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失われた断片 ― 風の環 ―  作者: 半々月光
ビグトラス島編
30/62

第25話―星の花の記憶――最後の希望

※もとの第17話を、読みやすさを考えて分割しています。


内容に変更はなく、こちらはその続きになります。

「さっき……一体何を見たんだ? どうしてそんなに怯えているんだ?」


俺は抑えきれず問い詰めた。声を低く落としながらも、切迫した響きを帯びていた。


「ぅ......」


ルキの唇は震え、開こうとしてはすぐに閉じられた。瞳は揺らめき、涙がにじむ眼差しはわざと俺の視線を避けていた。まるでその一瞬の映像が、語ることを拒む秘密に触れてしまったかのようだった。


空気に満ちていた沈黙は、光の幕の残響よりもなお重く、俺は自分の心臓の鼓動さえ聞き取れる気がした。


「ルキ!怖がらなくていいんだ!」


ミドが突然声を発した。その声には、わざとらしいほどの明るさが込められていた。


「俺とイランは君の友達だ。信じてくれていいだろ!なぁーイラン!」


彼はいつもの朗らかな笑みを浮かべ、一方の手でルキの肩をそっと叩き、力を伝えようとした。同時に、揺るぎない眼差しを俺に向け、まるで返答を求めるかのようだった。



俺はルキを見つめ、できるだけ声を柔らかくした。


「ルキ……君がこれまで俺たちに隠していたこと、正直に言えば最初は少し怒りもあったし、どう応えていいか分からなかった......けれど、それだけのことだ。」


深く息を吸い込み、視線を逸らさずに続けた。


「それで俺たち三人の友情が変わるわけじゃない。君が苦しみを一人で背負い続ける姿は見たくない。だから一緒に考えよう、いいだろ?」


ルキの肩は小さく震え、目尻の涙が光の幕の残光に照らされてきらめいた。彼女は顔を上げ、何かを言いかけてはすぐに止まった。ミドはなお肩に手を置き、笑みはぎこちなかったが、その眼差しの確かさは揺らがなかった。

張り詰めた空気は少しずつ緩み、彼女の返答を待つように漂っていた。


ついにルキは抑えきれず、肩を大きく震わせ、涙が頬を伝って落ちた。呼吸は荒く震え、声は途切れ途切れに漏れ出した。


「うぅ......わ、わたし……ごめん、少し......静かにさせて……」



彼女は両手で顔を覆い、身を縮めて泣き崩れた。泣き声は静まり返った空間に鮮明に響き、それは弱さではなく、長い抑圧の果てに崩れ落ちた痛みだった。


俺とミドは視線を交わす。彼の笑みは消え、残っているのは焦りと痛ましさだけだ。俺の胸も彼女の泣き声に合わせて締めつけられるように苦しくなるが、ただ黙って傍らに寄り添い、彼女が再び言葉を紡ぐのを待つしかない。


泣き声は潮が引くように少しずつ収まり、肩はまだ震えているものの、呼吸は徐々に落ち着きを取り戻していく。


ルキはゆっくりと顔を覆っていた両手を下ろす。指先はまだ震え、光幕の残光が目尻をかすめ、涙の跡に淡い光を宿す。彼女は顔を上げ、揺れる視線を必死に押しとどめ、俺たちを見据えようとする。


「わたし……」


声はかすれ、深い闇からようやく這い上がってきたようだ。喉の震えは消えきらないが、そこには言葉を発しようとする決意が滲んでいる。


空気の重さはもはや圧迫ではなく、彼女の口からこぼれ出る次の言葉に凝縮され、秘密を解き放つ囁きを待ち構えていた。



「さっき光の帳に浮かんでいた祭壇……あの光の通路、わたしは前にも見たことがある。幻なんかじゃない、本当にあった通路なの。」


ミドは息を止め、視線を彼女に釘づけにした。


俺も抑えきれず問いかけた。


「どこで見たんだ?」


ルキは短く沈黙し、勇気を振り絞るようにうなずいた。


「それは私たちの聖地。ずっと昔、わたしはその通路を自分の足でくぐり抜けたことがある……」


声は落ち着きを取り戻しつつも、視線は過去へ引き寄せられていく。


「その日を……わたしは忘れられない。」


深く息を吸い込み、かすれた声に震えを残したまま、彼女は語り始めるーー


空はいつものように澄んでいて、まだ子供だったわたしは果物籠を手に森の小道を歩いていた。指先には果実の香りが残り、風が頬を撫で、木々の影が揺れる。遠くに見える村の輪郭は静かで親しみのある。


足を止めたわたしは、両手を胸の前で合わせ、静かに息を整える。森のざわめきが一瞬遠のき、耳に届くのは泉の水音だけだった。



「大地の恵みに感謝し、陽の光と雨に感謝します。

暮らしが豊かでありますように、この恩が絶えることなく続きますように。」



いつものように、村から少し離れた泉の森で、十年に一度だけ実る吉十蜜花キトミツカの果実を摘んでいた。十年ごとに自然へ感謝を捧げる祭りを準備するのが習わしで、その日はちょうど収穫祭の前日だった。



吉拉蜜ギラミツを醸すために、私はエイラ村長の言いつけに従い、森へと足を踏み入れた……


「冷たい!えへへ」


果実を採り終えたあと、泉のほとりへ歩み寄り、手を澄んだ水に差し入れると、思わず笑みがこぼれた。水面はきらめき、まるで私と戯れているようだった。


その時、泉の岩陰に、一輪の稀少な花が淡い光を放っているのに気づいた。花弁は星のように瞬き、とても美しい。村人たちはそれを「星の花」と呼び、エイラ村長が最も好む花だった。


「これを持ち帰れば、村長はきっと喜んでくれる!」


私は背伸びして、慎重に手を伸ばした。胸の奥では、村長がそれを見たときに頭を撫でてくれるのではないかと、ひそかに笑みを浮かべていた。


花を大切に抱えながら、純粋な期待が心を満たし、村長の笑顔が脳裏に浮かんだ。


そして心の中で密かに思った。もし本当に頭を撫でてくれたなら、その時は必ず満面の笑みを返そう、と。


しかし、村へ戻ろうと振り返ったその瞬間——


空が突如、漆黒に紅を帯びた光束によって裂ける。その光は真っ直ぐに落ち、目を刺すように痛みが走る。思わず手で顔を覆う。


果物籠が手から滑り落ち、果実が泥の上に転がる。心臓が強く締め付けられ、足が制御を失いかける。


「……あそこは、村なのか?」


胸がぎゅっと縮み、ただ立ち尽くしたまま、奇怪な光が村の上空を覆っていくのを見つめる。


「みんな……みんなは無事なの? 村長、ププばあちゃん、それに私を世話してくれた人たち……」


名状しがたい恐怖が胸を満たし、気づけば足が速まっている。泥地が足元で震え、走りながら心の中で叫び続ける。



私は父も母もいない。村の人たちこそが、私の家族だ。あの光が恐ろしい……彼らが呑み込まれてしまうかもしれないと思うと、涙が目に溜まり、呼吸は途切れそうなほど荒くなる。


「絶対に戻らなきゃ……絶対に!」


足はどんどん速くなり、必死に走る。呼吸はますます乱れ、泥が足元で跳ね、心臓は絶え間なく打ち鳴らす。耳に残るのは風の音と、自分の慌ただしい息遣いだけ。


森の縁を飛び出した瞬間、目の前の光景に全身が凍りつく。


村が――


本当に光の中にある。


漆黒に紅を帯びた光の波が潮のように押し寄せ、家々も畑も、見慣れた小道さえも怪しい色に染めていく。人々の影は光の中で震え、次の瞬間には皮膚も瞳も、そして体そのものまでもが黒く変じ、何かに歪められた異形へと変わっていく。


「やめて……みんな、やめて……!」


思わず声が漏れ、涙がついに頬を伝う。



私はププばあちゃんが戸口で必死に身をよじるのを見てしまう。その姿は次第に人の形を失い、黒い影の塊のような存在へと変わっていく。


いつも果物を採りに一緒に出かけていたラムクやババドの笑い声がまだ耳に残っているのに、目の前では苦痛の叫びへと変わり、彼らの体は次々と黒い異形へと歪んでいく。


私の目には......


もう村の人々ではなく、怪物にしか映らない。


足は震えながらも前へと突き進む。心にあるのはただ一つの思い——


「村長を見つけなきゃ……村長はきっと……きっといる!」


黒い異体たちは泥地に足を引きずりながら進む。のろのろとした動きだが、決して止まらない。まるで何かに操られているかのように、一歩一歩近づいてくる。


そのたびに地面は重く震え、低い唸り声が空気を満たす。まるで闇の中で怪物が歯を軋ませているかのように。



異体たちは決して急ぐことなく、まるで私を閉じ込めようとするかのように、じわじわと距離を詰めてくる。


私は震える足で前へと突き進む。涙が視界を曇らせ、必死に周囲を見渡しながら叫び続けるーー


「村長!……エイラ村長はどこに……?」


その瞬間、周囲の黒い異体たちが一斉に振り返り、何かに操られるように私へと迫ってくる。泥地は彼らの足に揺さぶられ、私の心臓までも震え出す。


「やめて……来ないで……!」


両脚は力を吸い取られたように痙攣し、呼吸は荒く、胸は痛みに締め付けられる。指先は何かを掴もうと宙を彷徨うが、ただ空気を切るばかり。力は少しずつ抜け落ち、声も途切れそうになる。


(エ......イラ村長……

助けて……助けて……私を……)



絶望に呑まれそうになったその時、混乱を突き破るように、聞き慣れた声が響いた。


「ル……キッ!」


その声は闇を切り裂き、私は思わず声の方へ目を向けたーー


漆黒に赤を帯びた光の縁に、一つの影が揺れながらこちらへ歩み寄ってきた。顔は不気味な光に照らされて蒼白に染まり、血の気を奪われたようだったが、その瞳だけはしっかりと私を見据えていた。


「エイラ村長ーー」


「ルキ、......早く!」


その声は大きくはなかった。けれど、私にとって最後の希望の糸のように響いた。


私は足をもつれさせながら彼女の方へ駆け出した。耳には黒い異体の低い唸りとねじれる音ばかりが響いた。奴らはのろのろと迫ってきたが、私はただ必死に彼女の手を見つめ続けた。


「エイ……ラ……村長……!」


涙で視界が滲み、彼女の姿はほとんど見えなかった。


漆黒に赤を帯びた光に震えるその影は、今にも呑み込まれそうなのに、それでも必死に手を伸ばしていた。


私は必死に手を伸ばしたその瞬間、足元の黒い影が私を引きずり込もうとし、体は引き裂かれるようにバランスを失った。


「ヤダ!離して……離してぇーー!」


「ルキ!」


そのとき、彼女は力を振り絞り、私を闇の縁から引き戻した。


私は彼女の胸に倒れ込み、胸は激しく上下し、耳には彼女の荒い息遣いが響いた。


「エイラ村長!みんなはどうなったの?なぜこんなことに……」


「ル……キ、時間がない……これを持って……」


エイラは苦しげに息を吐きながら、懐から小さな木箱を取り出し、私に差し出した。


「早く……リリマラの聖地へ……そこが道を示す……ここはもうすぐ呑まれ……」


私は木箱を受け取り、涙で視界が滲み、力が抜けて彼女の胸に倒れ込んだ。肩は震え、嗚咽が途切れ途切れに溢れた。


「ルキ……勇気を……あなたはリリマラ最後の希望……生き延びて……早く……」


言葉は途切れ途切れで、体は漆黒に赤を帯びた光波に引き裂かれるように痙攣しながらも、彼女は私を強く突き放した。


「エイ……ラ……村長……いやだ!」


声は震え、私は泣きながら彼女にすがりついた。


「早く……行行けけぅ……わぁーー!」


「ハ……ヤ……ク……

……イケ……ッ………….

……チ…..…カ……ヅ……ク……ナーー」


彼女は最後の力で私を押し離し、地に転がりながら、黒い異形へと変わっていった。

脚から腰へ、そして美しかった顔までもが、次第に漆黒に染まっていく。


「エイラ村長!これは、あなたが一番好きだったものです!」


「今まで本当にありがとうございましたぁ......!」


私は彼女の傍らに「星の花」をそっと置き、滲んだ涙を拭い、深く一礼する。

箱を強く抱きしめ、振り返ることなく、リリマラの聖地へと駆け出した。


>今回の話では、突然浮かび上がった光幕と、ルキの涙に揺れる言葉が描かれました。


「その日を忘れられない」――彼女が語ったのは、長い時間胸に秘めてきた記憶の断片です。

しかし、その先に何があったのかはまだ語られていません。


謎は深まり、次の展開でどのように繋がっていくのか注目してください。


物語を楽しんでいただけたら、ぜひ ブックマーク や コメント で応援していただけると嬉しいです。


みなさんの反応が、次の話を紡ぐ大きな力になります。


(*´ω`*)

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