第61話 2つの知らせ
「すみません。謝るのでこの人の言ったことは忘れてください」
カナリアとルーを性的な目で見たあげくイオを荷物持ち呼ばわりされたことで、たまたま一緒に街に戻ることになった冒険者の男に謝罪を要求したアルバートだったが、謝罪は別の方向から返ってきた。
「イオ、なんで……!」
「事を荒立てるな」
ありえないとでも言うようなアルバートを小声で抑えてイオは前に出た。アルバートの要求に一瞬頭を怒らせた男だったが、その後のイオの言葉で今はどちらかというと混乱の方が大きいようである。
イオに近づいて早口で告げた。
「これでさっきのことは忘れてください。悪気はありませんので。それでは」
「お、おう……?」
「行くぞ」
「ちょっ……」
イオは男に金を握らせると、状況の変化に付いていけていないのをいいことにアルバートたちを連れてさっさとその場から立ち去った。
何か言いたげなアルバートたちを黙らせたままイオはいち早く坑道を抜けようと急ぐのだった。やがて完全に外に出て人の数が増えたあたりでようやくイオは足を緩めた。
「イオ、なんであの人に謝ったんだ。あんなこと言われて許せるはずがないだろう!」
途端にアルバートから追及の声が飛んでくる。アルバートの性格からいえば仲間を侮辱されて黙っていることの方が難しいのだ。それはたしかに褒められるような高潔な精神なのだろうが、必ずしもそれが正しいとは言えないときもある。
(咄嗟に動いたが……ドゴスさんの言う通りになったか)
イオは納得のいっていないアルバートを余所に、かつてのドゴスとの会話を思い出した。
鉱山都市ルピニスにやってくる道中で受けた護衛依頼の際、ドゴスはカナリアやルーはもちろんのことアルバートも冒険者になり切れていないと評していた。そしてもしもの時にはイオがそんな3人を引っ張っていかなければならないとも。
その時のイオはドゴスの言葉を受け流して真面目にとらえなかったのだが、先ほどの出来事はそれが正しいということを如実に表したものだった。
「落ち着け。別に被害を受けたわけでもないだろう」
「イオが侮辱された。カナリアとルーも怖がらせた。立派な被害だ」
アルバートはひどく怒っているようでイオの言葉をまともに聞いていない。普段は穏やかなアルバートだがこうなるとなかなか冷静さを取り戻せないのは悪い癖である。
しかし、これを放置しておくと後で何かやらかしそうなのでイオは詳しく説明することにした。
「ああいう手合いは目をつけられるとどこまでも追ってくる。無難にやり過ごすのが正解なんだ」
「追ってくるなら望むところだ」
「……それがカナリアやルーに危害が及ぶとしてもか?」
「えっ?」
イオの言葉にアルバートの意識が寄せられた。
イオが見たところあの冒険者たちはかなり質たちが悪い。もし怒りを買って目をつけられるようなことになればあらゆる手段を用いて報復してくるかもしれない。
そしてそのような輩はどうすればアルバートを一番傷つけることができるかよく知っている。同じパーティーで、しかもそれが年頃の女性だったなら狙わない手はないのだ。人質として、また欲望のはけ口として使われる可能性はかなり高い。
イオがギルドに入った当初も目をつけられていいように使われた経験がある。それ以来イオはそのような冒険者に極力近づかず、話しかけられても下手に出て不要な怒りは買わないようにしてきた。銅貨の数枚程度、リスクを顧みて捨てるべきなのだ。
「大体の冒険者はそういうものだ。プライドを傷つけられるとあの手この手で潰しに来る。この世界ではアルバートの考えが通用しないこともあるんだ」
イオの説明にアルバートだけでなく、カナリアとルーも衝撃を受けていた。実際にありうる冒険者の裏の顔は想像以上に暗く残酷なものだったのだ。
思えばこれまでイオたちは人との出会いに恵めまれていた。「雷光の槍」を始めとしてカルボ、ドゴスなど皆細かなことに捉われない人格者と行動を共にすることが多かった。もちろん厄介な人間とは接触しないようにしていたという理由もあったのだが、そのせいでイオ以外は関わるべきでない人間を見分ける能力がついていない。
アルバートは一応納得はしているものの、まだ不満が残っているようで難しい顔をしている。
だがイオはそれ以上アルバートには何も言わず、この際だからということで他の2人に声をかけた。
「2人とも、まずは俺よりも自分の心配をしろ。俺はケチをつけられようと自分で対処できるが、お前たちはそうじゃない」
「なによ、心配したらダメだっていうの?」
「ああ、いらない。役立たずも荷物持ちも呼ばれ慣れている。だからその心配は今更なんだ」
「そんなのッ……!」
さらりと告げられた言葉に反発気味だったカナリアは言葉に詰まった。また分からなくなる。なぜイオはこうも悲しいことを当然のように口にすることができるのか。そんな名で呼ばれ慣れてしまったイオは、どんな過去を抱えているのか。決して埋められない溝が両者の間には広がっている。
「イオ君……そんな」
ルーも同じように感じていた。彼女からすれば仲間としてイオを心配するのは当然だし、イオが悪く言われるようなことがあれば怒りもする。当たり前とも思えるその行為を本人から拒否されれば、どんな言葉をかければいいのか分からないのだ。
とどめとばかりにイオは締めくくる。
「それに俺が弱いのは俺が一番分かっている。もう俺は、カナリアにもルーにも勝てないだろう」
イオは確信していた。すでに自分はこのか弱かった2人の少女にすら実力で劣っていることを。
もともと直接攻撃しかできないイオは、遠距離から攻撃できる2人に対してかなりの不利があった。それでもこれまでの経験を生かして距離を詰め、近接戦に持ち込んで勝つことはできただろう。
しかし、戦いに慣れ自分のスタイルを確立させてしまった今では違う。落ち着いて狙いを定められるようになったカナリアにイオは近づくことすらできないだろうし、鞭という攻撃手段を得たルーには間合いの差で攻撃が届かない。もし届いたとしても防御魔法で防がれて終わりだ。
もちろんイオが捨て身で攻撃しようとすれば、この2人は攻撃をためらって勝ちに持っていけるかもしれない。しかしそんな勝利に何の意味もないことは分かっているし、優しさに付け込むのは自分の負けを認めているのと同じだ。
結論として、イオはすでにカナリアとルーに圧倒的な差をつけられてしまっている。
「そんなお前らに憐れまれて、俺がどう感じるか想像できるか? そのたびに俺は……」
イオは言葉を切った。これ以上言うと完全な僻みになってしまう。
強さにプライドのないイオであっても矜持くらいはある。かつて守っていた存在が自分よりも強くなって、逆に守られる立場になる。そんな状況になって相手を羨ましく思わないことがあるだろうか。自分が身を振り絞って得た強さをたった半年で越えられて、妬ましく思わずにいられるだろうか。
無属性という持って生まれた適正については割り切っているイオでも、この時だけはこれ以上の成長を見込めないだけでなく無理が祟って弱体化さえしている自分の体を恨まずにはいられなかった。
今のイオは剥ぎ取りや荷物持ちなどを進んでやることで自分に価値を見出そうとする卑しい存在だ。もしこの先、アルバートたちが索敵や警戒をイオと同じようにできるようになり、冒険者としての知識を身に付けたならその時イオは完全な保護対象、すなわち役立たずに成り下がる。
そうなれば、果たしてイオはこのままこのパーティーにいることができるだろうか。いや、アルバートたちはイオを追い出すようなことは決してしないだろう。それでもイオがそれに甘え続けることができるかはまた別のことだ。カナリアの脳裏に、イオとの離別が克明に映される。
イオたちは最悪の雰囲気を維持したまま冒険者ギルドに戻るのだった。
そして運命は、悩むイオたちを無視して急速に迫りくる。
イオたちは夕暮れぎりぎりといういつもより遅い時間にギルドに帰ってきた。それまで会話の一つもなかったのだが、いつもより慌ただしいギルドの様子を見ていったんそれまでのもやもやを隅に置くことができた。
「何かあったんだろうか」
誰にともなく呟くアルバートはまたBランク相当の魔物でも現れたのかと予想する。基本的にギルドが騒がしくなるのは手に負えない魔物が現れた時だ。
ルーは会話のきっかけを得られたことに安堵してアルバートに続いて疑問を呈する。
「皆さん慌ててるというよりも怯えているみたいです」
ルーの言う通り、屈強な冒険者たちは落ち着きをなくして騒いでいるのだが、それは興奮というよりも怯えの色が濃かった。
人垣をかき分けて進んでいると、慌てふためく冒険者たちの声が耳に入ってくる。
「どうすんだよ! 魔女だぞ!」
「鉱山に魔物が増えたのは魔女のせいか……」
「言い伝えの通りなら嘆きの魔女は人を殺して回るらしいぜ……」
「大丈夫だ。勇者様がなんとかしてくださる」
冒険者たちの口からはしきりに「魔女」という言葉が飛び出し続けている。そしてそれと同じくらい「勇者」という言葉も聞こえてくる。
不安を覚えたイオたちは急いで受付まで行った。
「討伐の報告です。 ……それとこれって何があったんですか?」
「お疲れ様です。聞いていないんですか? あの「嘆きの魔女」が復活すると本部から通達が来たんですよ!」
いつもは事務的な受付嬢も興奮気味だった。そしてそれは事情を聞いたアルバートも同じである。
「魔女が!? それは確かなんですか!?」
「ええ、女神教から得た確かな情報だそうです。もう全国の冒険者ギルドにも伝えられたらしいですよ。直にすべての人にも知られるでしょう」
「もうですか? それにしても魔女ですか……やはり騎士や高ランクの冒険者が討伐を?」
「いいえ、教会が聖剣を受け継ぐ勇者を選定したそうです。500年前のように「聖騎士」、「魔導士」、「聖女」を連れて討伐に向かうようですね」
「そんなことが……あ、これお願いします」
「はい、お預かりします」
次々と衝撃の事実が告げられた後アルバートは受付嬢にギルドカードと討伐証明部位や素材を渡した。処理を待つ間、自然と先の話が浮かび上がる。
「嘆きの魔女って……おとぎ話の? あれって本当のことだったの?」
「そうだよ。500年前に勇者が命をかけて魔女を封印したのは実際に起きた事実なんだ」
「大丈夫なんでしょうか。魔女は世界中の人間を殺そうとしたって……」
不安そうに語り合う3人の傍らでイオも同じく少なからぬ衝撃を受けていた。まさか自分が生きている間に「嘆きの魔女」が復活するなど誰も思いはしないだろう。
それでも自分が直接関わるようなことはないので、イオは半分他人事のようにアルバートたちの話を聞いていた。
そうしていると受付嬢から不意に声がかけられた。
「あれ……あなたが「不死鳥の翼」のアルバート様ですか?」
「ええ、そうですが……何か?」
突然名指しで確認を取られたのでアルバートは訝しげに思いながらも肯定した。間違いなくアルバートに何か用があったのだろう。
その内容は受付嬢から申し訳なさそうに告げられた。
「アルバート様に指名依頼が来ておりまして……」
「俺に? いったい誰が……?」
自分個人に指名依頼が来たということに対してアルバートはますます疑問を深める。クイーンホーネット討伐に一躍買ったとしてもアルバートはまだ無名だ。強いといってもアルバートのことを知っている人間は数える程度にしかいない。
受付嬢は前置きをして、ますます言い難そうに詳しい内容を話す。
「ギルド側も無理だと渋ったのですが、必ず受けるだろうと言うものですから……依頼主はエイデン男爵、内容はエイデン領に住み着いたヘルフレアタイガーの変異種の討伐です」
「なっ! エイデン……だって?」
「おかしいでしょう? 通常のヘルフレアタイガーでもBランクなのに、変異種の討伐だなんて……断ってくださっても構いませんよ?」
受付嬢は驚いて当然だと思っていてあまり気にしていなかったが、アルバートが反応したのはBランクの魔物の変異種、すなわちAランク相当の魔物の討伐についてではなく依頼主の方だった。
嘆きの魔女復活と、指名依頼。2つの知らせはアルバートに血の気がなくなるほど大きなショックを与えるのだった。
♢ ♢ ♢
ある閑散とした店の中。
相変わらず客の姿は見えず棚に並べられた商品の数々は飾りと化していた。といっても店の状況は少しは改善している。少し前にかなり値切られて商品を売った客が、良い人を選別してこの店を宣伝していたのだ。
おかげで少しずつだが客がやってくるようになった。
「初めは最悪の出会いだと思ってたけど、イオ君が連れてきた子たちには助けられたね」
そろそろ日が暮れて店じまいをしようとしていたコニーテが呟いた。
ここは一般通りに並ぶ店の一つである魔道具屋。ルーが「飛沫の鞭」を格安で買った店である。店主のコニーテは店が少し軌道に乗るきっかけを作ってくれた冒険者たちの姿を思い浮かべる。
「元気でやってるかなあ。頑張って僕の店で買った魔道具を宣伝してほしいものだけど……そういえば」
そう言ってコニーテの頭に浮かんだのは、4人の中で一番しっかりしていて人当たりの良い美形の青年だった。そしてどこか記憶を揺さぶられる剣をもつ、おそらく何か事情を抱えているであろう冒険者。
「彼の剣……王都に搬入した騎士剣と似ていた……いや同じ? ……はは、まさかね」
コニーテは頭に浮かんだ考えを一瞬で振り払った。それ以上は考えてはならないと一瞬だけ恐怖を感じたことに背を向けたまま。
少し突然ですがこれで3章の本編は終了です。前に3章はシリアスになりすぎないようにするなどと言ってた気がしますが、蓋を開けてみるととても暗くなってしまいました。
次はいつも通り閑話を挟んで4章に入ります。今まではイオがメインでしたが、今度はアルバートがメインの話になります。どうぞお楽しみに。




