第83話 皇都ディアハイデ
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エイデン男爵領イクアシスの町からほぼ真北。国の中央に位置する皇都ディアハイデへ向けて進むイオたちの旅思いのほか平和だった。
それは天候に恵まれたおかげというのもあるが、一番の理由はやはり皇都への道のりなだけあって街道が整備されていたからだろう。
常に人が行き交い、周辺の魔物の討伐もしっかりとなされている。これほど安全な道というのも珍しい。
さらには皇都行きの乗り合い馬車も多くあったため、前回の依頼で大金を得たイオたちは迷わず利用することを選択。アルバートが怪我で本調子でないことを差し引いても進むペースは予定よりかなり早かった。
そんなこんなで休憩を挟みつつ、馬車の中で同乗者との会話を楽しみながら彼らは進む。
「今皇都はいろんな意味で大賑わいだ。すぐ北に魔女がいるかもしれないっていうのもそうだが、それより「聖騎士」にディラード様が選ばれたっていうのが大きいな」
そう語るのは今ディアハイデに帰るところだという青年だった。
「ディラード……様が?」
「そうだ。まあ『隼』の隊長だから知ってるよな。鋼の肉体と魂で国を守る我らが騎士。その中でも1人で千の敵を相手取ると謳われるお方さ」
この青年も例に漏れず皇国の騎士に憧憬の念を抱くうちの1人であるようだ。狭い馬車の中で精一杯に身振りをつけて、その偉大さを表現しようとしている。
「アルバート……知ってる?」
その様子を横目にカナリアがアルバートに小声で訊ねた。アルバートの過去を知った今、彼がディラードを知っていると推測するのは当然のことだった。
「……ああ。隊は違うけど、面識はあった」
「やっぱり強い?」
「強いよ。俺が本気を出しても多分勝てない」
「そうなの!?」
カナリアは声を潜めたまま驚きの声をあげる。
ここで言うアルバートの本気とは、魔石の消費を一切気にせずに戦うということだ。
強者同士の戦いでは当たり前のように周囲の環境をも巻き込む。その強さ、戦闘後の破壊の爪痕はヘルフレアタイガー変異種との戦いを通してカナリアの記憶にも残っている。
「……それでも「多分」なんですね」
頼もしいような呆れたような声音で、アルバートを挟んだ反対側からルーが口を挟む。アルバートは苦笑いだ。
ここで否定しないあたりはさすが若くして騎士隊長の座に手をかけた男と言うべきか。その強さはとてもカナリアやルーが測り切れるものではない。
「では、特に皇都内で混乱は起きていないと?」
「ん? ああ……そうだな。最初はそりゃあ色々あったし他の街に移るやつなんかもいたが、今はむしろ「勇者」……というよりは「聖騎士」への期待の方が大きい」
「なるほど。それも皇帝陛下の思惑通りなのかもしれませんね」
青年の言葉にアルバートは深く頷いた。
いくら騎士や高ランク冒険者の居る皇都とはいえ、すぐ近くに明確な脅威が生まれてしまえば安心して生活などできるはずがない。
教会は「魔女」復活と同時に「勇者」の存在も告げることで不安感を広めまいとしたようだが、「聖騎士」に身近な平和のシンボルをあてることで皇都の住民に希望を持たせようとしたことはそれなりに信憑性がありそうだった。
もちろん単純な実力や立場、為人も含めての決定だったのだろうが。
(そうでなければ『鷹』や『鷲』の隊長が選ばれないのはおかしい)
単純な強さや名声だけで言えばアルバートが所属していた『鷹』の隊や、その競争相手であった『鷲』の隊から選ばれてしかるべきだ。
ディラードも強く有名ではあるが、上昇志向の強い他の2人の隊長と比べればやや名声で劣る。良く言うならば「安定」という言葉が似合うだろう。
(他から抜きん出ようと欲を出したがために、「聖騎士」という一番の名誉を逃すとは皮肉な話だな)
そう思うもののアルバートもこの人選に文句はない。
民のためなどと宣いながら、その裏で権力を求め肉食獣の如く涎を垂らすような者に「聖騎士」を名乗ってほしくないというのが彼の本音である。
たとえそれがかつての上官であったとしても関係ない。
「皇都に着いたら「勇者」さんたちに会えるかな?」
「難しいんじゃない? 私たちとは住む世界が違うわ」
「一行が到着したらパレードをやるらしいぜ。その時に一目くらい見れるかもな」
アルバートを挟んでカナリアとルーが話していると、正面に座る青年がそんな情報を教えてくれる。
「パレードって?」
「要はお披露目みたいなもんだ。俺たちが魔女を懲らしめに行く勇者一行ですってな。豪華な馬車に乗って皇都をまわるそうで、その日はお祭りみたいだぜ」
「お祭り! アルバートさん、お祭りですよ!」
「え? あ、うん、そうだね」
興奮した様子のルーに隣のアルバートは困惑気味だった。
最近になってようやくルーのアルバートに対する遠慮が薄れてきたようで、丁寧な口調はそのままに積極的に話しかけるようになっていた。大火傷を負って消耗したアルバートの世話をしたことが功を奏した形である。
そんな様子を微笑まし気に眺めつつも、青年は馬車の進行方向を見るとおっと声を出した。
「もうすぐ見えてくるぜ」
その言葉につられてアルバートたちも外を見る。
この馬車は簡易の屋根しかついておらず、側面の上部は吹き抜けていた。そのため首を回せばすぐに外の様子を見ることができるのだ。
道を曲がり、変わりゆく視界に最初に映ったのは白い壁だった。
それは大きな街には必ずある外壁なのだが、皇都はまだ先であるにもかかわらず目を引くほどの大きさだった。
その白壁をカナリアとルーは感嘆の声をあげながら、アルバートは懐かしそうに目を細めながら眺める。
「でかいだろ。あの大きさの外壁は他の国にもそうそうないそうだ」
青年は誇らしげに解説する。彼によると皇都ディアハイデの立派な外壁を見て驚く人間は多いらしい。
「見えてるのに、なかなか近づかない……。ほら、イオも見てみなさいよ」
「……あぁ」
馬車から目を凝らしていたカナリアは、アルバートの反対側の隣に座るイオへと声をかけた。
会話に加わらないのはいつものことだが、今はそれ以上に気だるげな雰囲気を匂わせている。返事をしつつもイオはちらりと顔を外に向けただけだった。
「……まだ遠いな」
「遅くても昼には着くわよ。それまでがんばりなさい」
「ああ……」
掠れるような声を漏らした後、イオは再び沈黙してしまった。フードを深く被っているのでその様子は眠っているようにも見える。
「そいつ、大丈夫なのか?」
「たぶん酔っているんだと思います。馬車に乗るのは初めてだったそうで」
アルバートは青年に心配がいらないことを告げる。
イオに活気がないのは乗り物酔いのせいである。道が整備されているとはいえ馬車の揺れを完全に抑えることはできておらず、また止むことなくなり続ける車輪の回る音のせいで体調を崩す人間はたまにいる。
加えて冒険者として余裕のない日々を長くおくってきたイオは、こうして金を払って楽に移動するということにどうしても慣れることができなかった。
乗り合い馬車ということで、接点のない人物と長時間にわたって狭い空間の中に押し込められているというのも悪い影響を及ぼしているのだろう。
アルバートたちは徒歩での移動も提案してきたが、イオは問題ないと言い続けた。彼にとって3人に迷惑をかけるなど許容できることではない上に、そうなると今度はアルバートの体調を考慮しなければならなくなるのだ。
幸い気分の悪さも軽度のものだったため耐えられているが、旅の終盤に差し掛かってなおイオが馬車に慣れることはなかった。
(……随分遠くまで来た)
故郷を旅立ったあの日、イオは自分が今のように仲間と呼べる存在とともに馬車に揺られている未来などまったく考えられなかった。
あれから一年と半年。運に恵まれイオの事情も大きく変わった。
Cランクという年齢の割に高いランクと、これまでの経験に「感覚強化」を合わせた索敵術。さらには毒という邪道な武器を扱うと知りつつも自分を遠ざけない人たち。
(もう、いいんじゃないか?)
イオが旅に出たのはつらい過去と決別するためだった。
権力者に目をつけられ、無属性と後ろ指を指され、人を避けるように暮らしていたかつての生活。それらから解放され、自分の知らない、そして誰も自分を知らない新天地を目指してイオはたった一人で旅立ったのだ。
それはいわば人生のやり直し。過去の失敗をもとにしたゼロからの人間関係、生活基盤の再構築。
それらは概ね成功していると言っていい。
こうしてアルバート、カナリア、ルーとともに、馬車というそれなりに金を使う乗り物で移動しているということが何よりの証拠だ。
(考えないようにしていながらも、俺はハルフンクでの出来事に捉われ続けていた。どこかで手のひらを返されるんじゃないかと疑っていた)
だから人と一定以上、距離を縮めることを良しとしていなかった。
誰かに無属性であるということが広められるのではないか。それを知った人間に侮蔑されるのではないか。そんな被害妄想ともいえる推測が脳裏をちらつき、必要以上に交流を狭めていたのだ。
しかしそんな疑心暗鬼の限りを尽くして、それでもまだ残っているもの。それは大切にするべきものではないのか。
そんな考えが最近イオの頭に浮かぶようになった。
そしてその最たるものが、自分に信頼を寄せてくれている隣の3人である。彼らに対して何かを返すとすれば、それはやはり同じくらいの信頼だろう。
すなわち、パーティーに戻ってこれまで以上に彼らの力となるのだ。
(昔とは違う。この3人は信頼できる。だから、もう過去のことは忘れてもいいんじゃないのか?)
ここまで来ればハルフンクでのイオを知る人間はいない。ただの冒険者のイオとして、人と関わってもいいはずだ。
むしろここまでくれば過去の出来事は邪魔でしかない。新たな人生を歩むに至って、教訓以外は事細かく覚えておく必要はないのだ。
嫌な記憶は忘れ、この3人とパーティーを組み満ち足りた生活をおくる。それは頭痛でぼんやりとしているイオには、とても甘美なことのように思われた。
「イオ、もうすぐ着くわよ」
そんなイオの思考を断ち切ったのはカナリアのこの言葉である。
どうやらすでに長い距離を移動していたらしく、遠くに見えていた白壁は間近へと迫り威圧感を放っていた。
かつてイオたちが訪れた鉱山都市ルピニスの外壁などとは比べようもない立派さである。
「こんなに外壁が高いのは、万が一「嘆きの跡地」から魔物が溢れても街を守り切れるようにするためなんだ」
「へぇ、そうなんですか」
「お、兄ちゃんよく知ってんな」
「一時期、皇都で暮らしていたことがありまして」
アルバート、ルー、青年の話し声がイオの耳に届いた。
セントレスタ皇国最大の都市である皇都ディアハイデだが、北には「嘆きの跡地」という強大な魔物の生息地がある。そのため街の守りを強固にすることは必須だったのだろうと想像できる。
ましてやそこには「嘆きの魔女」がいると思われているので、都市の外壁が高く厚いことに関してはイオも安心感を覚えた。
そうこうするうちに馬車は停止する。街の中にはいる時には身分証明が必要なので、外壁の外側で馬車を降りる必要があるのだ。
「それじゃ、また縁があれば話でもしようぜ」
道中皇都について情報を教えてくれた青年はそう告げて先に行ってしまった。
人口も多いと思われる皇都。この青年に会う可能性は低いだろう。
しかしイオたちはそのことを指摘することなく彼を見送った。旅に出会いと別れはつき物である。
「さて、と。イオは大丈夫かい?」
「ああ、もう問題ない」
「よかった。それじゃあ早いうちに皇都に入ろうか」
地面に足がついたことでイオの体調も良くなっていた。
アルバートを先頭に歩いていけば、その見上げるばかりの外壁によってあたりに広く影が差していた。
イーストノット王国の小さな町ハルフンクを出発地として旅立ったイオはついに隣国の首都、波乱待ち受ける皇都へとたどり着いたのだった。




