魔人
「冒険者かい?」
驚きから復活したトリネコは警戒を滲ませながらそうシアンに問うた。こくりと彼は頷く。
肩に背負っていたハンマーを地面に下ろして、背凭れにする。息を吐いた彼はトリネコから目を離さず不敵に笑ってみせる。
「初めまして。Dランク冒険者のシアン・アシードだ」
「Dランク……?」
彼女の反応におや?と片眉を上げる。怪訝そうに歪められた表情は猫の顔なのにありありと解ってしまう。解せないという表情だ。
ちらりと向けた彼女の視線の先は、砕け散ってしまった岩の壁。分厚いそれを破るのは確かに平凡な冒険者であるDランクには到底真似できない芸当だ。だからこそ、可笑しいと思ったのだろうが……そう思う事こそ可笑しい。
「Dランクとはちと嘘なんじゃないのかい? 本当はAランクあるって言われても納得してしまうね」
「随分と冒険者についてご存知で」
「……私の部下達を相手にするのは良くDランク冒険者と名乗っていたからねぇ。それでさ」
「ふーん」
意味深な間を残しながら答えるトリネコ。確かに冒険者達は何故か名乗る事が多い。なのでトリネコを相手取る人間がDランク冒険者だと知っていても可笑しくはないが、Aランクの実力の度合いを知っているとなると別である。
これはこれは、何やら嫌な予感がする。
「(まぁそれは後で。今は)お前を捕獲する」
きちんと立ち、ハンマーを抱え直す。浮かべるのは不敵な笑み。余裕を見せる事によって相手を焦らせる。それによって隙が生まれるだろう。
相手は今までいなかったトリネコの魔人。予想に予測を重ねて、慎重に相手取るのだ。
「捕獲? 誰をだい?」
予想にしなかったのか驚いたように片眉を上げた猫。本当に表情が豊かだ。
今度はシアンが怪訝な表情を浮かべる番だった。
「聞こえなかったのか? お前をだ」
「……聞こえていたよ。だけど、随分と嘗められたものだと思ってねぇ……あぁ、嘗められたものだ」
雰囲気がガラリと変わった。肌を突く様なこれは殺気だ。彼女の琴線に触れたらしい。
Dランク相応の魔物の進化系だとしても、それがDランクとは限らない。下がるかも知れないし、上がるかも知れない。大抵は一ランク上がるのだが、目の前のソレはCランクではない……Bランク相応だ。
思ってもみない強敵。自然と口角が上がる。あの糞天使のように戦闘狂ではないはずなのに、何故か武者震いしてしまう。
「(……送るのは後で良いか)」
先程、自身の使い魔に言っていた事を心の中で撤回する。サタンの慌て具合から、別に後で良いと判断したのだ。あの様子だと受け入れの準備はしていないようだったから。
トリネコを見る。黒く艶やかな毛は逆立ち、背中は丸く前のめりになっている。瞳孔は興奮からか縦長になり、金色の目が良く映えていた。横に広げられる蝙蝠羽は、静かに羽ばたいている。
爪も出している彼女はもう戦闘準備は万端だ。では、オレもとシアンもハンマーを構えた。
「ぶっ殺す!」
「やって、みろよっ!」
怒りのままに突っ込んで来るトリネコに伴い、シアンも脚に力を入れて突撃した。上から大振りの斬りつけ。魔法かスキルか、どちらかによって長くなった爪は岩をも斬り刻んでしまう凶器だが、シアンにとってそんなものは凶器なり得ない。
斬りかかれる直前、するりと横に回転する事によって避けて殴りつける。魔法による身体強化と、遠心力によって勢いが増したそれは、一トントラックにぶつかられる程の威力を持つ。現にトリネコは吹っ飛んで行き、一、二回バウンドしてから壁に叩きつけられる。轟音が鳴り響いた。
「やり過ぎたか……?」
敵の心配などする必要は無いが、久々に全力を出せると思っていたからか、一撃で飛んで行った彼女に対しての落胆も大きい。もう少し手加減すれば良かったか?なんて、相手に対して失礼な事を考える。
「げほっげほっ」
だからか咳き込む音が聞こえた時、喜びと安堵がシアンの中に溢れた。相手を殺してはならないのはわかっていたが、これで死んでしまっていたらどうしようかと考えていたのだ。嬉しく無いはずがないし、何より解析魔法を使った結果、彼女はまだ戦えそうだ。
「やぁって、くれたねぇ!」
怒りからか、好戦的な笑みを浮かべたトリネコは砂埃を爪で割いて散らせる。両手を広げた彼女は、シアンに向かって走り出した。
芸のない。シアンは迎え撃つ為に、ハンマーを抱え直して脚に力を入れた。
「ふっ!」
トリネコを狙って横に振った。風を切る音が鳴ったが、手応えがない事で咄嗟に半歩程後ろへ下がると、衣服が切り裂かれる。舌打ちが聞こえた。
「(危ない)」
肌には到達していないようだ。
それを確認したシアンはもう片方の足裏に力を入れて大きく下がり、ハンマーを投げ出し新たな武器を作り出す。
相手はスピードタイプの接近戦型。幾ら強化魔法で強化していたとしても、大きなハンマーを持った今のシアンはパワータイプ。武が悪かった。
先程の攻撃が通ったのは相手が油断していたからだ。次の武器は同じスピードタイプでいこう。
横に突き出した手に現れたのは、日本刀。太刀と呼ばれる大きさのそれは、シアンの手に馴染むように創り出されている。補助魔法に精通しているシアンだからこその仕上がりだ。
「おや、見ない武器だね。そんな細っこい剣で大丈夫かい?」
折れたりはしないかい?と、余裕からかニヤニヤと笑いながらそう揶揄ってくるトリネコ。余計なお世話だ、とシアンは思った。
刀と剣では目的が違う。造られる時に、叩き斬るのか、滑らかに切るのか。その目的によって形が変わる。確かに刀は横から殴ると容易く折れてしまうだろう。しかしシアンにはそんなもの関係ない。攻撃は受けるものではないからだ。
シアンは安い挑発に鼻で笑ってみせ、踏み出した。
「(“瞬間移動”!)」
時空間魔法“瞬間移動”を使って距離を詰めた。丁度太刀の間合いに入るように現れたシアンに、トリネコは目を見開いて驚く。
突き出された刀。すんでで身体を捻って躱す。毛が何本か舞った。まるで猫のように(猫であるが)柔らかく背中を丸めた彼女は、下段から斬りつける。シアンは仰け反って避けた。
もう一度“瞬間移動”をして、トリネコの背後に回るシアン。安易な手であるが、有効打である事には変わりない。一瞬の隙ができるだけで、少し変わるのだから。
予想してたのか爪によって防がれたが、元より細い刀身である。爪と爪の間から、トリネコの背中を貫いていた。
「ぐぅ……っ!」
致命傷ではないものの、深手を負ったトリネコは口から血を吐き出す。それを視認したシアンは柄から手を離し、二歩ほど離れる。新たに刀を創り出しながら、彼女の攻撃に対処できるように注意する。
口から滴る血を手の甲で拭いながら、シアンを睨み付けた。そこには余裕などなく、ましてや慢心などもなかった。漸く彼女はシアンを強敵だと認識したのだ。
傷口が広がるとわかっているのか、刀を抜く事などせずまだ動けると、トリネコは構える。
まだ、まだだ。私はまだやれる。そう心の中で自分自身に向けて言いつける。追い詰められたからか、痛みでハイになっているのか、アドレナリンが放出されているのがわかる。トリネコは裂肉歯まで見える程までに、口角を上げ、全身の毛を逆立てる。フーッ!フーッ!と息を吐く音がした。
「(まんま、猫じゃねぇか)」
猫なのか鳥なのか、それとも動物ではなく植物なのか。多くの魔物研究家が悩んできた事実は、目の前に正解があった。トリネコは羽根の生えた猫である、と。
研究家ではないシアンとしてはどうでも良い事実だが、魔人、しかもトリネコの進化形態の怒った様子と言うのは、研究家に高く売れそうだ。
だがまぁ、送る先は魔界であるが。
一歩一歩踏み出すトリネコの状態を見る。背中から刀で貫かれた彼女は重症だ。魔人故の生命力で生きているので、アレを抜けば致命傷は確実。しかしそれはしない。生きたまま送った方が色々と特だからである。
ただ生きているとは言え、戦闘できるような状態でもない。これ以上無理をすれば、あの刀は動き貫いている場所を広げる。そうなれば抜く抜かないにも限らずに致命傷になり得る。
しかしそれは、彼女の方もわかっているはずで。
「いい加減諦めたらどうだ?」
「まだ! マダだ!」
怒りに任せているのか単調な攻撃ばかり繰り返す彼女にため息を吐いた。これでは躱すのも、斬りつけるのも容易い。
攻撃を避けながらも刀でトリネコを斬りつけていく。あまり大きく作ったものではなく脇差のサイズなので裏手で持ったり、翻したりして避けにくい攻撃を仕掛けた。しかし殺す気は無いので全て浅い傷である。
「グッ……!」
だが確実に彼女を追い詰めていた。
それでも攻撃を止めないトリネコにシアンは首を傾げる。言っては悪いが魔物というのは元々は動物である。何も知らない純粋なもの達が魔力を帯びて進化したのが魔物。魔物になった事で賢くなる事も、逆に馬鹿になる事もある。けれど彼らは元動物。根本的には動物なのだ。
動物は危険を察知すると脱兎の如く逃げる。それは魔物も同じで、そしてその進化系である魔人も同様に言える。なので力量差を見せつければ、すぐさま逃げるのが魔物という生き物。だから目の前にいる魔人も同じだろうと思ったのだが、そうでも無いらしい。
このまま続けていれば自身が死ぬのは確実。なのに逃げ出さない。何故なのだろうか。理由はわからない。ただ彼女は本能ではなく、自分の考えに従っているのはわかった。
「なぁ」
カキィンと音が鳴った。トリネコの爪とシアンの刀がぶつかった音。攻撃を全て避けるのは辞めて、シアンはトリネコの攻撃を受けたのだ。
その事にトリネコは驚くが、防がれたならもう一方の手でと下に垂れていた手を上に向かって薙った。しかしシアンは、それをも新たに創り出したもう一振りの刀で防いだ。
またもや甲高い音が鳴り、ギリギリと擦れる音が鼓膜を通って行った。
「何故諦めない? 何か理由でもあるのか?」
「理由? あるに決まっている!」
顔を近づけて言ったシアンの言葉に目を見開いたトリネコは、真ん丸だった瞳孔を細くして叫んだ。
キャッツアイがシアンを覗き込んだ。
「全ては我らが魔王のため! 魔人に進化させてくれた彼の方が命じたから! 私は……!」
は?
「魔王……?」
トリネコの口から出るとは思いもしなかった名詞を、シアンは驚いたようにポツリと呟いた。
おっと、雲行きが怪しいぞ?




