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第86話 賭け

 皇都ディアハイデに到着したイオたちはここに来た目的を果たすべく、ドロシアに人魔と遭遇したことについて事細かく話していた。


「じゃあ、初めに人魔に気づいたのはイオ君なのね?」

「はい。とはいっても隠れていたのを見破っただけで、それが人魔だとは思っていませんでした」

「姿を現した人魔は討伐に割り込もうとしてきた、と」

「そうですね。あちらも何か目的があったようです」


 人魔についてよく知っているのはイオなので、必然的に受け答えはイオが行っていた。

 遠くから見ていただけのカナリアとルーに付いては完全に蚊帳の外に置かれている。


「会話は聞き取れた?」

「少しは。すべてを聞くほど余裕がありませんでしたから」


 近くにヘルフレアタイガー変異種という危険な魔物がいたのだ。悠長に会話を盗み聞きし、覚えておくほどの余裕はまったくなかった。


「ただ分かったことは、彼らがトーマとウィスプという名前で、トーマという方がもう片方の保護者みたいな関係だったようです」

「まるで人間みたいね」

「そうですね。俺も顔を見るまでは人間だと思っていました」


 ローブを着て姿を隠している限り、人魔は人に擬態することができる。それはすなわち、街の中にも侵入される可能性があるということだ。


「だとすると、顔を隠している人なんかは注意した方がいいわね。君みたいに」

「根に持つのは止めてください。……俺もフードは脱ぐようにします」


 先のやり取りでドロシアのイオに対する心象は低くなったらしい。大人げのない対応をさらりと流したイオは背中に垂れるフードに視線を向ける。

 今は目上の人物の前ということで顔を晒しているが、人魔は顔を隠しているという事実が広まればいつも被っているというのも不都合になるだろう。やむを得ずイオは皇都でフードを被ることを断念した。


「他に特徴は?」

「トーマという方は、体が石のように固かったです。刃も弾かれました。あとは……体に黒い筋が浮かんでいたくらいでしょうか」

「前に「雷光の槍」が討伐した方は全身真っ黒だったけれど……個体差があるのかしら?」

「そうだと思います。俺が以前に遭遇した人魔は腕力が強く、巨体化も可能でした」

「そっちは報告を受けているわ。君も不運なものね」


 ただでさえ確認数の少ない人魔に偶然二度も遭遇したのはイオくらいのものだろう。そのどちらでも何とか生き残っているということは悪運も強いのだろうが。


「もう片方のウィスプと呼ばれた方は、容姿も能力も確認することができませんでした。ただ……ヘルフレアタイガー変異種の動きを止め、討伐のきっかけを作ったのはそいつだと思います」

「謎の力というわけね……」

「そのあとウィスプは気を失ったと思われます」

「そして片割れを回収して逃走……結局何がしたかったのかしら?」


 イオもあの状況ですべての出来事を覚えているわけではない。それでも記憶を探り、可能な限り詳細な情報を語る。

 それでもトーマとウィスプの目的は分からない。彼らが何のために姿を現し、戦いに割り込んできたのか推測すらできないのだ。


「あの。私もいいでしょうか?」


 そこで口を挟んだのはアルバートだった。あの当時の彼はすでに満身創痍でイオほど人魔について覚えているわけではないが、何か気にかかるものがあるらしい。


「これを見てください」

「……魔石ね」


 アルバートが取り出したのは親指の先ほどの大きさの魔石だった。やや赤みがかかった透明な石は、こつんと音を立ててテーブルの上に乗せられる。


「これはヘルフレアタイガー変異種から得られた魔石なんですが……」

「随分小さいわね」

「はい。小さいんです」


 アルバートはその端的な感想に大きく頷いた。


「あの魔物の強さからするとこの魔石の大きさはおかしい。もっと大きく、そして純度が高いはずなんです」

「……根拠はあるの?」

「いえ……感覚的なものですが」


 ヘルフレアタイガー変異種を討伐した後、討伐部位や牙、爪を除いて死体は不自然でない程度に焼却されてある。万が一毒を使用した形跡が見つかってしまうのを避けるためだ。

 そうでなくてもアルバートは強力な火属性魔法の使い手なので、死体の大部分が焼けていたとしても違和感は抱かれない。広範囲にわたって焼け焦げた地面が戦いの激しさを証明してくれることだろう。


 その際とれた魔石はアルバートに渡すということが全会一致で決まっていた。魔石の残数がゼロだったあの時にはそれが必要なことだったのだ。

 そのためイオは魔石については全く関知していなかったのだが、どうやら本人には釈然としないものがあったらしい。


「ま、もとはBランクの変異種でしょ? そんなこともあるわよ」

「……そうですね。すみません」


 ドロシアはアルバートの意見を気のせいとして処分した。今は人魔について話しているのであり、どう考えてもヘルフレアタイガー変異種の魔石は無関係なのだから。


「他に気づいたことはない? なければお疲れ様ってところだけれど」

「あの、もう1つ」

「なに?」


 首を傾げるドロシアにイオは歯切れの悪そうに答える。


「当然なのかもしれませんが……人魔は人間をひどく恨んでいるようです」

「それは……自分たちを封印した「勇者」と同じ人間なんだからそうでしょうね」

「それだけじゃないというか……とにかく恨みは降り積もっているようでした」

「分かったわ。教えてくれてありがとう」


 こうして人魔についての報告は終了したのだが、アルバートにはまだ気になることがあった。


「結局ヴァナヘルトさんたちはなぜここにいたんですか?」


 終始無言で話を聞いていた「雷光の槍」の3人の方を見てドロシアに訊ねる。グロックはともかく、他の2人が静かにしていることに違和感しか覚えない。

 その理由は本人たちから語られる。


「ちょっくら「勇者」といっしょに「魔女」を倒しに行くからだよ」

「えぇ!?」

「驚くこたねぇだろ。俺様なくしてどう勝てるんだって話だ」

「私とグロックもね」


 その自信は相変わらずだが、たしかに彼らが討伐隊に加わればこれ以上ない戦力になるだろう。


「「勇者」一行は全員が価値ある存在よ。敵地にたった4人だけで放り込むわけないじゃない」


 呆れた口調のドロシアだが、たしかにそれは正論だった。歴史に則(のっと)り一か八か少数での進行をし、仮に全滅してしまえば目も当てられない。

 本隊の「勇者」一行は注目を一身に浴びるが、決して彼らだけで成し遂げられるほど「魔女」討伐は容易ではない。「嘆きの跡地」に侵入することすら一筋縄ではいかないのだ。


「俺様たちは道案内とお膳立てってところだ。つっても「勇者」が温ければ手柄はもらうがな」

「ヴァナヘルト、変なことはしないでよ。何かあったら責任はあんたらを推したあたしがとらないといけないんだから」


 ヴァナヘルトの姿勢はある意味冒険者らしいが、それを手なずけなければならないドロシアはひどく苦労していそうだった。

 その性格を知っているだけに同情心を覚えていたイオだったが、ドロシアが思い出したように退出を促す。


「君たちはもう戻っていいわよ。イオ君以外は受付で昇格の手続きをしておいてね。思い出したことがあればすぐに言うこと。それから人魔について無暗に広めるのもやめてね」

「じゃあお姉さま、私たちも行くねー」

「お姉さま!?」


 最後にシャーリーの呼び方に衝撃を受け、一行は部屋を後にした。その場に残ったのは、ドロシアを除いて1人だけである。


「あたしは戻っていいって言ったわよ? アルバート君」


 どさくさに紛れてアルバートだけは元いた場所から動いていなかった。


「無礼はお詫びします。しかしどうしても一つ、お聞きしていただきたいことがございます」


 慇懃な口調で言葉を連ねるアルバートを見てドロシアは目を細める。


「君は身の上を隠すつもりがあるのかしら? 私は高貴な出身ですって言っているようなものじゃない」

「私はただの冒険者です。少しばかり礼儀を習ってはいますが」


 アルバートとエイデン家との繋がりは完全に切れている。騎士剣もすでに手元にはないため、白(しら)を切り続ければその関係を断定されることはない。


 この時ばかりはドロシアも貴族としての顔に切り替えられていた。実年齢がいくつであれ、彼女が貴族相手に魔法の施術をしてきたことは紛れもない真実なのだ。公爵の身分を与えられているとなれば貴族としての振る舞いが身に付いていてもおかしくはない。


「それで? あたしに何をさせようというのかしら?」

「ある人の治療を」

「ふぅん。ま、予想の範疇ね。自分の怪我が治って舞い上がっちゃった?」


 この人の神経を逆撫でするような話し方は貴族のものだ。ここまで直球なのは彼女の性格を反映しているのだろうが、冷静さを失わせることで相手よりも優位に立つことができる。

 その挑発めいた言葉に、アルバートは乗らなかった。


「大怪我の完治がどれほど重要な意味を持つかは理解しております。浅ましくも、私がこの機会を利用してユティシーノ公爵に付け入ろうとしているということも」

「そうよ。怪我が簡単に治せるなんて勘違いする人間は馬鹿で、君はこのあたしを体よく使おうとする愚か者。どっちも理解していながら、君はあたしに治療をさせようというの?」


 怪我は今後の人生や、自分の生死にすら関わる重大な要素である。だから人は怪我を怖れ、手傷を負わないように慎重に立ち振る舞うのだ。

 仮に大怪我でも簡単に治るという認識が少しでもついてしまえば、人は容易に身を削るようになることもあり得る。それは自分の体を、命を蔑ろにする行為だ。

 そうなるのを防ぐためにドロシアは冒険者ギルドのギルドマスターを務めながらも決して治療を安売りするようなことはしてこなかった。


 アルバートが自分の怪我が治ったことで、他の人間も同様になどと甘く考えていると捉えられても仕方のないことなのだろう。


「それでも私は彼に怪我ごときで躓(つまづ)いてほしくありません。おそらく怪我の恐ろしさも、彼以上に理解している人間はそういないでしょう」

「そうね。自分で昇格を断っちゃうんだもの」


 名は出さずとも2人が誰について話しているのかは一致していた。

 右肩を庇うのに慣れた姿勢。Bランクという肩書よりも自分の安全を優先した思考。


「だからどうか、イオの右肩を治してやってください。治療費は払います」


 そう言って深く頭を下げるアルバート。彼は本心から、打算など一切なく、イオの怪我が完治してほしいと思っていた。

 気づかれていると知っていてもイオは自分の怪我を弱さの言い訳にはしない。現実のみを見据える彼は使えないと分かってしまえば簡単に希望を捨ててしまう。

 それでも近くで見ていればどうしても不憫に思ってしまう。強くありたいという志は高いのに、彼は多くのハンデを抱えてしまっているのだ。そのうちのひとつでも取り払ってあげたいと思うことの、一体何が悪いというのだろうか。




「いやよ。あたしは無駄なことはしない主義なの」




 冷たく突き放されて思考が止まる。

 ドロシアが何を言っているのか、アルバートには分からなかった。


「あの子、イオ君はたしかに怪我の恐ろしさを知っている。実際に経験があるなら当然よね」


 人魔リュビオスとの戦いで負傷した右肩。ファングベアに切り裂かれた傷が完治せぬうちに砕かれたそこは、もはや剣を持って戦えないほどに壊れている。

 まず間違いなく聖属性以外での治癒は不可能だ。


「だからこそ、多分イオ君は怪我の治療を望んでいないと思うわ」

「そんなことは……」

「ある。あたしがどれだけ怪我人を診てきたと思っているのよ」


 聖属性の適性者で、しかも永く生きているのならアルバートの考えが及ばないほど多く診てきたのだろう。患者を診る目については説得力があった。


「彼はね、君の怪我が治ったのを見てもそのことに関して一切欲を出さなかった。怪我を治してほしいなんて、本人が一番言い出しそうなものなのにね」


 イオはアルバートの怪我が治ったことについては羨望の眼差しを向けなかった。むしろ別のことに気を取られていたようだったが、それについてはドロシアも言及を控える。


「イオ君はもう自分の怪我を受け入れているのよ。試しに訊いてみるといいわ。怪我を治したいかってね」


 そして挑戦的に笑って、付け足すのだった。


「賭けてもいいわよ。もし彼が望むなら、あたしはタダであの子を治してあげる」


 その瞳は、絶対の自信に彩られていた。



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― 新着の感想 ―
久しぶりに読み返してる、やっぱドロシアって能力だけでのし上がったクズで無能な気がする。 世界を揺るがす一大事が起きている時に、その元凶と思われる人魔が関与した今回の一連の事件。その中で起きたことは些細…
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