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失われた断片 ― 風の環 ―  作者: 半々月光
ビグトラス島編
41/61

第32話―退路の前方――巨影の下で

※もとの第20話を、読みやすさを考えて分割しています。


内容に変更はなく、こちらはその続きになります。


時間:3670シヴン年 12月24日 PM 01:50

場所:ビゴトラス島・港前防衛区画



「これでは持たない……」


ガサンは素早く周囲を見渡し、脳内で退路を瞬時に思い描いた。


開けた地形は逆に致命的な弱点となり、次の衝撃が来れば逃げ場はない。


彼が思考を巡らせたその瞬間――



「隊長!」


星織・雨が突然隊列の側面から飛び出した。足取りはよろめきながらも止まらず、右前方のまだ塵煙が完全に晴れていない方向を指差し、走りながら息を切らして声を張り上げた。


「そこに……石橋があります!」


「えっ?」


ガサンは彼女の指差す方向に目を向けた。


崩れ落ちた建物と残壁の間に、古びた石橋が裂谷を跨いでいた。下には影が幾重にも重なり、厚い構造は衝撃を防ぐに足りるものだった。


彼の眼差しが瞬時に鋭くなり、心の中で決断が下された。


「感謝する!」


ガサンは振り返って彼女に礼を言い、星織・雨は頷いてサラのもとへ駆け戻った。


彼はすぐに顔を上げ、混乱の中でもはっきりと響く声で命令を叫んだ――


「右の石橋の下へ避難しろ!」



ガサンの導きに従い、人々はすぐに進路を変え、右下の石橋へと走り出した。


「うわぁぁぁぁぁーー!」

「気をつけろ!」


地面は砕けた石片と瓦礫で覆われ、踏み込むたびに細かな破裂音が響いた。


誰かが足を滑らせて前のめりになり、倒れかけた瞬間、後方の避難者が反射的に手を伸ばし、強引に引き戻した。


「足元に注意!端を踏むな!」


「後ろの者は急げ!ここは危険だ!」


混乱の中、指示の声が次々と飛び交った。


サラは盛り上がった石の台に立ち、素早く人々を見渡し、手を振って進行方向を示した。

星織・雨はその反対側で身を低く構え、走りの遅い避難者を数人引き寄せ、石橋の入口へと押し込んだ。


二人は言葉を交わす必要もなく、動きは自然に噛み合っていた。



頬に塵が張り付き、呼吸は荒い。

サラが手を上げて頬をぬぐった瞬間、ちょうど星織・雨と視線が交わった――

翠の瞳に、群青の眼差しが映り込む。

灰と汗にまみれた二人の顔は、一瞬だけ凍りついた。


「……」


「……くすっ。」


緊張の糸が張り詰めすぎたのか、それともただ滑稽に思えたのか。

二人は同時に短く、声にならぬ笑いをこぼした。


笑みはすぐに消える。


彼女たちは再び身を翻し、避難者を導き続けた。


互いに支え合い、押し、引きながら――混乱と焦燥の中で必死に踏みとどまった。


最後の避難者が石橋の下の影へと駆け込んだ瞬間、全員がほぼ同時に動きを止めた。


息を呑む。


静止。


その刹那、胸の奥で心臓が激しく脈打ち、互いの荒い心音さえ鮮明に響いた。



石橋の上方では――



「ゴゴ……ゴゴゴ……ゴゴゴゴ……」


震動が音より先に届いた。


橋が低く唸り、岩層から重々しい共鳴が伝わる。細かな石片が雨のように降り注ぎ、空気の中で舞い散り、互いにぶつかり合った。

鉱石の巨人が力を溜め始める。


その動きは緩慢だが、圧倒的だった。



巨大な躯体が沈み込み、岩層に圧力がかかり、耐えきれぬ「ギシ――」という音が響いた。


熔光が鉱脈に沿って流れ、まるで石の中を血液が奔るように加速していく。

次の瞬間――



「ドォン!!」


両拳を交差させ、地面へと叩きつけた――その瞬間、映像はスローモーションのように引き延ばされた。

熔光が地表の裂け目から迸り、白く輝くエネルギーが地面を走り、一気に広がる環状の光輪を形成した。


空気が強制的に押しのけられ、鋭い爆鳴が響き渡り、塵煙が一斉に吹き飛ぶ。

衝撃波は地を這うように走り抜け、瓦礫を巻き上げ、翻し、投げ飛ばし、次々と衝突音を響かせた。


巨人はすぐに片膝をついた。



肩を前に傾け、両腕を広げてその身を支える。

熔光が関節や隙間で明滅し、低く規則的な「ブゥーン……ブゥーン……」という音を発する。それはまるで心臓の鼓動のようだった。


その姿勢――追撃ではなく、制圧。


巨獣はその場に押し留められていた。

尾はまだ完全には収まらず、巨大な躯体は砕けた街路と残壁の間に挟まり、狭すぎて身を翻すことすらできない。



「ドォォン!!」


衝撃波が正面から直撃した。


白光が巨獣の姿を呑み込む。

周囲の小型の異獣たちは吹き飛ばされ、遠方の壁へと叩きつけられた――


「ドン! ドン!!」


壁が崩れ、破片が飛び散る。

巨獣の躯体は光圧に震え、鱗甲が次々と剥がれ、宙へと舞い上がり、鋭く密集した破裂音を響かせた。



尾が制御を失って激しく振り下ろされ、地面を叩きつけた――


だが返ってきたのは、さらに舞い上がる塵と砕けた石片だけだった。

立ちこめる塵煙の中で、なおも巨獣は身を起こそうとする。


震える四肢が地面を支え、爪は瓦礫に深く食い込み、喉からは低く途切れ途切れの呻き声が絞り出された――


その声は塵煙に引きずられ、不屈の咆哮にも、敗走前に最後の力で身を支える苦悶にも聞こえた。


だが次の瞬間、舞い散る灰の中で、断ち切られた巨獣の躯体がゆっくりと蠢き始めた。


骨が擦れ合い、湿った重い音を立てる。砕けた鱗片が互いに擦れ、まるで何かの力がそれらを無理やり呼び戻しているかのようだった。



「……まだ動いている……?」


鳥族の青年は前方を凝視し、声を震わせた。



「見るな、早く……頭を下げろ!」


エドリックは声を低く押し殺し、突如として杖を掲げた。


杖の先端が震え、符紋が展開し、掌の光陣が激しく点滅する。

細かく鋭い唸り音が空気を切り裂いた。



彼は眉間に皺を寄せ、視線を一瞬たりとも逸らさず、瞳の奥には抑えきれぬ恐怖が滲んでいた。


「これは……普通の生物じゃない……」


低く呟いた声は、珍しくためらいを帯びていた。


「術式ですら、その構造を識別できない。」


「待ちくたびれて眠くなるところだぜ……」


タリスは石橋の下で首を傾げ、大きな欠伸を漏らした。


その間に、サラは負傷者の治療を続け、星織・雨は隣で包帯を巻く手を支えていた。



「ドォンーー」


前方で、二度目の轟音が突然炸裂した。

鉱石の巨人の胸に縦の光紋が走り、内部から光が湧き上がる。それはまるで大地そのものの深層の呼吸のようだった。


明滅のたびに、周囲の塵が激しく吸い上げられ、空へと巻き込まれ、渦巻く光の霧へと変わっていく。


瓦礫が震え、橋が低く唸る。

人々は思わず息を呑んだ――


その瞬間、彼らは初めて実感した。


目の前にあるものは神話でも伝説でもなく、「生きている」大地が、今まさに動いているのだと。



「今日……俺はいったい何を体験しているんだ……」


「こ、ここを……攻撃してくるんじゃないか……?」



「怖い……怖すぎる……」


「島が……滅びてしまうのか!」


低い叫びが空気の中で震え、広がっていった。



「全員、頭を下げろ。声を出すな。」


ガサンは低く指揮しながら、素早く周囲を見渡した。

風が彼の身をかすめ、塵と反響をさらっていったが、その声は混乱を確かに押さえ込んでいた。


「いいか、巨人が奴の注意を引いている間に、左の路地から回り込む――そこが避難所へ通じる古い輸送道だ。」


ガサンは石橋の反対側を指差し、声を低く抑えながらも揺るぎない威厳を込めた。


「俺が『行け』と言ったらすぐに続けろ。振り返るな! タリス、サラ、お前たちは後方を警戒しろ!」


「了解!」


防衛隊員と避難者たちは息を殺し、鼓動を抑えつつ互いに視線を交わし、その生死を分ける瞬間を待った。


ガサンは長刀を強く握りしめた。刀身は塵煙の中で冷たい光を放つ。彼は深く息を吸い込み、腕を振り抜いて空気を裂き、低く叫んだ。


「行け!」


轟音が響き渡り、石橋の向こうの半壊した家屋が崩れ落ちた。塵と瓦礫が飛び散り、橋面がわずかに揺れる。


人々の心臓が跳ね上がり、すぐさま号令に従って路地へと駆け出した。石橋を叩く足音が急を告げ、瓦礫と灰が舞い上がった。



タリスが烈火を点じ、炎が側面を照らした。

サラは傍らの避難者を支え、安全区域へと素早く導いた。


人々が必死に混乱を突破しようとするその前方――


鉱石の巨人の姿がゆっくりと浮かび上がった。塔のごとく巨大で、胸には光の脈が縦横に走り、低い鼓動が空気全体を震わせる。


巨人は両腕を掲げ、その掌から湧き出す光は天地を支えるかのようだった。

熔光が瞬き、衝撃波が広がり、迫り来る異獣の群れを瞬時に退けた。瓦礫が飛び散り、灰塵が渦を巻いて舞い上がった。


隊列はついに巨人の制圧の下で短い安息を得て、石橋下の古い輸送道へと急ぎ逃れた。



夜の闇を、突如として斑斑とした光が切り裂いた。


見上げれば、鉱石の巨人の躯体が月光の下で輝いていた。石層の隙間を不明のエネルギーが流れ、液体のように交錯しながら瞬いている。


赤銅の紅、琥珀の黄、蒼玉の青、幽翡の緑――


その光が巨人の身に交わり、脈動する。ひとつひとつの閃光は呼吸のようであり、心臓の鼓動のようでもあった。


死線の只中にありながらも、人々はその光に目を奪われずにはいられなかった。


現実とは思えぬほど美しい――


だがそれは彼らに思い起こさせた。


この力こそが、前方の道を守護しているのだと。


光は巨人の躯体を巡り、まるで島そのものの血液のように、夜の闇の中で静かに呼吸していた。



「!」


その時、ガサンの視線は人混みの中の一点に釘付けとなった――


前へ進まず、ただ呆然と立ち尽くし、巨人を仰ぎ見ている影。


それは華やかな衣をまとった、小太りの異国の商人だった。

彼は鉱石の巨人の輝きに完全に魅了され、周囲の危険を忘れていた。


ガサンの胸が強く締め付けられ、即座に叫んだ。


「走れ!立ち止まるな!」


その声は轟音と塵煙の中で震えながら響き渡った。


タリスも眉をひそめ、商人へ駆け寄りながら叫んだ。


「おい!行けーー!」


だが巨獣の身を翻す余波に押し戻され、足元の瓦礫が飛び散り、炎が夜空を裂いた。


商人は何かに魅入られたように、熱を帯びた眼差しで息を荒げた。


震える手を伸ばし、呟いた。


「これは……宝石か……?」


鉱石の巨人の胸に赤銅と蒼玉の光が交錯し、巨大で完璧な結晶核のように輝いていた。

商人は見惚れ、口元が痙攣し、瞳の奥に貪欲な光が滲んだ。


「こんな巨大な鉱石……持ち帰れば……俺は――」


「行くな!」


エドリックが怒号し、杖に光陣が走る。しかし術を放つ前に――


商人はよろめきながら一歩を踏み出した。夢へと歩み寄るかのように。


次の瞬間、斑斕とした光流と轟音の圧力を伴った巨人の足が、予兆なく振り下ろされた。

巨人の攻撃が巨獣の動きと重なり、重心を崩した一歩が商人を直撃する。


「――あっ!」


サラは反射的に手を伸ばしたが、空中で凍りつき、止められなかった。


「ドン――!」


赤銅と琥珀の鉱脈が衝撃に閃き、爆音とともに煙と瓦礫が舞い上がる。血飛沫と裂けた衣服の破片が瞬時に散り、肉の断片が四方に弾け飛んだ。


商人の姿は消え、残されたのは瓦礫に転がる袋と残骸だけだった。


避難者たちはその光景に顔を蒼白にし、足を速めた。次に倒れるのは自分かもしれない――


誰かは叫び、誰かは顔を覆って膝をつき、さらに多くの者が恐怖に駆られて狂ったように逃げ惑った。



「振り返るな!」

「走れ!」


ガサンは長刀を振るい、横に斬り払い、斜めに叩きつけ、衝撃波と瓦礫を次々と受け止めた。声は掠れ、必死の叫びとなった。


衝撃を凌ぎ切ると、彼はすぐに振り返り、左の路地を指差した。



「こっちだ――急げ!」


避難者たちはよろめきながらも続き、崩れた街路を踏み越え、互いに呼び合い支え合った。


鉱石の巨人はゆっくりと頭を上げ、胸の核心が激しく脈動し、眩い白光が爆ぜた。



その光は夜空を貫き、逃げ惑う影をすべて照らし出す――


かつて富を夢見た商人は、すでに光と塵の中で、跡形もなく灰に変わっていた。


空気には焦げ臭と鉱塵が漂い、灰白の霧が崩れた街角から静かに立ち上る。




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