた。
『ボキッ』っと音がして折れたのはゴブリンの手首だった。鉄製の剣も、レイの腹もなんともない。
「ふんぎゃああ」
ゴブリンは左手で右手首を掴んで飛び上がるが、レイが手刀を一閃させ、胴体を真っ二つにしてしまう。
その様子を横目で見ていたもう一体が、口を手で押さえながら胃の中の物を吐いた。
「聞きたいことがある」
レイはそちらに向き直って静かに聞く。ようやく胃を空っぽにしたゴブリンは、がくがくと震えるばかりで声も出せない。
イチが出てきて言った。
「安心して、あなたから先に攻撃しない限り、この人から攻撃を受けることはないわ。この人、そういう呪いを受けているの」
たしかにそうかもしれない。その呪いの名は『大義名分』。つまり理由さえこじつけられれば、レイはいくらでも攻撃できるということだ。ゴブリンに言うとビビってしまうので、それは内緒にしておく。
「な……なにが聞きたいんだ?」
ゴブリンは勇気を振り絞って声を出した。
「お前らのねぐらはどこだ?」
「まさがおめえら、女を助けに来だのが?」
「女? お前ら、女を攫っているのか?」
「さらったんでねぇ、攻めで来たんだ」
「まさか、勇者? 女なのか」
「それだ、みなが勇者と呼んでいだ。あの女のごど」
それを聞いてイチが顔をしかめる。ゴブリンに捕らえられた女がどうなるか、これまで何度か目にしたことがある。
「その勇者は今どこにいる? 生きているのか?」
「ああ、クイーンへの献上品だとかで、そりゃ大事にされてるだよ」
「クイーンだって?」「それは誰なの?」レイとイチが問い返すが、
「おめら学がねぇな、女王様って意味だっぺ」
ゴブリンは自慢げに胸をそらした。
ゴブリンから方向と大体の距離を聞き、レイとイチは山の中を歩いた。
ほどなくして目の前が開ける。広場になっているようだ。そして奥の岩山に、巨大洞窟らしきものを見つける。
「レイ様、あのゴブリンが言った通り、岩肌に大きな入り口が」
「ああ。あれなら、ミノタウロスが片足で跳ねても頭をぶつけないだろう」
「的確な比喩をありがとうございます」
巨大洞窟だ。入り口には二体のオークと、数体のゴブリンが見張りとして立っている。
さっきのゴブリンの話では、洞窟の奥はいくつにも枝分かれしており、
「勇者が捕らえられている場所は、一つ目の二股を左、次の三叉路は真ん中、次の交差点を左、そこから信号を三つ越えた先だったな」
「レイ様、二股と三叉路って同じですよね。つまり三叉路に真ん中の道はない」
「なに? あいつ、適当に言ってただけか?」
「だいたい、信号ってなんなんですかね。まさか交通信号とも思えませんし」
「お前が殺しちゃったから、戻って確かめることもできないし」
「私に『呪い』はありませんからね。私から攻撃を仕掛けることに問題はありません」
「そのせいでいま問題になってるじゃないか」
「とにかく入って見ましょう。気配隠ぺいを私にもお願いできますか?」
「隠蔽魔法のわるいとこは、俺たちもお互いに認識できなくなることだな」
「はぐれないようにおんぶしていただけますか?」
「いいけど、後ろから噛みつくなよ」
「もうバンパイアじゃありませんから」
かつてイチは吸血鬼だった。人間だったころのレイと闘って敗れ、神格を得たレイの使徒となった。そのおかげで陽の光の下でも平気だし、人間の料理をおいしいと感じることもできる。今ではレイに感謝し、心酔しているのだ。
イチがレイの背中に這い上がると同時に、二人の姿が見えなくなった。
洞窟に足を踏み入れた途端、目の前に巨大な空間が現れた。
『街! ……ですね』
周りに魔物がいるため、二人は念話で会話をする。イチが言う通り、大小さまざまな家が並ぶ、立派な街であった。一キロほど先の丘には、小さいが城まで建てられている。王都を気取っているのだろうか。
洞窟に入ってどこかに転移された形跡はない。つまり洞窟の内部にこれほどの異空間を広げていることになる。
『これだけ大規模な空間魔法だ。中位悪魔に間違いないな』
空間の広さは洞窟がある山よりも大きいだろう。大勢の魔物が暮らせるほどの異空間構築。そんな芸当ができる悪魔とはいったい……
『道が二股になっていますね』
Y字路が現れた。
『とりあえずゴブリンが言ってた通り左を進み、三叉路まで行ってみるか』
『たしかにここは広すぎます。やみくもに進むよりかはいいかもですね』
二人は左の道を進む。ほどなくして交差点があったので、言われた通り左に進路を取る。
前方には岩山がそびえている。少し歩くと岩壁に突き当たった。道は壁に沿って左右に続いている。
『三叉路というか、T字路だな。もしここを真っ直ぐってことだと、岩壁を崩して進むか、よじ登ることになるのだが』
『レイ様、正面の壁に空間の揺らぎが見えませんか? 単なる岩肌ではないような』
そう言われて目を細めて見るが、レイには普通の岩壁にしか見えない。
『俺にはわからないけど、元下級悪魔だったイチにはなにか感じるものがあるのかもな』
そう言ってイチは回れ右をする。
『え? レイ様、引き返すのですか?』
『いいや。もしただの壁なら激突するじゃん。だから背中から突っ込んでみる』
『それじゃ私が壁とレイ様に挟まれるじゃありませんか』
『お前がただの壁じゃないと言ったんだ。だから自分を信じろ。そして俺を信じろ』
イチの返事を待たず、レイはイチを背負った背中から岩壁に突っ込んだ。
だがイチの指摘通り、その壁は幻であり、奥には別の空間が広がっていた。ただ、レイは勢いをつけすぎていたのか、力が余って背中から転んでしまった。ゴロゴロと三回転ほど。
『レ、レイ様……壁はなかったはずなのに、結局私は潰されることに』
『すまんイチ。だがお前のおかげで後頭部を打たずに済んだ。ありがとう』
『うう、わたしは大きなたんこぶが』
『そんなことより見てみろ。ここは洞穴だ』
レイが空洞の内部を見て驚いている。高さ二メートルほどの洞窟。左側だけに大きな鉄製の扉が並んでおり、その扉の上には魔石を使っているのだろう、赤や緑のランプがぼうっと光っている。
『これって牢ですか? 扉の上の表示は、中に囚人がいるかどうかの表示灯?』
『あのゴブリン、三つ目の信号を越えた先と言っていたが』
ランプがついている鉄の扉は三つ。その先には暗い穴が続いているだけだった。
牢だとしても看守などはおらず、単なる廊下のように見えなくもない。
『三つ目の信号の先に扉というか、部屋はありませんね。やはり適当なことを……』
『待て待て、ここまであいつの言うことは正しかったんだ。もしかしたら、また隠蔽空間があるのかもしれないぞ』
『もしそうだとしたら恐ろしいほどの空間魔法ですね。中位の悪魔がここまでできるでしょうか』
『相当な魔力が必要だな。まっ、オレにだってこれくらいはできるが』
『レイ様も?』
『あ、いや、空間の広さって言う意味だ。さすがに街をつくろうとは思わないけどな』
街をつくるには大量の大工や職人が必要だ。レイはそっち方面に知り合いがいない。作りたくても人的資源の問題で不可能だったが、イチにそこまで説明することでもない。
「隠蔽を解くぞ」
レイが声に出してそう言うと、二人の姿が洞窟の中に現れた。レイにおぶさったイチは土にまみれており、後頭部には血が固まってこびりついていた。
『クリーニング』という魔法をレイは使えない。水魔法と風魔法でイチをきれいにすることはできるが、地面が水浸しになるため、敵地では使うことをためらう。
「ま、そのままでいいか」
「え? 何がです?」
レイの背中から降りたイチの手をつなぎ、二人は洞窟の奥へと足を踏み込んだ。
明らかに転移魔法が作動した。
気が付くと、二人は豪華な部屋の中に立っていた。
「ここはどこだ?」
大きな風景画がかけられた壁は薄いベージュの壁紙で統一され、花台の上には大量の切り花が生けられている。猫脚のテーブルの上に、読みかけの本が開いたまま置かれており、窓から入るそよ風で、そのページが捲れたり戻ったりしていた。
窓の外の景色はどうみても魔法で作りだされた空間ではなく、この部屋は山の上に建てられた屋敷か塔の、上層階ではないかと推測される。
「イチ、窓の外を見て来てくれ」
レイがそう言って、再びイチに隠蔽魔法をかける。息遣いが窓の方へ移動していくのがわかった。
もう一度ゆっくりと部屋の中を確認する。中に扉は一つだけで、それがどこに繋がっているかはわからない。
「まあ、開けてみるしかないわけだけど」
そうつぶやきながら扉の方へ歩いて行き、ドアノブに手をかけてそっと開けてみた。
そこは言ってみればお姫様の寝室だった。大きな鏡の付いたドレッサー、クローゼット、すべて淡いピンクで統一されている。壁際には天蓋付きの大きなベッドが置かれており、それにしなだれかかるように、一人の女性の姿があった。
「悪魔ではないな。もしかして勇者か?」
レイはその女性から二メートルほど距離を取る。あまり近づくと、驚いて叫び声をあげると思ったのだ。
「もし」
どう声をかけて言いかわからかったので、村の娘風にしてみた。自分でも間抜けに思えた。
「もし」
もう一度声をかけた時、女性の肩がピクリと動いた。
「もうエサの時間?」
姿勢は変えず、女性の声だけが聞こえた。この部屋の住人として似つかわしい台詞とは思えなかった。
「いや、食事ではない。俺は外からの訪問者だ」
レイがそう言うと、女性はめんどくさそうに顔だけで振り返った。泣いていたのだろうか、目の回りが手垢で黒くなっている。化粧っけはなく、逆に浅黒く焼けた健康的な肌だった。
「誰だ? 何の用?」
レイはその顔を見て少し驚いたが、気を取り直して話しかける。
「オレの名前はレイ。三か国同盟の依頼を受け、捕らえられた勇者のことを調べに来た。
女の顔に一瞬驚きが浮かび、つぎに怪しむような顔で口を開いた。
「三か国同盟が私を助けに?」
自分のことを勇者と認めたようだ。
「いや、俺は直接君を助けることができないので、とりあえず先に会いに来ただけだ」
「さすがに連れて逃げるのは無理ってことか。まあ、ここまで来たということは魔法使いだろうし、アンタ一人なら脱出することもできるかな」
ふふんと鼻で笑いながらそう告げる女は、よく見るとまだ少女の面影を残す、田舎の女の子だった。
「君も魔法が使えるのだろう?」
レイがそう言うと、勇者は黙って首を横に振り、左手を挙げた。その手首には大きな金色の腕輪がぴったりとはまっている。
「む、その腕輪の透かし彫りって、魔力封じとか、なんかいろいろな術式が見えるが」
「ほう、見ただけわかるんだ。あたしなんかよりよっぽど強そうじゃん。ま、とにかく、今のアタシは魔法の使えない、ただの村娘さ」
大国の王女もかくやというほど豪華な室内着を着た、ただの村娘が言った。
「しかし君は捕虜だろう? なんでこんな待遇がいいんだ?」
「見当つくだろう? 魔王様に気に入られたってわけ。子を産んでくれってさ」
「いやいやいや、悪魔の子は産めないだろう。というか悪魔って、人間や動物みたいな子作りなんてすんのかな?」
そこへ外の様子を調べて戻ってきたイチが帰ってきた。レイがすぐにイチの隠ぺいを解除する。
「レイ様、その人が女勇者さんですか?」
「な、なに? どっから登場したの? って、戦闘でもあったの、美少年?」
勇者が立ち上がり、イチのことを食い入るように見る。
「あっ、いえ、私はこんな格好してますが、中身は女なんです」
イチが少し怯えて二歩後ずさる。
「あ、アタシ、女もアリなんで。でもいい、その姿、すごくいい! 土に汚れた服とか、血にまみれた後頭部とか」
「へっ? 私、そんなにボロボロ? あ、鏡……って、なにこれ? レイ様?」
ドレッサーの鏡に写った自分の姿を見て、イチが呆然とする。レイに問いただそうとするが、なにか考え事をしているようだ。
「で? ここってどっちだった?」
イチの状態は無視して、この場所の詳細を確認するレイ。
「あ、はい。私達が探りに来たのとは違う方です。やはりさっきの洞窟で転送されたみたいですね」
イチは外で見てきたことを報告する。勇者が攻め込んだ場所ではなく、挟撃の兵を送った側の集落のようだ。
その二か所は繋がっているが、こちら側は、どうやら魔王の別荘かなにかだろう。
「飛び地のほうじゃなく、最初の二つのうちの一つか」
レイが飛び地と呼んでいるのは、イチが最後に丸印を付けた場所。ここと同じグループなのか、独立系なのかはわかっていない。
「はい。それでこの部屋ですけど、断崖絶壁に彫られたものです。出入口はおそらくあの転移魔法だけ。空を飛べば窓から出入りはできますが」
「この周辺の魔族は?」
「崖の上です。木々の間に巧妙に隠されるよう、平屋の家が並んでいました」
「ふむ、洞窟の中に囚われているより、よっぽど楽に救出できそうだな」
「た、助けてくれるのか?」
勇者が顔に喜色を浮かべてレイの言葉に食いつく。
「ああ。君を助け出すのは決定事項だ。ただ、どうやればポイントを減らさずに済むかだ」
「へっ? なに? ポイントって」
「あ? ああ、こっちの話だ。ところで勇者、君の名は?」
「マーガレットだ。親しいやつらはガレって呼んでる。でもあんたらは親しくないし」
「マギーじゃないんだ! だがまあ心配するな。愛称で呼ぶことは今後もない。改めてだが、俺はレイ、こっちがイチ。愛称もレイとイチだ。そう呼んでもらって構わない」
「ほかにどう呼べと言うんだ。だが助けに来てくれてありがとう、レイとイチ」
「それが仕事だ。ところでマーガレット、これを見てくれ。文字は読めるか?」
レイは一枚のチラシを差し出した。
「あ、うん、たぶん読める。えっと、『勇者なんとかセンター』? 野球関係のなにかか?」
「おっ、君の国でも9人制の野球があるんだな。俺は子供の頃ライトの8番で、隣の家の英二ってのが5番センターで……って、ちゃうわ!」
「長めのノリのわりに、すべりましたね」
「天然相手にツッコむのは加減が分からんからな。いや、そうじゃなくって、『勇者派遣センター』っていうんだが……今度振り仮名ふっとこう」
「勇者派遣って、傭兵扱いするのか? 勇者を?」
「簡単に言えばそんなところだ。で、そのチラシは登録募集案内なんだが」
レイはマーガレットを派遣センターに登録する気でいるようだ。
「ちょっとレイ様、マーガレットさんは異世界から召喚されたわけじゃありません。元々魔法使いですから、神域にも入れませんし」
「そこはどうにでもなるさ。それよりここに登録すれば、特典がもらえる」
「得点? 8番ライトには無縁だろ……って冗談は置いといて、どんな特典がもらえるの?」
「わかってボケてたのか。……そんな君には特別にチート級スキルをご用意しました」
「レイ様……」
「暴れん坊勇者たちで力不足なら、こいつ自身が力を付ければいいんだよ。つうわけでイチ、俺は今からマーガレットを連れて神域に行ってくる。お前は彼女の替え玉として、この部屋にいてくれ」
「いや、ちょっと待ってください。替え玉って、誰か来たらどうするんですか」
「お前、魔物の個体の区別ってつくか?」
「いえ、オークが並んでいても、みんな同じ顔に見えますけど。いやっ、私黒髪で彼女は金髪じゃないですか。いくらなんでも外観が違いすぎます」
「ベッドにでも潜っていれば大丈夫だ。ほんじゃ行ってくるわ」
「待った、アタシ、登録するって言ってないよ! ちょっとおぉぉぉぉぉ」
マーガレットの悲鳴まで飲み込んで、二人は転移してしまった。大きなため息をつくイチだが、最悪のタイミングで誰かが部屋に転移してきた。イチは慌ててベッドにダイブし、ふとんの中に潜り込んだ。
「フシュルルル、勇者よ、体長は崩しておらぬか?」
ベッドの外で声がした。その瞬間、無意識に震えがくる。
「フシュルルル、あと七日じゃ。それまでよく食って太るのじゃ。よき苗床になるのじゃぞ」
イチはその声を聞き、全身の毛穴から汗が噴き出るのを感じた。その気配は間違いなく中位以上の悪魔だった。
白い雲の大地、空は一面の青。ここは神域の中、レイがよく使う場所である。
「ああ、天国に来たのか。アタシ、死んだんだね」
勇者マーガレットが周囲を見回したあと、呆けたよう呟いた。
「たしかにここはあの世みたいなもんだけど、お前は霊魂じゃなく、ちゃんと肉体を持ったままここにいるぞ」
「なに言ってるかよくわかんないよ」
「今から俺の上司を呼ぶ。何か聞かれたら素直に返事すればいい。なに、怖がる必要はない」
マーガレットは呆けたまま、返事もしない。
「!※△;※様! レイです」
レイが聞き取れない名前の誰かを呼ぶ。すると、大地である雲が隆起し、人の形のような像に変わった。
「レイよ、お前は相変わらず面倒を持ちこむのう。召喚者でもない魔法使いをこの場所に連れてくるとは、なにを考えておるのじゃ」
中性的な声が聞こえるが、目の前の像からではない。雲の大地から湧き上がるような声だ。
「!※△;※様、この者、ただ今は魔王の腕輪により、あらゆる魔力を封じられております。現在は魔法使いではなく、ただの村娘でございます」
「また屁理屈か。まあお主の日ごろの功績を鑑み、今回は不問といたそう」
「いえいえ、これはなかなか使える手段と思います。まあ、今回の働きを見られたうえで、今後のことをご判断願えればと」
「ふん、まあよかろう。それで? そこで呆けておる小娘に何を与えれば」
レイが片手を上げてその声を遮る。本来なら不敬もいいところである。
「お話し中に失礼いたします。ただいまイチより念話が入りました。この娘が囚われている城の主ですが」
そこでいったん話を区切り、白い像を見る。
「よい、申せ」
「おそらくですが、蠅の騎士団の一柱のようです」
「なんじゃと! 暴食の眷属か!」
その声に呼応し、大地のいたるところで白い雲が吹き上がる。レイは少し考えるそぶりを見せた後、顔を上げて雲の像を見据えた。
「これで遠慮なく上様にお願いが申し上げられます」
「よかろう。なんなりとくれてやる。だがその蠅の眷属、必ずこの世から消し去れ!」
「御意!」
肝心のマーガレットは、ただただ白い雲の像をぼんやり見つめるだけであった。
魔の岸壁(仮称)にあるマーガレットの居室。イチはまだふとんの中で震えていた。
「イチ、大丈夫か? こちらは滞りなく終わったぞ」
「レレレ、レイ様」
レイの声を聞いて、恐る恐る布団から顔を出すイチ。
「かなり怯えているな。マーガレットのベッドに地図を描いてないだろうな」
「冗談を言っている場合ではありません。あいつはヤバすぎます。あの気配は間違いなく最恐魔王の騎士団員です。中位の中でもかなり上の実力があると思われます」
「本体は見たのか?」
「いえ、申し訳ありません、布団にもぐって震えていたので」
イチがうつむき気味に首を振るが、
「アタシは会ったことがある。背が高くてがっしりした、精悍な顔つきの男だった」
「それは人間に擬態した姿だろう。中身はどうかわからないぞ。仮にも蠅の騎士団……いやしかし、第一階級『暴食の魔王』の騎士っつたら、そりゃもうエリート中のエリートだぞ。それが団を抜けてこんな山奥で魔王ごっこなんてするかな?」
「元下級悪魔の私が言うのですから間違いありません。あんな魔力の気配、並大抵の悪魔であるはずがありません」
「えっ? じゃあ正確にはわかってないわけか。どうしよう、あのお方に蠅の騎士って言っちゃったぞ」
「それを聞いて雲の大地が爆発してたもんね」
マーガレットは始終ぼーっとしていた割に、なにがあったかちゃんと覚えているようだ。
「そのおかげで多めにスキルをもらったんだけどな。ところで、何か話しかけられなかったか?」
「よく食べて太れと。七日後に『苗床』になるのだからと」
それを聞いてマーガレットが青い顔をする。
「子を産めってそう言うことなの? 私に惚れたとかじゃなく?」
「お前好みの悪魔だったのか?」
「え? その、外見を抜きにしても、アタシ、子を産んでくれなんて、今まで言われたことなくて」
「チョロ」イチが呆れる。
「マーガレット、お前はまだ若い。生きてりゃこの先必ずいい出会いがある。死に急ぐな」
「レ、レイさん、アンタ、アタシの運命の男なのか?」
「違う」むげに否定するレイ。
「じゃ、じゃあイチさんがアタシの?」
「だから、私は女だって言ってるでしょ」
「だから、女でもかまわないって言ってるだろ」
「だいたいあなたとは住む世界が違うのよ。それに、あなた今いくつなの?」
「歳か? 十二だ」
「ガキが! 帰ってママのおっぱいでも吸っとけ!」と、キレるイチだが、
「さすがにママとそういう関係には……」
「どうやらクソガキ共より知能が低そうだ」
「知性レベルが小数点、ですか」
頭を抱える二人だった。
勇者マーガレットを魔王の砦に残し、レイとイチは転移で宿まで戻ってきた。場所さえわかればわざわざ洞窟を後戻りする必要はない。次に出向く時も同じだ。もう二股と三叉路で悩む必要もない。
「今回の魔王は『蝿の騎士団員(仮)』と『クイーン(謎)』、そしてまだわかってない飛び地の主か」
「なにひとつわかってないじゃないですか」
「作戦の立てようがないが、まあ、『当たって砕ける』だ」
「砕けちゃうんですか」
「ああ、砕けにくいよう、勇者たちの肉体強化レベルをひとつ上げてやるが」
「付与できるスキルにも制限がありますからね。ところで、マーガレットはなにをもらったのです?」
「剣術スキルと無限魔力だ。あいつ、せっかく火や風の攻撃魔法が使えるのに、まだ未熟なせいで魔力量が少ない。だからパワーもなければ数も撃てない」
「そ、そんなのでよく勇者に」
「ブレスト王国は自信があったんじゃないかな。聞けば魔法大国だそうじゃないか。それに、マーガレットはまだ子供だが、勇者の卵であることに間違いはない。生き残れば将来相当強くなると思う」
マーガレットを排出したブレスト王国は、国民の魔力保有量が他国よりも高い。そのため魔法教育も盛んで、優秀な魔法使いも数多く存在する。
「そういえば聞きなれない言葉が。その無限魔力というのはどういうスキルなのです?」
「俺が使っているのと同じさ。魔法を使う時は空気中の魔素を取り込み、即座に魔力に変換して出力する。だからパワーは上がるし、魔力切れになることもない」
「仙術……、それって神格魔法じゃ……それに、それは身体に魔力を持たないレイ様だからこそ使える……」
「イチ、お前も無限魔力を授かっているのを知らないのか?」
「えっ? 私がですか? たしかにバンパイア時代より強くなってはいますが」
「これまで全力を出し切る機会なんてなかったもんな。今度試してみ、ノーセーブで。自分の限界を知っておくことも必要だぞ」
これまでのイチの戦い方は、魔物一体にどれだけのパワー配分が必要かを感じ取り、無駄のない攻撃を心掛けることだった。かつてバンパイア時代に魔力切れを起こし、空から落ちて死にかけた経験からきたものだ。だから今は常に余裕を持って戦う。ただそのせいで、今の自分の限界というものを知らなかった。
「は、はい、機会がありましたら」
「まあそれはいいとして、飛び地の魔王は俺が行って調査して来よう」
「あの、私も」
「いや、イチはブレストへ行って聖女をスカウトしてきてくれ」
「聖女ですか? 悪魔と闘える力を持った聖女がブレストに?」
「いや、戦う必要はない。ヒールが使えればそれでいい。どうも丸山は自己回復が苦手なようなんだ。それなのに暴れん坊。つまり生傷が絶えないはずだ。オレやイチが治してやるとポイントが下がるからな」
「わかりました。回復魔法が使える人間であればよろしいわけですね」
「ああ。見つかったらこの指輪を付けさせてくれ。どこにいても呼びつけられる」
「わかりました」
イチ自身は転移魔法を使えないが、レイの使徒であるため、指輪なしでどこにでも転送することができる。好きな時に好きな場所へ飛ばせ、好きな時に呼びつけられる。とはいえ、だいたい二人でいることが多いため、恥ずかしいタイミングで呼び出されたことは少ない。
「では今から頼む」
そう言ってレイは、イチをブレスト王都の大教会前に転送した。
イチを送った後、レイは飛び地へ転移した。魔王が山の中のどこに住んでいるか、ピンポイントの情報がないため、前回と同じように森の中を探し回らねばならない。
「うわっ、この森はあっちと違って羽虫が多いな」
小さな虫には気を付けなければならない。日本時代、田舎の山の中で呼吸と一緒に虫を吸い込み、鼻の穴の中で暴れられたことが何度かある。
ゆっくりと息を吸い込みながら森の中を進む。
適当に歩いて行くと唐突に気配を感じた。そちらを振り仰ぐと、木の枝にフクロウがとまってこちらを見ている。ためしにレイがウインクをすると、向こうも真似して返してきた。
「知性はありそうだな。少なくともマーガレットよりかは賢そうだ」
『キルキルキル、クルックルー』
フクロウが鳴いた。
「お前、俺の言葉が分かるのか。っていうか、フクロウってほうーほうーって鳴くんじゃねえの?」
『ホウー、ホウー』
「あ、色々鳴き分けられるってか、すごいな。で? 俺になんか用か?」
『キュウウ、キルキルル』
「いや、山の中で迷ってな。どっかに家があれば助かるんだが」
『キュウル、キルルル』
「え? 怪しい? 俺がか? あっ、お前の言葉がわかるからか」
『キル! キル! キル!』
フクロウが激しく鳴きながらレイに襲い掛かる。猛禽類だ。頑丈な脚には鋭い爪が光っていた。
「今『我奇襲に成功セリ』って言った? え、違う?」
レイは空間からヌンチャクを取り出し、眼前に迫ったフクロウに一撃を見舞った。
『ピキュウ』
ヌンチャクに弾かれて悲鳴を上げ、近くの木の幹に激突した。そのままズルズルと地面に落ちていく。
「心配するな。このヌンチャクは練習用のゴム製だ。命まで断とうとは思わない」
レイはヌンチャクをぐるぐると振り回しながらフクロウに近寄る。だが肝心のフクロウは気絶していた。
レイはフクロウのそばにしゃがみ込むと、回復魔法をかけてやる。レイの回復魔法は神級だ。それこそ死んですぐなら生き返らせることもできる。
フクロウはたちどころに回復した。さすがにもう逆らおうとはしない。
「お前、魔物じゃないな、純粋のフクロウか」
純粋という言い方も変であるが、いわゆる鳥類であり、魔獣ではないようだ。
「だったらしゃべっても平気だろう。この森に悪魔が棲んでいるな?」
『キ、キル』
「よし、どこにいるか教えてくれ」
『キルールキッキ、キルルルル』
フクロウは片羽を挙げて一点を指す。
「あっちの方向に? え? まだ二キロもあるのか」
『キル』
「そうか、あんがとよ。じゃ、お前も気を付けてな」
『キキィ、キルキル』
「あん? あの悪魔は悪い奴じゃない? 言ってる意味がよくわかんないな、だけどそれは俺が判断することだ。あばよ」
『キルゥ』
レイはフクロウをその場に残し、言われた方向へ歩いて行く。山の中を、二キロも。
「いや、だいたいの場所が分かったんだから転移するわ」
レイの姿が掻き消えた。
レイは屋敷の前にうまく転移できた。白塗りの木造二階建て。古い洋館風の作りだ。塀も門もないが、屋敷の横手に大きくもない畑があった。
「畑を耕す悪魔ってのはイメージがわかないな」
レイは自分に隠ぺいもかけずに玄関に近づく。屋根の上に気配が現れたが、肉眼では見えなかった。
「弓を持っているな。しかし隠ぺい魔法を使えるとは、ただの魔物じゃないな」
ヌンチャクを空間にしまったレイは手ぶら丸腰である。屋根の上の気配の主も、レイを攻撃対象とみなしていいかわからないだろう。
レイは気付かないふりをして玄関のノッカーを叩いた。
『ガンガンガン』
濁った音が森に響く。
やがて屋敷の中で足音が聞こえた。二足歩行が一人。こちらに向かっている。
『キイイイイ』と鳥肌ものの軋み音とともにドアが開く。
「どちら様ですかな」
色白だが背の高い美青年が誰何してきた。
「やあ、こんにちは。道に迷ってしまって」
レイは噓をつく。迷うもなにも、こんな森に足を踏み入れる人間なんていない。
「それはお気の毒に。しかしここには馬車もありません。もちろん森の中に衛兵の詰め所もない。ですからここを訪ねられても町に戻る手段はありませんよ。じゃあ」
そう言って男はドアを閉めようとした。
「待ったぁ」
ドアの隙間に足を差し込んで閉まらないようにし、レイは男の顔を見据える。
「な、なにをする。帰れ、帰らぬか!」
男は焦ってドアを閉めようとするが、レイがドアに手をかけて力を入れる。
「部屋に入れてくれませんかね?」
レイはにやにや笑いながら丁寧に懇願する。いわゆるインキンプレイというやつだ。
「くっ、わかりました。わかりましたから。だからドアを壊さないで」
レイがドアを無理やり開けようと力を入れたため、ミシミシと不気味な音を立てたのだ。
「私だって暴力は反対だ。話せばわかる、そうでしょう?」
もう完全にチンピラである。
「はあ、どうやら覚悟を決める必要がありそうですね。――ショア! モドヴァ! 出ておいで。お客様にお茶をお出しするんだ」
男は家の中に声をかけると、ドアを抑えていた力を緩めた。
「お邪魔しますよ」
レイはそういって屋敷の中に入っていった。にやにや笑いを顔にへばりつけたままで。
「まだ越してきて一年でしてね。家具なんかはぼちぼち造ってはいるのですが」
男が言う通り、家の中はがらんとしていた。戸棚や応接セットは彼の手作りだろうか。なかなかの職人技だった。
「単刀直入に聞く。お前は悪魔だな」
レイが言葉遣いを変えて男に迫る。男と、お茶を置いて後ろに控えていた二体の魔物が、そろって緊張するのがレイにも分かった。
「あなたには誤魔化しきれないでしょうね。言われる通り私はバンパイアです。後ろの二人は元魔獣ですが、今では私の眷属として、人の姿をしております」
「屋根の上にも一体いるな?」
「畑を荒らす魔物を警戒しています」
男は落ち着こうとしているのか、しきりに茶をすする。
「バンパイアだったのか。見たところ下級悪魔だな」
バンパイアでも始祖クラスは中位悪魔だ。目の前の男からはそんな強い気配は流れてこない。それよりも、男には牙がなかった。それでバンパイヤだと気づけなかったのだ。
「はい、魔界で皆からいじめられ、罠の転移陣に落とされてこの世界へ飛ばされました。自分で帰る術はありません。帰りたくもないですけど」
「え……?」
聞いてはいけないことを聞いたような、地雷を踏んでしまったような、嫌な感覚にとらわれるレイ。気を落ちつけるため出されたお茶を飲む。毒が入っていようが気にしない。レイに効く毒など、どの世界にも存在しないのだ。
「ん? このお茶は」
「はい、ドクダミ茶です。裏の畑で摘んだものです」
「健康志向悪魔かっ! あ、すまん、声に出てしまった」
「ええ、おかまいなく。少し特殊な体質なものでして」
「聞かせてもらっても?」
「はい、実は私、人血アレルギーなのです」
「ブフォオオオオ」
レイは盛大に茶を吹き出した。黄金色の虹と共に男がずぶ濡れになる。
「あ、あ、あ、すまん! ドライ!」
突如男の頭の上から温風が吹き付けられた。レイの風魔法である。撫で付けられていた男の髪は乱れたが、あっという間に乾いてしまう。ただ、洗わずにそのまま乾かしたため、男のシャツに茶色いシミが残ってしまった。
「ごめん、弁償する」
レイは空間から金貨が入った布袋を取り出し、そのままテーブルの上に置いた。
「いえいえ、おかまいなく。重曹水に漬け置きし、擦り洗いをすれば落ちますので」
「家事悪魔だった!」
「十歳の時、教師に連れられ始めて人界に出向いたのです。そこで人を襲って血を吸ったのですが、その女がアルコール中毒でして。私まで酔っぱらって吐きました」
「そ、それはお気の毒に」
「翌日、名誉挽回にと若い男を襲ったのですが、そいつは変な薬をやっていたようで、私までラリッて吐きました」
「はあ……」
「それ以来、人間恐怖症になりまして。親が治療しようとして、食事にこっそり人血を混ぜたりしたのですが、そのたびに吐いて、引付まで起こすようになりまして」
「それがもとで皆からいじめられるようになったのか?」
「おっしゃる通りです。あげくに隠し転移陣に落とされて……うくっ、くくくく」
男は美しい顔をゆがめ、赤い瞳から大粒の涙をこぼした。
「ああ、思い出させてしまって済まないことをした。頼むから泣かないでくれ」
「ええ、でも、この地に飛ばされてよかったと思っています」
「お前をいじめる奴はいないからな」
「はい。人血はだめですが、昔から魔獣の肉は好物でして。この森にはその魔獣が程よく生息しており、ここにいる元魔物の眷属たちが、三日に一度狩ってきてくれるのですよ」
「それで森の動物たちに感謝されているわけか。来る途中で会ったフクロウが言っていたよ」
「彼らと話がお出来になるのですか?」
「ああ。いつの間にか、彼らが何を言おうとしているのかわかるようになった」
「やはりあなたは人間ではないのですね」
「やはり俺は人間ではないのか」
「最初は聖職者の方と思いました。バンパイアハンターかと。ただ、あなたからはもっと禍々しい気配が漏れていましたので」
「まがまがしい?」
「あっ、我々悪魔にとってです。特に私、気配には敏感な方でして。で、もしかして神界の方ですか」
「ああ。元は人間だが、今はそっちに籍を置いている。職業は勇者派遣センターの営業だが」
「魔王退治の親玉さんでしたか。で? 私を退治しに? それともウリンとロアを?」
「ウリンとロアというのか、あっちの悪魔は」
「まだご存じではなかったですか」
「ああ。まだ調べ切れていない」
「ウリンというのは中位悪魔です。あの蝿の騎士団の採用試験に合格したほどの腕前でしてね。採用前にロアと駆け落ちしてこの星に来たそうです。ロアは下級悪魔ですが、ウリンとは同属のようです」
「くわしいな」
「ええ、その頃は私も魔界にいましたからね。けっこう有名な話ですよ。騎士団を蹴って女と逃げたって。まさかそいつらと同じ星に飛ばされるとは思いませんでしたが」
「会ったのか?」
「いえ、森の動物たちの噂を聞いて眷属に調べに行かせましたが。私は会うつもりもありませんし、むこうもこちらに興味なんてないんじゃないですかね」
「お前が下級悪魔だからか?」
「いえ、なんでも、奴は人間の街を征服して、この世界を支配してやるんだと息巻いているようです。森でひっそり暮らすバンパイアなんて、それこそ眼中にありませんよ」
「なるほど、わかった。それで、お前の処遇だが」
「私はどうなっても構いません。ただ、眷属たちは悪魔とは違います。できれば彼らにはお目こぼしを」
「うん、実は悪魔といえど、バンパイアは対応がちょっと異なっていてな」
「なにがでしょう?」
「人間やほかの種族と共存している例が多いんだ。もちろん、眷属を増やし続けて人類を絶滅させ、世界を支配しようというやつは抹殺対象だが」
「私は人間と接点はほとんどありません。以前薬草を売って、代わりにクギや衣類を買ったことがあるだけです。もちろんウリンと関わるつもりもありません」
「ああ、そのようだな。だがそれは俺が判断する。そこでだ、ウリンだっけ? あいつらの討伐にお前も参加しないか?」
「ええ? 下級と言えど悪魔ですよ。それが勇者と共闘するのですか?」
「実は俺の眷属も元バンパイアだ」
「な、なんと」
「しかもそいつはあるお方によって人間に転身した。まあ、今は一時的に神界人だけどな」
「そんなことが可能なのですか。あ、いや、私は人間なんてまっぴらごめんですけど」
「わかってるよ。だから、もし俺の仕事を手伝ってくれるのなら、討伐対象から永久除外の免状をもらってやる」
「ただそうなると、悪魔連中に狙われるかも、ですよね」
「そん時は神界に逃げ込めばいい。悪魔をおびき寄せる餌にはされるが、神界人は喜んで協力するだろう」
「餌ですか。でもやります。ぜひ協力させてください。私、クリストフが必ずお役に立てるよう、奮闘いたします」
下級悪魔であるクリストフは、討伐対象から除外されることを選択したようだ。これで、この世界で堂々と生きていくことができる。さすがに街で暮らすつもりはないだろうが。
「わかった。俺はレイ。では早速だがこの指輪をつけておいてくれ。ウリン討伐の際、お前たちを転移させる」
「わかりました、よろしく願いします」
宿の部屋に戻ったレイは、ソファにどっかりと座り、イチに念話を飛ばす。
『こっちは終わったけど。そちらの状況はどうだ?』
突然念話を入れてもすぐに返事ができない場合もある。誰かとの会話中や、なにかを食べている最中とか。
少し待っても返事がないので、レイはソファから立ち上がり、自分でお茶を淹れ始める。茶葉とポットやカップはいつも目に見えるところに出している。お湯は魔法で出せばいい。
この茶葉にあったお湯の最適温度とかは知らない。だがレイはポットの中で、茶葉が開いて踊りだすのを見るのが好きだった。だからポットはいつも透明のガラス製だ。
茶の色が煙のように、ゆっくりとお湯の中に広がっていく。そこでイチから返信が来た。
『申し訳ありませんレイ様、病院にいたので念話をオフにしていました』
それを聞いてレイもびっくりした。
『まさか念話が医療機器を誤作動させるとは知らなかった。それに、念話ってマナーモードにもできるんだな』
イチがくすりと笑う気配がわずかに伝わってきた。もしかしたらおちょくられただけかも知れない。
『まあその件は置いておき、聖女の勧誘ですけど』
『そう、聖女だ。教会でなく病院にいたと聞いて、少し心配したぞ』
『あ、ありがとうございます。私などのご心配をしていただき。でも私はめったのことでケガなどしませんし』
『それは知ってる。だから、また誰かに大けがでもさせたんじゃないかと』
『ツー、ツー、ツー』
『こら! 擬音で念話を切ったふりをするな』
『これは失礼を。とにかく、こちらも終わったので、戻ってお話をします』
レイはため息を一つつき、イチを呼び戻した。
「まず俺から話そう。飛び地の悪魔は下級のバンパイアだった。名をクリストフというそうだ」
レイが自分で淹れたお茶をイチに勧めながら、飛び地の悪魔の話をする。
「バンパイアですか。もちろん知り合いではありませんが」
下級のバンパイアは数が多い。そのうえ単独で行動することも多く、顔見知りなどほとんどいない。
イチは紅茶のカップを口に運び、少し顔をしかめた。レイの淹れ方が悪かったのかもしれない。だがそのまま口をつけ、喉を上下させた。
「魔界出身で、いじめられ悪魔だったそうだ」
「基本、悪魔は陰湿な者が多いですから。弱いといじめられて当然でしょうね」
「力のほどはまだわからない。ただ、いじめられた原因は、『人血アレルギー』だからだそうだ」
「ブフフォオオオオ」
イチが派手に茶を吹き出した。だが茶色い霧はレイにたどり着く前に霧散していく。
「お前がお茶を吹くことはデジャブでわかっていた。身構えていたから大丈夫だ。ここには重曹もないしな」
「レイ様も吹いたのですね。しかし人血アレルギーのバンパイアだなんて」
「知らずに摂取してもひきつけを起こすそうだ」
「よほど最初にマズい血を飲まされたのでしょうね。まあ、血なんて生臭いだけで、おいしいと思ったことは一度もありませんが」
「バンパイアにとって大好物じゃないのか?」
「私は好きではありませんでした。レイ様だって、牛の肉は食べても生き血を飲みたいとは思いませんでしょう?」
「まあな、スッポンやマムシの血を飲まされたことはあるが、息を止めないと無理だった」
「ふっ、どこの会社にもいますね、そういう先輩」
「十四歳のお前が会社勤めを語るのも変だが、まあ、いる。うちは不動産関連だったし」
「不動産屋さんは関係ないと思いますが。ところで、何の話でしたっけ」
「たしかスッポンだったな。ええっと、あれはまだ入社して間もないころの……」
「傷を治すなら教会じゃなく、病院に行けと言われたわけか」
「私の言い方がまずかったのかもしれませんが、でもあの教会に聖女がいるような雰囲気ではありませんでした」
「で? 病院に行って出会ったのか? 聖女に」
「はい。みんなから聖女と呼ばれ、慕われている女性です。若くてきれいで」
「おい、比喩的表現の聖女じゃないだろうな。必要なのは回復魔法だぞ」
「それは確認しました。病院のそばでヤンキーがからんできたので、そいつをを半殺しにして連れて行きましたから」
「やっぱお前がケガさせてるじゃねえか! それに、からんでいったのもお前だろう?」
「ツー、ツー、ツー」
「だから擬音でごまかすな」
「とにかくその聖女、イルゼの回復魔法は見事でした。足の骨は少し曲がってくっついていましたが」
「野戦病院かっ! まあそれでもいい。で? 協力は取りつけられたのか?」
「はい。そのヤンキーを治してくれたお礼にと言って、指輪を押し付けてきました」
「…… ……」
指で眉間を揉むレイ。今日はいろいろと疲れることが多かった。早めに寝て、明日は勇者を連れに行こう、そう決意を新たにした。
別の世界にあるクルシュ王国。二年前に勇者が魔物を絶滅させ、人々はひと時訪れた平和を堪能していた。
王城の近くにある屋敷のリビングで、レイとイチは一人の男と向かい合っていた。
「くっくっく、あんたらが来たってことは、どこぞで魔王が暴れてんだな」
「ああその通りだ。そこでだな」
「行く行く! すぐ行くぜ! 何なら今からでもいい。なに、準備なんていらねえ」
さっきからノリノリでアホさを丸出しにしている男は丸山猛。十三歳で召喚されたので、四年たった今でもまだ十七だ。
「あれから二年経っているが、大丈夫か」
魔王を討伐したのは十五歳の時だ。二年間のブランクがある。
「ああ、俺ももう歳だが、まだまだ若いヤツらにゃ負けねえ」
イチが呆れ顔で丸山を見る。まだ幼さの残る十七歳だ。
「それで、報酬だが」
「あっ、オレ、あれが欲しいんけど」
「あれって?」
「なんてんだろう? どぴゅってテレポートするやつ?」
「転移魔法か。うーん、半径二百メートル限定ならいいが」
「ああ、それでいい」
「でも二百メートル程度、あなたなら数秒で走れる距離でしょう?」
彼のパワーがあれば、五秒もかからないだろう。その距離を瞬間移動する意味があるのか。
「いや、あれだよ、動けなくなる時があんだろ」
「あ、そうか。緊急回避ね」
戦いの最中、ふとした油断で死にかけるときがある。そのとき転移魔法が使えれば、一時的に避難することが可能だ。
「いや、そうじゃなくって、ほら、オレ、腹がゆるいから」
「あ……、そゆこと、トイレね」
「動いたらちびった、って何度も苦労してっから」
何度もあったそうだ。
とにかく丸山は了承した。もう一人のクソガキ勇者はまた別の世界にいる。
もう一人の男、吉田宗男も簡単にオーケーした。彼の報酬は二十キロの純金だ。日本だと一億数千万の価値がある。
今回はさすがに一人では対応できない。他の世界の勇者(丸山猛)と共同で魔王を相手にすることになる。それは丸山も吉田も納得した。
レイとイチは吉田を連れて宿屋に転移した。
「彼が今回の相棒になる」
そう言って吉田を丸山に引き合わせる。パワーと攻撃力がマックスの二人が顔合わせをした。
「えっ! もしかして日本人?」
「ああそうだ。丸山猛。勇者ネームはマールだ」
腕を組み、胸をそらしてそう言った後、丸山はニカッと笑った。
勇者ネームという聞きなれない単語が出てきた。
「ハ、ハジメマシテだな。俺は吉田宗男。略してヨシムネだ。ヨロシク頼む」
ヨシムネと略したが、前の世界でそう呼ばれていたわけではない。知人はみんなふつうにムネオと呼んでいた。略したら芸能人っぽいと思って言っただけだ。
「おお、こちらこそよろしく」
二人はぎこちないながらも自己紹介を済ませた。
「あの二人って、相性どうなんですかね」
イチがなんとなく不安げにレイに囁くが。
「さあ、どうだろう? なあお前ら、二人とも同い年だし、喧嘩っ早いところも似ているし、息ピッタリだろう?」
「いや、レイ様、同じ性格の二人って、相性最悪じゃないです?」
ピッチャーとキャッチャー、プラスとマイナス、N極とS極。ボケとツッコミ。二人組には違うキャラ同士が望ましい。
「そうかな? お前らはどう思う?」
「いや、今会ったばかりだし、まだわかんないすよ」
「強けりゃ誰でもオケだべ。足引っ張るならいらんけど……お前、強いんか?」
「ああ? どうだろな」
「ああ?」
強い口調で言い合っているが、それ以上暴走して喧嘩にならないよう、お互いに相手を睨みつけることは避けているようだ。
「おお、そうだ。こういう場合ってさ、殴り合って友情を深めるもんだろう? おまえら、ここで決闘しろ」
二人が理性を保っているところへ石を投げるレイ。
「な、勘弁してくださいよレイさん、たぶんシャレんなんないすよ。この街、地図から消えますよ」
「そうだよ、勇者同士が決闘って、どっちか死亡確定じゃん。生き残っても五体満足でいられるわけねえし」
「なんだつまらん。なんなら俺とやり合うか?」
「いやっすよ」
「勝てるわけないじゃん」
「二人同時に相手してやるし」
「「無理無理無理」」
二人でハモりながら、そろって顔の前で手を振っている。
「おっ、見てみろイチ、二人とも息ピッタリだ。これならイケるぞ」
「そうですかね……」
レイのパワハラ上司風のノリに、少し気分を害するイチであった。




