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失われた断片 ― 風の環 ―  作者: 半々月光
ビグトラス島編

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第65話――風穴の先――それぞれの役目

>第65話では、地下導風路の上層で続く緊張の中、

風穴の奥へ進む一行が、


ついに「選ばなければならない道」へ向き合います。


灰霧は濃く、風は荒れ、


倒れた異獣の残滓がなお岩棚に残る中、

仲間の傷と喪失が静かに胸へ重く沈んでいく。それでも、


風穴の奥には確かに“誰か”がいる。


ジパが示す方向は迷いなく、

その先へ進むべき理由も、もう揺らぐことはありません。


そして、灰霧の向こうで続くもう一つの異変。


是非最後まで、

見届けてくださいw

時刻:3670シヴン年12月25日 AM 06:04

場所:ビグトラス島・地下導風路上層 


風穴出口奥 風穴の奥から、低く唸るような風音が絶え間なく響いていた。


 崩れた岩棚には、先ほど倒した異獣の骸がいくつも転がり、黒い体液が岩肌を濡らしている。


 灰霧はなお薄く流れ続け、視界の先を淡く霞ませていた。


 空気には血の匂いと、戦いで滲んだ汗の熱気がまだ色濃く残っている。


 ようやく息を整えられたとはいえ、安全には程遠い。


 タレンは岩壁へ静かに背を預け、


 腕を組んだまま目を閉じていた。


 束の間だけ呼吸を整えている。


 その周囲では、


 ヤガガが術式具を握ったまま周囲を警戒し、


 スワワは壁にもたれながら肩で息をつき、


 マイノノも武器を傍らへ置き、静かに息を整えていた。


 ジーニアも壁にもたれたまま、


 肩の傷を押さえながら呼吸を落ち着かせている。


 ようやく一息つけたとはいえ、


 武器を手放す者は誰一人いなかった。


 ここで立ち止まれる場所ではないことを、


 その場にいる誰もが理解していた。


 岩壁へ背を預けたジーニアが、小さく息を吐く。


 止血は済んでいる。


 だが、失った血は戻らない。


 肩口から腕にかけて巻かれた包帯には、なお薄く赤が滲んでいた。


 ハロは雷槍を近くの岩壁へ静かに立て掛けると、ジーニアの傷口を一度だけ確かめ、その場へ腰を下ろした。


 荒い呼吸を整えながら、ゆっくりと周囲へ視線を巡らせる。


 視界の先には、なお闇の奥へと続く通路が口を開けていた。


 そのさらに奥からは、風が岩肌を裂くような轟音と、ときおり耳を刺すような甲高い異音が微かに響いてくる。


 吹き抜ける強風に、ジパが小さく身を震わせる。


「ルル……イ」


 不安そうに鳴きながらハロの胸元へ潜り込み、それでも外へ覗く一枚の晶羽だけは、変わらず奥の一方向を静かに指し続けていた。


 ハロの視線は、再びジーニアへ移る。


 肩口から滲む赤が視界へ映った、その瞬間――


 氷像となったまま、静かに風へ砕け散っていったミラの姿が、不意に脳裏によみがえった。


 ハロは小さく息を呑み、無意識に拳を握り締めた。


 もう二度と、あんな光景は見たくない。


 その想いだけが、胸の奥で何度も繰り返される。


 風が灰霧を巻き上げ、風穴の奥から低い唸りが再び響いた。


「……今、どこへ向かっている」


 掠れた声が、静かな風音へ溶け込むように響く。


 ハロは我に返ったように顔を上げる。


  岩壁にもたれたジーニアが、疲労の滲む瞳で真っ直ぐこちらを見つめていた。


「今後は、どうするつもりだ」


「イランを探してる」


 ハロは短く答えた。


 ジーニアは、その名に小さく反応する。


「そういえば……」


「さっき、お前が言っていたイランというのは」


「ミラが何かと世話を焼いていた、あの三年生か?」


 ハロは静かに頷く。


「ああ」


 少し間を置いて、ジーニアは小さく息を吐いた。


「以前、何度かミラがその名を口にしていたのを覚えている」


 その言葉に、ハロの表情がわずかに強張る。


「港で行方が分からなくなった」


「でも、ジパだけは、あいつの居場所が分かるって信じてた」


 ハロは小さく身を寄せるジパへ視線を向ける。


 風に揺れる晶羽は、不安そうに震えながらも、


 迷うことなく風穴の奥を指し続けている。


「だから、俺はジパについて来た」


「途中でタレンたちと合流して……」


「そのまま、ここまで来た」


 ジーニアはジパの姿を静かに見つめた。


 やがて、小さく目を伏せる。


「……そうか」


 短く返したものの、


 胸の奥に引っ掛かる違和感は消えなかった。


 防衛線に残った仲間たちのこと。


 そして、目の前のハロの沈んだ表情。


 嫌な予感だけが、静かに膨らんでいく。


 ジーニアはゆっくりとハロへ視線を戻した。


「……ハロ」


「何か、あったのか」


「さっきから、お前らしくない」


 ハロは答えない。


 俯いたまま、小さく息を吐く。


 そして、絞り出すように口を開いた。


「……ミラが、逝った」



 その一言に、


 ジーニアの呼吸が止まった。


「……何だと」


 ハロはゆっくりと目を閉じる。


 あの夜、防衛線で起きた出来事を、


 途切れ途切れに語り始めた。


 ミラが最後まで仲間を守り続けたこと。


 その命と引き換えに、


 皆へ生きる道を繋いだこと。


 風穴には、誰の声も響かなかった。


 話を聞き終えたジーニアは、


 しばらく俯いたまま動かなかった。


「……そうか」


 それだけを口にし、


 静かに拳を握り締める。


「最後まで、あいつらしい選択だったんだな」


 誰も言葉を返せない。


 重苦しい沈黙だけが流れていく。


「……でもよ」


 その空気を破るように、


 スワワが恐る恐る口を開いた。


「橋で戦ってた、あのでっけぇ石拳籠手の人も、すげぇ強かったよな」


「ブレン、だったっけ」


「最後まで、全然退かなかったしさ」


 ゴッ。


「いってぇ!」


 ヤガガの拳が、容赦なくスワワの頭へ落ちる。


「今は黙っていろ」


「……あ、悪い」


 スワワは頭を押さえながら小さく身を縮めた。


 その様子を見て、


 ジーニアは小さく息を吐く。


「ブレンもか……」


 かすかに目を伏せる。


「この異常な異変じゃ……」


「いつか私も……」


 自嘲するように、


 苦く笑った。


 その時、


 最後に見たマンダコの表情が、


 ふいに脳裏をよぎる。


 胸の奥が、


 ぎゅっと締めつけられた。


 ジーニアはハロへ視線を向け、


 続いてスワワを見た。


 小さく首を横に振る。


「……いや。」


「責めるつもりはない。」


「俺たちは、その場にいなかった」


「だからこそ、知るべきことは知っておかなければならない」


 ジーニアは静かに目を閉じた。


「……分かった」


「今は立ち止まっている場合じゃないな」


 ゆっくりと視線を上げ、


 ジパを見つめる。


「その子が示す先に、イランがいるんだな」


「ああ」


 ハロは迷いなく頷いた。


「なら……頼む」


「私はもう動けない」


「イランだけは、必ず連れ帰ってくれ」


 ハロは短く頷く。


「約束する」


 その返事を聞き、


 ジーニアはようやく力を抜いた。「だったら急ごうぜ」


「ジパがあんなに必死なんだ」


「まだ、間に合うかもしれねぇ」


 ヤガガも静かに頷く。


「……ああ」


 その時だった。


 マイノノが灰霧の流れへ静かに目を向けた。


「……待て。」


 一同の視線がマイノノへ集まる。


「灰霧の流れが、さっきより速い。」


「この流れ方なら……」


 マイノノは僅かに目を細めた。


「もう一方も、かなり危険かもしれない。」


 その一言に、


 ハロの表情が曇る。


 灰霧の向こう。


 今も仲間たちが戦っているはずの場所が、


 脳裏をよぎった。


 風穴の奥では、


 ジパが今なお必死にイランの気配を追い続けている。


 約束も、


 仲間も。


 どちらも、


 見捨てることはできない。


 重い沈黙が流れる。


 やがて、


 タレンが静かに口を開いた。


「……なら。」


「まだ一つ、方法がある。」



 重い沈黙を破ったのは、


 タレンだった。


 一同の視線が、タレンへ集まる。


「戦力を分ける。」


 短い一言だった。


 だが、その場の空気がわずかに動く。


「イランの救出も。」


「灰霧の先で起きている異変も。」


「どちらも見捨てる必要はない。」


「それぞれが向かえばいい。」


 誰も言葉を返さない。


 その判断が、最も合理的だと理解したからだ。


 スワワが思わず声を漏らした。


「さすがボスっす……。」


 タレンの鋭い視線が、


 すっとスワワへ向けられる。


「……。」


 その一瞬で、


 スワワは背筋を伸ばした。


「……失礼しました。」


 誰かが小さく吹き出しそうになるが、


 すぐに表情を引き締める。


 タレンは何事もなかったように話を続けた。


「ジーニア。」


「もう一方まで案内できるか。」


 ジーニアは静かに頷く。


「ああ。」


「任せてくれ。」


 タレンも短く頷いた。


「俺はヤガガ、スワワ、ジーニアと向かう。」


 そして、


 ハロへ視線を移す。


「ハロ。」


「お前はジパとマイノノと共に進め。」


「イランを必ず連れ戻せ。」


 ハロは力強く頷いた。


「……ああ。」



 タレンは全員を見渡した。


「どちらも時間がない。」


「ここから先は、それぞれが役目を果たせ。」


 一同が静かに頷く。


「ルルイーー!」


 ジパは叫ぶと同時に、


 迷うことなく灰霧の中へ駆け出した。


 ハロは岩壁へ歩み寄ると、


 立て掛けていた雷槍を手に取る。


 雷光が槍身を淡く走る。


「行くぞ。」


 マイノノも一歩前へ出る。


「ああ。」


「灰霧の流れは、僕が見続ける。」


 ハロとマイノノは、


 ジパの後を追って駆け出した。


 タレンも踵を返す。


「俺たちも行く。」


 ジーニアは周囲を見渡し、


 記憶を辿るように進むべき方向を確かめる。


「……あっちだ。」


「近道がある。」


 スワワは拳を握り締めた。


「よしっ!」


 ヤガガは黙って頷き、


 術式具を握り直す。


 タレンたちも、


 ジーニアの後に続いて駆け出した。


 二つの行き先には、


 どちらも死の気配が色濃く漂っていた。


 吹き荒れる悪風の先で待つものは、


 希望か。


 それとも、


 絶望か。


 その答えを知る者は、


 まだ誰もいなかった……


>いつも読んでくださり、ありがとうございます!


第65話は、地下導風路での緊張と、

仲間たちがそれぞれの“役目”を選ぶ瞬間を描きました。ミラの死は、まだ誰の胸からも消えていません。


その喪失は、ハロにもジーニアにも、


そして読者にも静かに重く残るものです。


それでも、進まなければならない。


イランを追う者。

灰霧の奥で起きている異変へ向かう者。

どちらも見捨てられないからこそ、

二つの道へ分かれる決断が生まれました。


この「分岐」は、

物語の流れを大きく変える重要な一歩です。次の話では、

それぞれが選んだ先で何を見て、

何を掴み、

何を失うのかーー


風穴の奥で、その答えが少しずつ姿を見せ始めます。


それぞれの行動、この先がどうなるのかは、


まだ未知ですw


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