第78話――赤紫の噴水広場――濃霧の前触れ
>第78話ですーー!
北側岩壁をようやく越えた避難隊列は、
次の目印となる
人魚像の噴水へ向かいます
ここまで長い山道を進み、
何度も手を繋ぎ直しながら、
ようやく辿り着いた場所
本来なら、
少しだけでも安心できる場所であってほしいところですが……
今回の題名は、
「赤紫の噴水広場――濃霧の前触れ」
ですw
雨の中で少しずつ変わっていく景色
そして、
いつもと違う空気に気付き始める人々
前へ進むほど、
何かがおかしいという感覚だけが、
静かに積み重なっていきます
ようやく山道を抜けた先で、
エドリックたちが何を見ることになるのか
第78話も、
ゆっくり読んでもらえたら嬉しいですーー!
(^∇^)ノ♪
時刻:3670シヴン年12月25日 AM 09:05
場所:ビグトラス島・人魚噴水前広場
人魚像の噴水へ向かうため、避難隊列は岩壁沿いに残されていた旧水路の管理通路を進んでいた。
通路の一部はすでに崩れ、足元には割れた風石と泥水が広がっている。
壁際に残った細い足場を一人ずつ抜け、互いの手を繋ぎながら、ようやくその先へ辿り着いた。
崩れた岩壁の縁を越えた先で、避難隊列は半円状に削れた山腹を、ゆっくりと回り込んでいた。
足元の道は、もはや道と呼べるものではない。
割れた風石の舗装。
泥に埋もれた導光標。
崩れた欄干の残骸。
かつては外縁の螺旋スロープへ繋がる、静かな通路だったのだろう。
だが今は、雨水と石粉が入り混じり、踏みしめるたびに鈍い音を立てるだけだった。
地勢は少しずつ下へ向かっている。
避難民たちは互いの手を握り、前の者の背中を追いながら、一歩ずつ斜面を下りていった。
「足元を見すぎないで!」
「前の人の肩を見て!」
「声を切らさないで!」
ミコノパンの声が、雨と荒れた風の中を何度も行き交う。
「名前を呼んで!」
「返事があったら、その人はまだそこにいます!」
震える声で、誰かが隣の名を呼ぶ。
呼ばれた者が、すぐに返事を返す。
それだけで、崩れかけていた隊列はかろうじて一つの形を保っていた。
やがて、雨霞の向こうで何かが鈍く光った。
最初に見えたのは、人魚像の尾鰭だった。
かつてなら、水霧と陽光を受けて橙と青の微光を返していたはずの尾鰭。
その半透明の流線は、今は赤紫の薄い霧をまとい、濡れた傷跡のように暗く光っていた。
星織・雨は思わず足を止めかける。
「……あれは」
「止まらないでください」
サラがすぐにそばへ寄り、小さく声を掛けた。
「まだ、広場に入ったわけではありません」
星織・雨は小さく頷き、再び前へ足を進める。
だが、胸の奥に広がった不安は消えなかった。
人魚像へ近づくほど、空気の色が変わっていく。
雨の白。
石粉の灰。
そこへ、赤と紫が薄く混ざり始める。
霧は地面近くを這うように流れ、壊れた水路の隙間から静かに滲み出していた。
「この赤紫の霧は……」
ミコノパンが足を止め、エドリックへ視線を向ける。
エドリックは短杖を握ったまま、噴水の方角を見据えていた。
「分からない」
低い声だった。
「だが、普通の霧じゃない」
最後の崩れた坂を下りきった瞬間、視界が開けた。
そこにあったのは、人魚噴水前広場だった。
港湾区の上方に位置する円形の中庭。
下層一帯でも、ひときわ目を引くはずだったランドマーク。
けれど今、その光景を美しいと思う者はいなかった。
水は止まっている。
噴水池の水面は濁り、赤紫の霧だけが薄く揺れていた。
人魚像の手に抱かれた水瓶からは、一滴の水も落ちていない。
池の縁に刻まれていた古い風語の符文も、泥と赤紫の膜に覆われ、ところどころ読めなくなっていた。
そしてーー
広場の縁に、人が倒れていた。
一人ではない。
二人
三人
水盤へ向かう石畳の上に、逃げようとした形のまま、いくつもの身体が折り重なっている。
その中に、一人の母親らしき女がいた。
小さな子供を胸元へ強く抱き締め、もう片方の手を前へ伸ばしたまま、石畳の上に倒れている。
見開かれた瞳と歪んだ表情には、最後の瞬間まで何かから逃れようとした恐怖が、そのまま残っていた。
星織・雨の足が止まりかける。
「……っ」
息を呑んだまま、視線を逸らすことができない。
サラの表情も一瞬で強張った。
倒れた母子を見つめたまま、唇をきつく結ぶ。
ミコノパンは口元を押さえ、震える息を飲み込んだ。
カフロイェーも目を見開き、握っていた術式槌へ無意識に力を込める。
ヴァリクは奥歯を噛み締め、険しい表情のまま倒れた母子を見下ろした。
カルヴァンの顔からも、それまで残っていた軽い表情が消える。
エドリックは何も言わなかった。
ただ短杖を握る指に力を込め、倒れた母子へ一度だけ視線を向ける。
「見ないでください!」
サラが咄嗟に子供たちの前へ立った。
「前を見て」
「こちらへ」
しかし、避難民たちの視線はどうしても倒れた者たちへ吸い寄せられてしまう。
血は少なかった。
異獣に食い裂かれた跡もない。
それなのに、倒れている者たちの顔は異様な恐怖に歪んでいた。
目は大きく見開かれ、口は声にならなかった悲鳴の形を残している。
肌は血の気を失い、内側から何かを吸い尽くされたように乾ききっていた。
「これ……」
ミコノパンは声を潜める。
「異獣の仕業なの?」
エドリックはすぐには答えなかった。
短杖を握る指先に、わずかに力がこもる。
「……違う」
苦い声だった。
「少なくとも、俺たちが知っている異獣の殺し方じゃない」
その言葉に、星織・雨の顔色が変わった。
彼女は噴水池の奥を見る。
赤紫の霧の向こうで、一瞬だけ誰かが立っていたように見えた。
「今……」
星織・雨の声が震える。
「水盤の奥で、誰かが……」
サラが振り返る。
「誰かいましたか?」
星織・雨はもう一度目を凝らした。
だが、そこには誰もいない。
水の止まった噴水池と、赤紫の霧だけが静かに揺れている。
「……分かりません」
彼女は唇を結ぶ。
「でも、確かに何かが見えた気がしました」
サラはその言葉を聞き、表情を強張らせた。
そして、倒れている者の肩元へ視線を落とす。
「待ってください……」
泥に汚れた布の下。
かろうじて残っていた徽章が、雨に濡れて鈍く光っていた。
サラの息が止まる。
「この徽章……」
彼女は小さく呟いた。
「学院の学生です」
周囲の空気が、一段と重く沈んだ。
カフロイェーが目を見開く。
「学生が……」
サラは別の遺体にも目を向ける。
破れた制服。
泥に汚れた袖。
胸元に残る学院の徽章。
一人だけではない。
「この辺りにいた学生たちは、逃げ遅れたのかもしれません」
声が、かすかに震えていた。
「でも……」
サラは周囲を見渡す。
「助けを呼んだ跡が、あまりにも少なすぎます」
ヴァリクは倒れた者たちを見下ろし、低く舌打ちした。
「食われたにしては、傷が少なすぎる」
「だが、まともな死に方じゃねぇ」
カルヴァンは噴水池へ視線を向ける。
杖先に残った水膜の光が赤紫の霧に触れた瞬間、わずかに濁った。
「水が流れていない」
彼の目が細くなる。
「噴水は止まっているのに、霧だけが水盤の奥から滲んでいる」
カフロイェーも膝をつき、泥に埋もれた導光標へ手を近づけた。
割れた標が、赤紫の霧の方へ弱く明滅している。
「導光標が、霧の方へ反応しています」
「道を示しているというより……」
彼女は息を呑む。
「引かれているみたいです」
エドリックは短く息を吐いた。
「全員、ここで立ち止まるな」
声を張る。
「一度、あの旧管理施設へ入る」
広場脇には、壁の半分が崩れた小さな建物が残っていた。
屋根の一部は落ち、窓枠も歪んでいる。
それでも外壁の風石はまだ形を保ち、雨と霧をいくらか遮れそうだった。
「子供と負傷者は奥へ」
「老人も入れるだけ入れろ」
「外に残る者は、壁際から離れるな」
「赤紫の霧には絶対に近づくな」
避難民たちは疲れ切った足取りで、旧管理施設へ移動していく。
中に入れる者は限られていた。
入りきらない者たちは、崩れた柱廊の下や壁際のわずかな庇の下へ身を寄せる。
誰も文句を言わなかった。
言う力すら、もう残っていなかった。
エドリックは周囲を見回し、短く指示を飛ばす。
「ミコノパン」
「隊列を崩すな」
「中に入った者と外に残った者を、必ず声で繋げ」
「はい!」
「サラ」
「子供と負傷者を確認してくれ」
「分かりました」
「ヴァリク、入口側を頼む」
「任せろ」
「カフロイェー」
「導光標と足場の反応を見てくれ」
「はい!」
そして、エドリックはカルヴァンへ視線を向けた。
「カルヴァン」
「外を頼む」
「霧の動きと、広場側の変化を見ていてくれ」
カルヴァンは一瞬だけ目を細め、意味深に笑った。
「はいはい」
わざとらしく肩をすくめる。
「エドリック様のご命令なら、もちろん従いますよ」
「……カルヴァン」
「分かってる」
カルヴァンは笑みを残したまま、杖を軽く肩へ担いだ。
「ちゃんと見張っておくさ」
そう言いながら、すれ違いざまに肘で軽くエドリックの腕を小突いた。
「無理して一人で抱え込むなよ」
「隊長様」
エドリックは小さく息を吐き、呆れたように首を振った。
「早く行け」
「はいはい」
カルヴァンは片手を軽く上げると、水膜の残光を杖先に宿したまま、雨の降る広場側へ歩いていった。
しばらくして、旧管理施設の内と外に、ようやくわずかな落ち着きが戻り始めた。
崩れた壁の隙間からはまだ雨が吹き込み、床には泥水が薄く広がっている。
それでも避難民たちはようやく腰を下ろし、手元に残っていた食料を確かめ始めていた。
誰かが濡れた布袋をそっと開く。
中には、泥に汚れた干しパンと、砕けかけた携帯食が少しだけ残っていた。
別の者も腰袋を探り、湿った布に包まれた干し果実を取り出す。
指先で泥を払い、石粉を落とす。
それでも完全には綺麗にならないまま、小さく割って子供たちへ渡していった。
「私はいい」
「その子にあげて」
人族の女が、自分の分を樹族の少女へ差し出した。
「でも……」
「いいの」
「大人は少しなら我慢できる」
そう言いながらも、女の唇は乾ききっていた。
エドリックはその様子を見て、短く首を横へ振る。
「全員、少しでいい」
「食べられる者は口に入れろ」
「倒れたら、子供を支える手もなくなる」
その言葉に、何人かの大人たちが黙って目を伏せた。
渡しかけていた携帯食をさらに小さく割る。
半分を子供へ。
残りの欠片を、自分の口へ運んだ。
星織・雨も泥の付いた指先を布で拭い、小さな干し果実を一つ手に取る。
けれど、すぐ隣で震えている魚族の少年を見ると、少し迷ってから半分に割った。
「一緒に食べましょう」
少年は驚いたように彼女を見る。
「いいの?」
「はい」
星織・雨は小さく微笑んだ。
「私も、一人で食べるより安心します」
少年は唇を噛みながら頷き、小さな欠片を両手で受け取った。
少し離れた場所では、サラが負傷者の包帯を結び直していた。
差し出された携帯食へ一度だけ視線を落とす。
「私は後で……」
「食べてください」
負傷していた老人が、かすれた声で言った。
「あなたの手が止まったら、困る者がもっと増える」
サラは一瞬だけ言葉を失い、やがて静かに頷いた。
「……ありがとうございます」
小さく割った欠片を口へ運ぶと、すぐにまた別の負傷者へ向き直る。
入口では、ヴァリクが柱にもたれながら、濡れた携帯食の欠片を見下ろしていた。
「俺はいい」
「動けねぇ奴に回せ」
カフロイェーがすぐに首を横へ振る。
「駄目です」
「ヴァリク先輩が倒れたら、入口を誰が守るんですか」
「……言うようになったな」
ヴァリクは苦笑し、受け取った欠片を口へ放り込んだ。
カフロイェーも小さな干しパンを両手で持ち、泥を指先で払いながら少しずつ噛みしめる。
外では、カルヴァンが広場を見張りながら、片手で携帯食を割っていた。
半分を口へ入れ、残りを近くにいた鳥族の若者へ差し出す。
「食え」
「翼を張るなら、少しでも入れておいた方がいい」
鳥族の若者は迷ったが、やがて小さく頭を下げて受け取った。
カルヴァンは何も言わず、再び噴水池へ視線を戻す。
赤紫の霧は、相変わらず水盤の奥で静かに揺れていた。
その間も、エドリックだけは入口近くに立ったまま、携帯食へ手を伸ばそうとしなかった。
避難民たちの様子を確認しながら、何度も外の広場へ視線を向けている。
そんな彼の前へ、ミコノパンが無言で携帯食の欠片を差し出した。
「エドリック」
「俺はいい」
「駄目です」
ミコノパンは真っ直ぐ彼を見上げた。
「指揮する人が倒れたら、全員困ります」
エドリックは数秒だけ黙り、小さく息を吐いた。
「……分かった」
受け取った欠片を口に入れる。
味など、ほとんど分からなかった。
泥と雨と石粉の匂いばかりが鼻に残る。
それでも、喉を通ったわずかな熱が身体の奥へ落ちていった。
旧管理施設の内と外で、残された食料が少しずつ分けられていく。
誰か一人だけが多く取ることのないように。
誰か一人だけが何も口にできないことのないように。
小さな欠片が、震える手から手へ渡っていった。
ミコノパンは入口と奥を行き来しながら、何度も声を飛ばす。
「中の人、返事を続けて!」
「外にいる人も、声を返してください!」
「誰かの声が消えたら、すぐに知らせて!」
弱々しい返事が、建物の内と外から返ってくる。
名前を呼ぶ声。
無事を確かめる声。
泣きそうな子供をなだめる声。
それらが途切れないだけで、かろうじて皆の心は繋ぎ止められていた。
サラは負傷者の腕を確認しながら、唇を強く結んでいた。
先ほど広場で見つけた学院の徽章が、まだ目の奥から離れない。
「サラさん……」
星織・雨が小さく声を掛ける。
サラは少し遅れて顔を上げた。
「大丈夫です」
「今は、できることをします」
そう答えた声は落ち着いていた。
けれど、包帯を結ぶ指先だけがほんのわずかに震えている。
星織・雨は何かを言おうとして、結局その言葉を飲み込んだ。
水盤の奥に見えた、あの人影のようなもの。
先ほどサラへ伝えた時と同じように、今もあれがただの見間違いだったとは思えなかった。
それを思い出すだけで、胸の奥が冷たくなる。
星織・雨は噴水の方角へ視線を向けかけ、すぐに目を伏せた。
確かめる術はない。
今はただ、目の前にいる人たちを支えるしかなかった。
少し離れた場所では、カフロイェーが割れた導光標の破片を布の上に並べ、小さな術式槌で一つずつ確かめていた。
槌の先が触れるたび、破片の奥で赤紫の光がわずかに滲む。
「やっぱり変です」
カフロイェーが顔を上げる。
「導光標が、道ではなく霧に反応しています」
「普通なら、安全な導能流へ向かって光るはずなのに……」
ヴァリクが腕を組み、布の上に並んだ破片を覗き込む。
「つまり、あの霧が道を食ってるってことか?」
「そこまでは分かりません」
カフロイェーは悔しそうに眉を寄せた。
「でも、少なくとも導能の流れが、あの霧の方へ歪んでいます」
布の上で、割れた導光標がもう一度弱く明滅する。
その光はやはり、人魚像のある広場の奥へ向いていた。
外では、カルヴァンの杖先に宿った水膜の光が、雨の中でぼんやりと揺れていた。
彼は広場側を見張りながら、噴水池の水面へ目を細める。
水は動かない。
風もない。
それなのに、赤紫の霧だけが水盤の底から薄く滲み続けていた。
「……気味が悪いな」
カルヴァンは小さく呟く。
霧は流れていない。
ただ、そこに溜まり続けている。
人魚像の足元から後方の上り道へ向かって、少しずつ濃さを増していた。
やがて、カルヴァンは建物の入口へ戻ってくる。
「エドリック」
その声に、エドリックは顔を上げた。
「広場側を見た」
「右は駄目だ」
「建物が崩れて、完全に塞がってる」
「左手へ続く水路も割れてる」
「この先の足場にするには危険すぎる」
カルヴァンは一度、人魚像の方へ視線を向ける。
「残ってるのは、人魚像の後ろの上り道だけだ」
周囲の空気が重く沈んだ。
エドリックは答えない。
分かっていた。
だが、誰かの口から改めて告げられると、逃げ道が一つずつ消えていくようだった。
「そこは……」
ミコノパンが小さく尋ねる。
「霧が一番濃い場所ですよね」
カルヴァンは苦い顔で頷いた。
「ああ」
「まるで、あの道だけを塞ぐように集まってる」
沈黙が落ちる。
子供のすすり泣く声だけが、建物の奥から聞こえていた。
エドリックはゆっくりと外へ出た。
雨が頬を打つ。
赤紫の霧に沈む人魚像が、広場の中央で静かに立っている。
水瓶から水は落ちない。
水盤は動かない。
ただ、尾鰭に残った雫だけが赤紫の光を鈍く返していた。
右は崩れた建物。
左は裂けた水路。
後ろは、ようやく越えてきた北側岩壁。
前に残された道は、人魚像の後方へ続くあの上り道だけだった。
「……くそ」
声にならないほど低く、エドリックは呟いた。
危険だ。
あの霧の中へ入れば、何が起こるか分からない。
だが、ここに留まれば避難民たちは動けなくなる。
水もない。
安全な壁もない。
後方から再び風穴が荒れれば、この広場ごと呑まれるかもしれない。
エドリックは振り返った。
泥にまみれた避難民たち。
子供を抱く母親。
老人を支える若者。
傷ついた翼を畳む鳥族。
小さな火を胸元に守る琉火族。
濡れた布帯を握り締める魚族。
誰もが限界だった。
それでも、まだ彼の判断を待っている。
星織・雨も。
サラも。
ミコノパンも。
雷嶽小隊も。
皆、黙ってエドリックを見ていた。
エドリックは深く息を吸い、拳を握り締める。
胸の奥に残る迷いを、押し込めるように。
「……進む」
その声に、全員が顔を上げた。
「俺たちは、前に進むしかない」
エドリックは短杖の先で、赤紫の霧に沈む人魚像の奥を示す。
「あの赤紫の霧を越える」
「危険なのは分かっている」
「だが、ここで止まれば全員が終わる」
誰もすぐには答えなかった。
恐怖は消えない。
足も震えている。
それでも、その場に残ろうとする者はいなかった。
ミコノパンが先に息を吸い、声を張る。
「全員、出発準備!」
「子供は中央へ!」
「負傷者は二人以上で支えて!」
「外にいる人も、中の人も、名前を呼び合ってください!」
サラは星織・雨へ頷き、子供たちを立たせ始める。
「大丈夫です」
「急がなくていいです」
「でも、止まらないでください」
ヴァリクは戦斧を肩へ担ぎ直し、入口の外へ出た。
「俺が前の壁になる」
カフロイェーは導光標の破片を布へ包み、雷土術式槌を握り締める。
「足場の反応は、私が見ます」
カルヴァンは杖先の水膜を広げ、赤紫の霧へ向けて目を細めた。
「じゃあ俺は、霧がこっちへ流れた時の逃げ道を作る」
エドリックは全員を見渡し、短く頷いた。
「声を切らすな」
「手を離すな」
「誰かが立ち止まったら、必ず隣の者が引き戻せ」
旧管理施設を出た瞬間、ミコノパンは息を呑んだ。
「……濃くなってる」
赤紫の霧は先ほどよりも深く、人魚像の後方へ集まっていた。
まるで、上へ続く道だけを塞ぐように。
雨に濡れた人魚像の尾鰭が、赤紫の光を鈍く返す。
その奥へ続く道は、濃い霧の中へ沈んでいた。
エドリックは短杖を握り直す。
一歩先は、もう見えない。
それでも、進むしかなかった。
>第78話を最後まで読んでいただき、
ありがとうございますーー!
今回は、
人魚噴水前広場へ辿り着いた避難隊列を描きました
ですが、
ようやく休める場所へ着いたと思ったところで、
目の前にあったのは、
安心とはかなり遠い光景でした
そんな中でも今回、
自分が特に書きたかったのは、
旧管理施設で食料を分け合う場面です
残っている食料は少ない
それでも、
子供へ渡そうとする人がいて、
逆に、
「あなたが倒れたら困る」と
支える側へ食べ物を返す人もいる
誰かだけが我慢し続けるのではなく、
今ここで動ける人も、
支える人も、
一緒に生き残らなければならない
そんな小さなやり取りを入れました
そして最後には、
右も左も塞がれ、
残された道は
赤紫の霧の向こうだけになりました
危険だと分かっていても、
立ち止まることの方が危険な時もある
今回のエドリックの判断には、
そんな避難の重さも込めています
山道を越えたと思ったら、
今度は霧ですw
この島……
本当に素直に休ませてくれまセンーー
(笑
(≧▽≦)ゞ




