第82話 おとぎ話
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むかしむかし、あるところにわるい魔女がいました。
魔女は子分といっしょに町にやってきて、人をおそったり家をこわしたりしました。
またあるときは魔物をいっぱいつれてくることもありました。
なんにんもの人が魔女をたおそうとたたかいをいどみますが、だれも勝つことはできません。
こまった王様は言いました。
「なにか、かの魔女をたおす方法はないものか」
と。
ある将軍は言いました。
「私ひとりで勝ってみせましょう。助けは必要ありません」
と。
またある大臣は言いました。
「今は十分な兵がおりません。農村から人をあつめ、みんなでたたかいましょう」
と。
王様はなやみました。
いじっぱりな将軍の考えも、平民にきびしい大臣の考えも、どちらもいいものだとは思えなかったのです。
そんな王様に、ある男の人が言いました。
「私におまかせください」
と。
その人は、将軍でも大臣でもありませんでした。
王様はたずねます。
「どのようにして勝つ?」
と。
男の人は答えました。
「仲間とともに協力して勝ちます」
と。
その答えにまんぞくした王様は男の人を「勇者」とよび、魔女をたおすことをおねがいしました。
勇者は3人の仲間といっしょにたたかいます。
みんなを守る「聖騎士」。
魔法がとくいな「魔導士」。
そして、けがを治す「聖女」。
協力した4人はつよく、ついに魔女をおいつめました。
かみと同じ、黒色のなみだをながす魔女に勇者は言います。
「身も心も黒くそまったあなたを、私はたおさなくてはなりません」
と。
こうして魔女は勇者にたおされ、世界は平和になりました。
勇者はこのときのこうせきをたたえられ、女神さまのいる天へとのぼっていきました。
めでたし、めでたし。
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「なーにがめでたしだよ! これ、嘘だらけじゃんか!」
有名なおとぎ話のすべて聞き終えた少年は、泡を食って語り部へと掴みかかった。
語り部の胸ぐらをつかむその手には長く鋭い爪が生え、手の甲から腕にわたってびっしりと白い体毛に埋め尽くされていた。
そして語り部はというと、物騒な手を目の当たりにしているにも関わらず面倒そうに辟易した声を出すだけだった。
「そんなことは俺も知ってるっての。ただ、こんな話で俺らのことが伝わってるって聞いただけだ」
「ぐぐぐ……やっぱり人間は救いようがないな。すぐにでも殺すべきだ!」
「おいおいおい、馬鹿ウィスプ、服がチリチリいってるから落ち着け!」
少年、ウィスプの鋭い爪は持ち主の怒りに反応して高熱を発していた。まだ炎を発するまでには至っていないが、直接触れている語り部、トーマの服には見る見るうちに焦げ穴が広がっていく。
そのことに気づいたウィスプははっとして手を放す。
トーマに自分の身に関する危機感はなく、ただ服に空いた穴を見て嘆いていた。
「はぁ……服も貴重だってのに」
「ご、ごめん、トーマおじさん。まだ僕、制御がきかなくて……」
「あーもう、気をつけてくれよ」
そう言いつつもトーマはすでに服に焦げ穴が空いたことによるショックから立ち直っていた。着られさえすれば多少のことは気にならないようだ。
人魔である2人だが今は身を隠すためのローブを外しており、その容貌が明らかになったいた。
トーマは焦げ茶色の髪を無造作に放置した、くたびれ切った印象を与える30歳ほどの男だった。
肌は石のように白く無機質で、全身に黒い筋が浮かんでいる。また右目は眼球がないのかやや窪んで閉じられており、残った左目も死んだように濁っていた。
そしてウィスプの方はというと、声から想像できる通りまだ15、16ほどの少年である。
グレーの髪は直毛で癖が一切なく、黙っていればどこぞの貴族の子息と言われても通るだろう。
そして特徴的なのが、腕や足などに生える白い体毛である。爪の他に牙も発達しているようで、決して純粋な人間ではないということがありありと感じられる。
そしてこの2人が今いるのは、細い木を組み上から隙間を藁で埋めただけの前時代的な建物の中だった。
決して広いとは言えぬ場所であるが、今ここには2人の他にもう一人ある人物がいた。
「ウィスプは当たりを引いたようだな」
「最近、生意気になって困ってるんですけど。リュビオスのじーさん、引き取ってくれません?」
それがかつてイオを苦しめた人魔、リュビオスである。
リュビオスも顔を晒しており、体は隙間なく黒いものの刻まれたしわはよく見える。
だが最年長でありながらもその引き締まった肉体から放たれる圧は、ウィスプはおろかトーマさえも越えていた。
おどけるようなトーマの申し出に、リュビオスは彼に似合わぬ柔らかい笑みを浮かべて頭を振る。
「ウィスプはトーマの愛弟子だろう。お前が躾けてやれ」
「反抗期なのか、躾けてもちゃんと聞いてくれんのですよ。あと、俺はただの親代わりです」
「さっきから躾け躾けって……僕は犬か何かか!」
大人組の会話にウィスプが堪えきれずに叫んだ。
とはいえトーマにはその様子が、飼い主に噛みつこうとする白い毛並みの犬にしか見えないのだが。
「仲が良いようで何よりだ。私も昔を思い出す」
「あー確か、じーさんの息子さんは……」
「ああ、ヌブラドは死んだ。人間の手によってな」
そう言うとリュビオスは老いた顔を悲しみに曇らせた。
ヌブラドというのは、Aランクパーティー「雷光の槍」によって討たれた人魔である。その死体は冒険者ギルドを通じて女神教へと移送され、今も彼らの下に戻ってきてはいない。
「ご愁傷様です。寂しいようなら集落から誰かを養子にとっては? なんならこのわんこでもいいですよ」
「誰がわんこだよ!」
「はは……今の集落にそんな人間はおらぬ。「勇者」どものせいでな……」
ウィスプの声は再び無視され、「勇者」という言葉にトーマが反応した。
「そう、それですよ。どうやら巷では俺たちあんな風に伝えられているそうで」
「おとぎ話か。それで、民はそれをどれくらい信じている?」
「最後以外ですかね。「勇者」は自らの命を代償にして魔女を封印した、と大人たちは知っているそうです」
「そうか……」
難しい顔をして黙り込むリュビオスを横目に、ウィスプが不満そうに体を揺らす。
「あの臆病者が今崇められているなんて、なんだかむかつくよね」
「一番の臆病者はお前だっただろうが。俺の体の後ろで震えてたのを忘れたとは言わせねぇぞ」
「あ、あれはまだ”儀式”をする前だったからだよ! 今なら余裕だね!」
人魔とは、500年も前から「嘆きの魔女」に仕える配下である。当然初代の「勇者」たちと交戦したことはあるし、今では失われた正しい歴史も知っている。
封印から復活した彼らは、いわば突然未来に飛ばされたようなものだ。伝わる歴史、町並み、人々の営みでさえも理解しがたいほどの変化を遂げており、その一つ一つを知るたびに大きく驚かされるのである。
「このおとぎ話になぞらえて新しい「勇者」が攻めて来るか。状況は良くないな」
「今更でしょう。ただ生活するだけでも俺たちには余裕がないんですから」
「程度が違う。せめて奥方様に目覚めていただかなければ……」
敵が攻めてくるという危機的状況を前にしてリュビオスは焦りを見せていた。
というのも、最大戦力であり彼らの主である「嘆きの魔女」がいまだに目を覚ましていないのだ。
「まだ起きてないの? これで一番最後じゃない?」
やる気のなさげなトーマに似たのか、ウィスプもそれほど危機感を感じていないようだった。彼に関しては力を得たばかりで戦いを知らないという事情もあるのだろう。
「封印は奥方様の魔力を対象とされてあった。お目覚めが遅いのは当然だろう」
「ふーん。いつ起きるの?」
「私には分からん。今も旦那様が手ずからお世話をなさっておるが……」
リュビオスがそう言うとウィスプは苦瓜を噛んだように顔をしかめた。
「うえー、僕旦那様のこと苦手なんだよね。なんだか弱っちそうだし」
「こら、ウィスプ。そんなこと言うな」
「だってさ、ゴブリンだよ? いくら相性が良かったからってそれはないよ」
目上の人物を明らかに見下す態度に思わずトーマの声も上ずる。今この場にいるのは彼らだけではないのだ。
「ウィスプ」
案の定、忠実な配下であるリュビオスが低い声で少年の名前を呼ぶ。この瞬間、トーマは関係ないとばかりに目を閉じ、文字通りの石像になってしまった。
「お前は旦那様を弱いと言うが……それは本心からの言葉か?」
「え、うん。だってほら、僕はヘルフレアタイガーの変異種とだし、ゴブリンで”儀式”をした旦那様より強いんじゃないの?」
「このーー愚か者が!!」
「ひぃぃい!?」
空気を震わせる怒声に思わずウィスプはのけぞった。心なしか体中の白い体毛が逆立っているようにも見える。
トーマが親代わりということもあり、なんだかんだで本気で叱られ慣れていないウィスプを見据えてリュビオスの説教は続く。
「”儀式”がうまくいって天狗になったか? そんなものでは戦場で生き残れんぞ!」
「は、はいぃ!」
「そこまで言うなら私が直々に実力を試してやろう。ほれ、早く外へ出んか!」
「じーちゃんと!? やだよ、殺される! トーマおじさん!」
青ざめたウィスプは我関せずとばかりに石像に扮したトーマに助けを求めた。
だが、この男がそのような面倒臭いことに手を貸すはずもなく。
「知らん」
「そんなぁ!」
義理とはいえ息子をあっさりと見放したのだった。
その間にリュビオスはウィスプの腕をつかんで無理やり持ち上げてしまう。
「自分で歩かんか」
「いーやーだー!」
じたばたと暴れるもオーガの如き腕力を持つこの男には全く堪えない。そのまま引きずられるようにして2人は粗末な建物から出て行ってしまった。
「旦那様はリュビオスのじーさんよりも強いぞー。せいぜい扱かれてくるんだな」
難を逃れたトーマは餞別代りにそんな言葉をウィスプの背中に投げかけるのだった。
暗い暗い山の頂上。すり鉢状に窪んだそこには小規模ながら一つの集落が出来上がっていた。
そこで繰り広げられているのは、どこででも見られるごく一般的な生活。ただし、そこに住む人に不自然な黒い筋が浮かんでいたり、明らかに体の一部が人のものでないことを除けばだが。
さらに言うなら、その場所が「嘆きの跡地」と呼ばれる魔物の巣窟の最奥であるということを加味すれば、とても普通の一言では片づけられない。
だが彼らも人と同じく意思を持つ者たちである。自分たちを討とうとする者がいると知りながらも、今この瞬間だけは彼らの間に平和な風景が広がっていたのだった。
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