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第93話 壬申の乱

大海人(おおあまと)皇子(のおおじ)は、天智(てんじ)天皇の3つ違いの兄である。

とはいっても父は(じょ)(めい)天皇ではない。

母の(こう)(ぎょく)(さい)(めい))天皇が舒明天皇に入内する前に、高向(たかむく)(おう)と結婚していて(あや)皇子(のみこ)を産んでいる。

その漢皇子こそ大海人皇子なのである。

では、父高向王は如何なる人物かといえば、(よう)(めい)天皇の孫なのだ。

用明天皇といえば、母方の祖父が()()稲目(いなめ)である。

すると、大海人皇子に蘇我の血が流れていることになる。

蘇我の血を根絶やしにしようと躍起になっている天智天皇が、異父兄とはいえ蘇我の血が流れる大海人皇子を放っておくわけがない。

放っておくどころか、天智天皇の娘4人を大海人皇子に嫁がせたのである。

ことに「ウノノサララ(()(とう))」は大海人皇子にぞっこんだった。

なにゆえそんな状態になったのかといえばひとつには蘇我氏の血が関係している。

蘇我氏はローマから来た渡来人である。

いかに日本人と混血が進もうと、鼻が高く色白のコーカソイドの特徴は残るのである。

御多分に漏れず大海人皇子も背丈が6尺(180センチ)あり、色白で鼻が高い容姿をしていたので、天智天皇家の姫ならずとも、もてまくりの状態だった。

さらに大きな理由として母の皇極(斉明)の溺愛も天智天皇が手を出せない原因のひとつだった。

そんな大海人皇子が、いつものように宴会をしている天智天皇の膳の前に槍を突き立て、

「中大兄よ、お前はいつまで国政をないがしろにすれば気が済むのだ? お前の下で働くのはごめんだ。わしは出ていく」

大海人皇子はウノノサララを連れて吉野(よしの)へ引きこもった。

当初大海人皇子は、このまま吉野で余生を暮らすつもりでいた。

しかし、各地の豪族がひっきりなしに訪ねてきて各地の窮乏を訴えるのである。

見過ごせないと思った大海人皇子は反乱を決意した。

吉野へ来て3年が過ぎたころ、秘密裏に行った各地の豪族の懐柔も相当数にのぼり反乱の機会をうかがっていた大海人皇子は、天智天皇が、近江に狩り行くという情報を得た。

大海人皇子は天智天皇に刺客を送った。

暗殺は上手くいき、天智天皇は片方の靴だけ残して行方不明になった。

大混乱の朝廷だが、皇太子の「(こう)(ぶん)」を即位させると、この事件の主犯を大海人皇子と断定し、吉野への派兵を宣旨した。

いわゆる「壬申(じんしん)の乱」の始まりである。

当然、大海人皇子はこの状態を予見していることから、吉野から伊賀を抜け、伊勢で挙兵した。

数日間、伊勢に滞在していると、全国から豪族たちが集まってきた。

気づいてみると兵数は数万に増え、その勢いで尾張から美濃へ、そこで交戦となり、そこから交戦しながら琵琶湖を南下し、瀬田で決戦になった。

当初は朝廷側が有利とされたが、瀬田橋中央に落とし穴を仕掛ける朝廷側の策が見破られ、総崩れとなった。

これによって勝敗は決し弘文天皇は自害した。

享年26歳である。


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