第84話 喜ばしき再会
門を抜け皇都ディアハイデへと足を踏み入れたイオたちの目に映ったのはたくさんの大きな建物だった。
「ここが、皇都……!」
カナリアが感動に打ち震えている。国で一番の大都市は多くの若者にとって憧れの地である。
商売をするにせよ冒険者として活動するにせよ、皇都で根を張れるということは一種の名誉なのだ。
そうでなくても女性にとっては無数にある商店を前にしただけで心躍るというものだろう。
人の波をよけながら歩くカナリアとルーの目はあちらこちらへと飛び回っていた。その様子がいかにも田舎者のようだったが、事実彼女たちは片田舎の農村出身なのだから仕方のないことである。
「冒険者ギルドはどこにあるんだ?」
「ギルドは北区だね。あの王城の向こう」
目立たぬように周囲を観察していたイオがアルバートに訊ねると、彼はまっすぐに目の前の城を指さした。
城壁が築かれているためその全貌を見ることは叶わない。しかし天に向かって突き立つ尖塔までをも隠しきることはできず、遠目でもまさに王城であるということが感じられる。
「まずは北区に行こう。宿をとるにしてもギルドに近い方が都合が良いからね」
その指示に従い、イオたちは南区から北区へと皇都を縦断して歩くのだった。
皇都ディアハイデは大都市である。その規模の大きさは皇国内に類を見ない。
まず人の数。かつて鉱山都市ルピニスで人の多さに驚いたイオたちだったが、その人口は比べようもなく大きい。
しかもほとんどが鉱夫や何かしらの職人であったルピニスとは違い、道行く人の多くは観光や買い物のために洒落た衣服に身を包んだ者がほとんどである。間違っても上半身に薄汚れた薄着だけで鉱石を運ぶような人間はいない。
さらにそれだけの人がいるのだから、皇都広しと言えど土地には限りがある。そのためこの街の建物はそのほとんどが2階建て、3階建てとなっていた。
もちろん道端の露店などで粗末なつくりのものもある。しかし少し顔を上げてみると通常見える空はすぐに何かしらの建物に遮られて見えなくなる。
それでも圧迫感を感じないのは、馬車が数台横に並んで通れるほど広い道幅のためだろう。
そんな皇都だが、東西南北と中央の五つの区画に分かれている。
今イオたちが向かっている北区は、冒険者ギルドを始めとして騎士団の駐屯地、一般衛兵の詰め所など戦いや警護を生業とする者が集まる建物が置かれている。
これはひとえに皇都の北に位置する「嘆きの跡地」を警戒するためである。
「嘆きの跡地」へ向かう街門も設置されているため、比較的人の寄り付かない落ち着いた区画と言えるだろう。
「ここだ」
「わ……大きいですね」
アルバートの案内の下、かなりの距離を歩いて北区にやって来たイオたちは冒険者ギルドの前に立っていた。
他の例に漏れず冒険者ギルドも軽く見上げるほどに高く、そして大きかった。
それもそのはず、ここは大陸中に数多ある冒険者ギルドのすべてを統べる総本部なのだ。他との違いを見せつけるような外装も意識してのものなのかもしれない。
「本当にここがギルドなの? なんだかすごく入りにくいんだけど」
「間違いなくギルドだよ。建物の大きさには慣れるしかないね」
「しばらくは無理そう……」
カナリアの記憶にある冒険者ギルドとは少し汚れたくらいが似合う荒くれ者の集う場である。
時間帯によってはそとからでも冒険者たちの騒ぎ声が響き、それが同業者であると思うと少し頭が痛くなるものだった。
しかし眼前にあるのは、赤茶けたレンガ造りの少し洒落た3階建ての建物なのだ。内側にいるであろう冒険者たちの声は全く聞こえず、不気味なほどに静かだった。
たしかに掲げられた冒険者ギルドの看板。それがどこか疑わしく思われた。
「ここにいても仕方がない。入ろうか」
気を遣ったアルバートが先陣を切って歩き出す。無言のイオもその後に続いた。
慌てて後を追うカナリアとルーを感じつつ、開かれた扉の先を見てイオは目を見開いた。
「こんなに、人が……」
時刻は昼を過ぎた頃。ほとんど出払っていると思われた冒険者たちだが、中には想像以上の人がいたのだ。
さすがは総本部というべきか。昼とはいえ閑古鳥が鳴くようなことはないらしい。
そして新顔のイオたちは思い思いに食事や会話をする冒険者たちからちらほらと注目を集め始める。全員が若く、メンバーの半分が女性という珍しさがそれを加速させていく。
「おい、そこのガキども。来る場所間違えてねぇのか?」
そのうちの1人がイオたちに向かってそんなことを言う。
若いということはすなわち、侮られるということだ。こんなことは彼らにとってよくあるとまでは言わないが、初めての経験でもない。
だが返事をしようとうんざりしながら声の方を向いたアルバートは、その人物を見て思わず絶句する。
代わっていたずら心満載の笑みを浮かべた銀髪の男に答えたのはイオだった。
「ええ、間違えていません。俺たちは冒険者です。忘れたんですか?」
「はっ、馬鹿言うな。ちと面構えが変わったくらいで忘れるほど、俺様の頭は衰えてねぇよ」
そう言って男はイオたちの方へと近づいて来る。この人物が動いたことで周囲のすべての冒険者たちの視線を一身に集めることになった。
「お久しぶりです、ヴァナヘルトさん」
「おうよ。ま、元気そうで何よりだ」
こうしてイオたちはこのギルドで、旧知の仲であるAランク冒険者、ヴァナヘルトと再会したのだった。
♢ ♢ ♢
「いやー、イオちゃん久しぶりだね。カナリアちゃんにルーちゃん、アルバート君も元気だった?」
「……よく来た」
ヴァナヘルトがいるということは、Aランクパーティー「雷光の槍」のメンバーであるこの2人もいるということだ。
現在イオたちはヴァナヘルト、シャーリー、グロックと机を挟んで旧交を温めていた。
「驚きました。皆さんは皇都を拠点としているんですか?」
基本的に会話をするのはアルバートである。特にカナリアとルーは、かつてシャーリーに酒を飲まされて酔いつぶれたという苦い過去があるためやや引き気味である。
「そうだ。基本的に拠点はここだな」
「私たちが冒険者になったのもここなんだよー」
「へぇ、なるほど。それではずっと皇都を中心に活動していたんですね」
冒険者になった時からずっととなると、彼らの年齢からして6、7年近くこのギルドを使用してきたということになる。
イオは新たな事実に内心で感嘆の声をあげていた。
「それより聞いてるぜ。いろいろやらかしてきたそうじゃねぇか。それにお前のその怪我。ずいぶんと手酷くやられたみてぇだな」
机に身を乗り出したヴァナヘルトは心底楽しそうに笑っている。
白い包帯で隠されたアルバートの怪我についてはそれほど深く踏み込むことはなかった。
「Aランク級の魔物を単独撃破に人魔と遭遇。お坊ちゃんはともかく、イオのガキがそこまで付き合うとは予想外だったぜ」
「ちょっと待ってください。なぜそのことを……!?」
イクアシスでの出来事は特に秘せられたわけではなく、イオたちが人魔の件を報告しに向かうことは何かしらの手段で伝えられている。それでも冒険者のヴァナヘルトたちが簡単に知れることではないはずだ。
理由は直後にシャーリーの口から語られる。
「私たちってここのギルマスと仲いいから。イオちゃんたちが来るって聞いてヴァナは毎日ここで待ってたんだよー」
「おいこら、しれっと嘘をつくな。あの年増と仲がいいとか冗談じゃねぇぞ」
ならば毎日自分たちを待っていたのは本当なのか。イオはその問いを胸の内にしまった。
思えば先ほどヴァナヘルトが話しかけてきた際のやり取りは、イオとの初対面でのそれと同じだった。彼の性格からするとイオたちを驚かそうと待ちかまえ、いたずら心に過去のやり取りを再現しようと考えるのも意外なことではない。
そして素でギルドマスターを貶すヴァナヘルトには驚きを越えて呆れさえしてくる。
「ギルドマスターに俺たちが来ることを教えられていた、と?」
「ん? ああ。もっと言えば、お前らが報告に来るときは同席することになっている」
「それはまた……なぜですか?」
「あー、後で言うわ」
話しは相変わらずアルバートに任せっきりで進んでいる。
カナリアとルーは正面に座るシャーリーに舌なめずりされて身を震わせており、イオはグロックと向かい合ってひたすら無言を通していた。
「さて、じゃあさっそく行くか?」
「行くということは……」
「あの年増、ギルドマスターのところだよ」
その言葉に従いイオたちは早速報告に向かうこととなった。無言で従うイオに、グロックがぽつりと話しかける。
「……励んでいるか?」
「……はい」
口数の少ない2人はそれだけで十分だった。冒険者として、無属性魔法の使い手として、一種の師弟関係のようなものが2人の間には築かれていた。
一方で女性陣はシャーリーに捕まっている。
「ほ、本当に、私たちも行くんですか?」
「もちろんだよ。あ、そうだ。また後でお酒飲みに行こうね」
「ひぃぃ……!」
嫌な過去を思い出し恐怖に駆られるカナリアとルーはそのままシャーリーに連行されていった。
人魔と直接交戦していないため、自分たちが報告に行く必要はないのではないかと思っていた彼女たちだったがそんな理由ではシャーリーを止めることは叶わない。
エイデン男爵と対面したことで耐性は付いたように思われる2人だが、いまだに目上の権力者に会うのは気が引けるらしい。
イオは心の中で彼女たちに同情し、グロックと連れ立ってその後を進むのだった。
そして階段を上り明らかに他とは違う扉の前でヴァナヘルトは止まった。この先にすべての冒険者ギルドを統べる総本部のギルドマスターがいることは間違いない。
「入るぞー」
だがそんな場所であってもヴァナヘルトは物怖じせずに気安く声をかけて扉を開けた。
大丈夫なのかという思いはイオたちの共通認識だ。
だがその部屋の中から聞こえてきた声色によってその懸念もいったん棚上げされる。
「きゃあ!? ちょっとヴァナヘルト、乙女の部屋に許しも請わずに立ち入るなんて何事!?」
若い。上に立つ人間にしてはその声はあまりに若かった。さらには発言の内容もいかがなものと思われる。
しかし続くヴァナヘルトの言葉も容赦がない。
「別に着替えてたわけでもねぇだろ。てか乙女って、そんなこと言える歳かっての」
「言ったわね? いつまでもあたしが優しく済ませてあげると思ったら大間違いよ!」
「へーへー。それより客が聞いている前で素を出していいのか?」
「……はい?」
その言葉を皮切りに、扉の前で立ち尽くしていた面々が部屋の中へ入ってきた。
慣れているらしいシャーリーやグロックはともかく、そのほかの4人の顔は盛大に引きつっていた。
若人らが気まずげに視線を逸らす中、部屋の主であるドロシア・ユティシーノは誤魔化すように言うのだった。
「……とりあえず、お茶にしましょうか?」




