↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
失われた断片 ― 風の環 ―  作者: 半々月光
ビグトラス島編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
97/100

第79話――戻る者たち――風穴の出口

>第79話ですーー!


今回は、


ジニアの案内で旧連絡路を引き返す

タレンたちの場面へ戻ります


目指しているのは、


まだ仲間たちが残っているはずの防衛線


早く戻りたい気持ちはあっても、


崩れた地下導風路では、


最短の道が必ずしも

一番早く辿り着ける道とは限りません


傷を抱えた者


道を確かめる者


後ろを守る者


それぞれが自分の役割を持ちながら、


少しずつ出口へ向かっていきます


そして今回、


久しぶりに琉火族の道具も登場します


戦うためだけではなく、


この世界で人々がどうやって

厳しい地形を越えてきたのか


そんな生活の中に残る道具も、

少し感じてもらえたらと思います


第79話


「戻る者たち――風穴の出口」


彼らは無事に、

戻るための道を繋げられるのかーー


今回もよろしくお願いします!


ヽ(゜ー゜)ノ

時刻:3670シヴン年12月25日 AM 06:52

場所:ビグトラス島・地下導風路上層・旧連絡路



 タレンたちは、ジニアの案内で旧連絡路を引き返していた。


 崩れた導風管が天井から垂れ下がり、壁に刻まれた古い標識は灰霧に濡れて読みにくくなっている。


 足元には割れた風石片が散らばり、踏むたびに乾いた音を立てた。


 先へ進むほど、通路は以前の姿を失っていく。


 ジニアは肩の傷を押さえながらも、足を止めなかった。


 包帯には薄く赤が滲み、呼吸はすでに乱れている。


 それでも視線だけは前へ向けられていた。


「この先を抜ければ、近道に出られる」


「マンダコたちの防衛線へ、戻れるはずだ」


 スワワは息を切らしながら、その背中を見た。


「……はず、ってのが怖いんすけど」


 ヤガガが横目で睨む。


「黙って進め」


「はい」


 スワワは即座に口を閉じた。


 タレンは最後尾に近い位置から全体を見ていた。


 ジニアの足取りは速い。


 だが、速すぎる。


 焦りだけで身体を前へ押し出しているのが分かる。


「ジニア」


 タレンが低く呼んだ。


「速度を落とせ」


「傷が開く」


「落とせない」


 ジニアは振り返らずに答えた。


「向こうにはまだ、マンダコたちがいる」


「ミコノパンも、ヴァリクも……」


「早く戻らないと」


 タレンは一瞬だけ目を細めた。


 だが、それ以上は言わない。


「確認するまでは、何も決めるな」


「今は倒れるな」


 その声に、ジニアの肩がわずかに揺れる。


 返事はなかった。


 それでも足取りは、ほんの少しだけ遅くなった。


 やがて、通路は三つに分かれた。


 左は崩落した導風管の奥へ続き、黒い裂け目の向こうで風が鈍く唸っている。


 右は人ひとりがようやく通れるほどの補助通路で、壁の隙間から細い風が抜けていた。


 中央は古い風穴へ続く暗い道で、低い音だけが奥から響いている。


 ジニアは足を止め、周囲を見回した。


「……ここ」


「前は、こんなに壊れていなかった」


 ヤガガが左の通路へ近づき、術式具をかざす。


 淡い光が岩肌をなぞり、すぐに乱れた。


「左は駄目だ」


「導風管ごと落ちている」


 スワワは右の補助通路へ顔を寄せた。


 強い風が頬を打ち、彼は思わず目を細める。


「右は狭いっすけど、風が抜けてる」


「出口があるかもしれないっす」


 タレンは中央の暗い風穴を見た。


 そこから響く低い音は、ただの風には聞こえない。


 しばらく耳を澄ませた後、短く告げる。


「右だ」


「風が抜けているなら、外へ出られる可能性がある」


 ジニアは唇を噛んだ。


「中央の方が近いはずだ」


「だが、奥が読めない」


 タレンは迷わず言った。


「近い道ほど、崩れていれば死ぬ」


「……分かった」


 ジニアは小さく頷き、右の補助通路へ足を向けた。


 狭い通路の中は暗く、壁が肩に触れるほどだった。


 ジニアは傷口を庇いながら進み、ヤガガがそのすぐ後ろを守る。


 スワワは前方の隙間を覗き込み、タレンは最後尾で灰霧の流れを見ていた。


 進むほど、風の音が大きくなっていく。


 最初は細い笛のようだった音が、次第に岩壁全体を震わせる唸りへ変わる。


 暗闇の先に、白い光が滲んだ。


「……あ」


 スワワが足を止めた。


「光だ」


 ジニアの顔が上がる。


「出口か!」


 彼女は思わず前へ出ようとした。


 だが、ヤガガの手がすぐにその腕を掴む。


「走るな」


「傷が開く」


「時間がないんだ!」


 ジニアの声が荒くなる。


「マンダコたちが待っている!」


 タレンが静かに近づいた。


「お前が倒れれば、誰も道を戻れない」


 その一言に、ジニアは息を詰まらせた。


 反論しかけた唇が、力なく閉じる。


 彼女は拳を握り締め、かすかに頷いた。


「……分かっている」


 細い補助通路を抜けると、風の匂いが変わった。


 湿った土。


 雨。


 遠くで砕けた岩の匂い。


 外だ。


 スワワが先に身を乗り出し、光の方へ顔を出した。


 そして、すぐに動きを止める。


「……うわ」


 タレンが目を細める。


「どうした」


「道がないっす」


 その言葉に、ジニアの表情が強張った。


 タレンたちは慎重に光の先へ出た。


 風穴の出口は、崩れた岩壁の中腹に開いていた。


 本来なら外側に続いていたはずの管理足場は、途中から千切れ、雨と灰霧の底へ消えている。


 錆びた固定環だけが岩肌に残り、強風に揺れる鎖の欠片が乾いた音を立てていた。


 下方には、細い旧道が見えた。


 だが、そこへ至るには、濡れた岩壁をかなり降りなければならない。


 ジニアは岩壁の縁に片膝をつき、下を覗き込んだ。


 雨と灰霧の向こうで、かすかに道の輪郭が見える。


「……この下だ」


「ここを降りれば、避難所山道前へ出られる」


 スワワは顔を引きつらせた。


「降りるって……これを?」


 ヤガガは岩肌に手を当て、すぐに首を横へ振る。


「普通に降りれば死ぬ」


 雨を吸った風石は脆く、指を掛けただけで表面が崩れた。


 下から吹き上げる風も不安定で、灰霧が岩壁に沿って薄く巻き上がっている。


 ジニアは立ち上がろうとした。


「それでも行くしかない」


 タレンがその前へ出る。


「待て」


「だが……!」


「普通に降りなければいい」


 短い言葉だった。


 スワワはその声に何かを思い出したように、腰袋を探った。


「……そうだ」


「これなら使えるかもしれねぇ」


 彼が取り出したのは、煤けた小さな手甲と足甲だった。


 表面には細い火種石が嵌め込まれ、爪先には短い風石片が並んでいる。


 戦闘用の魔導具ではない。


 むしろ、古い生活道具のように見えた。


 ヤガガが眉を寄せる。


「それは?」


「琉火族の燈火爪《とうかそう》だ」


 スワワは手甲を持ち上げた。


「本来は採火場の岩壁を降りるための道具だ」


「火を出すんじゃねぇ」


「岩に噛ませる」


 タレンはすぐに理解した。


「下降用か」


「ああ」


「ただし、灰霧が濃いと火種が乱れる」


「濡れすぎた岩にも長くは持たねぇ」


 スワワは苦い顔で続けた。


「それでも、素手で降りるよりはましっす」


 彼は火種石へ短く息を吹き込んだ。


 爪先に、琥珀色の小さな火が灯る。


 炎は燃え広がらない。


 濡れた岩肌へ触れた瞬間、火は薄い膜のように広がり、爪先がぴたりと吸いついた。


 ジニアはその光を見つめる。


「それを使えば……」


「お前は駄目だ」


 タレンが即座に遮った。


「肩に力を入れるな」


「腰と胸下に索を通して降ろす」


「自分で降りられる」


「命令だ」


 タレンの声は変わらない。


「案内役をここで失うわけにはいかない」


 ジニアは歯を食いしばった。


 悔しさが瞳に滲む。


 だが、タレンの言葉が正しいことも分かっていた。


「……分かった」


 ヤガガは術式具を取り出し、岩壁に向けて構えた。


「固定は俺がやる」


「だが、岩そのものが弱っている」


「一度に二人は支えられん」


 タレンは短く頷く。


「スワワが先に降りて足場を確認しろ」


「ヤガガは上で固定」


「ジニアは索で降ろす」


「俺が最後に降りる」


「了解っす」


 スワワは燈火爪を手足に装着し、岩壁の縁へ近づいた。


 下から吹き上げる風に、髪が乱れる。


 彼は一度だけ喉を鳴らし、それでも笑うように口角を上げた。


「落ちたら、俺のことは格好よく語ってくださいよ」


「落ちるな」


 タレンが即座に返す。


「はい」


 スワワは岩壁へ手を掛けた。


 燈火爪の琥珀色の光が、濡れた岩肌へ吸いつく。


 一歩。


 もう一歩。


 彼の身体が、ゆっくりと岩壁の下へ沈んでいった。


 ジニアはその背を見下ろし、傷口を押さえる手に力を込める。


 下方の旧道は、雨と灰霧の向こうで細く揺れていた。


 その先へ行けば、マンダコたちの防衛線へ戻れる。


 まだ間に合う。


 そう信じなければ、足を前へ出すことさえできなかった。


「……待っていてくれ」


 ジニアは小さく呟いた。


「今、戻る」


 タレンは救助索を握り、濡れた岩壁を見下ろした。


 灰霧は下から静かに巻き上がっている。


 その流れが、妙に速かった。


「降りるぞ」


 低い声が、風穴の出口に響いた。


 スワワは岩壁へ手を掛けた。


 燈火爪の爪先に灯った琥珀色の火が、濡れた岩肌へ触れた瞬間、薄い膜のように広がる。


 火は燃え上がらない。


 ただ岩に吸いつくように形を変え、彼の身体を支えた。


「……よし」


「まだいけるっす」


 スワワは慎重に足を下ろし、一段ずつ崩れた岩壁を降りていく。


 下から吹き上げる灰霧が、彼の足元を何度も包み込んだ。


 琥珀色の火が、そのたびにわずかに揺らぐ。


「火種が乱れる」


 ヤガガが岩壁の縁で目を細めた。


「灰霧が濃い」


「長くは持たん」


「分かってるっすよ」


 スワワは岩肌に張りついたまま、下方の足場を探る。


 やがて崩れた風石の出っ張りを見つけ、そこへ足を掛けた。


「下に足場あります!」


「一人なら受けられるっす!」


 タレンは頷き、救助索をジニアの腰と胸下へ通した。


「肩には掛けるな」


「傷が開く」


 ジニアの腰には、二本の短剣が左右に一本ずつ収められていた。


 二本とも刃先だけがわずかに内側へ反った、短い鉤状の形をしている。


 戦闘では相手の武器や肢を引っ掛けるための刃。


 岩場では、必要なら裂け目や突起へ掛けて身体を支えることもできる。


 だが今は、二本とも鞘に収めたままだった。


 岩壁を降りるには、両手を空けておかなければならない。


 ヤガガが術式具を岩壁へ押し当てる。


 鈍い音と共に固定杭が岩肌へ打ち込まれ、符文が短く走る。


 救助索がぴんと張った。


 ジニアは岩壁の縁に立った。


 下を見た瞬間、灰霧が底から生き物のように巻き上がってくるのが見えた。


 旧道の輪郭は、見えたり消えたりしている。


 足が、ほんの一瞬だけ止まった。


 ジニアは唇を噛み、すぐに前へ出ようとする。


 だが、その肩に込められた力を、タレンは見逃さなかった。


「怖いか」


 低い声だった。


 ジニアは振り返らない。


「怖くない」


 声は硬かった。


「急がなければならないだけだ」


「マンダコたちが待っている」


 タレンはしばらく黙っていた。


 風穴の出口から吹き込む雨が、ジニアの包帯を濡らしていく。


 赤く滲んだ布を見て、タレンは静かに口を開いた。


「なら、目を閉じろ」


 ジニアの眉が動く。


「何を……」


「下を見るな」


「俺の声だけ聞け」


 タレンは救助索を握り直した。


「一段ずつ降りればいい」


「お前が踏む場所は、俺が見る」


 ジニアは小さく息を呑んだ。


「……タレン」


「俺が見ている」


 その声は、風にも雨にも揺らがなかった。


 ジニアは歯を食いしばり、ゆっくりと目を閉じる。


 暗くなる。


 雨の音。


 救助索の軋む音。


 岩肌を擦る燈火爪の小さな火音。


 その中で、タレンの声だけがはっきりと届いた。


「右足を下げろ」


「少し左だ」


「そこに踏み場がある」


 ジニアは言われた通りに足を下ろす。


 濡れた岩に靴底が触れ、わずかに滑った。


 だが、腰に通された救助索が身体を支える。


「次は左手」


「肩に力を入れるな」


「壁へ添えるだけでいい」


 ジニアは息を殺し、左手を岩肌へ伸ばした。


 指先が震えている。


 それでも、落ちない。


 一段。


 もう一段。


 身体は少しずつ、灰霧の方へ近づいていった。


 下方では、スワワが燈火爪で岩壁へ張りつきながら、両足で踏み場を固めていた。


「あと少しっす!」


「そこから右へ半歩!」


「余計な声を入れるな」


 タレンが短く言う。


「す、すんません」


 スワワは口を閉じ、それでも両手を伸ばしてジニアを受ける準備をした。


 その時だった。


 灰霧の奥で、何かが鳴いた。


 石を削るような、細く嫌な音。


 ジニアの閉じた瞼が、わずかに震える。


「……今の音は」


「目を開けるな」


 タレンが言った。


 だが次の瞬間ーー


 濡れた岩壁の裂け目から、小さな影が飛び出した。


 一体ではない。


 三体。


 さらにその後ろから、灰霧を裂いて細長い四肢を持つ小型異獣が這い上がってくる。


 灰色の膜のような背。


 岩に食い込む鉤爪。


 濡れた牙。


 その目は、燈火爪の火種と救助索へ向けられていた。


「索を狙っている!」


 ヤガガが叫ぶ。


 タレンは救助索を片手で押さえ、もう一方の手で炎棒を抜いた。


 棒身に赤い火筋が走る。


 炎は大きく燃え上がらない。


 だが濡れた岩壁を赤く照らし、飛びかかってきた小型異獣の爪を弾いた。


「ヤガガ」


「固定を守れ」


「スワワ」


「下から受けろ」


「了解っす!」


 スワワは燈火爪を岩壁へ叩きつけ、琥珀色の火を散らしながら身体を横へ滑らせた。


 腰に差していた炎棒を抜き、ジニアの足元へ迫った一体へ振り上げる。


「こっち来んな!」


 火筋が灰霧を裂いた。


 小型異獣の横腹が焼け、甲高い声が岩壁に響く。


 異獣は爪を外し、そのまま灰霧の底へ落ちていった。


 しかし、別の一体が救助索へ食らいつく。


 繊維が嫌な音を立てた。


 ジニアの身体が、半丈ほど落ちる。


「っ……!」


 肩に痛みが走った。


 閉じていた目が開き、視界いっぱいに灰霧と岩壁が揺れる。


 包帯に、新しい赤が滲んだ。


「動くな!」


 タレンの声が飛ぶ。


「俺が引く」


 ヤガガは岩壁へ術式具を叩き込み、第二の固定杭を打ち込んだ。


 符文が岩肌を走り、救助索の揺れが一瞬だけ止まる。


 だが、小型異獣はまだ索を噛んでいる。


 濡れた牙が繊維へ深く食い込み、少しずつ裂け目を広げていた。


 ジニアは荒い息を吐く。


 目の前に、灰色の小型異獣がいた。


 牙を開き、もう一度索へ食らいつこうとしている。


 ジニアは左手を岩肌へ残したまま、震える右手を腰へ伸ばした。


 二本の短剣のうち、右側の一本だけを引き抜く。


 もう一本は鞘に残したまま。


 今この岩壁で両方を抜けば、身体を支える手まで失う。


 抜かれた短剣の刃先は、先端だけがわずかに内側へ反っていた。


 小さな鉤のような刃。


 その縁へ赤い火筋が走り、青白い雷光が細く絡みつく。


 肩を動かせば、傷が裂ける。


 それでも、彼女の瞳だけは退かなかった。


「私も……」


 息が乱れる。


「ただ吊られているだけじゃない」


 火雷をまとった短剣が雨を切った。


 異獣の前脚へ刃が走る。


 わずかに反った鉤刃が鉤爪の付け根へ引っ掛かり、ジニアがそのまま手首を返した。


 青白い雷光が弾ける。


 小型異獣の前脚が岩肌から外れ、身体が大きく傾いた。


 耳障りな声を上げながら、そのまま灰霧の中へ落ちていく。


「ジニア!」


 スワワが下から手を伸ばす。


「あと少し!」


「こっちへ!」


 タレンは救助索を少しずつ緩める。


 ヤガガは固定杭を押さえながら、片手で炎棒を振り下ろした。


 火の残光が岩壁を横切り、上から迫った一体を叩き落とす。


「数が増えている」


 ヤガガの声は低かった。


「灰霧の中から湧いてくるぞ」


「全部相手にするな」


 タレンが言う。


「落とせ」


「道を開ければいい」


 タレンの炎棒が、救助索へ迫る影を打ち払う。


 火筋が雨に滲み、灰霧の中で赤く散った。


 小型異獣は一体、また一体と岩壁から剥がされ、下の霧へ落ちていく。


 だが、落ちる前に別の影が這い上がる。


 岩壁そのものが、異獣を吐き出しているようだった。


 ジニアは歯を食いしばり、右手の短剣を胸元へ引き寄せた。


 左手だけは、岩肌から離さない。


 刃に残る火雷が、小さく明滅する。


 視界が霞む。


 失った血が、身体の奥から力を奪っていく。


 それでも、彼女は下を見た。


 スワワの伸ばす手が、もう届く距離にある。


「ジニア!」


「掴まれ!」


 スワワが叫ぶ。


 その瞬間ーー


 横の裂け目から一体が飛び出した。


 狙いは、ジニアの胸下を支える救助索。


 タレンの声が飛ぶ。


「右だ!」


 ジニアは反射的に短剣を振った。


 赤い火筋と青白い雷光をまとった刃が、異獣の牙を弾く。


 そのまま刃先の鉤が下顎へ浅く掛かり、異獣の頭部が横へ引かれた。


 同時に、スワワの炎棒が下から打ち上がる。


 炎棒が小型異獣の胴を捉え、その身体を岩壁へ叩きつけた。


 異獣は爪を滑らせ、灰霧の底へ消えていく。


 ジニアの身体が、ようやく下方の足場へ届いた。


 スワワが彼女の腰帯を掴み、燈火爪を岩へ深く食い込ませる。


「捕まえた!」


 ジニアの膝が崩れかける。


 それでも右手の短剣を離さない。


 彼女は刃先の小さな鉤を岩の裂け目へ引っ掛け、手首を返すようにして身体を支えた。


 刃に残っていた火雷が消え、岩肌を伝って小さな火花だけが散る。


「……まだ」


「立てる」


「無理すんなって……!」


「無理でも立つ」


 ジニアは荒い息を吐きながら、上を見上げた。


 左腰には、まだ抜かれていないもう一本の短剣が残っている。


 今は二本を振るう時ではない。


 ここを降り切ることが先だった。


 タレンとヤガガは、まだ岩壁の上方で小型異獣を打ち落としている。


 炎棒の赤い火筋が、雨と灰霧の中で何度も閃いた。


「ヤガガ」


 タレンが低く呼ぶ。


「第一固定を外すぞ」


「次を打ちながら降りる」


「了解」


 ヤガガは第一の固定杭を外し、救助索の荷重を第二固定へ移した。


 その動きに合わせ、タレンが炎棒で小型異獣を払い落とす。


 次の足場を確かめながら、ヤガガは術式具を握り直した。


 足場は狭い。


 時間もない。


 上からは小型異獣。


 下からは灰霧。


 横からは濡れた風。


 それでも、誰も止まらなかった。


 打ち落としながら。


 支えながら。


 息を殺しながら。


 タレンたちは、崩れた岩壁を少しずつ降りていった。


 下方の旧道は、灰霧の奥でまだ遠い。


 だが、確かに近づいている。


 ジニアは岩の裂け目から短剣の鉤刃を外し、右手に握り直した。


 痛む肩を庇いながら、灰霧の奥に続く旧道を見つめる。


「待っていてくれ……」


 その声は、雨と灰霧にすぐ呑まれた。


 それでも彼女は、もう一度だけ歯を食いしばる。


「必ず戻る!」



>第79話を最後まで読んでいただき、

ありがとうございますーー!


今回は、


ジニアたちが戻るための道を探し、


崩れた風穴の出口から

岩壁を降りていく場面を描きました


ジニアにとっては、


ただ移動しているだけではありません


この先には、


自分が戻りたい場所があり、


そこで待っていると信じている仲間たちがいる


だからこそ、


傷が開いていても

足を止めようとしない


そんな焦りを、


タレンたちが無理に押さえつけるのではなく、


「戻るために倒れさせない」という形で

支えるようにしました


そして今回登場した燈火爪は、


戦闘用の武器ではなく、


琉火族が岩壁を移動するために使ってきた道具です


こういうものも、


この世界では誰かが生きるために

長い時間をかけて残してきた技術の一つです


もちろん、


素直に降ろしてくれるほど

地下導風路も優しくありませんw


(笑


救助索を狙ってくる異獣まで現れ、


結局また戦いながら降りることになりました


そしてジニアも、


ただ守られて運ばれるだけではなく、


今できる範囲で自分の短剣を握っています


二本あるからといって、


いつでも二本とも使えばいいわけではない


今の身体、


足場、


支えるために必要な手


その状況に合わせて一本だけを抜く


そんな部分も、

今回少し意識して描きました


まだ旧道までは辿り着いていません


それでも、


確実に一歩ずつ近づいています


「必ず戻る」


その言葉がどこへ繋がっていくのかーー


もう少しだけ、

一緒に追いかけてくださいね


(ノ◕▽◕)ノ*:・゜✧

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。