第4話 脱出
ギルドマスターである菊子にとって、支部であってもその敷地内の構造くらいは頭に入っている。
助けにやって来た街は既に陥落し、魔王軍の手に落ちていた。更にワープシステムもダウンしカルカスに逃げ帰る事も出来ないとなると、今はただただ自分の脚で逃げるしかない。
「助かったわ菊子! 貴方が居るなら簡単にここから脱出出来そうね!」
「いや。これだけの人数やと連続してのワープは無理や。うっかり1人だけ飛ばし忘れたり、違うとこに送ってまうかもしれへん」
菊子のワープは片手間にやっている印象を受けるが、実はワープさせる物体の質量やら数量やら移動距離やら着地点やら様々な要素を考えて行っている。
1、2人くらいならまだしも6人もの人間を捕捉し纏めてワープさせるにはそれなりの集中時間が必要なのだ。そしてこの状況にそんな暇はない。
「待て女ァ!!」
「大人しくしろ!!」
街を占領している盗賊達はあちらこちらから襲って来る。
それを騎馬武者の三郎が蹴散らし、笑亜が退け、アルケーが銃撃し、菊子自身もワープで転移させて何とか撃退しながら逃げるが、それもいつまで保つか分からない。
「ウィルさん、街から脱出する方法はあるか!?」
「街の東門から逃げましょう! 街は背後の山から攻められたので、住民達は各門から逃げたのです!」
街の広場まで逃げて来ると、そこでは何やら狂気と言えるお祭り騒ぎとなっていた。
街を占領した盗賊達が貴族用馬車に乗り、戦勝パレードでもする様に武器を掲げ、奇声を上げてはしゃいでいる。その周りには捕らえた街の住民達が裸にひん剥かれ、数珠繋ぎに縛られて奴隷かそれ以下の扱いを受けていた。
「酷い……」
その光景に笑亜は絶句して言葉を失う。
これがならず者達の手に落ちた人々の姿だ。街を焼き、人を殺し、物を奪った者達が生き残った住人をそのままにする筈がない。弱者は尊厳も人権も失い強者の気分次第でどうにでもされるのだ。
その時、三郎が那古を駆って躍り出ると迷う事なく馬車に乗った盗賊をヒュッと射殺した。
そしてそのまま太刀を抜いて人混みに突っ込むや、馬車に乗る残りの盗賊達を引き摺り下ろし、更に周囲の敵を追い散らしながら叫んだ。
「乗れ!! 逃げるぞ!!」
三郎の作った道を駆け、アルケー達は急いで馬車に乗り込む。
「あんた馬車は操れるな! やれ!」
菊子はウィルの尻を叩いて御者席に乗せた。
とにかく時間がない。早くこの場から逃げなければすぐに包囲されてしまう。
そんな時に笑亜が叫んだ。
「待って下さい! あの人達も!」
彼女の示す先には捕らえられた街の住民達がいた。皆ここから逃げようとする自分達に痛々しいまでの助けを求める目を向けている。
そんな人達を何とか助けたいと笑亜が駆け出した所に、敵の馬を捕まえた三郎が行く手を阻んだ。
「何してる!?」
「あの人達も助けないと!」
「バカが!! 置いてけ!!」
「でも!!」
「お前は俺達を殺す気か!? さっさとこいつに乗って逃げるぞ!!」
怒号を笑亜に叩き付け、奪った馬を彼女に託す。
自分達だけでも精一杯なのに人助けをしている暇なんてない。そもそもあれだけの人数を連れて逃げるなんて不可能だ。
笑亜もそれは分かっていたが、放っておけないという思いに突き動かされた所に三郎の一喝が入り我に返った。
「くぅっ! ごめんなさい!」
悔しくて泣きそうな顔をして馬に跨る。
見れば住民達は自分達を置いて行こうとしている笑亜達に絶望の眼差しを向けていた。
「出せ!!」
「はいぃ!」
上擦った声でウィルは馬車を発進させる。
ここに至りようやく盗賊達も態勢を立て直し襲い掛かって来た。
「笑亜! お前さんは右を守れ! 馬を止めるなよ!」
三郎と笑亜が馬車を守り向かって来る敵を蹴散らす。更に馬車の中からもアルケーが銃撃を加えた。
3人の奮闘の甲斐あってか敵の追撃の手が少し緩んだ。
だがまだ難は去っていない。
街には力尽きた守備兵や虐殺された住民が転がっており、遺体に乗り上げた馬車が大きく揺れた。
「くっ! ワープ!」
菊子は路上に転がる遺体を転移させる。
「何で仏さんをこんなぞんざいに扱わんとあかんねん!」
申し訳なさそうに顔をしかめる。
とにかく急いでいるからまるで捨てる様にしかワープ出来ない。
空中に放り出された遺体がどしゃりと無造作に落ちる。こんな扱いは例え状況が切迫していたとしても納得出来るものではない。
馬車は遂に東門までやって来た。
門は住民が逃げる時に壊したのか開け放たれており突破するのは容易だ。しかし塀の上では見張りの盗賊達が逃げようとする愚か者達を待ち構えていた。
「ダメです菊子様! このままじゃ狙い撃ちに!」
「せやかて戻る訳にはいかんやろがい! このまま突っ込み!」
盗賊達がクロスボウを一斉に放つ。
もし運が良ければ当たらないかもしれないと、天に任せて目を瞑った時、横にいたアンジェリカが叫んだ。
「創造バルーン!!」
刹那、彼女のスキルで作り出されたファンシーなバルーンが空中に現れ馬車を守った。
飛翔する矢はほんの少しの障害、それこそ布なんかでも軌道に影響が出る。
日本では布を膨らませた母衣という矢避けの武具があるし、騎士が纏うマントも実は同じ役割がある。当然、歴史オタクであるアンジェリカがそれを知らない筈がない。
空中に漂うバルーンに守られ馬車は東門をくぐり街の外に出た。
「アンジェお願い!」
「お任せっ! 創造バルーン!」
矢を防ぐ為に再度バルーンを召喚する。
盗賊達の放つ矢はいずれも馬車に届かない。
このまま振り切れるかと思った時、一本の矢がバルーンを貫通しそのまま地面を爆ぜさせた。
「きゃあ!」
「何!? 魔法!?」
あまりの威力に魔法攻撃されたと勘違いしたくらいだ。
馬車を守っていた三郎はすぐに馬首を返し塀の上の敵に向き直ると、そこにはおよそ盗賊とは思えない格好の人物が立っていた。
赤威の糸で彩られた大鎧。兜には立派な鍬形が打たれており素顔を仮面で隠した鎧武者。あれが話に聞いていた源義経だろう。
「九郎殿か!? 俺だ!! 和田義盛の子、三郎だ!!」
三郎は大声で塀の上に居る義経に呼び掛ける。
その彼を殺そうと盗賊達はクロスボウを構えた。
「手出し無用!!」
武者の一喝が飛ぶ。
その一言で盗賊達はびくりとして引き下がった。
「三郎殿! ここは戦場ぞ! ならば言葉は無用! さあ弓を取られよ! 武士は武士らしく武で語るのみ!」
よく通る声を発し義経は箙から矢を取り弓に番える。
その殺気に三郎も同じように弓を構えた。
2人の武者は同時にびゃっと矢を放つ。
矢は空中で待合い、その軌道が僅かに変わって、三郎の矢は城壁を義経の矢は地面をそれぞれ粉砕した。
「やる」
「見事」
両者は小さく賞賛を呟き互いに見やる。
静かに、堂々と、少しの動揺も無く、武人として恥を晒さないように、この良き敵に相対した。
「三郎ー!!」
そんな時、女神の声が響いた。
見れば馬車はもう矢の届かない安全圏へと離脱している。惜しいがこれ以上ここに居ても無意味だ。
「この勝負預けた!」
三郎は那古を反転させ馬車を追う。その顔には良き敵に巡り会えたという喜びが浮かんでいた。




