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失われた断片 ― 風の環 ―  作者: 半々月光
ビグトラス島編
39/62

第30話―避難作戦――崩れゆく防壁

※本話は、もとの第20話を読みやすさを考えて分割した続きです。


内容に変更はありません。

時間:3670シヴン年 12月24日 PM 00:58

場所:ビコトラス島・港前広場の路地


「前方の交差点を越えれば戦闘区域だ。全員、警戒を続けろ!」


ガサンは廃墟の影を鋭く見据え、神経を張り詰めながら瓦礫の道を踏みしめて進んだ。

隊員も避難民も同じに慎重な足取りで、瓦礫の障害物を越えつつ前方の交差点へと移動していった。



彼らが狭い路地を抜け、交戦区域へ近づいたとき、夜空全体が奇異な光と影に染め上げられた。


目の前に広がる光景――


その瞬間、誰もが息を呑んだ。


そこは混乱の戦場だった。


前方の街道には幾筋もの裂け目が走り、高低差はまるで小さな丘のように盛り上がっている。


かつては活気に満ち、古風な趣を漂わせていた家々も、今では死の静寂に包まれた廃墟と化し、崩れた壁や傾いた柱が灰と煙の中に散らばっていた。


正体不明の気流と光の層が空気の中で交錯し、時に閃き、時に歪み、街区全体がまるで呼吸しているかのように脈打っていた。



焦げ臭と鉄錆、そして湿った泥の匂いが入り混じり、吸い込む息さえ刺すように痛かった。


廃墟の間には、異様な生物の群れがゆっくりと蠕動していた。

その躯体は深紫色を帯び、筋肉の線が不規則に盛り上がっては収縮し、表面には鈍い金属の光沢が浮かんでいる。


これまで遭遇した異獣と同じく輪郭は歪んでいて、質感も不気味だったが――

さらに恐ろしいのは、全体が半ば生物、半ば金属を、誤った手で無理に継ぎ合わされたかのような存在であることだった。


屋根に届きそうなほど背の高いものもいれば、人の背丈ほどで壁際にうずくまり、蠢く影の塊のようなものもいる。


四肢を地につけ、関節が不自然にねじれた姿で動くものもあれば、身体が半ば溶けかけたように滑るように進むものもいた。


彼らが動くたび、鱗の下から微かな光が滲み出し、不安定なエネルギーが内部を流れているかのように見える。


その光は明滅を繰り返し、まるで脈打つ鼓動のようであり、また消え残った霊火のようでもあった。



背に無数の棘を生やした怪物が数匹、呼吸のたびにその棘を微かに震わせていた。

また、胸部を半透明の膜に覆われたものもいて、その下では影がゆっくりと蠕動している――


まるで何かが体内に閉じ込められ、必死に抜け出そうとしているかのようだった。


過度に長い肢節を引きずりながら地面を這うものもいれば、関節の擦れる音が刃で鉄を削るような音を響かせる。

さらに、崩れ落ちた壁に張り付き、触手を石の隙間へと差し込み、残留する霊能を吸い取るものもいた。


その触手の先端からは灰白色の液体が滲み出し、地面に滴ると「ジッ」と音を立て、瞬く間に淡い白煙が立ちのぼった。


さらに遠くには、背に半透明の気嚢を膨らませた個体がいて、その内部では霧状のエネルギーが流動し、薄暗い光の中で明滅していた。


彼らが同時に呼吸するたび、街全体の空気が震え、風向きが歪み、塵煙が逆流して天へと舞い上がる――


まるで島そのものが彼らに頭を垂れているかのようだった。



「や、奴ら……目がない?」


誰かが震える声で呟いた。


星織・雨が目を凝らすと、確かにそうだった――


その頭部の表面は不気味なほど滑らかで、わずかな窪みすら存在しない。


目も口もないのに、彼らは音の発生源へと正確に向きを変える。


まるで「風の震動」で世界を感知しているかのようだった。


空気が突然、重く沈む。


「ガラッ――」


前方の地面が崩落し、砂礫が流れ落ち、耳を裂くような破砕音が響いた。


舞い上がる灰塵の中から、一体の巨大な異獣が裂け目を這い出し、全身の瓦礫を振り払う。


その口が大きく開かれ、喉奥に光が瞬いていた。


その光は圧縮された雷鳴のように強まり、次第に眩さを増していく――


次の瞬間、空気そのものが吸い込まれた。


そしてさらに一秒後、強烈な光が高周波の震鳴と猛烈な気圧を伴い、喉奥から爆発的に放たれた!


「ゲェ──ゲゲゲゲゲ―――ゲェ―――!」


「グワァァァァ――――ギィィィィッ!」



「うわあっ――!」


突如の衝撃に誰かが吹き飛ばされ、壁へと叩きつけられる。


その衝撃波はほぼ同時に街全体を席巻した。鳥族の青年は羽片を四散させながら必死に翼を広げて耐え、琉火族の胸に走る光脈は激しく点滅し、紋様は明滅を繰り返した。



魚族の婦人は子を抱きしめ、鰭状の耳翼が震動に打たれて震え響いた。


樹人族の男は地に膝をつき、腕の樹紋が裂けて樹液を滲ませ、人族の少年は壁に身を押し付け、両手で耳を塞ぎ、顔色は灰のように蒼白だった。


その音は咆哮ではなく、一種の「震動」だった。


鼓膜さえ痺れ、呼吸までもが粘りつく。


街全体がその音波に打ち砕かれ、灰白に覆われる。

彼らはまるでこの大地の支配者であるかのように、巨大な躯体と殺傷力に満ちた四肢を、家屋の間で容赦なく踏み荒らしていた。


彼らは咆哮し、蠕動し、そして喰らう。



「神よ……あれは……何だ……」


避難者の一人が震える声で呟いた。

その声は轟音に呑まれ、消え入りそうに細かった。


全員が息を呑み見守る中、大地が再び震えた。



「ウ──ウウウ──────」


低く長い鳴声が地の底から響き、空気そのものを震わせる。


塵煙が渦巻き、斑斕の光で構成された巨大な発光体が、砂粒と瓦礫をまといながら、ゆっくりと地面からせり上がった――


「え、え……冗談だろう……」


人族の婦人がその突如現れた巨影を見上げ、驚愕のあまり尻もちをつき、全身を震わせた。


傍らの樹族の少女はすぐに彼女を支え、恐怖と困惑を顔に浮かべていた。


それは鉱石と霊能で構築された巨人だった。


その躯体は赤銅、青鉄、白晶が幾重にも積み重なり、光脈が血管のように縦横に走り、低く重い脈動を響かせている。

一歩動くごとに空気全体が震え、破片と灰燼が浮き上がる。


巨人はゆるやかに腕を掲げ、その掌から灼熱の光脈が溢れ出す。


その光は濃霧を突き抜け、天幕を裂き、崩壊した街全体を照らし出した。




「恐れるな、あれは……学院の召喚だ!」


ガサンは低く歯を食いしばり、冷厳な眼差しを放った。


「アハハハ……隊長、それってこの巨人が俺たちの味方だって?でも全然制御されてないじゃないか!」


タリスは目を見開き、思わず叫んだ。


「学院のものかどうかは関係ない!もし一歩でも前に進めば、この街は丸ごと押し潰される!」


サラは武器を握りしめ、蒼白な顔で巨人を凝視し、荒い息を吐いた。


「それはカイクラ教授の術式召喚だ。通信妨害でこちらの存在を伝えられない……俺が注意を引く!」


そう言うと、ガサンは能脈を操り、水術と風術を融合させた。

彼は身を躍らせ、巨人の胸へ斜めに長刀を振り抜く。

氷藍に緑を帯びた斬光が弧を描き、剣気が唸りを上げて巨人の胸部外側へ突き進む。


水霧と風刃が交錯し、瞬時に空中で渦を巻いて炸裂した。


「周囲にはまだ異獣が蠕動している。巨人と混ざり合えばさらに危険だ! 早く突破しなければ!」


エドリックは緊張した面持ちで後方の隊伍に向かって声を張り上げた。


「タリス、異獣の動きを監視しろ!サラ、退路を守れ!エドリック、俺と共に前を押さえる!」


ガサンは着地すると同時に素早く指示を飛ばし、前方へ疾走しながら廃墟を一刀の斬撃で切り崩した。


「了解!」


タリスは即座に屋根へ跳び上がり、街角で蠕動する異獣を鋭く見据えた。


「承知しました、隊長!」


サラは素早く二人の避難者を引き上げ、路地奥へと押しやり、手にした短刃を閃かせた。

彼女の魔導風刃が振り抜かれ、路地の影から迫る触手を切り裂いた。



「了解!」


エドリックは杖を掲げ、光と土のエネルギーを同時に呼び起こした。地面が隆起し石の脊柱を形成し、光脈がその脊柱に沿って走り、巨人の胸部へと伸びていく。


巨人の胸に刻まれた光紋が震え、まるで彼らの信号に応じるかのように、ゆっくりと頭部を振り向けた。巨腕が微かに持ち上がり、隊の呼びかけに応えるような仕草を見せる。


「まずい!街角の奴らが動き出した!」


タリスは屋根の上で声を潜め、蠕動する黒影を鋭く見据えた。


「数が予想以上に多い……」


サラは歯を食いしばり低く呟き、短刃を煌めかせながら避難者を守る。


「全員注意!異獣が出現!」


エドリックは杖を高く掲げて叫び、光脈が瞬時に広がり街路を照らし出した。


「グリリリリーーーーガカカカカーーーー」


黒い中型の異獣群が路地の奥から溢れ出し、その異様な絶叫が背筋を凍らせる。半ば生物、半ば金属の躯体は歪み、四肢は粘りつく痕跡を引きずり、眼窩は空洞で目はなく、それでも病的な赤光を瞬かせていた。

その咆哮は腐敗の臭気と混じり、人々へと襲いかかる。


「きゃあーー!」


「来るな、来るなあああ!」


「光の神よ!助けてくれーー!」


突如現れた大群の異獣に直面し、避難者たちの秩序は瞬く間に崩壊した。



人族の少年は荷物を放り出し、魚族の母親は子を必死に引き連れて慌ただしく逃げ惑った。

琉火族の皮膚の下では光脈が不安定に瞬き、震えながら仲間を抱きしめる。魚族の老人は身を縮め、薄い翼で頭を覆った。


樹人族の枝紋は震え、恐怖に駆られて後退しようと押し合う。鳥族の青年は羽片を散らし、石畳に倒れ込み、負傷した足を掴んで苦痛に喘いでいた。


残された者たちはその場に呆然と立ち尽くし、脚を震わせ続けていた。


彼らは皆ただの民であり、防具も戦力も持たない。唯一できることは逃げることだけだった。


「待て!乱れるなーー」


エドリックは慌てて杖を振り、人々の前に防護結界を張った……。


だがーー


「うあああーー!」


悲鳴が轟いた。鳥族の中年男がよろめきながら異獣の群れへと突っ込んでしまった。瞬間……ほんの一瞬で、その姿は跡形もなく消え失せた。


残されたのは最後の悲鳴だけであり、それが人々の耳に焼き付くように残った。



「……くそっ!」


ガサンは長刀を強く握りしめ、正面から飛びかかってきた異獣を斬り裂いた。眼差しは瞬時に重く沈み込み、胸が激しく波打った。


「み、皆が崩れ始めた!」


サラは歯を食いしばり震えながら、四散して逃げ惑う人々を見渡し、顔は蒼白に染まっていた。


「落ち着け!全員、落ち着け!」


エドリックは杖を掲げて叫んだが、その声は悲鳴と泣き声にかき消された。


タリスは屋根の上で一瞬凍りつき、鳥族の男が消え去る瞬間を目撃して喉が詰まり、指先を震わせた。


死の気配は急速に広がり、避難者たちの恐怖は潮のように広がっていった。

ガサンは深く息を吸い込み、胸の悲憤を押し殺すと、猛然と刀を振り下ろし、無理やり意識を戦場へ引き戻した。


星織・雨はサラの傍らに立ち、顔を蒼白にして、人々が恐怖の中で崩れ落ちていく様をただ見つめていた。



(なぜ……なぜこんなことになってしまったの……?)


(私には何もできない……ただ見ているしかないの……?)


彼女の指先は震え、胸が激しく波打ち、涙が目に溜まったが、力にはならなかった。


「おい!ぼんやりするな!」


サラが彼女の腕を強く引き、声は切迫して、瞳には焦りが宿っていた。


星織・雨は歯を食いしばり、心の中で低く呟いた。


(私は島の者じゃない……でも、ここで退くわけにはいかない……)


彼女は大きく息を吸い込み、震える足で一歩を踏み出し、声は震えていたが必死に張り上げた。


「みんな、散らばるな!防護の輪に集まれ!」


突如響いた叫びが一部の人々の足を止め、混乱した視線が一瞬、彼女に集まった。


サラは思わず目を見開いた。この見知らぬ少女が、まさかこの瞬間に立ち上がるとは――



「彼女の言うとおりだ!俺たちのもとへ集まれ!」


ガサンはすぐにその叫びに続き、刀を振り下ろしつつ大声で叫んだ。同時にタリスを異獣の群れへと突入させ、灼熱の剣で前方の異獣を横薙ぎに斬り払った。


「た、助かった!」


「早く、あっちへーー」


「彼らを信じるしかない……」


「死にたくないんだああ!」


人々の混乱はわずかに抑え込まれ、泣き叫ぶ声の中に秩序ある声が生まれ始めた。



「隊長!左側に新しい群れが来た!」


サラが鋭く叫び、短刃は風刃の光を閃かせる。彼女は避難者を守りながら、迫り来る異獣の群れに歯を食いしばって立ち向かった。


「!?」


ガサンは猛然と振り返った。砕けた石塊と残骸の間から、さらに異獣の群れが湧き出し、前方の群れと挟み撃ちの態勢を形作っていた。


「アハハハ……まだ来やがるか!」


タリスは低く笑い、魔導炎剣が赤々と燃え上がる。彼は屋根から躍り降り、烈火の刃で異獣を横薙ぎに斬り払った。

その笑いには震えが混じっていたが、なお豪放を装った。


「まさか……これで終わりか!」


胸の奥が沈み込むように重くなり、刀を握る指が強張った。前方の異獣はまだ残り、左側からも突如襲いかかり、局勢は一瞬にして絶境へと追い込まれた。


もし突破を図るなら、タリス、サラ、エドリックの力で血路を切り開けるかもしれない。



だが、背後には三十余名の避難者……


この挟み撃ちに遭えば、多大な犠牲は免れないだろう。


「光壁守土――崩陣!」


ガサンが必死に策を巡らすその時、符紋の光が突如輝き、エドリックが杖を高く掲げた。光脈は瞬時に広がり、彼の声が混乱の叫びを圧した。

厚き光壁が地面からせり上がり、避難者の前に弧を描く防護の障壁を築き上げる。


防護障壁は次々と押し寄せる異獣を阻み、光は震えながらも、まるで臨時の城壁のように立ちはだかった。


「急げ!防護が持っているうちに、人々を集めろ!」


ガサンはすぐさま怒号を放ち、刃を閃かせてタリスと肩を並べ、前方の異獣を迎え撃った。


サラは星織・雨の腕を引き、彼女を防護の輪へと導きながら、瞳に決意の光を宿した。


「数が多すぎる!もう……持たない!」


エドリックは冷汗を流し、歯を食いしばって防護障壁を支えた。だが異獣の猛攻により、障壁は各所で亀裂の細紋を走らせ始めていた。


「もう……駄目だ!」


「パキィーーン」


崩れ落ちる破砕音とともに、エドリックは後方へ倒れ込み、避難者の頭上に広がっていた防護障壁の粒子は、紙片のように砕け散り漂った。


「アアアアアーーー!」


「キャアアアアアーーー!来るな!」


「いや、い……や、ヤダーー!」



人々は恐慌状態に陥り、泣き叫ぶ声が次々と響き渡った。子を抱いて隅に身を縮める者、声を失って跪き崩れる者、そしてただ迫り来る異獣の爪と悪臭を呆然と見つめる者――死の恐怖が押し寄せ、人族も異族も思わず身を屈め、頭の中は真っ白になっていた。


「エ、エドリックーー!?」


「くそっ、アアアぁぁぁーー!!!」


ガサンは怒声を放ち、氷藍の光が刀身から迸る。彼は死に物狂いで突進し、ただひたすらに迫る異獣を斬り伏せた。もう誰も犠牲にしたくはなかった。

振るう刃の速度はもはや肉眼では捉えられず、屍片が四方に飛び散った。


だがその眼前で、異獣の爪が貪欲に避難者へと伸びる。

ガサンは全力で長刀を伸ばしたが、なお邪悪な躯体には届かない。


「まずい!間に合わない!」


サラが震える声で叫び、焦燥に満ちた瞳が揺らめいた。彼女は避難者の外側に立ち、必死に風刃を振るって異獣を退けようとした。

星織・雨はその隣に立ち、四方から襲い来る恐怖と嫌悪、殺意に満ちた異獣の群れを見つめ、そっと頭を垂れて呟いた。


「もう......終わり……なの?」



「喝ぁーー!」


タリスは怒号を放ち、剣先が灼熱の炎に包まれた。猛然と横薙ぎに振り抜くと、火光が周囲を照らし出す。腕はすでに痺れるほど痛んでいたが、感じる暇などなく、本能のままに防ぎ続けるしかなかった。


衝撃は一部の異獣を退けたものの、潮のように押し寄せる攻勢を止めることはできなっかた。


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