幕間の十六・いつもの昼下がり──防衛隊詰所で
>物語が進んでいく中で、今回は少しだけ時間を戻して、
防衛隊詰所で過ごしていた、いつもの昼下がりを描きます。
大きな出来事が起きていない日にも、
それぞれの場所には笑い声があり、何気ない会話があり、
誰かと一緒に過ごした小さな時間があります。
任務の話をしたり、昔の出来事を思い出したり、
憧れているものについて語ったり。
そんな日常の一つひとつも、この島で暮らす人たちにとっては大切な時間なのだと思います。
今回は少し肩の力を抜いて、
防衛隊の皆とイランが過ごす、いつもの詰所の空気を楽しんでいただけたら嬉しいです。
幕間の十六、よろしくお願いします〜
(^∇^)ノ♪
昼下がりの防衛隊詰所には、
任務を終えた隊員たちの穏やかな話し声が流れていた。
壁際では武器を手入れする者。
魔導具を点検する者。
地図を広げ、次の巡回経路を確認する者。
誰もがそれぞれの仕事をこなしながらも、
どこか肩の力を抜いた空気が漂っている。
その中を、
一人の少年が周囲を見回しながら歩いていた。
「よっ、イラン!」
チャドが真っ先に気付き、笑顔で手を振る。
「今日も来たんだな」
「はい!」
イランは嬉しそうに頷いた。
「またミラさんのところか?」
マンスが地図から顔を上げ、穏やかに笑う。
「いえ」
「今日は皆さんにも会いたくて」
「ははっ」
「嬉しいこと言うじゃねぇか」
バブが豪快に笑い、イランの肩を軽く叩いた。
そのやり取りを見て、
周囲の隊員たちも自然と笑みを浮かべる。
「そういやイラン」
マンスがふと思い出したように口を開いた。
「お前、相変わらずミルバが好きなんだろ?」
その言葉に、イランの瞳がぱっと輝いた。
「もちろんです!」
「いつか認めてもらって、
一緒に空を飛ぶのが夢なんです!」
チャドは思わず吹き出した。
「まだ言ってる」
「いい夢じゃねぇか」
バブは腕を組み、どこか懐かしそうに笑う。
「でもミルバって、
本当に人を選ぶからなぁ」
ブニッサも小さく頷いた。
「そうね。機嫌を損ねると、本当に大変だから」
その言葉に、マンスが何かを思い出したように笑う。
「そういや、あの任務からだったな」
「タリスさんが、隊長に文句言わなくなったの」
チャドも不思議そうに首を傾げる。
「確かに」
「前は、若い隊長なんか認めねぇって、毎日のように言ってたのに」
「変わった」
ロレンは武器を磨く手を止めることなく、静かに一言だけ漏らした。
それだけだった。
イランは気になったように尋ねる。
「何かあったんですか?」
隊員たちは顔を見合わせる。
「さあな」
マンスが苦笑する。
「俺たちも詳しくは知らない」
「任務から戻ってきたら、急にああなった」
ブニッサも静かに頷く。
「本人も隊長も、その時のことは何も話さないもの」
ロレンは小さく息を吐く。
「でも……」
「悪い変化じゃない」
イランは少し首を傾げた。
「そんなに変わるほど、大変な任務だったんですか?」
マンスは苦笑しながら肩を竦める。
「まあな」
「ミルバが暴れたって話だけは、
俺たちも聞いてる」
チャドも思い出したように頷いた。
「食事中に邪魔した島民がいたらしい」
「普通なら、そんなこと誰もしねぇんだけどな」
ブニッサは小さく溜め息をつく。
「知らなかったみたい」
「ベリド果へ辛味を混ぜて、面白半分で近付いたそうよ」
イランは思わず目を丸くした。
「えっ……」
「そんなことしたら、ミルバが怒るのは当たり前じゃ……」
「その通りだ」
ロレンが短く答える。
「だからこそ、隊長とタリスさんが向かった」
マンスは腕を組み、どこか感心したように笑う。
「帰って来た時は驚いたぞ」
「タリスさんが、
隊長に何も言い返さなくなってたからな」
チャドも吹き出す。
「しかも、肩なんか組んじゃってさ」
「別人かと思ったよ」
詰所には再び笑い声が広がった。
イランはその輪の中で笑いながらも、胸の奥では別のことを考えていた。
――ミルバ
怒ることもある。
でも、ちゃんと心を通わせることもできる。
いつか......
いつか自分も、あんな存在に認められてみたい。
そんな小さな憧れが、少年の胸の中で静かに膨らんでいった。
その時だった。
詰所の扉が静かに開く。
「ただいま」
穏やかな声とともに、ミラが中へ入ってくる。
その腕の中には、一匹の小さな晶羽獣――ジパが大人しく抱かれていた。
ジパは部屋の中を見回した次の瞬間、ぱっと目を輝かせる。
「ルルイーー!」
嬉しそうに鳴くと、ミラの腕からぴょんと飛び降り、一目散にイランのもとへ駆け寄った。
「わっ!」
イランが両手を広げると、ジパはその胸へ勢いよく飛び込み、何度も頭を擦り寄せながら甘え始める。
「ルルイ♪ ルルイ♪」
イランは思わず笑みを浮かべ、優しくその身体を抱き留めた。
「ジパ、久しぶり!」
頭を撫でるたび、ジパは嬉しそうに目を細める。
その様子を見たミラは小さく息を吐き、困ったように苦笑した。
「……もう」
「迎えに行った意味、
なくなっちゃったね」
その様子を見て、チャドが思わず笑い出した。
「まただ」
「ジパ、本当にイランが好きだよな」
バブも腕を組みながら苦笑する。
「俺たちがどれだけ可愛がっても、
イランには敵わねぇな」
マンスも地図を畳みながら頷いた。
「この前なんか、
イランが帰ったあと、半日くらい入口で待ってたもんな」
「ルルイ……」
ジパは嬉しそうに鳴きながら、イランの胸へ何度も頭を擦り寄せる。
イランは照れくさそうに笑い、優しく背中を撫で続けた。
「そんなに会いたかったの?」
「ルルイ!」
元気よく返事をするような鳴き声に、詰所の中へ再び笑いが広がる。
ミラはその光景を見つめ、小さく肩を竦めた。
「最近は、
私よりイランの方が好きみたい」
「そんなことないですよ!」
イランは慌てて首を振る。
「ジパはミラさんのことも、
ちゃんと大好きだよね?」
ジパはきょとんとした顔でミラを見つめ、一度だけ小さく鳴いた。
「ルル」
その返事に、ミラは思わず吹き出す。
「ふふっ……」
「それで十分かな」
その和やかな空気の中、イランはジパを優しく抱きながら、ふとミラを見上げた。
「そうだ」
「ミラさん」
「ん?」
「ミルバって、本当に人を乗せて空を飛ぶんですよね?」
ミラは小さく頷く。
「うん」
「でも、誰でも乗せてくれるわけじゃない」
「互いに信頼できる相手だと、
ミルバ自身が認めて初めて一緒に飛べるの」
イランはその言葉を聞き、ますます目を輝かせた。
「やっぱり凄い……」
「俺、もっと頑張ります!」
その真っ直ぐな言葉に、
マンスは思わず笑みを浮かべる。
「その意気込みは嫌いじゃない」
「でも焦るな」
「信頼ってのは、
一日や二日で築けるもんじゃない」
ロレンも静かに口を開く。
「人も、同じだ」
短い一言だった。
だが、その言葉には不思議な重みがあった。
イランはその意味を考えるように、小さく頷いた。
その時だった。
「おっ」
「そんな真面目な話より――」
豪快な声とともに、バブが琥珀色の瓶を片手に笑いながら歩いてくる。
瓶の中では透き通る黄金色の晶石果酒がゆっくりと揺れ、熟した果実の甘い香りがほのかに漂っていた。
バブは瓶を高く掲げ、嬉しそうにイランの肩へ腕を回そうとする。
「イラン!」
「一口飲んでみるか」
「ミサン特産の晶石果酒だ」
「一度飲んだら、忘れられねぇ美味さだぞ!」
イランは慌てて両手を振る。
「えっ!?」
「い、いいんですか?」
バブが満足そうに笑った、その瞬間だった。
ドンッ――
「いってぇ!」
バブが頭を押さえながら振り返る。
そこには呆れ顔のミラが立っていた。
「飲ませる相手、間違えてる」
ミラは小さく溜め息をつく。
「タリスなら、向こうで待ってるでしょ」
一瞬の静寂。
次の瞬間――
「アハハハハ!」
詰所中に笑い声が響き渡った。
「確かに!」
「相手を間違えたな!」
「今日はタリスと飲む約束だったろ!」
「早く行ってやれよ!」
バブは照れ隠しのように頭を掻き、苦笑いを浮かべる。
「おっと……そうだったな」
その時、詰所の奥から香ばしい匂いがふわりと漂ってきた。
「はいはい」
「お酒は後にして」
ブニッサは苦笑しながら、木製の大皿を両手で抱えて歩いてくる。
皿の上には、焼きたての《カザパイ》がいくつも並んでいた。
こんがりと焼き上げられたパイ生地の中には、細かく刻んだ風香草や木の実、風薯をじっくり煮込んだ具材がたっぷり包まれている。
焼きたての湯気とともに、香ばしいパイ生地と風香草の爽やかな香り、具材の優しい甘い香りが詰所いっぱいへ広がっていった。
「今日は焼きたてよ」
「冷めないうちに召し上がれ」
「わぁ……!」
イランは思わず目を輝かせる。
「ルルイ♪」
ジパは短い足でとことこと駆け寄り、イランの服の裾へ小さな前足を掛けながら、抱っこをねだるように見上げた。
「アハハ」
「ジパも食べたいの?」
イランが優しく抱き上げると、ジパは安心したように身体を預け、嬉しそうに小さく鳴いた。
詰所には再び笑い声が響き、穏やかな昼下がりの時間がゆっくりと流れていった。
>幕間の十六を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
今回は防衛隊詰所で過ごす、何気ない昼下がりのお話でした。
任務が終われば武器を手入れしたり、次の巡回について話したり、
昔の出来事を笑いながら振り返ったり、美味しいものを囲んだり......
特別なことがなくても、こうして誰かと笑って過ごせる時間は、
後になって振り返ると、とても大切なものになっているのかもしれません。
そしてイランにとっても、
防衛隊の皆と交わした言葉や、ジパと過ごした時間、
胸の中にある小さな憧れも、少しずつ積み重なっていきます。
本編とは少し違う、彼らの普段の姿。
こうした日常も、
この物語を形作っている一つの断片として楽しんでいただけたら嬉しいですw




