第77話――山道を抜けて――越えるための手
>第77話ですーー!
物語は再び、
エドリックたちの避難線へ戻ります
雨の中、
長い山道を進み続けてきた避難隊列
目的地は少しずつ近づいていますが、
まだ誰も、
安全な場所へ辿り着いたわけではありません
今回は、
戦える者だけではなく、
そこにいる一人ひとりが、
どうやって次の一歩を繋いでいくのか
そんな場面を描きました
一人では越えられない場所でも、
伸ばされた手が一つあれば、
その先へ進めることもある
第77話
「山道を抜けて――越えるための手」
よろしくお願いしますーー!
(^∇^)ノ♪
時刻:3670シヴン年12月25日 AM 08:10
場所:ビグトラス島・避難所山道北側岩壁
「止まるな!」
エドリックは短杖を前へ向ける。
「まだ、この場所を抜け切っていない!」
雨に濡れた避難隊列が、再びゆっくりと動き始める。
誰もが泥水にまみれ、肩で息をしていた。足を震わせている者も、濡れた翼を抱えるように歩く鳥族もいる。
それでも、立ち止まる者はいなかった。
前方には、北側岩壁を抜けた先の開けた岩場が見え始めている。
あと少しーー
けれど、まだ安全ではない。
「子供を先に!」
前方でサラが腕を伸ばし、足場を越えてきた子供を一人ずつ受け止める。
「負傷している人は、無理に歩かせないで!」
星織・雨もその少し後ろで、足元のおぼつかない避難民へ手を差し出していた。
「大丈夫です」
「ゆっくりでいいから、こっちへ」
隊列の中段では、ミコノパンが前後を何度も見渡している。
「前列、速すぎないで!」
「中段、詰めすぎない!」
彼女はぬかるんだ山道の側面を移動しながら、後方へ声を飛ばした。
「後ろ、声を切らさないで!」
「怖い人は名前を呼んで!」
「返事があったら、その人はまだそこにいます!」
谷側では、カルヴァンの水膜防壁が雨と砂を受け止めていた。
ヴァリクは岩壁側を警戒しながら進み、カフロイェーは足元へ雷土の術式を走らせ、崩れかけた山道を固定していく。
その時だった。
『ゴオオオォォ……』
山道の奥。
黒く口を開いた風穴から、低い音が響いた。
青白い光が、裂け目の内側をゆっくりと巡る。
「……?」
エドリックの足が止まった。
山道に溜まっていた砂が動く。
横へ吹き飛ばされるのではない。
砂粒は一斉に、風穴の奥へ向かって滑り始めた。
「なんだ……?」
カルヴァンが眉を寄せる。
水膜防壁の中央が、ゆっくりと内側へ引き込まれていく。
「おい……!」
「風が……!」
避難民たちの声が上がる。
濡れた衣服が後方へ引かれ、鳥族の翼が大きく開いた。
山道を流れていた泥水まで、風穴の方向へ細い筋を作りながら逆流していく。
エドリックはすぐに短杖を岩壁側へ振った。
「全員、姿勢を低くしろ!」
「岩壁側へ寄れ!」
強い風が吹いている。
そう見えた。
だがーー
エドリックは黒い裂け目を睨んだ。
「違う」
「風が荒れているんじゃない」
砂塵が足元を擦り抜け、風穴へ消えていく。
「奥から……引かれている」
「エドリック!」
カフロイェーの声が響く。
彼女は地面へ片手を当てたまま、顔色を変えていた。
「違う……!」
「下が、持っていかれてる……!」
次の瞬間ーー
山道の縁が沈んだ。
『ガラッーー!』
「きゃあっ!」
「下がるな!」
泥と砕石が崩れ落ちる。
風穴へ向かう吸い込みによって、山道の下に溜まっていた土砂まで引き抜かれ始めていた。
カフロイェーが両手を地面へ叩きつける。
「止まれ……!」
雷光が土の中を走り、幾重もの術式紋が山道の根元へ食い込んだ。
「くっ……!」
「固定が追いつかない……!」
前方の避難民は岩場へ近づいている。
だが後方は、吸い込む風に押し戻され始めていた。
隊列が、中央から引き伸ばされていく。
「前だけ進まないで!」
ミコノパンが叫んだ。
「列を切らせないで!」
彼女は滑りかけた女性の腕を掴み、すぐ隣の男へ繋ぐ。
「手が届かない人は、腰帯でも荷紐でも布帯でもいい!」
「隣の人と繋いで!」
「肩掛け布も使って!」
「前と後ろを離さないで!」
避難民たちが慌てて互いの腕を掴む。
荷物を縛っていた紐が解かれ、腰帯と布帯が次々と人から人へ渡されていった。
「こっち!」
星織・雨が、足を滑らせた魚族の少年へ手を伸ばす。
「手を!」
少年の身体が風穴側へ引かれた。
星織・雨は咄嗟に腕を掴む。
「危ない!」
「手を離さないで!」
「う、うん……!」
少年の身体が止まる。
だがーー
星織・雨の足元で、泥が一気に滑った。
「え……?」
踏み込んでいた右足が流される。
身体が大きく傾き、そのまま少年ごと風穴の方向へ引かれた。
「星織!」
サラが振り返る。
「サラーーー!!」
星織・雨の叫びが雨音を裂いた。
「星織ーー!!」
サラは反射的に手を伸ばす。
しかし二人の距離は、すでに腕一本では届かない。
「くっ……!」
サラの足元に風が集まった。
正面から押し返すのではない。
細い風の流れが岩壁に沿って走り、星織・雨の身体の横へ回り込む。
「動かないで!」
「今、引き戻す!」
風が一気に巻き付いた。
星織・雨の腰と腕の周囲を包むように、幾重もの気流が締まり、風穴へ引かれていた身体を横から岩壁側へ押し返す。
「っ……!」
それでも止まらない。
星織・雨は片手で少年を掴んだまま、もう片方の手を地面へ伸ばした。
「サラ……!」
「星織、手を離さないで!」
「離さない!」
星織・雨は歯を食いしばり、腕の中の少年へ叫ぶ。
「あなたも離さないで!」
「うん!」
サラの風が唸る。
だが吸い込む力は強い。
星織・雨と少年、二人分の重さを支えた気流が大きく揺らいだ。
「くっ……!」
サラの身体まで一歩前へ滑る。
その瞬間ーー
星織・雨の足元が大きく流れ、身体が泥の上で横向きに崩れた。
少年を掴んでいた手から、一瞬だけ力が抜ける。
「星織お姉ちゃん!」
危機一髪のところで、魚族の少年が空いている手を伸ばし、星織・雨の袖口を掴んだ。
さらに後ろから、樹族の老人が杖を伸ばす。
「動くな!」
杖の先が、星織・雨の腰帯へ引っ掛かった。
「掴んだぞ!」
サラの背後では、人族の母親がその肩を掴んだ。
「あなたまで持っていかれる!」
もう一人。
さらに一人。
避難民の手が繋がっていく。
「岩壁側へ!」
サラが叫ぶ。
「全員、岩壁側へ重心を!」
ミコノパンの声が重なった。
「一人で引かないで!」
「繋いでーー!」
「せーの!」
人々の身体が、一斉に岩壁側へ傾いた。
サラの風が星織・雨を横から支え、避難民たちの手がその身体を少しずつ引き戻していく。
「もう少し……!」
「星織!」
「うん……!」
星織・雨の指が岩肌へ届いた。
サラがその手首を掴む。
「掴んだ!」
全員が一気に引いた。
星織・雨と少年の身体が泥の上を滑り、岩壁側へ倒れ込む。
「はぁ……っ!」
「はぁ……!」
星織・雨は少年を抱えたまま、しばらく動けなかった。
それでも、誰一人として手を離していなかった。
サラは避難民の間を急いで抜け、星織・雨のそばまで駆け寄った。
「立てる?」
息を切らしながら問いかけた。
星織・雨は何度か呼吸を整え、小さく頷いた。
「うん……」
「ありがとう……」
星織・雨は風に乱れた前髪をそっと払い、ゆっくりと顔を上げた。
そこでようやく、サラだけではなかったことに気付く。
腕の中の魚族の少年。
杖を握る樹族の老人。
そして、先ほどサラの肩を支えていた人族の母親。
皆の表情には、まだ消えきらない心配が残っていた。
それでも、星織・雨が無事であることを確かめるように、静かに彼女を見つめている。
「……ありがとう」
星織・雨はもう一度、今度は彼らへ向けて言った。
『バキッーー!』
「まだだ!」
エドリックの声が飛ぶ。
谷側でカルヴァンの水膜が大きく歪んでいた。
「カルヴァン!」
「分かってる!」
カルヴァンは両腕を前へ突き出す。
「こいつ……!」
「全部持っていく気かよ……!」
内側へ凹んだ水膜が震え、谷側から飛んでくる砂と砕石をかろうじて受け止める。
ヴァリクは戦斧を振り上げた。
「場所を空けろ!」
『ガンッ!』
戦斧の刃が岩壁へ深く突き刺さる。
ヴァリクは柄へ腰帯と荷紐を巻き付け、隊列の中段へ投げ渡した。
「ここを使え!」
「身体ごと持っていかれるな!」
「固定する!」
カフロイェーの雷土術式が再び輝く。
山道の根元を縫うように、雷光の線が一つ、また一つと走った。
「前を止めすぎない!」
ミコノパンが叫び続ける。
「後ろを置いていかない!」
「声を繋いで!」
「次!」
「進んで!」
エドリックの短杖が振られる。
「三人ずつ!」
「岩場へ渡ったら、すぐ次を引け!」
前へ進んだ者が、次の者へ手を伸ばす。
子供を受け取った者が、今度は老人を引く。
負傷した者を支えた者が、その後ろの誰かへ腕を伸ばす。
山道の端がまた崩れた。
『ガラガラガラッーー!』
「あと五人!」
「四人!」
カルヴァンの水膜に亀裂のような波紋が走る。
「急げ……!」
「もう持たねえ!」
「三人!」
ヴァリクの戦斧が岩壁の中で軋む。
「二人!」
カフロイェーの術式紋が一つ消えた。
「最後!」
星織・雨とサラが同時に腕を伸ばす。
「こっち!」
最後の避難民が、二人の手を掴んだ。
身体が岩場を越える。
その瞬間ーー
『バシャアァンッーー!』
カルヴァンの水膜防壁が、音を立てて崩れ落ちた。
大量の水飛沫が雨の中へ散る。
「カルヴァン!」
「大丈夫だ!」
カルヴァンはその場に片膝をつき、荒く息を吐いた。
「……ぎりぎりだったけどな」
北側岩壁を抜けた先。
少し広くなった岩場へ、避難民たちが次々と座り込んでいく。
歓声はなかった。
ただ、荒い呼吸と雨音だけが残った。
膝をついて泣く者。
家族の名を呼びながら顔を確かめる者。
子供の頬についた泥を、震える手で拭ってやる者。
そして、まだ隣の誰かの手を握ったままの者もいた。
エドリックは隊列全体を見渡す。
「人数を確認してくれ」
「負傷者もだ」
ミコノパンが頷いた。
「分かった!」
しばらくして、前方から声が返ってくる。
「全員いる!」
「全員、越えてる!」
エドリックは短く息を吐いた。
だが、すぐに前方へ視線を戻す。
「まだ安全じゃない」
雨霧の向こう。
一つの影が立っていた。
岩場の先に、古い人魚像の噴水が見える。
水の流れはほとんど止まり、人魚像の鱗を雨粒だけが静かに伝っていた。
その表面で、微かな光が一度だけ反射する。
「あそこだ」
エドリックが短杖で示す。
「あの人魚像の噴水まで行けば、一度隊列を組み直せる」
「その奥に、旧水路の管理通路があるはずだ」
「そこを使えば、谷側を避けて前へ進める」
避難民たちが、ゆっくりと立ち上がり始めた。
その時ーー
「エドリック」
ミコノパンが中段から駆け寄ってくる。
息を切らしながら、一度だけ背後を振り返った。
「さっきの場所……」
「あの風穴の奥」
雨音の中で、彼女の声が少しだけ低くなる。
「何か、いたような気がしない?」
エドリックは答えなかった。
黒い裂け目を、ほんの数秒だけ見つめる。
「今は、避難民を前へ進める」
そして、視線を戻す。
「けど……」
「あれは、ただの環風の乱れじゃない」
『ゴオオオォォ……』
背後で、風穴がもう一度低く鳴った。
黒い裂け目の奥。
青白い光が、大きく一度だけ脈打つ。
「……っ」
ミコノパンの表情が変わった。
エドリックはそれ以上振り返らない。
「行くぞ」
「噴水まで移動する」
雨の向こうで、人魚像の鱗がもう一度かすかに光を返す。
その淡い光を目印に、避難隊列は再び動き出した。
背後では、風穴の奥から響く低い音だけが、島の喉奥で鳴る呻きのようにーー
いつまでも山道に残っていた。
>第77話を最後まで読んでいただき、
ありがとうございますーー!
今回は、
「誰か一人が全員を救う」
という形にはしたくありませんでした
星織が危険な状態になった時も、
サラの風だけではなく、
少年の手、
老人の杖、
母親の手、
そして後ろから繋がっていく避難民たち
それぞれの小さな力が重なって、
ようやく一人を引き戻すことができました
その後も、
前へ渡った人が次の人へ手を伸ばし、
助けられた側が、
今度は誰かを助ける側へ回っていく
今回の題名にある
「越えるための手」は、
そんな連鎖を思いながら付けています
そしてーー
ようやく北側岩壁を越えました
長かった……
本当に長かったですw
(笑
ですが、
最後に見えてきた人魚像の噴水
そして背後に残った風穴の異変
もちろん、
ただ休憩して終わらせてくれるほど、
この島は親切ではありまセンーーw
次の場所で何が待っているのか、
もう少しだけ一緒に進んでくださいね∼
♪ \(^ω^\ )




