第60話 気まずい空気
イオがレイスに不覚を取り倒れてからおよそ2カ月の間、パーティー内では気まずい空気が流れ続けていた。
いや、正確に言うとそれはイオとそれ以外のメンバーとの間でのことである。要因はいくつかあるが、最も大きいのは宿の自室でイオが口にしようとした言葉。躊躇なく自分を切り捨てることを良しとする発言は他の3人に大きなショックを与えたのだ。
一方で、レイスに生命力を奪われたことによって起きたイオの体力の衰えは、懸念されたほどではなかった。確かに体は重くかつてと同じようにとはいかないのだが、それでも憑りつかれていた時間が長かったことを考えると奇跡のようなものであった。
イオは確信とまでいかずとも、これについてなんとなく思い当たることがある。
夢でレイスが最後に口にした言葉は、レイス自身の恨みとは無関係にイオ個人へとへと向けられたものだった。たとえイオを取り込むための策であろうとも、苦しくて寂しくてつらいのはイオも同じではないのかと悲し気に問うレイスは、イオに対して憐憫の情を抱いていたように感じたのだ。
過去を覗かれてまさか亡霊に同情されるとはと自嘲気味に思うイオだったが、レイスが情けをかけてくれたのだとすると辻褄が合う。余裕でアルバートの攻撃に耐えていたレイスが突然イオから離れたのは、夢の中でイオがレイスを拒絶したから。イオへの被害がかなり小さかったのもレイスに何かしら思うところがあったから。
リッチを始めとする高位のアンデッドは人間としての意志を持つ者も存在する。たとえあのレイスに心があり、同情を覚えた相手に手心を加えることがあってもあり得ないことではない。
これらの考えはアルバートにも誰にも教えておらず、イオの頭の中だけのものである。夢について話すことでイオの過去に触れられることを避けるために、あえて話さなかったのだ。
そのためギルドには少し異常な行動をするだけのレイスとして報告されている。討伐依頼も出されているが、倒されるどころかあれ以来姿を現したこともないらしい。2カ月も経てば依頼表は完全に他の依頼表に埋もれてしまっており、もはや冒険者たちの記憶には影ほども残っていないだろう。
「いた。ロックリザードだ」
パーティー内の空気が一部悪くなっている「不死鳥の翼」だが、良いこともあった。それは鉱山で本格的に依頼を受けられるようになったことである。
かつては体表の堅い岩系の魔物には相性が悪かったイオたちだが、魔道具を得たルーだけでなく、カナリアも魔法の技術が上がりロックリザードと十分に渡り合えるようになったのだ。
「私が攻撃するから、カナリアちゃんは援護をお願いね」
「分かったわ」
薄暗い坑道の中でイオたちは通路の角に身を隠し、ルーがカナリアと作戦を立てる。先陣を切ってカナリアの前に出ようとするルーの姿もここ最近では見慣れたものだった。
視線の先には1体のロックリザード。鱗が岩のようなので動いていなければ坑道の壁と同化しているようにも見えたかもしれない。
ロックリザードがこちらに背を向けたところでルーがその背後に飛び出した。手に馴染んだ魔道具、「飛沫の鞭」はすでに魔力を通してある。
「はっ!」
ルーは短く息を吐くと同時に鞭をロックリザードの背中に叩き込んだ。十分にしなりをつけて放たれた攻撃は鋭い音を響かせて、硬い鱗の内部にまでダメージを送り込む。
鞭から水飛沫が散るとともにロックリザードの鱗も砕け落ちるが、ルーは容赦なく2撃目をその頭に打ち込んだ。
「ふっ! カナリアちゃん!」
「ええ、『暴風刃』!」
頭に直撃を受けロックリザードがよろめくと同時にルーから出される合図。阿吽の呼吸でそれに答えたカナリアは自身が新しく身に付けた強力な魔法を放つ。
風魔法「暴風刃」。同じく風魔法の「風刃」の発展形である。細かな風の刃が竜巻を形作り、当たるだけで体表を削り取られる。さらに内部に囚われれば全身隈なくずたずたに引き裂かれ、ほとんどの相手を死に至らしめる凶悪な魔法である。
ルーの鞭によって顔を打たれ一瞬視界を奪われたロックリザードは不幸にもその内部に囚われてしまった。風の音の合間に断末魔が聞こえ、半透明だった竜巻は見る間に血に染まり始める。それはあの硬い魔物に魔法が効いているという証拠でもある。
鱗が岩であるといっても全身を鱗で覆われているわけではない。腹やわずかな空白地帯を風の刃は抜かりなく切りつけ、溢れる血を吸い取るように渦を巻き続けた。
やがてカナリアが魔法を解くと、そこには全身どころか坑道の壁まで赤く濡らすという恐ろしい惨状が出来上がっていた。自分で作り上げた光景に思わず目を背けながらカナリアは背後に向き直って言う。
「どう、アルバート? 私たちだけで倒せたわ」
褒めてとでも言うように満足気なカナリアにアルバートの表情もほころぶ。
「そうだね、本当に強くなった。ルーもお疲れ。すごく鋭い攻撃だったよ」
「ありがとうございます!」
初めは冒険者として右も左も分からなかった2人が、今や連携してDランクの魔物を確実に倒すことができるようになった。カナリアは高火力の魔法を操る後衛魔法使いとして、ルーは鞭と防御魔法を得意とする万能な支援役として、それぞれかなりの成長を遂げたのだ。その過程をずっと見てきたアルバートにとっては感慨深いものがある。
ひとしきりアルバートに褒めてもらったカナリアはロックリザードの方へと向き直り少し嫌そうな顔をする。その視線の先では真っ赤な血だまりの中に沈むロックリザードだったもの。全身を切り裂かれたその死体は原型が分からないほどずたずただった。
「はあ……あれから剥ぎ取りをするのはちょっと嫌ね……」
自分がやったこととはいえカナリアはこの魔法を使うたびに後始末が大変になることにげんなりとしていた。威力が高い分制約やデメリットがあるのは魔法の基本である。
そしてそのたびに汚れを被りにいく1人の少年。今回もイオは3人に先んじて血だまりの中に足を踏み入れるのだった。
「あ、イオ……」
自分が口にした言葉がイオに対する無言の要求になっていたことに気づいたカナリアはイオに声をかけたが、イオは無言で死体を血の池から引きずりだすだけで応えはない。
靴も手も血に濡れることを厭わずロックリザードの剥ぎ取りを始めるイオを見て、このまま押し付けてはいけないと思った3人はすぐに駆け寄った。しかしイオはそれを待つことなく剥ぎ取りを終えてしまっていた。
「イオ……素材はそれだけかい?」
「ああ、討伐証明部位の尾の先端と爪。鱗はずたずたで肉も使えないだろう」
アルバートの問いにイオは事務的に答えた。これほど早く剥ぎ取りが終わったのはそもそも剥ぎ取れる部位がほとんどなかったからである。
カナリアが使った強力な魔法のデメリットはここでも表れている。
イオは素材を自分の荷物にまとめながら同じ口調で告げた。
「音と血で魔物が寄ってきている。処理をしてすぐに行った方がいい」
「……分かった」
坑道内ではひどく音が響く。魔物の悲鳴などが上がれば間違いなく同族が寄ってくるし、そうでなくても血の匂いが流れれば吸血性のヴァンパイアバットがやってくるかもしれない。
このような閉鎖的な場所では極力静かに戦い、その戦闘の後を残さないのが一流の冒険者の戦い方なのだが、さすがにカナリアもルーもそんな配慮はまだできない。その点ではまだまだ未熟、すなわち成長の余地があるといえる。
魔物から逃れるために小走りで走る中、ルーがイオに心配そうに声をかけた。
「イオ君、その、体は大丈夫?」
「……問題ない」
口ではそう言っているもののイオは少し息苦しさを感じていた。予想よりマシとはいえレイスに取りつかれた影響は間違いなく残っている。
とはいえしつこいくらいにイオを心配するルーにイオは最近鬱陶しさを感じていた。ルーだけではない。口には出さないがアルバートも常にイオの状態を観察するようになったし、カナリアに至っては無理やり休ませようとしてくる時すらある。
皆がイオを心配しているのは分かる。だが、その心配の仕方がイオの体を本気で案じているというよりも、イオを縛り付けようとしているように感じられてならない。
もしかしたら何かよからぬ兆候があるのではないか。それを理由に自分たちから離れようとしているのではないか。そういった思いが、3人のイオに対する扱いを腫れ物に触るかのようなものにしているのだ。
そしてそれをさらに助長させるもう一つの要因もある。
「このまま行くとロックリザードが2体いる」
「分かった。2体なら俺も出よう。イオは……待機で」
索敵の結果を告げるイオにアルバートが言い難そうに指示を出す。
ここは岩の魔物が多く生息する鉱山。無属性で体格が小さいだけでなく、体力にも懸念が残るイオは戦闘に参加できないのだ。
イオがすることはと言えば、索敵や警戒はいつものこととして剥ぎ取り、荷物持ち。あとはアルバートたちに守られながら戦闘を眺めているだけである。
もちろん自分の分を弁えているイオは戦闘に参加できないことに不満はないし、アルバートもイオはそんなことを思っていないと分かっている。しかし、2か月前にイオが口にしかけた、足手まといに感じられるならパーティーを抜けるという趣旨の発言。そのようなことを言いかけた後でこの状態を作ってしまうと、イオに自分が足を引っ張っていると思わせるのではとアルバートたちは感じていた。
だからといって戦えるのに鉱山での依頼を避けていてはそれこそ本末転倒である。それで気を遣っていると、よりイオに足枷になっているなどと感じさせてしまうからだ。
結果として、アルバートたちはイオの様子にびくびくして必要以上に心配をしながら鉱山で依頼を受け続けているのだった。
やがて進行方向を塞ぐ2体のロックリザードも倒し切り素材を回収した後、今日は終わりとなり出口へと向かうことになった。
出口へと進んでいるとよく他の冒険者たちと出会う。鉱山で依頼を受けている冒険者は多いので、そうなることも多いのだ。
そのうちの壮年の冒険者が挨拶がてらにイオたちに話しかけた。
「おう、首尾はどうだい?」
「まあまあですね。遭遇したロックリザードがほとんど少数だったので、無理なく討伐することができました」
「ほう、そりゃ運がよかったな」
アルバートの答えに冒険者の男がにやりと笑って言った。年の差もあって明らかにイオたちを下に見ての発言だった。
当然群れに遭遇しなかったのは運ではなくイオのおかげだ。イオが単体から3体までの魔物にしか遭遇しないように気をつけていたから大きなリスクを負うことがなかったのだが、それをわざわざ説明してやることはなかった。
互いに情報をやり取りしていると、壮年の冒険者はアルバートの後ろのカナリアとルーを見ていやらしく口元を歪めた。
「女が2人か。兄ちゃん、羨ましいね。どうだ、今度俺たちと一緒に依頼を受けないか?」
そんなことを言ってくる男だったが、その本心は下心が丸出しでアルバートは嫌悪感すら抱いた。カナリアとルーも他の冒険者を含めた男たちの嘗め回すような視線に身震いをする。
アルバートはきっぱりとその申し出を断る。
「結構です。戦力は間に合っていますので」
「本当かねえ。女2人に荷物持ちが1人だと、明らかに戦力不足だろう。ほら、そこの荷物持ちよりも役に立つぜ、俺らはよ?」
「……荷物持ち、とは?」
あざ笑うような男の言葉にアルバートはぴくりと反応する。男は分かっているだろうとばかりにイオを指さした。
「あの小せえのに決まってるだろう。見りゃあ分かる。この場所であんな剣使いもんにならねえからな」
そう言う男の武器は重く頑丈なものだった。男はアルバートの剣にも目を向けていたが、素人でも分かる質の違いにアルバートは戦えると判断したのだ。
イオの剣は武器屋に売っている普通の市販品である。それもこの街で買ったものではない安物であるということは、男が長くこの街で暮らしていることもあって分かっていた。それらのことから男はイオをFランクの見習い冒険者で、小銭稼ぎで荷物持ちをしていると判断したのだった。
実際イオは背に討伐証明部位を入れた荷袋を背負っているし、その他必要な物も持っている。荷物持ち呼ばわりされても仕方がなかった。
イオを荷物持ち呼ばわりされて黙っていられるアルバートではない。ただでさえイオの心情には気を配っているのだ。それを刺激させるような発言を許すことなどできない。男のおぞましさに身震いしていたカナリアとルーも同様であった。
アルバートは男をきつく睨んで要求する。
「謝罪しろ。彼は決して荷物持ちでなければ弱くもない」




