第85話 本題の前に
「第84話 喜ばしき再会」でヴァナヘルトがアルバートの怪我について触れる場面を追加しました。
特に話の流れは変わっておりませんので読み直す必要はありません。
「では改めて、ごほん。あたしがここのギルドマスター、ドロシア・ユティシーノよ」
そう自己紹介するのは、赤い髪がよく映えたどう見ても10代後半のとても美しい女性だった。
冒険者ギルド総本部のギルドマスターを務める人物として浮かぶのは、筋骨隆々の元高ランク冒険者か、それとも多くの経験を積んだ敏腕の文官のような人間だろう。間違っても年若い女性がなれるような地位ではない。
しかし艶然と微笑を浮かべる様は、ドロシアが年齢通りの人間ではなくれっきとしたギルドマスター本人であるということを示しているようだった。
「この人が……ユティシーノ公爵?」
「どうしたのよ?」
驚愕に目を見開くアルバートにカナリアが訝しそうに訊ねる。
4人の中でアルバートのみはその容姿ではなく、名前に衝撃を受けていたようだった。
「いや……ある意味その通りなのか。魔法の効果を考えると……」
「アルバート?」
アルバートは聖属性の適性者としてのドロシアを知っていた。「老いの抑制」という規格外の能力をもってすれば、この若い容姿のまま永い時を過ごすのも不可能ではないだろうと思い至る。
そして彼がドロシアの年齢について口に出すような愚は冒さない。それがマナーであるのは当然のこととして、目の前の美しい女性が笑みの奥に危険な明かりを灯しているのに気付いているからだ。
ーーーーこの人に年齢の話は絶対にしてはならない。
そう心に刻みつけ、アルバートはパーティーのリーダーとして挨拶を返す。
「Cランクパーティー「不死鳥の翼」のリーダー、アルバートです。お会いできて光栄です」
「サブリーダーのカナリアです」
「メンバーのルーです」
「……Cランクのイオです」
イオだけ自己紹介が違うのは、まだ公的にはパーティーを抜けたままのソロ冒険者だからだ。
またアルバートの大袈裟な文言も彼がつい先日まで男爵家の人間であり、眼前の人物が公爵という遥かに目上の地位にいることと知っているためである。
その魔法適正と、能力の有用性についても、当然知っている。
「そんなに固くなる必要はないわ。それで、この3人とはもう知り合いなの?」
ヴァナヘルト達を目線で指したその問いに、イオたちはそれぞれ頷く。
「なら紹介の必要はないわね。「雷光の槍」も無関係じゃないから今日は同席してもらうんだけど、かまわないかしら?」
「はい、問題ありません。……それとエイデン男爵様より手紙を預かっております」
そう言ってアルバートは二通の手紙をドロシアへ手渡した。
それを彼女はイオたちが目の前にいるにも関わらずその場で封を開けて読み始めた。
「ふむふむ、こっちはただの紹介状ね。ヴァナヘルトたちがいたから別に関係なかったんだけれど。……それでこっちは………………へぇ」
一通はただの仲介のための紹介状だったようでドロシアはさっと流し読むと2通目に移った。だが、そちらをじっくりと読み進めるうちに彼女は口角をあげて面白そうに獰猛な笑みを浮かべ始めた。
先ほどの艶然とした微笑はいわば作っただけのものだったのだろう。それが容易に分かるほどその笑みはドロシアに似合うものだった。
「おーい、素が出てるぞー」
「だまらっしゃい、ヴァナヘルト。……それで、アルバート君」
もはや優雅な令嬢という仮面を完全に外してしまったドロシアは、そのにんまりとした笑みをアルバートに向けた。
縁は切れているとはいえ、元父親の手紙であるだけに一体何を書いたのかと不安に思ってしまう。
だがそんな不安も、彼女が次にとった行動にかき消されてしまう。
「『天の癒し』!」
「なっ!?」
まさかの魔法行使。なんの事前動作もなく放たれた光は、アルバートの全身を隙間なく包んでその姿を隠した。
驚きの声をあげたのはルー。即座に敵対反応を見せたのはカナリア。
「雷光の槍」の3人は意外そうな顔をしていてもその場から動こうとはしなかった。
そしてイオはというとーー
「これは……!」
既視感のある光に言葉を失っていた。
規模は違えどイオはかつてその柔らかな光をその身に受けたことがあったのだ。5年以上前の当時まだ幼かった頃、腕に青痣を負っていた自分を、涙ながらに癒した少女の姿が思い出される。
同じ光を放つということは、このギルドマスターの属性はーー
「やめろ」
「イオ!? なんで……!」
「あれは治療だ」
今にもドロシアへ向かって魔法を放とうとしてしたカナリアを、イオは片手で制した。
「へぇ、あたしの属性知ってたんだ」
「いえ、知りませんでしたよ。さっきまでは」
「……ふぅん」
興味深げな表情を見せるドロシアの前で、アルバートを包み込んでいた光は徐々に弱まっていった。
あっけにとられていたのはアルバート本人も同じだったようで、いまだに呆然とした様子から抜け出せていない。
その顔からはらりと白い包帯がずれ落ちると、その下の皮膚が白日の下にさらされた。
至近距離で魔法を浴びたにもかかわらず外傷はない。それどころかーーーー
「……治ってる?」
あれほど醜く焼けただれ、間違いなく痕が残るであろうと思われていたアルバートの皮膚は、シミ一つないもとの白い肌に戻っていた。
おおよそ事態を把握しながらも、恐る恐ると言った様子でアルバートが包帯を取り払う。するとそこにはかつてのように人の目を引き付けるよく整った容姿が再び現れた。
「アルバートさん! 火傷が……傷が……治っています!」
「ルー……本当に、俺は……」
純粋にルーが喜ぶ一方でカナリアは釈然としない面持ちのまま佇んでいた。行き場をなくした激昂を押さえ込み、きまり悪そうにイオに説明を求める。
「何、あれ?」
「聖属性魔法。聞いたことくらいはあるはずだ」
「ないことはないけど……」
聖属性の適性者は火水風土の4属性はもちろんのこと、無属性の適性者と比べても圧倒的に数が少ない。その上その半数以上が権力者に召し抱えられているとなると、一生のうちに遭遇しない人間の方が多いのだ。
カナリアも名前くらいは知っていてもほぼ雲の上の存在と認識していたため、どうしても実感が湧かないのだ。
「色々お聞きしたいことはありますが……まずはお礼申し上げます。私の怪我を治療していただき、ありがとうございました」
落ち着いたアルバートは立ち上がり、恭しく腰を折って礼を述べた。その姿は一目見て精錬されていると分かるものだったが、知ってか知らずがドロシアがそこに踏み込むことはなかった。
「あたしは依頼を受けただけよ。お礼はエイデン男爵に言うことね」
「それではやはり……」
「そう。この手紙にあなたを治療してほしいって書かれてあったの」
ドロシアは手に持った手紙をひらひらと振っている。
ロナルテッド・エイデン男爵はイオの知る限り自分たちに対して冷酷だった。縁を切った際は後腐れなく別れられたと聞いているが、それでもここまでするものかと意外感を禁じ得ない。
従順だった息子が反発心から無謀な戦いに挑み、それを見事成し遂げたものの顔に消えない傷痕を残したのを見て心境の変化でもあったのか。
ただ1つ言えるのは、人を利用することに長けた根っからの貴族でもやはり人の子。親の心というものは持ち合わせていたのだろう、ということだ。
ーーならば妻子を放り出して逃げたあの男には、果たして人の血が流れていると言えるのか。
一瞬浮かびかけたその疑問は表出する前に振り払う。つい数時間前に過去と決別することを考えたばかりなのだ。
ここはあの男を恨む場面でも、ましてやアルバートを羨む場面でもない。カナリア、ルーと共にアルバートの怪我が完治したことを喜ぶべき場面なのだ。
ただ、一瞬でも自分が羨望していると気づいたことで、アルバートに一言声をかけることすら憚られる。
結局イオは礼のつもりでドロシアに軽く頭を下げることしかできなかった。
「それからもう一つ。この手紙にはあなたたちのランク昇格を推薦する旨も書かれてあるわ」
「なぜそんなことまで……」
「さぁ? だけどよっぽど気にいられたみたいね。治療費もあちらが出すようだし」
アルバートとエイデン男爵家との繋がりを知らないドロシアは、ロナルテッド・エイデンが個人的にアルバートたちのことを気に入ったと捉えたようだ。
貴族に気に入られるということは冒険者にとってかなりの価値がある。エイデン男爵が立て続けにアルバートたちを優遇する姿勢をとったことにはヴァナヘルトたちも驚いているようだった。
「けれど、推薦1つで昇格というのもねぇ。年齢からすると、前に昇格したのも最近だったんじゃない?」
「そう、ですね……」
ギルド側は実力が高くとも短い期間でランクを上げることは避けるようにしている。それは昇格により慢心した状態で難易度の高い依頼を受け、その冒険者が怪我をしたり亡くなってしまうことを未然に防ぐためである。
とはいえ信頼のおける人間から得られた推薦によりその決まりは異例的に取り払うこともできる。それは時に高ランク冒険者だったりギルドマスター本人だったりもするのだが、稀に貴族からそのような推薦書が送られることもある。
ただし貴族からの推薦は信頼度で言えば低い。子飼いの冒険者を不当な手段で昇格させるというのもあり得ないことではないのだ。
「なら俺様たちが推薦してやる」
総本部のギルドマスターの権限で強行するかどうか悩んでいたドロシアを見かねて口を挟んだのはヴァナヘルトだった。
「そういや、前に人魔倒した後こいつにクイーンホーネットの討伐を押し付けてたんだわ。その関係でいけるだろ?」
「他の子たちについても問題ないんじゃないかな。さっきの不測の事態でも、ルーちゃんは真っ先にアルバート君の側に付いて、カナリアちゃんの警戒速度もなかなか。イオちゃんは冷静に状況を見抜き、カナリアちゃんを制止した。ちゃんと連携できている証拠だね」
「……地力はある」
思えばかつてクイーンホーネット討伐の際にアルバートを推薦したのはヴァナヘルトだった。それを成し遂げ、さらに成長を遂げたことでアルバートの昇格を推薦することは可能である。
加えてシャーリーもいつものような意地の悪さは鳴りを潜め、高ランク冒険者らしい分析力を見せた。特に何も考えず無意識にアルバートに縋りつこうとしていたルーは些か居心地悪そうにしていたが。
それらをまとめればグロックの一言に集約されるだろう。Aランクパーティー「雷光の槍」は納得できる理由をもってイオたちの昇格を後押ししたのだ。
その効果は劇的だった。なぜなら彼らは高名な冒険者たちであり、ギルドマスターであるドロシアとも交友をもっている。実力も信頼度もこれ以上ない推薦人なのだ。
「なら問題ないわね。貴族に高ランク冒険者、双方からの推薦。それからAランク級の魔物を少数で撃破した偉業をもって、あなたたちを昇格させるわ」
現在のランクはイオとアルバートがC、カナリアとルーがDランクである。これを受け入れれば2人は上級、もう2人は中級以上の実力をもっていると見なされることになる。
実力主義の冒険者にとってランクは自分の強さを示す指標だ。辞退する人間は皆無に等しいのだがーー。
「すみませんが、俺は辞退させていただきます」
身に余る名誉を嫌う者が、ここにはいた。
「昇格を辞退?……面白いことを言うのね」
「残念ながら冗談ではありません。俺には昇格に値する実力が備わってないんです」
「……それが、推薦してくれた人間に泥を塗る行為だと分かっていても?」
「……はい」
事実、イオは好きでこんなことを言っているのではない。しかし、このままでは本当にBランクになてしまう。それは避けなければならなかった。
実力的に見てイオはまだCランクでも持て余しているのだ。身一つで生きていたあの頃は他の冒険者になめられないため受け入れたが、今はそこまで無理をするべきではない。
実力を伴わない高ランクというのは逆に弊害にもなりうる。不正な手段で昇格したと言われれば自分はともかく周囲にまで迷惑がかける恐れがあるのだ。
奥の手が使えない以上、イオは利き手を使えない非力な存在でしかないのだから。
「俺はヘルフレアタイガー変異種の討伐に加わったことにはなっていません。実際に有効な傷を負わせたのも、アルバートと人魔です」
「正直なことね」
ドロシアはアルバートたちに視線を向けて確認を求めるが、まさか毒について言うわけにもいかず自分を低く語るイオを否定することはできなかった。また、実際にイオ本来の実力がランクに見合うかと言われればそうとも言い切れないため、本人の意思を汲んでやむを得ず肯定する。
「じゃあ、保留でいいんじゃない? イオちゃんが納得できるまでさ」
暗くなりかけた空気を払拭したのはシャーリーだった。今は彼女の明るい性格が非常に頼もしい。
「イオちゃんが自分で昇格したいと思えるくらい強くなったら、そのときはまた私たちが推薦するよ。ね、いいでしょ、ヴァナ」
「あー、いいんじゃねぇの?」
ヴァナヘルトは欠伸をしながら同意する。人魔について聞きに来たのに、長く本題から逸れ続けているために興味が薄れ始めていたのだ。
「……ま、それでいいでしょう。いいわね?」
「……はい」
ドロシアもこんな話をするためにイオたちを呼んだのではない。早く本題に入るため、やや投げやりに決定してしまった。
こうしてイオを除きランクが一段階昇格したところで、人魔についての報告が始まるのだった。




