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失われた断片 ― 風の環 ―  作者: 半々月光
ビグトラス島編

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第69話――学院始動――連合作戦

>ここまで、それぞれの場所で続いてきた戦いと混乱中、


少しずつ状況が変わり始める中、学院もまた、これまでとは違う形で動き始めます。


離れた場所にいる者たちの声、集まり始める情報、そして、


それぞれが抱えている思いや決断。


一つひとつは小さな動きでも、それらが重なった時、


これまで止まっていたものが少しずつ大きな流れへ変わっていきます。


まだすべてが解決したわけではなく、島を取り巻く状況も決して安心できるものではありません。


それでも、今できることを選び、それぞれの場所から前へ進もうとする人々。


今回も、そんな彼らの姿を最後まで見届けていただけたら嬉しいです。


第69話、よろしくお願いしますw

第69話――学院始動――連合作戦


時間:3670シヴン年12月25日 AM 09:42

場所:ビグトラス遠古学院・中央指揮室


「......こちら学院中央指揮室」


「ルシアン副教授、応答してください」


 術式の光輪が淡く明滅する。


 以前まで通信を乱していた雑音はほとんど消え、指揮室には符紋の低い駆動音だけが響いていた。


 空中には幾重もの光紋が重なり、顕像術式は何度も再構成を繰り返している。


 それでも映像はなお安定せず、光幕には揺らぐ光脈だけが浮かんでいた。


 数秒後、


 術式の光輪がわずかに揺れる。


 やがて落ち着いた男の声が、指揮室へ響いた。


「こちら港区臨時指揮所」


「ルシアンです」


「受信良好」


 タンブラムスは軽く頷き、手元の記録板へ視線を落とす。


「現況を報告してください」


「ガサン隊長を確認しました」


「タリスも同行しています」


 タンブラムスの指先が記録板の上を滑る。


「負傷状況は」


「両名とも負傷しています」


「応急処置は完了」


「命に別状はありません」


その報告に、タンブラムスの肩からわずかに力が抜けた。


 周囲で報告を整理していた術士たちも一瞬だけ表情を緩める。


 だが誰も手を止めることなく、すぐに次の情報へ意識を戻した。


 指揮室の空気がわずかに和らいだ。


 

 ルシアンは一度周囲へ目を向け、再び通信術式へ意識を戻した。


「現在......」


「エドリック隊長が率いる避難民一団を追跡しています」


「このまま合流を継続します」


 タンブラムスは迷うことなく答える。


「了解しました」


「引き続き追跡を継続してください」


「避難民の安全を最優先とします」


「了解」


 短い返答だけが返る。


 通信は安定していた。


 それだけでも、数時間前とはまるで別世界だった。


 ルシアンは小さく息を整え、続ける。


「それと......」


「通信術式は、ほぼ復旧しました」


「各区との音声連絡は問題ありません」


 一呼吸置き、


 光輪の状態を確認する。


「ですが顕像術式は、まだ時間が掛かります」


「映像の完全復旧には、もうしばらく調整が必要です」


 タンブラムスの張り詰めていた表情が、ほんのわずかに緩んだ。

 数時間前まで各地の状況すら掴めなかったことを思えば、音声が繋がっただけでも大きな前進だった。

 彼女は静かに息を吐き、再び通信術式へ視線を戻す。



「十分です」


「まずは通信を維持してください」


「了解」


 術式の光輪がゆっくりと収束し、通信術式は待機状態へ移行する。


 通信が途切れると、タンブラムスは光幕を閉じた。


 だが指揮室の慌ただしさは少しも変わらない。


 各地の通信光輪が次々と明滅し、水精霊たちは報告書を抱えて指揮室を飛び交う。


 術士たちも光幕を切り替えながら、各区から届く情報を絶え間なく整理していた。


「第二区、防衛隊到着しました」


「北側避難区、卒業生二十七名が合流」


「第六区、応急救護所の設営を開始」


 報告が重なるたび、中央の戦況図へ新たな光が灯っていく。


 タンブラムスは指揮室全体を見渡し、静かに息を吸った。


「各隊の現在位置を更新してください」


「支援部隊は十分後を目標に再編成」


「避難完了区域から順次、戦力を前線へ回します」


「了解」


 返答が一斉に響いた。


張り詰めていた指揮室の空気に、わずかな変化が生まれる。


 散らばっていた戦力が、ようやく一つの流れとして動き始めていた。


 タンブラムスは更新されていく戦況図を見つめ、静かに息を整えた。


 その様子を後方から、校長オート・ビアードは静かに見つめていた。


 飛び交う指示、絶えず動き続ける術士たち、そして更新され続ける戦況図。そのすべてを見渡すと、小さく頷く。


「タンブラムス」


 タンブラムスはすぐに振り返った。


「はい」


「ここは十分動いている」


「次は各国代表との合同作戦だ」


「交渉会場へ向かおう」


 タンブラムスは短く一礼し、すぐ隣の術士へ視線を向ける。


「私が戻るまで、予定どおり各隊の再編成を続けてください」


「新しい報告はすべて記録板へ集約」


「緊急案件のみ、直ちに私へ通信を」


「了解しました!」


 校長の後ろに続き、タンブラムスも足早に中央指揮室を後にした。


 廊下の先――交渉会場では、各国代表を交えた新たな作戦会議が始まろうとしている。


 重厚な黒曜石の扉がゆっくりと開く。


 室内の視線が一斉に入口へ集まり、先ほどまで交わされていた談話は自然と途切れた。


 校長オート・ビアードが先頭に姿を現し、タンブラムスもその後ろへ続く。


 会場にいた各国代表や王族、族長たちは一斉に立ち上がり、二人を迎えた。


 焱は腕を組んだまま校長を見つめ、リヴァント王子も静かに姿勢を正す。


 マンサシャスも表情を引き締めると、会場には再び緊張がゆっくりと広がっていく。


 校長は中央まで歩みを進める。


 その歩みに合わせるように会場は完全な静寂に包まれ、残るのは燭火の揺れる音と遠くから微かに響く爆裂音だけだった。


 オート・ビアードは会場をゆっくり見渡し、一人ひとりの表情を確かめるように視線を巡らせる。


「皆様、お待たせしました」


「学院中央指揮室との連携が完了しました」


「共同作戦へ入る前に......」


「まず、学院は皆様との約束を果たします」


 校長が小さく頷く。


 その合図とともに控えていた侍者たちが前へ進み出る。


 一人ひとりが胸の高さほどの紋章箱を抱え、各国代表の前へ静かに並んだ。


 箱蓋がゆっくりと開かれる。


 深い藍金色の光が燭火を受け、会場を柔らかく照らした。


 箱の中央には、《藍金風紋》が静かに納められている。


 その周囲には学院の認証術式と、《五風製品》供給契約を証明する紋章が幾重にも刻まれていた。


 会場にいた代表たちは思わず息を呑む。


 先ほど交わされた約束が、今まさにこの場で現実になろうとしていた。


 校長は焱へ視線を向け、続いてリヴァント王子、マンサシャス、そして各国代表をゆっくり見渡す。


「本日この時より、《藍金風紋》による契約は正式に発効します」


「学院は約束どおり、《五風製品》の供給を五年間保証いたします」


「戦後ではありません」


「この瞬間から、皆様と共に歩みます!」


 一瞬、


 会場から音が消えた。


「......五年だと」


「《五風製品》を......五年間......?」


「まさか......」


 息を呑む者。


 互いに顔を見合わせる者。


 驚きは静かな波となり、会場全体へ広がっていく。


オート・ビアードは何も言わず、その反応を静かに受け止めていた。


 表情は変わらない。


 ただ、背後で組んだ指先にだけ、わずかに力が込められていた。



「学院は......」


「そこまでの覚悟を......」


「我々は......見誤ったか」


 後方では数人の使節が小声で言葉を交わす。


 その表情には驚きだけではなく、はっきりと後悔が滲んでいた。


 一人の使節が何かを言いかける。


 だが周囲を見回すと、開きかけた口を静かに閉じた。


 今さら名乗り出ても、最初に立ち上がった者たちと同じ重みにはならない。

 そのことを誰よりも理解していたからだ。

 使節は悔しさを押し込むように唇を結び、静かに視線を落とした。

 周囲でも何人かが同じように口を閉ざし、気まずそうに互いの視線を避けている。

 先ほどまでのざわめきは、その一角だけ不自然なほど静まっていた。


 オート・ビアードは会場を見渡し、小さく頷いた。


「なお......」


「この瞬間より、ビグトラス防衛へ全面的な支援を表明してくださる各国使節の皆様へ」


「学院は感謝の証として、《五風製品》の中からご希望の一品を、一年間無償で供給することをここに約束いたします」


 一瞬の静寂。


 次の瞬間、会場の空気は一変した。


「魚族は協力する!」


「北方群島も支援を約束しよう!」


「我が国も医療隊を派遣する!」


「補給部隊を編成しろ!」


「我々も防衛へ参加する!」


 各国の使節たちは次々と立ち上がり、それぞれの随員へ指示を飛ばし始める。


次々と立ち上がる代表たちを見つめ、タンブラムスは張り詰めていた息を静かに吐いた。


 ほんの一瞬だけ、握っていた記録板から指の力が抜ける。


 それでもすぐに表情を引き締め、集まり始めた支援戦力へ視線を戻した。


 侍者たちも慌ただしく会場を行き交い、参加を表明した代表たちを順番に案内していった。


 各国代表たちも次々と随員へ指示を送り始めた。


 先ほどまで交渉の席に着いていた者たちは、それぞれの役割を担う部隊として動き始めている。


 卓上の戦況図にも、新たな戦力を示す光が一つ、また一つと加えられていった。



 焱はその光景を静かに見つめると、侍者から紋章箱を受け取り、中に納められた《藍金風紋》へ視線を落とした。


 リヴァント王子も胸元へ抱き寄せ、マンサシャスは穏やかに頷く。


 やがて各国代表も一人ずつ紋章箱を受け取り、会場には静かな決意だけが広がっていった。


 オート・ビアードはタンブラムスへ視線を向ける。


「現在の戦況を」


「皆様へ報告してください」


 タンブラムスは一礼すると会場中央へ歩み出る。


 術式盤へ右手を添えると、淡い光脈が卓上いっぱいへ広がり、ビグトラス島全域の戦況図がゆっくりと浮かび上がった。


「現在、全島の通信術式は大部分の復旧を確認しています」


「各戦区との音声通信も安定しました」


「ただし顕像術式は現在も調整中です」


「映像の完全復旧には、もうしばらく時間を要します」


 戦況図には各戦区の部隊配置が次々と映し出され、各地の戦力が再編成されていく様子が静かに更新されていく。


「攻撃術式の解放後、学院生、卒業生、自警団は各戦区へ順次合流しています」


「避難区域の縮小も予定どおり進行中です」


 タンブラムスは港区へ手をかざした。


 他の区域より多くの光が重なり、激しい戦闘が今も続いている。


「港区では現在も防衛戦が継続しています」


「ルシアン副教授からの報告では、ガサン隊長とタリスの無事を確認」


「応急処置を終え、現在はエドリック隊長が率いる避難民一団との合流を進めています」


 指先がゆっくり滑る。


 戦況図は港区から島全域へ切り替わった。


「各戦区では戦力の再編成が進み、防衛線も少しずつ持ち直しています」


「ですが......」


 タンブラムスは戦況図を見つめ、一度言葉を切る。


「戦況は依然として予断を許しません」


「各地で巨大異獣との交戦が続いています」


先ほどまで動き始めていた会場の空気が、再び静かに張り詰める。


 代表たちの表情からわずかな安堵が消え、それぞれの視線が戦況図へ戻った。


 浮かび上がる光点の一つひとつが、今も続く戦闘の位置を示していた。


 会場は静まり返る。


 誰も言葉を挟まず、卓上に浮かぶ戦況図だけを見つめていた。


 焱が低く問い掛ける。


「通信は、すべて復旧したのか」


 タンブラムスは首を横に振った。


「音声通信は大部分で復旧しています」


「ですが、まだ応答が確認できていない地域も残っています」


「原因は」


 リヴァント王子が戦況図へ視線を向ける。


「現在調査中です」


「術式障害なのか、それとも別の要因なのか......まだ判明していません」


 タンブラムスの指先が、記録板の縁でわずかに止まった。


 戦況図の一角には、今も何の光も返さない区域が残されている。


 その沈黙が何を意味するのか、まだ誰にも判断できなかった。


 代表たちは誰も口を開かない。


 それぞれが戦況図を見つめ、この島で今も続く戦いの重さを静かに受け止めていた。


 やがて、


 焱がゆっくり口を開く。


「港区は、俺たちが向かう」


「琉火族は近接戦を得意とする」


「前線へ投入してくれ」


焱の声に迷いはなかった。


 周囲の琉火族たちも言葉を挟むことなく、その決断を受け入れるように静かに姿勢を正す。


 タンブラムスは一度だけ彼らを見つめ、戦況図へ視線を戻した。


 校長は小さく頷き、タンブラムスは戦況図へ一つ印を加えた。


「承知しました」


「港区前線へ琉火族部隊を編入します」


 続いてリヴァント王子も前へ出る。


「我々鳥族は空路を担当する」


「負傷者の搬送」


「偵察」


「各戦区への連絡」


「空から支援しよう」


 タンブラムスは記録板へ素早く内容を書き留める。


「ありがとうございます」


「空路の指揮系統は学院側で直ちに編成します」


 各国代表たちも次々と随員へ指示を送り始めた。


 交渉のために集まった会場は、いつしか本格的な連合作戦本部へと姿を変えていく。



 焱も踵を返し、出口へ向かって歩き出す。


「焱族長」


 校長オート・ビアードが呼び止めた。


 焱は足を止め、ゆっくりと振り返る。


 校長は焱の前まで歩み寄ると、深く頭を下げた。


「ビグトラスを代表して、心より感謝申し上げます」


「皆様の決断がなければ、この島は戦う機会すら失っていたでしょう」


 焱は校長を見つめ、小さく首を横に振る。


「礼はいらん」


「守るべき命がある......それだけだ」


 校長は顔を上げ、真っ直ぐ焱を見据えた。


「......どうか、ご武運を」


「そして、必ず生きて戻ってきてください」


 焱の口元がわずかに緩む。


「約束はできん」


「だが......」


 一呼吸置き、


 静かに言葉を続ける。


「この島は守る」


 そう言い残すと、焱は振り返ることなく会場を後にした。


 重厚な黒曜石の扉が静かに閉まり、その背中を誰も言葉なく見送る。


 やがて焱の姿は扉の向こうへ消え、会場には重い扉音だけが残った。



 その時だった。


 交渉会場の扉が静かに開く。


 ジーン・ダプシーが足早に中へ入り、胸元へ抱えた記録板を握り直した。


 肩の傍らでは一体の水精霊がふわりと舞い上がり、主人を見上げると、そのまま校長へ向き直る。


「校長......」


「全域放送を受けた院生たちが、続々と学院へ戻っています」


 ジーンは記録板へ視線を落とす。


 水精霊も主人の意思を受け取るように羽を震わせ、そのまま報告を続けた。


「現在確認できている帰還者は......」


「一年生、二十名」


「二年生、十五名」


「三年生......七名です」


 最後の数字を告げると、水精霊は羽を小さく伏せ、そのままジーンの肩元へ寄った。


 ジーンも唇を結んだまま記録板を握り直し、戦況図へ目を向ける。


 ほんのわずかに俯いたあと、小さく息を吐いた。


「各地で戦闘や避難誘導を続けている院生も多く......」


「現在も確認を続けています」


 校長は報告を聞き終えると、小さく頷く。


「......十分です」


「戻った者から、この島を守る力になってもらいましょう」


 会場に集まる各国代表たちも、その報告へ静かに耳を傾けていた。


「各副教授、高級術士へ伝達してください」


「帰還した院生は直ちに能脈接続を開始」


「補助術式で能脈を安定させ、戦闘可能な状態まで引き上げなさい」


 ジーンは短く一礼する。


 水精霊も力強く羽を震わせた。



 校長はジーンを見つめ、そのまま言葉を続ける。


「能脈接続を終えた院生は顕影武具庫へ」


「顕影台を起動し、天賦顕影式を実施してください」


「元素傾向、役割傾向、武具形態候補を確認後、それぞれ最適な部隊へ編成します」


 ジーンは短く一礼した。


 水精霊も主人の意思を受け取るように羽を大きく震わせる。


「承知しました」


「直ちに各副教授、高級術士へ伝達します」


 そう告げると、ジーンは記録板を抱え直し、水精霊たちとともに足早に会場を後にした。


 重厚な扉が静かに閉まる。


 校長オート・ビアードは卓上に広がる戦況図へ視線を落とす。


 各戦区では前線の反撃が始まり、後方では新たな戦力が学院へ集まり始めていた。


 島中へ散っていた院生たちが戻り始めた今、ビグトラス遠古学院は五百年ぶりに、本当の意味で戦場へ立とうとしている。


 天賦顕影式――


 それは院生たちが、自らの能脈と向き合い、自分だけの力を知る最初の一歩となる。


>第69話を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


これまで別々の場所で動いていた人々や、それぞれの立場から状況を見つめていた者たち。


少しずつですが、その動きが一つの大きな流れへと変わり始めました。


誰か一人の力だけでは届かないことでも、それぞれが自分にできることを選び、


同じ方向へ進み始めれば、見える景色も少しずつ変わっていくのかもしれません。


もちろん、まだ島を取り巻く状況が落ち着いたわけではありません。


それぞれの場所で続いている出来事が、これからどのようにつながっていくのか。


そして学院に集まる人々が、この先どんな道を選んでいくのか。


次回も一緒に見届けていただけたら嬉しいです〜


(^∇^)ノ♪

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