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失われた断片 ― 風の環 ―  作者: 半々月光
ビグトラス島編
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第49話 ― 受け継がれた剣――雨の中の合同隊

>戦いの余韻が残る避難所前、


雨に濡れた剣と仲間の亡骸を前に、それぞれが立ち直ろうとする姿が描かれます。


悲しみの中で交わされる言葉と決断は、次の一歩へ進むための力となり、隊は新たな形で動き出そうとしていました......



時間:3670シヴン年 12月25日 AM 04:50

場所:ビゴトラス島・避難所山道洞窟前


 外の泥濘は、さっきまでの豪雨が嘘みたいに半ば乾きかけていた。風が絶えず吹き抜け、術式の熱と異獣の体液が混じった地面は、ところどころ黒くひび割れ、ところどころはまだぬめるように濡れている。


 さっきまで激しくぶつかり合っていた戦場には、いまや異獣の砕けた躯がいくつも転がるばかりだった。ねじ切れた肢、割れた鱗甲、抉れた泥地。


 そこに残っているのは、生き残った者たちの荒い息遣いと、遅れて押し寄せる静けさだけだった。


 負傷者たちは、半ば崩れた岩壁の下へ順に運ばれていた。折れた梁や板を下に敷き、その上へ横たえられた者には応急の止血と固定が施されていく。


 浅い傷の者は互いに肩を貸し合い、深手を負った者のそばには術士がついていた。苦痛を押し殺したうめき声と、低い指示の声だけが、乾きかけた戦場に細く残っていた。


 命を落とした者たちは、少し離れた比較的乾いた場所へまとめて安置された。雨に濡れた外套が静かにその身へかけられ、傍らにはそれぞれの武器が置かれている。


 誰も大きな声は出さなかった。ただ視線を伏せ、手を合わせ、あるいは何も言えないまま立ち尽くしていた。


 エドリックはその一角を見つめたまま、しばらく口を開かなかった。マンダコの亡骸もまた、そこに静かに横たわっていた。剣は拭いきれない血と泥を残したまま、彼のすぐ傍らに置かれている。


 その隣で、ミコノパンは膝をついたまま、しばらく動かなかった。両手は濡れた衣の上で強く握りしめられ、肩はかすかに震えている。


 「……無理に立たなくていい」


 エドリックが低く言う。


 ミコノパンは首を振った。


 「無理なんかじゃない……そうしないと、立てなくなる気がするの」


 声は弱かったが、完全には折れていなかった。エドリックは一度だけ目を閉じ、それから静かに息を吐いた。


 「お前は、ちゃんと立った。あの場で崩れなかった。それだけで十分だ」


 ミコノパンは返事をしなかった。ただ唇を噛み、マンダコの剣へ一度だけ目を落とす。


 「……エドリック。私、ちゃんとあいつの言葉を守れてたかな」


 その問いに、エドリックはすぐには答えなかった。雨の残り香と血の匂いが混じる中、彼はゆっくりと彼女を見た。


 「守れてる。だから今、ここにいる者たちが生きてる」


 短い言葉だった。けれどそれは、どんな慰めよりもまっすぐにミコノパンへ届いた。


 彼女は小さく俯き、目元を押さえ、やがて一度だけうなずいた。


 少し離れた場所では、星織・雨が負傷した避難民のそばにしゃがみ込んでいた。水袋を手渡し、震える子供の背をさすり、濡れた布を絞って額に当てる。


 術士の指示を受けながら、包帯を押さえる手も貸していた。戦えなくても、いま自分にできることを探すように、彼女は休む間もなく動いていた。


 その姿を見ていた雷嶽小隊の隊員の一人が、小さく息をついた。


 「……あの子、避難民じゃないよな」


 別の隊員が視線を向ける。


 「見ない格好だ。こっちの街の子には見えねえ」


 やがて年かさの隊員が、星織・雨の衣を見て低く言った。


 「北方群島国の出か……? あの織りと色、あっちのものに似てる」


 星織・雨はその言葉に手を止め、少しだけ顔を上げた。視線が集まるのを感じ、胸の奥がきゅっと縮む。


 「……はい。北方諸島から来ました」


 そう答えた瞬間、後ろから泥を跳ね上げる足音が近づいてきた。


 「おい、さっさと手を動かせ! こんな時に可愛い子に話しかけてんじゃねえぞ、ヴァリク!」


 駆けてきた隊員が、呆れたように声を張る。


 名を呼ばれたヴァリクは、星織・雨より頭ひとつ低い小柄な青年だった。だが、その目には疲労の色を滲ませながらも、なお前へ出ようとする活気の光が宿っていた。


 「ちげえよ、確認してただけだって」


 「確認は手を動かしながらやれ。負傷者の固定、まだ終わってねえだろ」


 そう言われ、ヴァリクは頭をかきながら小さく舌打ちし、それでも素直に振り返った。


 「……悪かったよ」


 そのやり取りに、張り詰めていた空気がほんの少しだけ緩む。


 最初に声をかけた隊員は、改めて星織・雨へ向き直った。


 「だったらなおさら、この島の地獄には慣れてねえはずだ。それでも、よく動いてくれた」


 星織・雨は何を返せばいいか分からず、小さく頭を下げた。指先にはまだ、包帯を押さえた感触が残っている。


 その様子を遠目に見たエドリックは、ようやく少しだけ視線を和らげた。戦場は終わっていない。失ったものも、何ひとつ軽くはなっていない。


 それでも、崩れきらずに次の一歩を支えようとしている者たちが、まだここにいた。


 ミコノパンは立ち上がり、最後にもう一度だけマンダコの剣を見つめた。そして小さく息を吸うと、その場を離れようとした。


 「……待て」


 エドリックの声が背中を止めた。


 「お前、剣は持っていかないのか」


 ミコノパンは足を止めたが、すぐには振り向かなかった。


 「これは、あいつの愛剣だもの。あいつのそばに置いておくべきだと思ったの」


 声は静かだったが、その奥には離しがたい痛みが滲んでいた。


 エドリックは小さく首を振る。


 「いや。あいつは、お前が持つことを望むはずだ」


 そう言ってマンダコの傍らへ歩み寄り、泥と血に濡れた剣を静かに抜き上げた。


 「それに、お前はずっと双剣の扱いがうまかった。あいつの剣を預けるなら、お前しかいない」


 差し出された剣を前に、ミコノパンはすぐには手を伸ばせなかった。指先が小さく震え、目にはまた涙が滲む。


 「……私が、持っていいの……?」


 その声は、ひどく頼りなかった。


 エドリックは剣を差し出したまま、静かにうなずく。


 「持て。あいつの分まで立ち続けるなら、なおさらだ」


 その言葉に、ミコノパンの唇が震えた。こぼれそうになる嗚咽をこらえながら、彼女は壊れ物に触れるみたいにそっと両手を伸ばした。


 剣の重みが手の中へ移った瞬間、胸の奥で何かがずしりと沈んだ。懐かしいはずの柄の感触が、いまは痛いほど現実だった。


 ミコノパンは目を伏せ、剣を胸元へ引き寄せる。


 「……重い。でも、あいつらしい重さだね……」


 そう呟いた声は、泣きそうなくらいか細かった。それでも彼女は剣を抱きしめるように握りしめ、涙を拭わずに前を向いた。


 エドリックは何も言わなかったが、その目だけが静かにうなずいていた。


 その時、背後から足音が近づいた。


 「副隊長。軽傷者の治療はひと通り終わりました。ですが、重傷者のほうは……まだ少し時間がかかります」


 サラがそう告げる。落ち着いた声だったが、その目には張り詰めた疲労が残っていた。


 エドリックは短くうなずいた。


 「わかった」


 サラはそこで一瞬だけ言葉を切った。何かを考えるように視線を伏せ、それからエドリックの顔を見る。


 「……それと、もう一つ」


 エドリックは彼女の様子を見て、低く返した。


 「構わない。言え」


 サラは小さく息を吸い、ためらいを振り払うように続けた。


 「雷嶽小隊は、しばらくの間……ミコノパン副隊長が指揮を執る形にして、私たちと合流したほうがいいと思います」


 その声に、近くにいた隊員たちがわずかに顔を上げた。サラはさらに言葉を継ぐ。


 「このまま別れて動けば、互いに消耗が大きすぎます。避難民の護送も、負傷者の移送も、今は一隊として動いたほうが安全です」


 そう言ってから、サラは視線をミコノパンへ向け、次にエドリックを見た。判断を委ねるような、けれど確かな提案の目だった。


 エドリックは黙って数秒だけ考え、やがてミコノパンに向き直る。


 「……ミコノパン。お前は、この後どうするつもりだ」


 問われたミコノパンは、胸元の剣を抱えたまま一度だけ目を伏せた。だが次の瞬間には、もう迷いを押し込めるように顔を上げていた。


 「決まってる。まずは避難民を一刻も早く安全な場所まで連れていく。それが先よ」


 彼女は短く息を継ぎ、周囲にいる自隊の隊員たちと、エドリックたちの顔を順に見渡した。


 「だったら、ここは一緒に動きましょう。今は意地を張って別れる時じゃない」


 その言葉には、悲しみの奥に立ち直ろうとする強さがあった。


 エドリックはその目を見つめ、静かにうなずいた。


 「……ああ。なら、ここからは合同で動く」



 その時、背後から足音が近づいた。


 「副隊長。軽傷者の治療はひと通り終わりました。ですが、重傷者のほうは……まだ少し時間がかかります」


 サラがそう告げる。落ち着いた声だったが、その目には張り詰めた疲労が残っていた。


 エドリックは短くうなずいた。


 「わかった」


 サラはそこで一瞬だけ言葉を切った。何かを考えるように視線を伏せ、それからエドリックの顔を見る。


 「……それと、もう一つ」


 エドリックは彼女の様子を見て、低く返した。


 「構わない。言え」


 サラは小さく息を吸い、ためらいを振り払うように続けた。


 「雷嶽小隊は、しばらくの間……ミコノパン副隊長が指揮を執る形にして、私たちと合流したほうがいいと思います」


 その声に、近くにいた隊員たちがわずかに顔を上げた。サラはさらに言葉を継ぐ。


 「このまま別れて動けば、互いに消耗が大きすぎます。避難民の護送も、負傷者の移送も、今は一隊として動いたほうが安全です」


 そう言ってから、サラは視線をミコノパンへ向け、次にエドリックを見た。判断を委ねるような、けれど確かな提案の目だった。


 エドリックは黙って数秒だけ考え、やがてミコノパンに向き直る。


 「……ミコノパン。お前は、この後どうするつもりだ」


 問われたミコノパンは、胸元の剣を抱えたまま一度だけ目を伏せた。だが次の瞬間には、もう迷いを押し込めるように顔を上げていた。


 「決まってる。まずは避難民を一刻も早く安全な場所まで連れていく。それが先よ」


 彼女は短く息を継ぎ、周囲にいる自隊の隊員たちと、エドリックたちの顔を順に見渡した。


 「だったら、ここは一緒に動きましょう。今は意地を張って別れる時じゃない」


 その言葉には、悲しみの奥に立ち直ろうとする強さがあった。


 その決定を耳にしたのか、少し離れた場所で術式の後処理にあたっていたカルヴァンが、ぬかるみを踏み越えてこちらへ駆けてきた。濡れた青髪は頬に張りつき、術士衣の裾には泥と血がこびりついている。それでも、その目にはまだ意識の強い光が残っていた。


 「エドリック、本当に合同で動くのか?」


 「ああ。そのほうがいい。いま別れて動く意味はない」


 エドリックがそう答えると、カルヴァンは一度だけ深くうなずき、それからわざとらしく肩をすくめてみせた。


 「なら、名高い風翼小隊の副隊長殿に任せるしかないな。こっちは術士も負傷者も抱えてる。頼んだぞ」


 その言い方に、エドリックは眉をひそめたあと、小さく苦笑した。


 「……よせ。そういうのは」


 カルヴァンは口元をゆるめる。


 「何だ、少しくらい格好つけさせろ。こっちは本気で助かったと思ってるんだ」


 「茶化すな。まだ終わってない」


 エドリックはそう返したが、その声にはいつもの硬さだけではない、わずかな安堵も混じっていた。


 カルヴァンはその反応にそれ以上は踏み込まず、すぐに表情を引き締めた。そしてミコノパンとサラにも視線を向ける。


 「副隊長同士で話をまとめてくれ。俺たち術士は、移動に合わせて重傷者の支えと後衛防壁に回る」


 サラが先に口を開いた。


 「避難民は歩ける者と支えが必要な者で分けたほうがいいです。重傷者を中央、歩ける者と軽傷者をその前後に置いて、両脇を防衛隊で固める形が一番安定すると思います」


 ミコノパンもすぐにうなずいた。胸元に抱えた剣を握り直しながら、視線を前方の崩れた山道へ向ける。


 「雷嶽小隊の残りは前衛と側面警戒に回せる。けど、正面の大通りは駄目ね。さっきの戦闘音で、また別の異獣を寄せるかもしれない」


 「同感だ」


 エドリックは短く応じ、足元の泥に杖先で簡単な道筋を描いた。


 「この先の正面道は開けすぎている。避難所へ急ぐなら最短だが、見通しが利く分、襲われた時の逃げ場がない。

少し遠回りになるが、北寄りの岩壁沿いを進む。崩落跡が多い分、隊列は伸びるが、遮蔽物は使える」


 カルヴァンがその線を見下ろし、顎に手を当てた。


 「岩壁沿いなら、水の防壁も張りやすい。風を真正面から受けずに済むのも大きいな」


 サラは続けて言った。


 「ただし、細道に入るなら列の乱れは禁物です。避難民が不安になれば、また足が止まるかもしれません。前からも後ろからも、ちゃんと声をかけ続ける必要があります」


 ミコノパンはその言葉に静かにうなずいたあと、周囲の自隊員を見渡した。


 「ヴァリクは前に。残り二人は側面。負傷していても歩ける者は避難民の外側につけて。崩れた時に支えになる」


 少し離れた場所では、ヴァリクが包帯の固定を終えたばかりの負傷者を支えていた。

 死傷した隊員は、すでに数十人にのぼっている。


 それでもヴァリクは、残った者たちへ短く指示を飛ばし続けていた。


 ぬかるみを跳ねるその声に、なお気丈な現場の熱が残っている。


 ミコノパンはその様子を一瞥してから、サラのほうへ向き直る。


 「あなたの隊は?」


 サラは短く息を整え、すぐに答えた。


 「私は中央寄りにつきます。負傷者と避難民の様子を見ながら、列が乱れないよう支えます」


 エドリックはその言葉を受け、わずかに視線を動かした。


 「……サラ。星織・雨にも声をかけてくれ。歩けない子どもや、怯えている者たちのそばについてもらいたい」


 サラはすぐにその意図を察したように、静かにうなずく。


 「わかりました。あの子なら、きっと力になってくれます」


 エドリックは短くうなずき返し、再び全体へ目を向けた。


 「俺が全体を見ながら指揮を執る。前衛は雷嶽小隊、中央に避難民と重傷者、両脇を護衛、後衛は術士だ。異変があれば、止まらず狭所まで押し込め」


 カルヴァンが小さく笑う。


 「さすがだな、副隊長殿」


 「まだ言うか」


 エドリックが呆れたように返すと、カルヴァンは今度こそ肩を上げて笑った。


 だがその次の瞬間には、全員の顔つきがまた戦場のものへ戻っていた。


  短い安堵はもう終わりだ。


 生き残った者たちを連れて、次の道へ進んでいく。


――それでも、山壁の向こうには確かに朝の光が差していた。

>ここまで読んでくださりありがとうございます。


第49話では、剣を受け継ぐ場面を通して「立ち続けること」の意味を描きました。


失ったものの重さを抱えながらも、避難民を守るために隊が合同で進む決断を下す姿は、


物語の次なる局面への大きな転換点となります


戦いの緊張と、仲間を思う静かな時間。その両方が交錯する章になりました。


次回もぜひ楽しみにしていただければ嬉しいですw


(^∇^)ノ♪



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― 新着の感想 ―
とにかく広大な物語に圧倒されてしまい、最新話までまず"知りたい"と追いかけて参りました。このあと是非もう一度読み返したいと思っております。 静かに、しかし緊張感のようなものから、衝撃の異常事態が始ま…
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