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失われた断片 ― 風の環 ―  作者: 半々月光
ビグトラス島編

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第70話――その存在――二人

>ここまで、それぞれの場所で多くの出来事が重なってきました。


走り続ける者、誰かを支える者、自分にできることを探しながら前へ進む者たち......


同じ場所を目指していても、その胸の内に抱えているものは一人ひとり違います。


長い時間を共に過ごしてきたからこそ、言葉にしなくても分かっていたこと


近くにいたからこそ、あえて口にしなかったこと。


そして、ずっと伝えられないまま胸の奥に残っていた思いもあります


人と人の間にあるものは、目に見えるものばかりではありません。


何気なく交わした言葉や、一緒に歩いた時間、小さな約束。


それらは時に、本人たちが思っている以上に深く残っているのかもしれませんw


今回は、そんな「二人」の間にあるものを見届けていただけたらと思います。


第70話、よろしくお願いしますーー

時間:3670シヴン年12月25日 AM 09:57

場所:ビグトラス島・環風風穴付近


「バライトーー!!」


 掠れた叫び声が風穴の外へ鋭く響き渡る。


 荒い息を繰り返しながら風穴を抜けたジャスとエフィチは、その声にほぼ同時に顔を上げた。


「......リクトだ」


 ジャスの表情が一変する。


 エフィチも振り返り、険しく眉を寄せた。


「まずい......」


「急ごう、ジャス!」


「ああ!」


 二人は休む間もなく地面を蹴り、声の聞こえた方へ全力で駆け出す。


 岩場を駆け抜け、倒木を飛び越える。


 その先の小さく開けた草地へ飛び込んだ瞬間、二人の足は止まった。


 濡れた草地には、バライトが静かに横たわっている。


 胸元には応急処置の布が巻かれていたが、滲む鮮血はなお止まっていなかった。


 その傍らでは、リプレイトが両手でバライトの手を強く握り締め、肩を震わせながら涙を流している。


 何度も口を開くたび、声にならない嗚咽だけが喉の奥で途切れていた。


 少し離れた場所では、プリヴィが膝をついたまま涙で霞む瞳をバライトへ向けている。


 両手を胸元で強く握り締めても、身体の震えは止まらなかった。


 リクトは右目へ破れた布を巻き、バライトのすぐ傍らへ座り込んでいた。


 残された左目だけが何かを堪えるように揺れ、唇は固く結ばれている。


 ジャスは言葉を失う。


 エフィチも拳を強く握り締めたまま、その場から動けなかった。



 リプレイトは震える手で、バライトの手を強く握り締めた。


「バライト......!」


「頼む......」


「目を開けてくれ......!」


 その声に応えるように、バライトの指先がかすかに震える。


 閉じられていた瞼がわずかに揺れた。


「......っ」


 浅く苦しそうな息が漏れる。


 胸が小さく上下するたび、巻かれた包帯へ新たな血が滲んでいく。


 やがてバライトは瞳を開いた。


 焦点の定まらない視線はしばらく空を彷徨い、目の前で涙を流すリプレイトを映し出す。


 唇がかすかに動く。


 声を出そうとしても、掠れた吐息しか漏れない。


「......リ......プレイト......」


 リプレイトは堪えていた涙を溢れさせ、何度も頷いた。


「いる......!」


「ここにいる......!」


「だから、もう何も話すな......!」


 バライトはかすかに笑みを浮かべる。


 そのまま皆の方へ視線を向けた。


 震えながら立ち尽くすプリヴィ。


 右目へ布を巻いたまま唇を噛むリクト。


 駆けつけたばかりのジャスとエフィチ。


 一人ひとりの姿を確かめるように見つめると、安堵したように小さく息を吐いた。


「......よかった......」


「みんな......無事......か......」


 ジャスは歯を食いしばる。


 一歩前へ出ようとして、


 その足が止まった。


「喋るな......!」


「今すぐ学院へ戻る!」


「まだ助かる......!」


 エフィチも力強く頷く。


「そうだ......!」


「ここで終わるな......!」


「帰ろう......!」


 バライトは小さく首を横へ振る。


 浅く息を吸い込み、乱れた呼吸を整えながら、掠れた声でゆっくりと言葉を紡いだ。


「......みんなで......」


「ようやく......ここまで......逃げて......来られた......」


 震える瞳が遠くに見えるビグトラス遠古学院へ向けられる。


 朝日に照らされた学院は、


 手を伸ばせば届きそうなほど近く見えた。


 バライトは小さく微笑む。


「......近い......な......」


 一拍置く。


 その笑みが、


 少しだけ寂しそうに揺れた。


「でも......」


「俺は......」


「バライト!!」


 ジャスが堪えきれず叫ぶ。


「諦めるな!!」


「俺たちには、まだ約束があるだろーー!!」


 その声に、バライトはゆっくりとジャスへ視線を向けた。


「......イラン......」


「との......約束......か......」


 小さく咳き込む。


 胸元の包帯へ鮮血が滲み、苦しそうな呼吸が続いた。


「ごほっ......」


「ごほっ......」


 ジャスは唇を強く噛み締める。


 溢れそうになる涙を堪えながら、大きく頷いた。


「そうだ......!」


「だから帰るんだ......!」


「全員で......!」


 バライトは穏やかに目を細める。


「......ごめん......」


「どうやら......」


「その約束は......」


 震える指先が、


 リプレイトの手をそっと握り返した。


「リプレイト......」


「お前に......託す......」



「嫌だぁぁぁーー!!」


 リプレイトの叫びが風穴一帯へ響き渡る。


「そんなこと言うなぁ!!」


「俺は......!」


「俺はバライトと一緒に学院へ行くって決めたんだ!!」


「教授に診てもらえば助かる!!」


「絶対に助かる!!」


「だから諦めるなぁぁぁ!!」


 涙は止まらない。


 肩を震わせながら、バライトの手を胸元へ強く抱き寄せる。


 その温もりだけは、どうしても失いたくなかった。


「嫌だ......!」


「嫌だよ......!」


「俺たち......まだ何も終わってないだろ......!」


 バライトは苦しそうに呼吸を整えながら、涙でぐしゃぐしゃになったリプレイトを見つめ、小さく目を細めた。


「......お前......」


「本当に......昔から......泣き虫だな......」


「そんなこと言うなぁ......!」


「いつも......!」


「いつも俺を置いて先に行くじゃないか......!」


 バライトはかすかに笑う。


「でも......」


「好きな物も......」


「食べたい物も......」


「欲しい物も......」


「やることまで......」


「いつも......同じだったな......」


 ジャスは静かに目を伏せる。


 隣のエフィチと視線を交わし、小さく頷いた。


 続いてプリヴィへ目を向ける。


 プリヴィも涙を拭いながら唇を噛み、小さく頷き返す。


 ジャスはしゃがみ込み、


 リクトの袖をそっと引いた。


 リクトは一瞬だけバライトを見つめ、


 すべてを察したように静かに立ち上がる。


 四人は何も言わない。


 ただ少しずつ距離を空け、


 二人だけの時間をそっと残した。


 風が草を優しく揺らす。


 朝の光は、


 二人の影を長く地面へ伸ばしていた。


 バライトは浅く息を吐く。


 胸が上下するたび、


 掠れた咳が喉を震わせる。


「皆にも......」


「よく似てる......って......」


「何度も......笑われたな......」


 リプレイトは強く頷いた。


 涙を拭うことも忘れ、


 バライトの手をさらに強く握り締める。


「だから......!」


「だから一緒に学院へ行くって......!」


「卒業して......!」


「また二人で笑うって......決めたじゃないか......!」



 バライトはゆっくり目を閉じ、小さく息を吐いた。


「......ああ......」


「約束......したな......」


 少しだけ指先へ力を込め、その温もりを確かめるようにリプレイトの手を静かに握り返す。


「だから......」


「俺の分まで......」


 浅く息を整え、リプレイトの手を握ったまま目を細める。


「......もう......」


「我慢しなくて......いい......」


 リプレイトの肩が大きく震え、涙が次々と零れ落ちた。


「俺は......知ってた......」


 リプレイトは目を見開き、息を呑んだまま言葉を失う。


「......え......?」


 バライトは苦しそうに微笑む。


「本当は......」


「ずっと......力を隠してた......だろ......」


 リプレイトは慌てて首を横に振る。


「違......!」


「それは......!」


 バライトは小さく首を横へ振った。


「いいんだ......」


「分かってる......」


「その優しさも......」


「その遠慮も......」


「全部......」


「俺のため......だった......」



 リプレイトは何度も首を振る。


 涙が止まらず、嗚咽で言葉にならない。


「違う......!」


「違うんだ......!」


「俺は......!」


「そんなつもりじゃ......!」


 バライトは苦しそうに笑う。


 その笑顔だけは、


 昔と何も変わらなかった。


「だから......」


「もう......俺に......遠慮するな......」


 浅く息を吸うと、震える右手をゆっくり胸元へ伸ばした。


 長年身につけてきた透明な無属性徽環へ指先が触れる。


 留め具を外そうとするたび力が入らず、小さく震える。


 リプレイトは慌てて身を乗り出した。


「バライト......!」


「何してるんだ......!」


 バライトは小さく首を横へ振る。


 何度も呼吸を整えながら、


 ようやく透明な無属性徽環を外した。


 朝日に照らされた徽環は、


 静かに淡い光だけを返していた。


 バライトは震える手をゆっくり持ち上げ、


 外した透明な無属性徽環を、リプレイトの掌へそっと重ねた。


「......預かって......くれ......」


 リプレイトは目を見開く。


 掌の上に置かれた徽環と、バライトの顔を何度も見比べた。


「嫌だ......」


「こんなの......」


「受け取れない......!」


 震える両手で徽環を返そうとする。


「自分で持っていてくれよ......!」


「学院へ行けば......!」


「また使えるだろ......!」


 バライトは苦しそうに笑い、小さく首を横へ振った。


「......馬鹿......」


「もう......」


「俺には......必要ない......」


 震える右手をゆっくり伸ばし、


 返そうとするリプレイトの手ごと優しく包み込む。


「お前が......持て......」


 リプレイトは何度も首を振る。


 涙が次々と徽環へ零れ落ちる。


「嫌だ......!」


「絶対に嫌だ......!」


「俺は......!」


「こんな形で受け取りたくない......!」


 バライトは小さく首を横へ振る。


「いい......」


「最後くらい......」


「本当のことを......言わせてくれ......」


 苦しそうに呼吸を整えながら、一言ずつゆっくりと言葉を紡いでいく。


「お前は......」


「いつも......」


「俺の一歩......後ろを歩いてた......」


「追い越せる時も......」


「追い越さなかった......」


「勝てる時も......」


「勝とうと......しなかった......」


「俺は......」


「全部......見てた......」


 リプレイトは嗚咽を漏らし、何度も首を横へ振る。


「違う......!」


「俺は......!」


「そんなつもりじゃ......!」


 バライトは苦しそうに微笑む。


「分かってる......」


「誰よりも......」


「優しい......お前だから......」


「俺を......」


「立てて......くれてた......」


「俺が......」


「傷つかないように......」


「ずっと......」


「遠慮して......くれてた......」


 静かに目を閉じ、小さく息を吐く。


「だから......」


 もう一度、


 リプレイトの手を優しく包み込んだ。


「これからは......」


「自分のために......生きろ......」


「もう......」


「俺に......遠慮するな......」


 リプレイトは唇を震わせ、溢れる涙を拭うこともできなかった。


「嫌だ......!」


「そんなこと......言うなよ......!」


 バライトは穏やかに微笑む。


 震える右手を伸ばし、返そうとするリプレイトの手をそっと押し返した。


「......ありがとう......」


 リプレイトは唇を強く噛み締める。


「礼なんて......!」


「言うなよ......!」


「まだ......」


「まだ終わってない......!」


 バライトはゆっくりと目を細め、そのまま静かに視線を横へ向けた。


 少し離れた場所で見守るジャスの姿を映すと、掠れた唇がわずかに動く。


「......お前なら......」


「きっと......できる......」


「ジャス......」


 その声は風へ溶けてしまいそうなほど微かだった。


 それでもジャスは、


 何かに呼ばれたようにゆっくり顔を上げる。


 一瞬だけ、


 二人の視線が重なった。


 ジャスは唇を強く噛み締め、


 溢れそうになる涙を堪えるように静かに顔を背けた。


 バライトはその姿を見届けると、


 どこか安心したように穏やかに微笑んだ。


 朝風が静かに吹き抜け、


 草花が小さく揺れる



 厚く空を覆っていた雲が、


 ゆっくりとその一角を開いていく。



 その隙間から、


 黄金色の光が静かに降り注いだ


>第70話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます......


長い時間を一緒に過ごしていると、相手のことを分かっているつもりでも、


実際には言葉にしていないことがたくさん残っているものだと思います。


何気ない行動の理由や、ずっと隠していた気持ち、


相手を思って選んだことが、本人には伝わっていなかったり、

逆にずっと前から気づかれていたりすることもあります


同じ景色を見て、同じ道を歩いてきた二人だからこそ生まれる関係。


それは大きな出来事だけで作られるものではなく、

これまで積み重ねてきた小さな時間の一つひとつによって形になっていくものなのかもしれませんw


今回描いた「二人」の時間が、皆さんの中にも何か少し残ってくれたら嬉しいです。


物語はまだ続いていきます。


この物語の


輪郭も、


ますます見えてくるように、

なりマウスーー


♪\(^ω^\)

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