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失われた断片 ― 風の環 ―  作者: 半々月光
ビグトラス島編
42/62

第33話―死地を越えて――忍び寄る黒影

※もとの第20話を、読みやすさを考えて分割しています。


内容に変更はなく、こちらはその続きになります。


死地を越えながら、それぞれの胸にもまた、新たな決意が芽生えていきます。


今回も、どうぞよろしくお願いいたします。

時間:3670シヴン年 12月24日 PM 02:27

場所:ビゴトラス島・港区中央街路南側


人々は一時、比較的安全な壁際に身を寄せ、荒い息を整えた。


誰も言葉を発せず、ただ遠方の鉱石巨人の低い唸りが空気を震わせ、島全体が先ほどの惨劇に黙祷しているかのようだった。


星織・雨は胸を押さえ、その鼓動が唸りと重なり、息が詰まりそうなほど重く感じた。


彼女が顔を上げると、ガサンはまだその場に立ち、背中が塵光の中でぼやけていた。


ガサンの脳裏には、異国の商人が幻想に満ちた手を伸ばし、次の瞬間に巨足に踏み砕かれ血霧となった光景がよみがえる。



(もし俺が……)


あの鈍い「ドン」という音は耳にこびりつき、離れない。


胸が締め付けられ、歯を食いしばり、彼は壁を拳で打ちつけ、低く呟いた。


「くそっ……」


もう一歩早く警告し、もう一瞬速く動けていれば、あの男は死なずに済んだかもしれない。


彼は呆然と立ち尽くし、指先を震わせていた。



星織・雨は彼の様子に気づき、そっと首を傾けた。


灰と火の残光に満ちた夜気の中、防衛隊長が壁際に立っているのが見えた。

背中は揺らめく塵光に包まれ、輪郭がぼやけている。


彼はわずかに俯き、一方の手で魔導長刀を握りしめ、その刃を地面に突き立てるように押し付けていた。

まるで魂を失ったかのように、ただ立ち尽くしている。


その姿は戦いに備えるものではなく、刀に身を預けて辛うじて立っているように見えた――。

倒れまいと必死に支えながらも、言葉にできない疲労が滲んでいた。


星織・雨は声をかけようとしたが、喉が乾いて声が出なかった。

足は地に縫い付けられたように震え、ただその背中を黙って見つめるしかなかった。


その時、優しい面差しの老婦人が彼の傍らに歩み寄った。


埃まみれの手が自然にその腕に触れ、まるで孫を慰めるかのように。


彼女の声は小さかったが、不思議な安らぎを帯び、低い唸りの空気の中で澄んで響いた――



「若き隊長、あなたはすでに十分尽くしている。」


老婦人は一息置き、穏やかだが反論の余地を与えない声で続けた。


「悔やむことも、惜しむこともない……まだあなたは必要とされている。隊員たちも同じだ。」


それは白い長髪を垂らし、六十歳ほどのお婆さんだった。

土と灰に染まった緑の前掛けを身に着け、顔には柔らかな微笑みを浮かべている。


その眼差しは優しく、しかし揺るぎなく、嵐の中に残る灯火のようだった。


星織・雨は黙って二人を見つめ、胸が締め付けられるように痛んだ。


彼女はその婆さんを知らなかったが、その落ち着きと温もりは夜の闇にひときわ真実味を帯び、彼女にわずかな勇気を与えた。


そして初めて確かに感じた――


「隊長」と呼ばれる者たちも恐れ、揺らぎを抱えながら、それでも誰よりも必死に耐えているのだと。


ガサンは顔を上げ、皺に覆われながらも慈光を宿すその瞳を見つめた。

胸の重苦しさが少しずつ解けていく。



「ありがとうございます……理解しました。」


彼はうなずき、深く息を吸い込み、背筋を伸ばし直し、声に再び落ち着きを取り戻した。



「全員、前へ進め!」



「一人で背負うな、隊長。」


ガサンはわずかに驚き、振り返った。


エドリックが一瞬ためらい、低く付け加えた。


「俺たちがいる。」



「……ありがとう、エドリック。」


二人は肩を並べ、隊列の先頭へと歩み戻った。


タリスは振り返り、右の耳元へ手を伸ばした。

だが指先は虚空を掴み、わずかに動きを止める。


口元に極めて淡い、笑みとも呼べぬ弧が浮かんだ。


それは、もはや変えられぬ事実を確かめる仕草のようだった。

次の瞬間、彼は手を引き、再び周囲へと注意を戻した。



再び歩を踏み出した時、ガサンはもう立ち止まることはなかった。

長刀をしっかりと握り、刃先をわずかに上げて、前方へ進む道を切り開いた。


霧はなお濃く、闇は重くのしかかる。

だが少なくともこの瞬間、彼は揺るがずに立っていた。


人々は次第にガサンと防衛隊の指示に従って動き始めた。


瓦礫と石片を踏みしめ、余計な声はなく、ただ黙って続いた。


星織・雨は隊列の中を歩きながら、自然とその背に視線を落とした――


それは恐れを知らぬ背ではなく、揺らぎを経てもなお最前に立ち続ける者だった。

胸に言葉にできぬ敬意が湧き上がった。



一行は彼の背に続き、交戦区域の縁を慎重に迂回し、恐ろしい生物との正面衝突を避けようとした。


崩れた街廊をゆっくり進み、半ば崩れた菓子店や空虚なテラスを抜けていく。


一歩ごとに瓦礫と灰を踏み、かすかな「ザリッ」という音が響き、生きていることを思い知らされる。



そこはかつてビゴトラス随一の繁華街――


SWEET本店の街並みだった。


今はガラスが砕け散り、甘い香りは焦げ臭と塵に覆われている。

砂糖粉と小麦粉が灰と混じり、空気に漂い、彼らの歩みに合わせて静かに広がっていった。



壁に残されたネオン看板が二度瞬き、やがて消え、途切れた配線が微光に揺れていた。


彼らは倒壊した屋根を慎重に避け、歩みを緩めた。

心臓は一定のリズムを刻みながら、わずかに速まっていく。


時間は引き延ばされ、静寂と危険が交錯し、圧迫感が骨の髄に染み込む。


その時、地面から微かな震動が伝わってきた……



「止まれ。」


ガサンは声を低く抑え、素早く手振りで全員に身を屈めるよう示した。



遠方から、低く重い金属の摩擦音が響く。

まるで巨大な爪が石壁をゆっくりと削っているかのように。


誰もが息を殺し、音の源を凝視した――


崩れた建物の頂に、一匹の異獣が伏していた。

その巨躯は鉱石巨人に匹敵するほどだった。


四肢は縮こまり、姿勢は歪み、身は乱雑な骨片と硬質な鱗に覆われていた。

胸からは暗紅の光脈が滲み、口端からは濃厚な液が滴り続ける。



それは砕けたバルコニーを伝い落ち、地面に黒焦げの跡を刻んでいった。


匂いは腐臭と焦げた臭気が混じり合い、まるで焼けた血と鉄のようで、吐き気を催すほどだった。


滴が落ちるたび「ジッ──」と音を立て、白煙がゆるやかに立ち昇った……



人々は一切動かず、空気は張り詰めた膜のように重く、呼吸さえ慎重に抑えられていた。

黒影に伏す巨獣を刺激せぬように。


そこは港区中央広場、かつて世界を代表する菓子の巨擘――


SWEET本店の残骸だった。


巨大な「微笑人形」は半顔だけ残り、亀裂が口元から眼窩へ走っていた。

もう一方の顔は消え失せ、空洞の支柱だけが廃墟の中で無言に笑っているかのようだった。


その人形の肩に、異獣が盤踞していた。


巨大で歪んだ体躯、胸腔の暗紅の光脈が砕けたガラスに反射し、瓦礫を妖しい紫紅に染めていた。


星織・雨は壁際に身を寄せ、包袋を握りしめ、喉が乾いて締め付けられる。

額の冷汗が目尻へと伝い、胸の激しい鼓動がはっきりと耳に届いた――



(イラン……)


数時間前の光景が脳裏をよぎる。

街は灯火と笑いに満ち、祭りの音楽が風に乗って響いていた。


イランは菓子屋台の前に立ち、溶けかけた七色ソフトクリームを手に、滴るシロップを見下ろしながら、気恥ずかしそうに呟いた。


「この味……思ったより甘いね。」



その短い場面は、今では夢のように遠い。

同じ通りは今や灰燼と瓦礫だけ。


喉が詰まり、目頭が熱くなり、涙が知らぬ間に頬を伝っていた。



(あなた……無事なの?)


彼女は深く息を吸い、感情に呑まれぬよう必死に自分を支えた。


胸の奥で燃える痛みは、逆に一筋の勇気を与えていた。


風音は抑えられ、呼吸は鮮明になり、彼女は自分がまだ生きていることを感じ取る。


微かな心臓の鼓動が告げていた――


彼女は、生きている。



その瞬間、街はまるで時を止められたように静止した。


風は止み、煙も止み、時間さえも止まったかのようだった。


星織・雨は包袋を握りしめ、胸の起伏をゆっくりと整えていく――


そして、再び微かな音を耳にした。


「ジュッ……ジュッ……」


近く、裂けた微笑人形が瓦礫の中に横たわっていた。


かつて純白だった顔は黒焦げとなり、口元は歪んで笑みを刻んでいる。

炎に照らされた夜の闇の中で、異様にねじれた笑みを浮かべていた。


その口元から緑黄の悪臭を放つ液が滴り、廃墟に腐蝕音を響かせた。

まるで次なる災厄の到来を数えているかのように。


「見ろ、あの粘液!」


「しっ、声を抑えて!」


鳥族の青年が恐怖に震え叫び、琉火族の少女が慌ててその口を塞いだ。


「熱っ……もし落ちてきたら……」


彼女の手は焦りで熱を帯び、鳥族の青年は身をすくめる。

言葉を終える前に、一滴が地へ落ち――「ジュッ」と鋭い音が響いた。


誰もが息を殺し、音を立てぬよう慎重に危険地帯を抜けていった。


炎光が壁面に揺れ、瓦礫と残骸の影を歪ませる。

空気は進むほど濃く、圧迫感が波のように胸へ押し寄せた。


一時間半に及ぶ苦しい避難の末、彼らはついに交戦区域を抜け、比較的安全な一角へ辿り着いた。


焦げ臭と粉塵はなお漂うが、窒息しそうな圧迫感はわずかに緩んだ。


遠方では低い鳴声が響き、島全体が嘆いているかのようだった――


だが少なくとも、ここでは一息つける。


ガサンは振り返り、全員がまだついてきているかを確かめた。


道中で二人は失ったが、ここに辿り着いた者は三十人。

息を荒げながらも、なお歩みを続けていた。



「悔やむな……」



誰にも聞かれぬ呟き。

その瞬間、彼はようやく長い息を吐いた。


「もうすぐ避難所だ。あと少しだけ耐えてくれ。」



その言葉は微かな光となり、恐怖と煙を貫き、人々の瞳に希望を灯した。



「本、本当に……もうすぐじゃのう?」


「ええっ、まず座って。治療してあげる。」


魚族の老人が杖を突き、血に染まった脚を震わせながら声を絞り出す。

サラは声を抑えて慰めつつ、視線を前から逸らさなかった。


「止まるな、進め。あと少しだ……」


タリスは背後で魔導炎剣を握り、刃に揺れる炎光が遅れる者を急かす。

その声は揺るぎなく、避難者を前へと押し出していた。



「子供たち、しっかり掴まれ!」



エドリックは荒い息を吐き、震える手を人族と樹族の子供へ差し伸べた。声は切迫しながらも、足取りは次第に安定していく――


誰かは顔の埃を拭い、誰かは仲間の手を握りしめ、よろめきながらも隊列に必死でついていった。


埃にまみれた子供が母の衣を掴み、震える声を漏らす。


「お母さん……」


涙をこらえ、唇を噛みしめる子供の頭を撫で、母は微笑みを絞り出した。


「大丈夫よ、ララク。お母さんがいるから。」


魚族の青年は傷ついた鰭腕で老人を庇い、足取りは乱れても止まらなかった。

琉火族の女は胸に抱いた光脈を微かに輝かせ、祈りを低く唱え、その淡い光で前路を照らした。


樹人族の青年は折れた腕を支えながらも、黙って鳥族の少女を助け、崩れかけた木柱を支えた。

鳥族の少女は息を荒げ、羽は黒焦げとなりながらも、震える声で感謝を返した。


初めて、隊列全体が一つとなり、瓦礫と埃を越え、共に前へ進んだ。

灰塵と炎光、風音が交錯する中、その脆い秩序は呼吸のように儚くも、なお強靭に存在していた。



だが、その静けさの中――



瓦礫の影が蠢き、細長い黒影が静かに伸び、壁面を這うように滑った。


ガサンは踏み出す足を止め、眉を寄せ、周囲を警戒した。



「隊長……あれは何ですか?」


サラは低く問う。双刃に手を掛け、指先は震えていた。

ガサンは答えず、黒影を睨み付けていた。



「慌てるな、ついて来い!」


タリスの炎剣はさらに強く燃え、声は冷たくも揺るぎなかった。


エドリックは杖を握り、身を前へ傾け、低く告げる。



「前方だ!」


その気配は異様で、恐怖を呼び起こす。

音もなく、輪郭もなく、皮膚を凍らせる冷気が全員を包んだ。


光さえも呑み込むように。



「気をつけろ!」


「えっ?」


ガサンの瞳孔が収縮し、反射的に避難者を押し退け、長刀を抜き放ち黒影を睨んだ。


同時に、エドリックは杖を掲げ、掌の霊気を震わせる。金と土の符紋が杖身に走り、輝きを放った。


星織・雨は両手で口を塞ぎ、震えながら影を見つめた。

それは蛇のようであり、霧のようでもあり、形なき異様な影だった。


心臓は胸を乱打し、鼓のように響いた。


エドリックは深く息を吸い込み、口から素早く呪文を紡いだ。


【バンヤイナン──バタンディク──モルゴバン──】


光の呪術・穢れ顕現!





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