第5話 渡河
窮地を脱したアルケー達は疲れた様子で馬車に揺られていた。
敵の追撃はなく、これまで全力疾走させてしまった馬達を休める為に歩調を落とす。仮に敵がやって来てもここは見通しの良い荒野だ。すぐに対応出来る。
「まさか来ていきなりこんな事になるやなんて……」
予想外の事態に菊子は頭を抱えた。
そんな彼女にアルケーは声を掛ける。
「悔やんだって仕方ないでしょ。今はこれからどうするか考えましょう。貴方この辺りでどこか安全な場所は知らない?」
街を占領した魔王軍と戦う為にも今は落ち着ける場所が必要だ。その当てをウィルに尋ねた。
「ではこの先にある村に行きましょう。そこには砦があり、きっと街から避難した住民や兵士達がいる筈です」
「よし。じゃあそこまで宜しく」
目的地を決めたアルケー達は砂塵舞う街道を行く。
アンキラザの地は草木が少ない荒野が広がっており、そんな殺風景な風景に癒しとなる川が流れている。
その道すがらアンジェリカが聞いた。
「ねえ、さぶちん。あの武士が義経なの?」
「さあな。分かんねえ」
周囲を見渡しながらさっぱりと三郎は答える。
「分からないって、貴方と同じ時代の人じゃなかったの?」
「九郎殿が鎌倉に居たのは30年も前の事だ。顔も声も覚えてねえよ」
そもそも子供だった三郎が義経と対面する機会なんてほとんど無かった。例え出会ったとしても、当時の義経はまだ無名で、頼朝の元に集まった弟その3くらいの印象だ。覚えている筈がない。
結局あの武者が本当に義経なのかは分からずじまいだ。
やがて一行は村に続く橋まで来たのだが、そこで馬車は止まってしまった。
「橋が落とされてるな。おいどこかに浅瀬はないか?」
おそらく撤退する兵士達が魔王軍の追撃を恐れてやったのだろう。橋は橋脚を残し破壊されている。
仕方ないから川沿いに渡河出来そうな浅瀬を探す。
そしてようやく流れの緩やかな浅瀬を見付けたのだが、その場所にアルケーは心底嫌そうな顔をした。
「えぇ、ここ渡るの?」
さすがに馬車で渡河出来る筈もなく当然徒歩での渡河だ。
浅瀬で流れが比較的緩やかと言っても、極度の超どんくさ女神に川渡りなんて出来るはずがない。絶対、確実に流される。
「仕方ねえな。ほら乗れ」
そんなアルケーに三郎は手を差し出すと、彼女の身体をひょいと持ち上げ自分の前に座らせた。
「あ、ありがとう」
「こういう事になるから日頃から鍛えておけって言ってんだ」
憎まれ口を叩きつつも三郎は那古を発進させる。その反動でアルケーがしがみついた時、彼から我慢する様な声が漏れた。
「どうかした?」
「何でもない」
とは言うものの、気になったアルケーは今触れた彼の腕を強く握る。すると今度は声こそ出さないが三郎は眉間に皺を寄せて我慢顔を作った。
「怪我してるじゃない」
「ただの打身だ。大したことねえよ」
「たっく、それなら早く言いなさいよ。超回復」
アルケーの魔法で瞬く間に怪我が癒えていく。
「すまん。ありがとな」
「貴方には何度も助けられてるからこれくらいして当然よ。はい治った」
一瞬で怪我を治し、アルケーは落馬しないように彼にしがみつく。
怪我を治してもらい女神としての慈悲を見せられた事で思う所があったのか、三郎は珍しく動揺し心臓が高鳴った。
浅いとは言っても川は膝くらいの深さがある。
そんな場所を上司に歩かせてはいけないと思ったのか、ウィルは馬車を引いていた馬2頭に菊子とアンジェリカ達をそれぞれ乗せて引いた。
一行は川の流れに脚を取られないように慎重に馬を進める。こんな時に敵から狙われたら堪ったものじゃない。
そう思った矢先、向こう岸の岩場から武装した男達が現れた。
「敵か!?」
バッと反応して三郎はすぐさま矢を取る。
それをウィルが止めた。
「待って下さい! あれは街から脱出した兵士達です!」
そう言われて三郎は矢を番えるのを止める。確かに街にいた盗賊達より統一された上等な装備をしている。
兵士の1人が叫んだ。
「お前達! 街から逃げて来たのか!?」
「はい! 砦の村に向かおうとしたら橋が落とされていたので、ここまでやって来ました!」
「そうか! 無事で何よりだ!」
兵士は自分達の無事を心の底から喜んでいるようだった。
岩場から数人の兵士達がやって来て菊子達の馬の手綱を取って誘導する。
「どうやら安全圏まで来れたようですね」
笑亜が安心した様子で三郎に言う。
予期せぬ事態で相当疲れたのだろう。緊張の糸が切れた彼女は馬の背中に覆い重なった。
「だな。これで一旦落ち着ける」
「ところで師匠、アルケー様は?」
「あれ? あいつどこ行った?」
言われて初めて気付く。さっきまで前に座っていたアルケーが見当たらない。兵士が現れて身構える前までは確かに居たのに。
と、ここで川下の岩陰で必死に助けを呼ぶ女神を見付けた。
「ざ、三郎ー!! だずけッ!! だずけて!! ガボ、ガボボボー!!」
「あー!!」
三郎と笑亜は慌てて救出に向かった。




